3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
だが、ドラゴンポケモンと心と体をリンクさせる奥義は、確実にアイリスの華奢な体にダメージを伝え続けていた…。
ダンデの試合はこれまで幾度となく見てきた実弟のホップからしても、幼馴染のソニアからしても、今日の試合展開はあまりにも衝撃であった。
『無敵のダンデ』が試合開始から1体たりとも相手のポケモンを倒せずに前半戦を折り返すなどとはこれっぽっちも想定できるはずがなかった。
「ちょっと、大丈夫?ダンデくん?」
ソニアの聞くところの意図としては、マクロコスモス代表の業務がここにきて負担になりのしかかってきたのではないかというところからのものだ。
その問いに応えてのことなのか、そもそも聞こえているのかも判然とせずバスタオルを頭に被ってベンチに腰掛けたままのダンデは軽く首を縦に動かした。
「大丈夫だってソニア。兄貴ならここから逆転するに決まってる!!なんたって兄貴は『無敵のダンデ』なんだぞ?」
そう話すホップの瞳の色にもあからさまな動揺が駆け巡っているのを、ソニアは言わないでやることにした。
ここで2人が言い争ってみたところでダンデの為になるかと言えばそんな事は決してないからだ。
「(ポケモンのレベルはほぼ互角…トレーナーのレベルも、まぁ、互角だとは信じたい…ならばどこで差がついている?アイリスの指示に対してのポケモンたちの、あの異常なほどのレスポンスの速さは一体なんだ?)」
思考の海に意識を沈めながら疑念を繰り返し唱える中で、ダンデはアイリスの戦いぶりに対してのデジャヴの正体に辿り着く。
PNTTの時に見たサトシゲッコウガのそれに酷似しているのが分かった。
「(サザンドラとセグレイブに加えてオノノクス…カイリュー…ヌメルゴン…あぁ、確かランク戦の最後の方でシバさん相手にガブリアスも出してたか。)」
絶望的な予測がより鮮明化してゆく。サトシゲッコウガは1体のみだが、アイリスに関してはおそらくのところ、ドラゴンポケモンでさえあれば能力発動の条件をクリアしているのだろう。意識をシンクロさせ、こちらが対応できない速度のレスポンスを常に叩き出してくると見た。
そして、こういう自分にとって都合の悪い予測ほどバッチリ的中するのが人生の厳しさであるとダンデは知っていた。『無敵の男』と称賛され続けてきた人生の中にも絶望は至る所にあったのだから。
「(アイリスがドラゴンポケモンと意識をリンクさせ、常にこちらの手を上回ってくるというのなら…いや、しかし…。)」
ダンデという男の性質は、目の前の絶望に対して決して屈したままでは終わらない。アイリスの扱う『奥義』の弱点も既に見出してはいた。
ただそれは、ポケモンバトルの強さを競い合う舞台において倫理的にどうか、という問題を抱えているのでより苦悩するハメになっていた。
「うッ!!くううッ…ぐッ…!!」
バスタオルの合間から覗くダンデの視線が俯きっぱなしな彼方では、ベンチに帰り着いたアイリスが痛み止めの麻酔薬を左腕に打ってもらっていた。
前半戦の時点で既に1試合戦い抜いたかのような体力の消耗、さらに発汗を通して残り少ない体力もみるみるうちに流れ出てゆく有様だ。
「ありがとうございました。じゃあ…アイリスちゃん。オババ様から。」
「話したの?」
「試合観てれば分かるんじゃあないかな。」
呼び寄せた医療スタッフにお礼を言ってからベルは預かっていたアイリスのスマホロトムを本人に手渡す。
右手で受け取るアイリスは恨めしげにベルを見上げるもそれをベルはそっぽを向いて軽くいなした。
「もしもしオババ様…?」
『よくぞ会得したものだねアイリス…ドラゴンポケモンと心を通わせる力を足掛かりとしてその心を一体化させ、絆の力で共に戦う竜と共にある者たちが目指すべき奥義"竜交信(ドラゴニック・コンタクト)"。遠き昔に失伝していたのを現代に甦らせたはお前さんが1番最初だよ。あのワタル殿ですら未だ為せていなかった大業だ。』
「はい…!」
『しかしまだ身につけたばかりで極めてはおらぬと見た。みだりに使えば己が身に跳ね返ってくるだろう。』
「オババ様…いえ、里長。あたしは里の一員である以上に今はイッシュのチャンピオンです。チャンピオンとして求められるのはなによりまず勝利…その為ならば使える力はなんだって使う以外、何がありましょうや?」
『アイリス…。』
「お小言は今さっきベルに散々言われました。それでもあたしは勝つ為にここにいます。その為にゼンリョクでなければ、あの背中に並び立ち、追い越すことなんて出来ません。」
オババ様はアイリスが見据える『目指すべき背中』…そのイメージをすぐに共有した。
3年前、イッシュにて彼女の修行の為の旅に同行してくれた、ピカチュウと強き絆を結び、頂に立つ少年の背中を。
『そこまで自分で分かっておるならば言うべきことはない。精一杯おやり。お前さんを信じるポケモンたちと共に。』
「はい!オババ様!」
里長、からまた呼び方が戻るアイリスにクスリと笑みを浮かべながらオババ様は通話を切る。
ちょうどそこにドローンロトムがクーリングタイム終了のアナウンスをしに来ていた。
「クーリングタイムシュウリョウ。クーリングタイムシュウリョウ。トレーナーサークルヘオモドリクダサイ。」
「アイリスちゃん!」
ベンチを出てホルダーにボールを付け直すアイリスにベルが声をかける。
竜交信によるダメージフィードバックで傷付いてなお戦うことに微塵の恐怖も見せない姿勢にはショックが大きかった。
「…頑張って。」
それでもアイリスの闘志を汲み、無茶を望まぬ本心を押し出さずにエールを送るのがベルだった。本質的には優しい女の子なのだ。
「オッケー!」
白い歯を見せてからアイリスはトレーナーサークルへ走る。
「行ってくる。」
ダンデもベンチを後にする。その表情は思い詰めているようで、心の奥底には逆転の為の策をひた隠しにしていた。
それを用いるかどうかは、まだ迷っていた。
『さぁ前半戦はまさかのチャンピオンアイリスによる圧倒劇!残りポケモン数からチャンピオンダンデは完全に劣勢に立たされましたがそれぞれクーリングタイムを挟んで身も心もリフレッシュ!果たしてチャンピオンサトシが待つ決勝の舞台に立つのはどちらか!?後半戦も目が離せません!!』
「…どう見る?」
「うーん…。」
カスミにサトシは唸るよりない。
アイリスの使っている『奥義』が彼女自身に多大な反動ダメージをもたらしているのは、ベンチでの様子を見れば明らかだった。それはそうだろう、と言う話である。
サトシにしたってサトシゲッコウガはここぞという場面でしか使うことはない。キズナ現象を完全に制御できるようになりはしたが、ゲッコウガ側からのダメージフィードバックは全くないわけではないからだ。
それに対してアイリスはどうだ?前半戦に投入していたポケモンたち全てと意識をシンクロさせた状態で戦い続けていたではないか。アレでは体力を消耗するのも当たり前である。例え被弾によるダメージがなかったとしても精神的な消耗度合いは筆舌に尽くし難いだろう。
現にトレーナーサークルに戻ったアイリスの顔色には、既にラス1対決までもつれ込んだフルバトルを戦い切ったかのような疲労がありありと浮かんでいる。
「ポケモンたちはともかくとして、肝心のアイリスの体力が心許ない。一方、パーティこそ半壊しているもののトレーナー側は何ら体力に支障なしというのがダンデさん、か。」
タケシが的確に試合の状況を整理する。どちらが勝ち上がるにせよ見守るより他にないのがサトシ陣営としての総意であった。
「いくぜ相棒!リザードン!!」
「いくわよ〜ヌメルゴンッ!!」
「ぐるぅおおおッ!!」
「ぬんめぇ〜!!」
「後半戦早々から仕掛けて来ましたね…チャンピオンダンデはエースのリザードンで揺さぶりに入った。…んんッ!?」
「どうやら揺さぶり、どころじゃあなさそうだぜ。」
繰り出したばかりのリザードンをダンデはすぐさまボールへ戻す。
ヌメルゴン相手は分が悪いという交代では…ない!
「いくぞアイリス!ここを俺のチャンピオンタイム…いや!!"チャレンジャータイム"とさせてもらうぜーーーッ!!」
「チャレンジャータイム…!?」
「チャ、チャレンジャータイムだって!?」
「それだけダンデくんはアイリスちゃんを脅威であると、越えるべき相手だと認識したわけね…!!」
物心ついた頃から既にチャンピオンとして君臨していたダンデしか知らないイッシュ出身のアイリスには聞きなれない単語であった。
チャレンジャータイム…ルーキーイヤーのダンデがスターダムを駆け登る中で立ち塞がる強敵たちを乗り越え、数々の奇跡をガラルの人々に見せ続けてきたのだ。
「リザードン!キョダイマックス!!」
ダイマックスバンドからのエネルギーを浴びて巨大化したボールを放り投げれば、姿を見せるはガラルの人々にとってもはやダンデの象徴として印象深く刻まれている炎翼の巨竜…
「ぐる゛う゛う゛う゛う゛う゛ッ゛!!」
キョダイマックスリザードンが降臨した。
「"竜交信"…!!」
すかさずアイリスはヌメルゴンと心を通わせ、意識を一体化。
強く結ばれた絆により自身をヌメルゴンそのものとまで認識を深化させてゆく。
「いくよ!ヌメルゴン!!」
「(任せろアイリス!!)」
ダンデは改めてアイリスの力がドラゴンポケモン全てを対象とするのを確信する。
クーリングタイム中に閃いた…閃いてしまった作戦の実行へと密かに移ることにしていた。圧倒的な不利盤面から勝利を拾うために。
「いくぞ!キョダイゴクエン!!」
「ぐる゛ぼお゛お゛お゛お゛お゛ッ゛!!」
リザードンの巨大な炎翼から放たれる灼熱の炎が鳥の形となりはばたく。
まさしく火の鳥がフィールドを飛び回り、ヌメルゴンを獲物として急降下で襲い掛かった。
「ヌメルゴン、あなたならこれくらい!!」
「(耐えて見せるさ!!)」
ダイマックス技は余程のテクニックがなければその大規模な攻撃範囲ゆえに回避は不可能。
もとよりアイリスとヌメルゴンにそのつもりはなかったが。
「ヌメルゴンの持ち味はちょっとやそっとじゃへこたれないタフさとガッツ!!一緒に耐え抜いて見せる!!」
チュッドオオオオオン!!
飛びかかった火の鳥がヌメルゴンに着弾し天へと昇る火柱へ変わる。
やがて火柱はヌメルゴンの周囲を焼き焦がす文字通りの『獄炎』へと変わるのだ。
「キョダイゴクエンが炸裂!効果は今ひとつながらヌメルゴンに確かにダメージは入ったことでしょう!!さらに残っていた氷が溶けて蒸発し、フィールド中はまさに焦熱地獄へと早変わりです!!」
「あのキョダイゴクエンはチャンピオンワタルの赤いギャラドス相手にもフィニッシュまで持っていける破壊力ですからね。多少の相性不利はあってないようなものです。」
ドウッ!ドウッ!
放送席がやり取りしている中、フィールドではエネルギー爆発のモヤを掻き分けるように紫色の砲弾が発射され、リザードンの下顎を突き上げた。
「ヘドロばくだんか…!」
キョダイマックスにより無尽蔵に近い体力を得ている今はまだいいとして、それが解除されたらばどく状態というのはポケモンから長期戦の為に必須なスタミナを奪い去る最悪の取り合わせであった。
みるみるうちに顔色が悪くなってゆく相棒にダンデは苦虫を噛み潰す。
コレでますます作戦を通すより勝つ為の道がなくなってしまったのだ。
「(大丈夫か?ご主人?)」
「平気よヌメルゴン。1番痛い思いしてるのは直接くらってる貴方なんだから…あたしだってこれくらい我慢しなきゃ…!」
12月の冬場という季節的な問題を差っ引いたとて、アイリスの全身からの発汗量は誰の目においても異常であった。
「アイリスちゃん…!」
ベンチからアイリスの背中を見守るベルは呟くよりなかった。
たとえ危険な状態へ踏み入ろうとも、その状況をアイリス本人が望むところと受け入れているならばマネージャーとして強く止めきれはしないのだから…。
『オババ様』
91歳。イッシュ地方の竜の里の長。
アイリスにキバゴを託し、その育成を通して共に成長してゆくことの大切さを伝えた大人物。
現在も里総出でアイリスを見守り、サポートしているんだ。