3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
後編に続きます。
6月1日。場所はジョウト地方のヒワダタウンの南に浮かぶ島で、ヨシノシティ近くからのフェリー便が通るこの街は『水の都』アルトマーレ。
建物の間に入り組んだ狭い路地や水路が多く、観光地ながら外部の人間は迷いやすいという難点から主な移動手段として案内業を連れた徒歩あるいはゴンドラがメジャーとしてある。
『さぁーみなさんお待ちかね!アルトマーレ夏のフェスタが始まります!恒例のポケモン水上レースが間も無くスタートでーす!』
「いくぞッ、いくぞッ!いくぞーッ!おいらとカイリューで優勝はいただきだぜーッ!」
「ばうばうあ!」
「やかましい奴だなぁ…。」
「げこん。」
「ゴウ、しっかり!」
「がにゅう〜!」
6月に入り行われる夏の到来を祝うフェスタ、そのメインイベントとしてある水上レースの場にバンジロウはいた。
半球型の水上レース用カートに乗り、紐で括り付けられたカイリューに泳がせ進む算段だ。
騒がしい彼の近くにはリサーチフェローとして訪れていたゴウがインテレオンと組み、レース開始の時を今か今かと待っている。
みずポケモンの持ち合わせがないバディのトキオは橋の上からメガニウムと応援している。
『栄えあるアルトマーレグラスの優勝メダルは誰の手に!?』
「ちっ。」
「ちっ。」
「ちっ。」
「てょ〜!」
ことりポケモンネイティが3体、シグナル役として羽を両手に広げてゆく。
彼らを頭の上に乗せたその進化系のネイティオが大きな羽を広げれば、それがレーススタートの合図となった。
「うおりゃあ〜!!」
一斉にスタートダッシュを切るカートの集団。
最初の右コーナーでしくじった幾らかのペアが脱落して水没してゆく。
『先頭を切るのはアローラからやってきたタケナカ選手!カマスジョーの直線スピードが凄いッ!!』
「は、速ェ〜!」
「イナフ…!」
「だけどその分コーナリングで減速しないといけないっしょ!」
しばらくの直線から左コーナー。
ゴウの予測通りにカマスジョーは大きく減速を余儀なくされ、カイリューとインテレオンが差を縮める。
「ココロが止まらないーッ!」
「エイエイ、エーーーイ!」
その背後には先頭集団からやや遅れたほうすいポケモンヒヤッキーを爆泳させるハタノ選手と、カイトポケモンマンタインのマンタロー選手が続く。
「くっそー、カーブで近づけても真っ直ぐでまた離されちまう!って言ってる間に最終コーナーじゃんか!」
「イナフ…!」
「ここで前に出なきゃ直線スピードの差で終わりだ…やるしかないっしょ!!インテレオン!!」
「げこげこぁ!!」
「おいらたちも限界ギリギリを攻めるぞカイリュー!!」
「ばううう!!」
コーナー手前の減速を最小限にすることで直線自慢のカマスジョーより前に出るカイリューとインテレオン。
ハナを切るのは、サイズ差を活かしてベストな進入口を確保したカイリューだ。
「いけ、いけッ!いけぇーッ!!」
入り組んだ水路の先の最終コーナーに対し、理想的なアウト・イン・インを突くコーナリングを決めたカイリューが華麗にクリアして見せる。
そう、カイリューだけ、は…。
「うわわわ、あら〜!?」
ボチャアン!
『おーっとバンジロウ選手、カート部分がコーナリングの際に浮き上がり曲がり切れないーッ!!クラッシュだーッ!!』
理由としては至極単純。最終左コーナーの際にカート部分の減速を失念しての極めて初歩的なミスであった。
ゴウのインテレオンが結果的に先頭に躍り出る。
「ばうう?」
「チクショー!熱くなっちまったい。」
脱落したバンジロウをよそに水上レースは佳境を迎えていくのであった。
『正午の水上レースを制したのは最終コーナーで渾身のモンキーターンを炸裂させたハタノ選手!ヒヤッキーとの絶妙なコンビネーションで見事な逆転勝利を飾りました!!』
「コーナリングの際にカートを計算に入れるのを忘れるのは、水上レースでのクラッシュ理由の8割ほどかな。プロのレーサーもよくやるのよ。」
「詳しーのな姉ちゃん。」
「小さい頃からずっと見てるもの。」
ポケモンセンターへ向かう水路にてバンジロウを乗せてボートを走らせるのは茶色のボブカットヘアーに両側のはねっ毛がアクセントとなっている頭を白いベレー帽で押さえつけた美少女だ。
襟の白い緑のTシャツ、白いスカートに黒い靴下とピンクのスニーカーを履くカノンは褌一丁のバンジロウに若干目のやり場に困りながら言葉を紡いでいる。
『この子のお爺さんには昔世話になったことがある。』
カノンがバンジロウのガイド役にあてがわれたのは祖父同士の繋がりにあった。
まだ若輩であった頃のアデク青年には既に放浪癖が染み付いており、チャンピオンとなる前までその移動範囲は正真正銘全国のあらゆる箇所であったという。
そんな放浪の中でカノンの祖父ボンゴレとも知己となったらしい。
カノンとしてもずぶ濡れた体にバスタオルを肩から被って何度もくしゃみする少年の真っ直ぐなあり様に悪い気はしていなかった。
良い、とも思っていない、フラットな感覚だ。
「夜のレースも出るの?」
「もち!姉ちゃんも出るって言うしさ。むしろ夜が本番だぜ!」
PWTジュニアカップが終わり、仲良くなったマサトとユリーカがそれぞれ地元に帰ってしまい気落ちしているのを見かねたアデクがアイリスに頼み込み、ジョウト地方への巡業に付き人として同行させたのがバンジロウの渡航の理由であった。
アイリスの方はというと、午前中は世話になったイブキのいるフスベシティへ赴き、同地にある竜の里に顔を出す用事のため現在は不在だった。
元よりアイリスとしてはマネージャーのベルが付きっきりで動き回る為、最初からバンジロウに付き人としての期待はしていないし役割を押し付ける気もアイリスたちからしてはないのだが。
ズドォン…!!
鈍い轟音が彼方より響く。方角から、嫌な胸騒ぎがカノンの脳裏に走った。
「なんかあったみてーだな。」
ポケモントレーナーとして五感を研ぎ澄ませるバンジロウにその異変が感知できぬ道理もない。
彼方の異変と、カノンの感情の揺らぎとを1本の線で結び付けられることにそう時間は掛からなかった。
「世話になってる恩返しをさせてもらうぜッ!」
立ち上がり、意気込む姿が白の褌一丁でさえなければ様になっていたバンジロウである。
アルトマーレにある博物館の程近くにはボンゴレとカノンの一族が代々管理している庭園がある。
一族伝来の秘中の地を踏み荒らすのは、フォルムとしてはかこうポケモンヒードランに近いが、その大きさは倍の3m越えのビッグサイズだ。
何よりはがねタイプのボディとは違う無機質な真紅の鋼鉄ボディが見るものに威圧感と、自分たちこそが上位者であると言う主張を押し付けている。
「くぁ!くぁー!」
四つ足で闊歩する胴体上部には檻の中に閉じ込められている赤と白のツートンカラーが体色としてあるむげんポケモンラティアスの姿…、
「くぉ〜!くぉくぉくぉくぉ〜ッ!!」
そんなラティアスを救い、鉄の塊の進撃を止めんとエネルギー弾を連射するのはラティオスだ。
「うるさいな〜。ラティアスかラティオスは1匹いればいいってのに。」
「あとはこころのしずくだけだね〜。」
シャドーボールにエナジーボール、快晴によりほのおのウェザーボールと次々撃ち込まれるラティオスの攻撃に鉄の塊はビクともしていない。
「お前たち!止めないか!ラティアスを離すんじゃ!!」
鉄の塊の前に立ちはだかるのは恰幅のいい禿頭に白い髭を顎下に蓄えるくりっとした丸い目の老人。
先祖代々ラティアスとラティオスが住まうこの『秘密の園』を守り続けてきたゴンドラ職人のボンゴレだ。
「退いてほしいな〜お爺さん。僕たちはこの博物館の古代装置に用があるんだから〜。」
「古代装置…?もしやお前たち、いつぞやの怪盗姉妹の仲間か!?」
鉄の塊の歩みが止まる。もちろん良心から思い直してのことでは、ない。
「怪盗姉妹…?まさかお爺さん、ザンナーとリオンのこと言ってる〜?」
「嫌だなぁ〜。あんな薄汚い泥棒おばさんたちと高尚なる僕たちを一緒にしないでよね〜。」
「だったらおめーらなんなんだぁ!!」
空からの声、舞い降りるはカイリュー。
「お祖父さん!」
「カノン!それにバンジロウくん!!」
カイリューの背から降りたカノンは祖父に駆け寄り、バンジロウはカイリューと共に鉄の塊と対峙する。
「あーもしかしてアレ?ピンチに現れる正義の味方的なやつ〜?」
「やい、やい!やいッ!世話になってるじーさんや姉ちゃんの大事なところを踏み荒らしやがって!おめーら一体何モンだぁ!?」
「ばうあ!」
ズビシ、と指を刺すバンジロウ。カイリューも臨戦体制を取る。
「あーやれやれ。全く無知な人は困っちゃうよ。そんなんじゃあ将来モンスターボールを投げることしか取り柄のないニートになっちゃうよ〜?」
「そう言わないであげなよ〜ああいうのは今さえ良ければそれでいいっていう現実を知らないだけなんだから。ポケモントレーナーなんていう低俗で野蛮人たちと賢い僕たちとはそもそも脳みその作りからして格も桁も違うんだね〜。」
鉄の塊からの2つの声は双方ともに明らかにバンジロウを、いや、自分たち以外を分かりやすく見下している。
「くぉー…くぉー…。」
その声色に異変が起きてからずっと技を連射していて、スタミナ切れを起こし着陸するよりなかったラティオスに寄り添いながらのボンゴレもカノンも不快な印象を抱いた。
「まぁそんなに知りたいなら教えてあげるよ!僕たちは"スクライアの民"!人が持つ偉大な叡智の先に立つ一族!僕はその有能有名たる一族の一員、アイビー2!」
「その弟のアンスト8!」
「「2人揃って兄弟ユニット"アイアンビースト28"!!」」
いかにも虚栄心に満ちた名乗り、その中身にカノンは首を傾げながら祖父を見る。
「お祖父さん…スクライアの民って?」
「わ、ワシも分からん…少なくともワシらのようなジョウト由来の一族ではないとは思うが。」
記憶の源泉を引き摺り出して見ても該当する知識のないボンゴレに、鉄の塊に搭乗する兄弟はわざとらしくため息を吐いた。
「まったく〜。これだから辺境のローカル名族様(笑)は〜。ま、そんなだからラティアス、ラティオスにいいように使われてるんだろうね〜。ラティアスもラティオスなんて、数多無数にいる程度の野生ポケモンでしかないんから特別扱いする必要ないのにさ〜。」
「そうそう。僕たちは古くは水晶玉占いを生業としていた一族でね。未来を見通すことにより常に最新技術の1歩先を手中に収めているのさ!ポケモンコレクタージラルダンの飛行船や、ロケット団最高幹部ビシャスのダークボールも僕達の偉大な科学力によって製造され、提供されているのさ!」
バンジロウたちからすればアイアンビースト28なるユニットの2人が鼻高々に自慢しながら話題に出す人物のことは全く知らない話だ。
が、とりあえず目の前の蛮行からしてろくな人付き合いでないのは明らかだった。
「そんな人たちがどうしてラティアスとこころのしずくを!?」
「きみたちが話していた泥棒おばさん…ザンナーとリオンが盗みの世界でNo.1になれていたのも、僕たちがが作り、提供してあげたデバイスのおかげだったんだよ。それがあの人たち、ここに入った盗みに失敗して逮捕されちゃったでしょ〜?」
「あのおばさんたちが牢屋の中で臭い飯を食べるハメになるのはどうでもいいんだけど、僕たちの発明品を使ってしくじった、って言うのは素晴らしき一族として存在する僕たちスクライアの民からしたら沽券に関わるんだよね〜。」
「それで代わりにおめーらがそいつらのやろうとしてたことをしようってか!」
「そういうこと!だから安心して?起動させた古代機械をテストしてあげて、まぁ分かりきったことだろうけど、僕たちの技術の方が上だって分かったならすぐ帰るからさ〜。」
そうでなければ誰がこんな潮臭い街になんて来るもんか、という兄弟による自分たちの故郷を嘲笑う声などはいい。
カノンが愕然としたことといえばこいつらは、3年前ここで何が起きたかを知っている…知った上でもう一度あの悲劇を再現しようというのだ。
どちらも到底許せぬ話であるのは同じだが、ザンナーとリオンの姉妹にはまだ世俗的な私欲としてほんのわずか理解は出来なくもない。
だがこいつらは、ただただ自分たちの見栄のためだけにラティアスを、こころのしずくと化した彼女の兄を利用しようというのだ。
そんな奴らがこころのしずくを失い、崩壊するアルトマーレを尻目につまらない見栄を手土産に逃げ帰るというのは悪夢としか言いようがない。
「そうそう。大体、古い技術なんてのは新しい技術の踏み台になるべきであって、いつまでもありがたがる必要とかないと思うんだよね〜。科学は常に進歩しているんだから。僕たちと同じように〜。」
「やらせるわきゃあねーだろぉがぁぁぁ!!」
誰も聞いてもいない講釈をキメ顔で勝手に始めようとする兄弟の言を打ち切るのはバンジロウの怒号。
主人の怒りを受けたカイリューが鉄の塊めがけ走り込む。
「ぶん殴れ!ばかぢからだぁッ!!」
「ばあああうッ!!」
鉄の塊の右前脚部分に取り付くカイリューの渾身の右パンチ。が、拳が機体に突き刺さることはなかった。
「ばぅあッ!?」
「カイリュー!!」
ものの見事に弾き返されてしまうカイリュー。この一連の流れはカウンターの技に近い。
自らの技のエネルギーを反射された形のカイリューは、目を回して倒れてしまっていた…。
『ザンナー&リオン』
裏社会で名の知られた姉妹の怪盗ユニット。
3年前、アルトマーレにあるこころのしずくを狙って盗みに入ったが、それがきっかけで逮捕されている。