3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
次回より本編入ります。
キタカミの里で骨休めと洒落込んでいたサトシとヒカリ。
バッタリ出会った山男のヤマさんが赫月に襲われて負傷し、なおも対処に動き続けるシンジを見かねた2人は手助けのために同行を決意した。
話を聞くにアカツキが夜行性であると突き止めたシンジがスイリョクタウンを出ると思われるのは夕方になってから、ならば日中に寝溜めをしておこうと決めたのだが…。
「寝れない…。」
「ぴかぴか…。」
「うーん…。」
そもそもとして夏祭りの帰りにシンジと別れた後、普通に朝までぐっすり眠ってから、またさらに夕方近くまで寝ておくというのは厳しい話だった。
ヒカリとしても現地で何が起こるか分からない以上、サトシに万全な状態で動いてもらえるようにするのが先決なので思案する中、
「そうだ!」
1つの策を思いつき、それを実行に移すことにした。
「なぁ、ホントに大丈夫なのか?」
「ダイジョーブ!ASMR動画で100万再生いったあたしの腕を信じてよ。」
「えー、えす…?よく分かんないけど、うん。分かった。」
サトシの頭は正座をし、短いスカートから伸び出ているヒカリの膝の上に置かれる。右耳を上に、後頭部をお腹に向けての形の膝枕。
ヒカリの右手にはみずどりポケモンコアルヒーの抜け落ちた羽毛で作られた梵天がアクセントになっている15cmほどの耳かきが握られていた。
竹製で『職人の技』という謳い文句の市販品を桃沢商店より買ってきたものだ。
「耳の中にはメーソーシンケー?ってのがあって、そこを刺激するとリラックス効果が出て眠くなるんだってケンゴが言ってた。」
「フーン。」
買い物途中、雑貨に紛れてホコリを被ったなにやらピンク色の置き物らしき存在が気にならないではなかったが、それよりは遥かにサトシの耳かきが優先であった。
「ぴかぴぃか〜。」
「ピカチュウにも後でやってあげるね。」
「どう?耳の中詰まってる?」
「うーん、詰まってはないけど…シンプルに全体が汚れてるって感じかなー。」
「そっか。」
「まぁ下手に自分で触って奥に詰め込んでるよりはずっとマシよね。お風呂上がりに綿棒っていう最悪のパターンでそれやってシロナさん、昔耳鼻科に駆け込んで怒られたって聞いたし。」
「あのシロナさんが?」
「プライベートは割とズボラなのよあの人。とりあえず最初は外側を拭くね。」
ざっと観察してみてからの所感を述べ、一旦耳かきを置くヒカリは客室に常備されていたウェットティッシュを取り出し、耳を包み込むように被せてゆく。
ジュ…キュキュ…
耳輪から耳たぶまで、対耳輪上脚と対耳輪下脚や、その間の窪みまでウェットティッシュを滑らせ、軽い力を加え汚れをこそいでゆく。
ググ、キュキュキュ…
「サトシー、ちゃんと耳洗ってる?もっと綺麗にしないと。ほら。」
「うわっ。」
軽く見せられたウェットティッシュがほんのり黄色くなっているのでサトシは少し気恥ずかしくなる。
思えば入浴において、耳を意識して洗うということにそこまで考えが至ってなかったと反省するよりない。
キュッキュッ、グググ
ウェットティッシュが滑るたび、肌にへばり付いていたザラリとした感覚が拭われてゆく。
グッグッ、キュキュ
「次はあったかいおしぼりで拭くね。耳の中って汗をかくと耳垢が取れやすくなるのよね。」
「そうなんだ。初耳。」
「耳だけにねー。」
粗方ウェットティッシュで耳介を吹いた後、続けて常備されているタオルウォーマーからおしぼりを取り出し、耳を包み込むようにしてゆく。
シュウーー…コォーー…
「熱くない?」
「うん。」
コォーー…コォーー…
熱すぎずぬるすぎずのラインの温度にしたおしぼりで包み込まれた右耳はじんわりとした熱感と、空気の通り抜ける音を脳に伝える。
これだけでもサトシの表情が緩んだ。
シュウーーー…
「じゃあそろそろ始めるね。ちなみにだけどサトシ、最後に耳掃除してもらったのいつ?」
「今年の初め辺りかな。ククイ博士の家で年越しして、バーネット博士にやってもらったんだ。」
「なら8ヶ月と半分ちょっとくらいね。」
「うん。」
おしぼりからいよいよ耳かきに持ち帰るヒカリは近くにティッシュ箱を手繰り寄せ、1枚取って広げる。
まずは先ほど汚れを取って温めた耳介から取り掛かることにした。
カッ、リ、コリリッ…
主にウェットティッシュやおしぼりを押し込みづらい窪みの奥へ極細タイプの匙を走らせる。
古びた雑貨屋の中で埋もれていた旧式モデルの割には手触りとしては悪くなかった。存外使い勝手がいい。
クッ、クッ、クーッ、ギュ〜…!
「なんか、押し込んでる?」
「耳にはね。お腹の中の赤ちゃんの姿勢みたいに耳たぶのところを頭に置き換えて、100以上のツボがあるんだって。」
「そんなに?いてて。」
「そんなに。結構ストレス溜まってるみたいよー?」
クッ、クッ、クッ…
耳の上方、神門に軽く圧を加えてみたところで若干サトシが痛がる。
クイ、クッ、クッ…
「サトシでもストレスって溜まるものなのね。なんか意外。」
「悪かったなー、パッと見無神経で。」
「あっはっは。」
グッ…グーッ…
ヒカリは軽くおちょくってみれば、サトシは分かりやすくブスッとした表情を作る。
ようやく…というところから改めて耳の中を見る。
「うーん…。」
まだ寄り道が必要だと再度耳かきを置けば、ヒカリはおながポケモンエイパムがモチーフデザインの小物入れに手を突っ込み、独特な金属感からぱっと見ハサミを取り出した。
「は、ハサミ!?」
「コレで手前の産毛を切るのよ。」
耳の手入れなど概念すらなかったサトシだ。耳掃除なんてのは気になった段階でママさんなり周りの誰かに頼むくらいだろうとは元から想像に難くないヒカリだった。
事実、カサカサとした薄皮タイプのそれが外耳道全周に満遍なくあったのに加え、手前部分で伸び放題な毛が目についた。
カチン、シャクッ、カチン、シャクッ、カッチ、シャクッ…
「そんなに生えてたのか?」
「視界確保のためね。あとせっかくゲットしたのが引っ掛かっちゃうかもだし。耳垢も耳の毛も耳の中をガードする役割があるんだけど、それもやっぱり適量じゃあないと。」
カチカチ、シャクッ、カッチン、シャクッ、カチ、シャクッ…
刃が付いておらず、先端が緩やかに曲がっている耳毛切りハサミで耳の毛をカットしてゆく。
毛がカットされる音とハサミが擦れる音のハーモニーがサトシの神経に心地よく響く。
カチカチ、シャック、カチン、シャクク…
カットされた毛はこの後耳垢とまとめて掻き出せば済む話だと、ヒカリは割と大雑把にカットを済ませる。
「こんなもんかなぁー。じゃ、お待たせ〜。」
「んー…よろしくなヒカリー…。」
この時点ですでにサトシの声色に微睡みが混ざり出しているのでおかしくなりヒカリの膝がわずかに震える。
ヒカリに限らず異性に対しての感情に恋愛的なものも性的なものも持たないサトシだが、その外見的な特徴として太ももの感触に対しなんとなくのイメージを固めていた。
今頭を置くヒカリは実感としてすべすべとしている。他の旅を共にした仲間たちにもそれぞれ一定のイメージがあるにはあるが、この場ではどうでもいいことだと微睡みに身を委ねることにする。
ザリ…ザリリ…
耳の入り口、カットしていた耳毛より前の地点から外耳道の汚れは始まっていた。
カッリ…カリカリカリ…
「(あちこち走り回ってるんだものねぇ。)」
活発、と言えば聞こえはいい。
タケシ曰くシンオウで活動していた頃はだいぶ落ち着いてきた方だとは聞いたが、それでもヒカリから見たサトシとはどこまでいっても『動』の化身であった。
ズズズ、カァリ…カッ、カッ、
ポケモンの為ならばどんな無茶も平気でする。そんな旅の証こそがこの全周囲の壁に引っ付く耳垢の溜まり具合に直結しているのかもしれないと思い至る。
まぁ…どうあれこの場は綺麗に取り去ることに変わりはないのだが。
カリッ、カリッカリッ、ススス…
クラブのハサミのように耳介を上下から挟み、人差し指と中指をベースに親指で耳道の視界をクリアにして山を描くように匙を動かしてゆく。
スッ、スッ、クイイ、カッリ…
「む…。」
リズミカルかつ一定の周回をしてから匙を引き上げ、トントンと収穫をティッシュの上に置く。
大量の獲物を持ち帰り、再度匙を耳道へ向かわせては、周回ルートに立ち塞がる『大物』へ挑む。
ズッ、ズッ、ズッ、コリコリコリ…ココココ…
耳壁へのへばり付き具合を確認。
おしぼりで耳介を拭き上げたので上手いこと汗で湿り気が出たからか、ビクともしないということはなかった。
カリカリカリカリカリ…ズズズッ。
「よし!」
小刻みに匙でこそぎ取るように大物を剥がして回収。
大量のカサカサ耳垢と比べ、ペラペラとうっすら広がる大きな得物が後頭部上方側にへばり付いていた。
コレもティッシュの上まで運び回収完了。
カリカリ、カリ…
本来のコースを描き直す耳かきを持つのも親指、人差し指、中指の3点。
耳かきの重さを活かして最低限のスナップで動作してゆく技術に関しては覚えるのに時間がかかった。
ヒカリもヒカリで本質的には『動』の人、こうして膝枕の耳かきなどケンゴの進言を受けるまで、ASMRに手を出すなどはこれっぽっちも考えたことはなかった。
「ふぅ。粗方完了〜。あとは綿棒で細かいところを拭いてくね。」
ティッシュの上にこんもりと溜まった耳垢にヒカリは充実感を得る。
サトシからの反応は、ない。
「ぐぅ〜〜…。」
とうの昔より微睡みに意識を呑まれていた。
「ぴぃかぁ〜。」
「ぽちゃぁ〜。」
部屋ではピカチュウとポッチャマがクーラーの吹き出し口前をを陣取って涼んでいた。
まだまだ8月の猛暑だ、気持ちは分かる。こちらにも涼風が来て肌の熱感を和らげてくれているので2体はそのまま捨て置くこととする。
わちゃわちゃし始めてこちらに流れてくるよりはよほどマシだ。
キュッ、ポン
耳かきを置き、ベビーオイルの蓋を取ってから綿棒を軽く湿らせる程度に塗布をする。
ジュ…ズ…ズッ、ズッ…
保湿と、耳かきだけでは取りきれなかった耳垢の一掃を狙い綿棒を走らせる。
ジュウ…ズズズ、ズッズッズッ…
カットして取り残されたままの耳毛も綿球に巻き込んで回収していった。
「コレで右耳しゅーりょー…なんだけどー…。」
上下に綿球をつけたごく一般的な細めサイズの綿棒を3本ほど使った後始末を済ませたのはいい。
問題としてはまだ右耳だけ…半分しか耳掃除は終わっていないのだ。
夜に向けて寝溜めを行うという方針としては完全に寝落ちをかますサトシを見れば大成功なのだが、ヒカリからしたら片方しか完了していないというのはどうにも具合が悪い。
さりとてただ揺り起こすだけというのも芸がないと考えるのは、ポケモンコーデネーターからポケチューバーに転身している根本的なエンターテイナー気質に溢れたヒカリ故の発想だった。
「しょーがない。コレ使ってやりますか。」
カポッ…
小物入れから取り出した小瓶の蓋を取り、中の液体を綿棒に染み込ませる。この流れ自体はベビーオイルのそれと同じだ。
ジュジュウ…ズイッ、ズイッ、ズイッ…
外耳道全体を拭き上げるように綿棒を入れてゆくのも同様…
「あちゃ!?あちゃちゃ!?わわわわわ!?」
「アッハハ!起きた起きた!」
「いだだだだ…!?何したんだよヒカリ!?」
「マトマの実のエキスを使ったローションエキスよ。最初熱くなって後からスカッとなるの。」
塗り込まれた液体からの刺激で思わずサトシは右耳を押さえながら飛び起きる。ヒカリからすれば耳掃除にまるで関心のないサトシだ。
それに特化したローションエキスのことなど知るはずもないだろうという読みが的中したのだ。
「おっ?おおっ?ホントだ!なんか耳の中スースーしてきた!」
「でしょお〜?ほら、反対の耳もやったげるから頭の向き変えて。」
ポン、と膝を叩くヒカリにサトシはん、と頷けば今度は左耳を上に向けて生足に頭を預ける。
黒のノースリーブ越しに間近で視界に捉えるヒカリの体からサトシが懸想に転じることはない。
「それじゃあこっちも動かないでよー?」
「OK〜。」
ヒカリはヒカリで右耳と比べても遜色ない汚れ具合にこちらも大仕事だ、と耳ツボのマッサージからまた始めていき、左耳のターンでも早々にサトシは寝落ちしてしまった。
刺激の強いローションエキスにもすぐ慣れ、気持ち良さげに寝顔を晒す。
「お疲れ様でしたー、っと。」
耳かきを追え、ポッチャマの手を借りてサトシの頭を膝の上からそっと退かし後片付けを済ませる。
「こんなんでもワールドチャンピオンなんだものねー…ヨダレ垂れてるし。」
改めて寝顔を覗き込み、スマホロトムにパシャリと1枚撮らせてからヒカリも布団に横たわる。
「(アローラチャンピオンに耳かきしてみた、とかイケるかもしれない。)」
ふと新たな動画のネタを思い付けば、勝手にサトシの次の耳掃除を予約しながら目を瞑る。
そうして寝溜めした2人は夕方に旅館を出てシンジに合流するのだった…。
『桃沢商店』
キタカミの里スイリョクタウンにある露店。他の地方で例えるならフレンドリィショップのようなもの。
品揃えは案外悪くなく、気のいいお婆さんが1人で切り盛りしている。
店内の商品棚には何やら怪しい雰囲気の桃色の置物があるが、これにまつわるお話は別の機会に…。