3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
オノノクスへと入れ替え、切り札を消費したダンデ相手に反撃開始というところまでが意識を保てる限界点であった…。
「アイリスちゃんッ!!」
甲高い悲鳴をあげるベルの用意は周到だった。事前にシュートスタジアム内にて待機している医療スタッフに連絡を入れてあり、もしものことがあった場合はすぐさまフィールドイン出来るよう手筈を整えていた。
そんな懸念は杞憂に終わってくれるのが1番良かったのだが、実際に起こってしまった以上は対処してもらうよりない。
「担架だ!担架持ってこーい!!」
待機していた医療班がすぐさまアイリスのもとへ急行した。
「あーーーッと緊急事態発生!ここまでチャンピオンダンデを終始圧倒していたチャンピオンアイリスが突如トレーナーサークル内で卒倒!!ダンペー審判と医療班がすぐさま飛び出していきバイタルチェックを行なっております!!」
「クーリングタイムでのエネルギー補給が消費エネルギーに対して足りてなかったのでしょうか?」
「さぁな。ただ、嬢ちゃんの倒れ方を見た感じ、これ以上の試合は無理そうだぜ。」
ピオニーが視界に捉えるダンデの表情には安堵の影に後ろ暗さが垣間見えた。それ即ち、ダンデとしてはこの状況を大なり小なり狙ってのことだと思えた。
「お願いします。」
「ウム。」
医療班が殺到し、担架が持って来られるタイミングでベンチから飛び出したベルはダンペーに深々と頭を下げる。そしてそのまま担架に乗せられ、運ばれたアイリスに付き添いフィールドを後にしてゆく。
ギルガルドを飛ばすダンペーは、センターサークルにて己が責務を全うするのみであった。
「チャンピオンアイリスは医療班のバイタルチェックの結果、極度の脱水症状による意識障害が発生、気絶して倒れたとのことであります!よってこれ以上の試合続行は不可能!!現時点を以て公式ルールに則り、セミファイナル第2試合に関しましては、チャンピオンダンデの勝ちとして扱います!!」
セミファイナルを締め括るジャッジに歓声は起こらない。
試合の内容以上にアイリスの容態を心配する思いで、誰もダンデの勝利を喜ぶどころではなかったからだ。
その辺りは熱心なダンデファンたちも空気を読んでいた。
試合終了のジャッジを聞き、大挙する報道陣を振り切って控え室に戻ったダンデ陣営は、まるで負けたかのような重苦しい空気に包まれていた。
結果としてファイナル進出を果たせたのはいい。そのことを口にすら出させないほどのプレッシャーをダンデ本人が放っていたからだ。
「ねぇ、ダンデくん。バックアップメンバーとして1つだけ聞かせてくれない?」
「なんだ?」
「もしかして…"アイリスちゃんがああなること"を分かった上で、それを狙って、リザードンのキョダイマックスで攻め立てたの?」
「…………あぁ。」
ホップは絶句するよりなかった。
ソニアの指摘はもちろんのこと、それ以上にダンデが対戦相手がダウンするのを狙った意図を肯定したことにだ。
ポケモンと心を1つにする奇跡と、そのリスクをホップも知らないではない。自身もザマゼンタとの交流を通してその初歩の初歩は体感している身であるのだから。
ダンデは、ポケモン越しに対戦相手を直接狙って攻め立て、ダメージを与えて試合続行不可能まで追い込んだのだ。
「……すまないが、少し1人にしてくれ。」
「ならボール出してくれる?ジョーイさんに預けてくるから。」
消え入りそうな声のダンデに、ソニアは普段のちゃきちゃきとした姿からは想像もつかないほどに抑揚のない話し方で返す。
バスタオルを頭に被り、俯いたままのダンデはホルダーからボールを取り外して差し出す。
それを受け取るソニアはこれだけは、と口を開いた。
「アイリスちゃんがなんでああなったのかはよく分かんないけど、結果的にはアンタが勝った。そこは事実よ。決勝始まるまでにメンタル戻せなかったら、ファイナルでサトシくんにボコボコにされるわよ?それこそ今日の比じゃあないくらいにね。」
「……。」
「アンタ相手に文句なく、誰に物言いされることのない完璧な勝利を収めるためにここまで来たんだからね?あの子は。」
「……あぁ。」
分かったのか分かってないのか判然としない返事に思うところがないではないが、そこは捨て置きソニアはダンデに背を向け出入り口へ向かう。
ホップも慌てて続き控え室を出た。
「兄貴、大丈夫かな?」
「明日になればケロッとしてるでしょ。それよりホップ。」
呼び掛けられれば博士の真剣な眼差しが少年を見る。この流れにホップは戦慄し、表情を歪めた。
ここからのソニアとは大抵ロクなことを言わないし、盛大にこちらを振り回してくるであろうことが知り合ってからのやり取りで学んだ経験であった。
しかも両肩をガッシと掴みながらという確定演出のおまけ付きだ。
「いいこと?"ダンデくんは試合が終わってすぐに、シュートシティの繁華街にある綺麗なお姉さんたちが待ってる店へキバナくんと一緒に遊びに行った"…こうマスコミどもには話しときなさい。」
「兄貴たちがキャバクラなんか行くかなぁ?」
「分かった?」
「わ、分かったぞ!」
ソニアの圧力を前に研究関連のバイトを度々請け負い、食事を奢ってもらったのも1度や2度ではないホップからすれば断れる道理はなかった。
「よろしい。それと、さっき見てたようにあたしは今ダンデくんのポケモンを預かってて、スタジアムのジョーイさんとこに行かなきゃならないわけ。」
「そ、そうみたいだな。」
「というわけだから、この場はアンタはあたしのみがわりとして動きなさいな。よろしい?」
「よ、よろしいぞ。って、え?」
「いたいた!おーいホップくん!お兄さんのことで取材頼みたいんだけど…?」
思わず復唱させられたところでホップの背後から顔馴染みの番記者が声をかけてくる。
そちらを振り向いた時には、もうソニアの姿はホップの側から忽然と消えていた。
番記者がやってきたのとは反対方向からスタコラと逃げ出したのだ。
「ひ、酷いぞソニア〜!!」
そこから群がる報道陣の相手を押し付けられるハメになったホップは、虚しく叫ぶよりなかった。
試合が終わってすぐにサトシたちはアイリスが搬送されたシュートシティの病院へと足を運んでいた。
倒れた時こそ180cmオーバーの全身を振るわせ、慌てふためきながらも奔走していたベルは3人を出迎える頃には落ち着きを取り戻し、笑顔で病室まで案内してくれた。
「アイリスちゃん。サトシくんたち来てくれたよ。」
チャンピオンという名声から個室をあてがってもらい、ベッドに寝かされている左腕には点滴治療が施されている。
ベルが落ち着きを取り戻せた理由としては、搬送されてすぐにアイリスが意識を取り戻してくれたのが大きかった。
「よう、アイリス。」
「サトシ!」
見知った顔の来訪にアイリスの目がパァッと明るくなる。
サトシの左右を固める2人に対しては、サポーターであるのは知っていたが初対面だった。
「はじめましてチャンピオンアイリス。あたしはカスミ。カントーでジムリーダーやってます。この子とは腐れ縁。」
「こんばんはチャンピオン。俺はタケシ。ポケモンドクター志望です。こいつとはカスミと同じく腐れ縁で。」
「ご丁寧にどうもです。あたしのことはアイリス、ってサトシと同じように気軽に接して下さい。あたしもこれからそうしますから。」
カスミとタケシ、そしてアイリス共通の知人であるデントから互いにサトシの旅の仲間として、話だけは聞いていたのが速やかな相互理解に繋がった。
「にしても残念だったな、試合。」
サトシを通した旅の仲間という立場同士、笑みを交わす中でそのサトシが口を開く。
他意のない一言にアイリスの笑みに苦みが混ざっていく。
「あたしとしたことがしくじったわ…。せっかくリラさんと一緒に修行して、サトシゲッコウガを見てインスピレーションをもらって完成させた竜交信なのに、シンクロ中に維持するための体力ばっかりで受けるダメージのことを考慮しきれてなかった。」
「俺もゲッコウガとは最初はそんなモンだったぜ。上手くいかないことの繰り返しだった。アイリスは…ドラゴンポケモンたちと心を1つにし続けてたのに後悔はないんだろ?」
「ぴかぴか。」
カスミの腕の中からベッドへとピカチュウは飛び移り愛嬌を振り撒く。
アイリスの笑みに浮かぶ苦みがたちどころに消え去った。
自身の掲げるドラゴンマスターという夢に、サトシが変わらず理解を示してくれたのが嬉しかった。
「ダンデさんのポケモンたちの攻撃はとんでもなく重くて、痛かった。アレはダンデさんの勝負にかける思いの深さ…だからこそ、今日受けた痛みと負けは収穫ね。」
フフ、と微笑むアイリスの表情は晴れやかだ。
負けて悔しいというより先に、自らの伸び代を確信できた喜びを噛み締めていた。
「これからはポケモンたちと一緒にあたしも今まで以上に身も心ももっともっと鍛え抜くわ!どんなに凄いパワーで叩かれてもへこたれないトレーナーになる!!そしたら、ダンデさんはもちろんサトシにだって勝つんだから!!」
「それでこそアイリスだぜ!!」
「ぴっぴかちゅう!!」
サトシとアイリスは破顔し、白い歯を見せ合う。
負けた悔しさに涙を流す時分はとうの昔に過ぎ去っている。己が不覚を取ったならば泣くより先に何故と原因を突き止め、速やかに刈り取る…それこそがポケモントレーナーの頂点に君臨するチャンピオンとしての正しい在り方であると共有しているのを改めて確認したのだ。
「楽しみにしてるわよ、ダンデさんとの決勝戦。」
「あぁ!」
「情けない試合してたらまたサトシだけメガシンカとか使い放題でいいって言われちゃうわよ?」
「なに〜?いくらダンデさんでもそんなことはもう言わせないぜ!」
握り拳を見せながら力説するサトシにアイリスは噴き出してしまった。
「冗談よ冗談!ホンット、いつまで経っても子供ねぇ〜。」
「言えてる言えてる。」
「相変わらず子供っぽいやつのままだもんな。まぁ、それがサトシのいいところなんだが。」
「カスミ!タケシまで〜…。」
3年前からのアイリスの決まり文句にカスミとタケシが同調すればサトシは困り顔でベルに助け船を求める。
ピカチュウに関してはこの場はカスミの味方な以上頼れはしない。
「あ、あはは…」
ベルとしてもサトシというのは子供っぽい性格であるという認識はアイリスと共有していたのでフォロー出来るものではなかった。
「「「「ははは…!」」」」
病室に笑い声が響く。マクロコスモスの系列グループが建造に関わっている施設であり、防音措置も完璧であるので周囲に迷惑となることもない。
解せぬ、と仏頂面を見せていたサトシも皆に釣られて一緒に笑っていた。
それはこういう時でもなければできない立場を超えた仲間同士のやり取りであった。
アイリスの見舞いを済ませたサトシたちは病院を後にし、待機してもらっていたタクシーでホテルまで戻る道中にあった。
トーナメント中の移動手段として筆頭スポンサーであるマクロコスモスから無料で提供されているサービスの一部だ。
「あのアイリスって子、凄くいい子だったわね。バトルの約束までしてくれて。」
「あぁ。アイリスはすげぇ奴だからな。」
運転席の後ろの席のサトシは隣に座るカスミに自慢げに返す。素直にアイリスのことを褒めているのも本人がいないが故である。
「彼女の分も頑張らないとな、決勝戦。」
「それは違うよタケシ。」
「ぴかぴ?」
助手席のタケシにサトシは首を横に振る。
「アイリスは誰かに自分の分を託すことなんか望んでない。言ってたじゃんか。もっともっと鍛えまくって次は必ず勝つ、って。」
同じチャンピオン同士故か、それ以前に濃密な期間を過ごしてきた仲間故か、どちらにせよアイリスの矜持を正しく理解して語るサトシにタケシは確かな人間的成長を感じて嬉しくなる。
「あぁ、そうだったな。」
カスミもタケシの言に合わせて頷く。程なくしてタクシーの窓はサトシたちの泊まるホテルを視界に捉えていた。
PWCSマスターズトーナメント決勝戦、サトシvsダンデの試合は3日後、12月21日だ。
PWCS準決勝第2試合(後半戦ハイライト)
ダンデvsアイリス
フルバトル
ダンデ アイリス
リザードン ヌメルゴン
(キョダイマックス使用)
→オノノクス
(試合続行不可能により棄権)
勝者 ダンデ