3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
『サカキの馬鹿はどこ行ったの!?あの馬鹿息子は!?』
『ハッ!と、トレーナー修行の旅に出ると…。』
『あンのドラ息子がぁぁぁ〜〜〜ッ!!』
団員ミヤモトは、無線の向こうからしたっぱの報告により盛大にヒステリーを起こしているボスの声を聞けば苦笑いとともに一旦通信を切った。完全にキレてしまった彼女がしばらく収まることはないというのを上司と部下の付き合いから把握しているからだ。
今しがたしていたのは特に発見もない生存報告を兼ねた定期連絡であり、後回しにして困ることもない。そんな黒一色の胸元に『R』の文字を赤であしらった彼女を遠くカントーの裏側まで派遣し、幻のポケモンミュウを追わせるボスは大企業ロケットコンツェルンを立ち上げた女傑として名声を得ていた。
しかし、それはあくまで表の顔でしかない。悪の組織ロケット団…世界征服を目的として掲げるその始まりこそが彼女であり、幻のポケモンのゲットも目的としてはその力を手にして世界の支配に役立てるためである。
ザー…ザー…ザー…
「ぎゃにゃう…!」
「随分酷くやられたな。縄張り争いか?」
煌めく繁華街の片隅でボロクズのように横たわり、雨に打たれているニャースへ男は膝を曲げ、語り掛ける。黒一色のコートに腰まで伸ばした黒髪、まさしく全身隈なく『黒』の男はその眉を剃り落としてより際立つ切れたナイフのような瞳で手を伸ばす。
「なぁご…!」
「クク…いい子だ。」
ニャースが残る力を振り絞り彼の手の中に収まれば、男はそれを優しく抱いてポケモンセンターへと向かった。
サカキ、この時15歳。旅立ちの日の記憶、ポケモン歴1967年の時のことである。
サカキ少年がポケモンバトルの世界に興味を抱いたのが母親への反発故かと言われたらそうでもない。事業を引き継ぐための帝王学も楽しく学んでいたし、世界征服を大真面目に語る母の姿は息子として普通に好ましく思えていた。
そんなサカキが家を飛び出した理由とすれば、シンプルにオーキド・ユキナリという10歳年上のスター選手に憧れたからだった。
サカキは、憧れを止められない性分の青年であった。
「憧れているからこそあいつと張り合えるあたしの教えを乞い、あいつを超えるためと来たかい。」
「はい。」
「で、アンタを鍛えたとして、あたしには一体何の得があるってんだい?」
「その力で以てあなたも越えてみせましょう…!!!」
そんなユキナリ最大のライバルを訪ね、切ってきた啖呵に紫煙をくゆらせるキクコは破顔した。
ただ恭しいだけの連中とは全く違う半ば挑発スレスレなアプローチが気に入られ、サカキはキクコの門下として迎えられた。
キクコの下での修行は苛烈を極めた。向こう3年間付き人として帯同を命じられ、日々の仕事の余暇に凄絶なシゴキが待っていた。
タマムシ大学とガールフレンドの家を行き来するユキナリとは違い、スター選手として興行と遠征をこなすキクコの傍らでサカキはスパーリングパートナーを任されていた。と聞こえはいいものの、その実情といえば、動き回るサンドバッグという扱いでしかなかった。
「地面に這いつくばってばかりで…そんなに土が好きならじめんタイプ使いにでもなったらどうだい?」
ファイトマネーで築き上げた屋敷のバトルコートで、ペルシアンの下敷きになり倒れ伏したサカキに憎まれ口を叩いてからキクコは屋敷の中へ入ってゆく。
入れ替わるように駆け寄る赤い髪の下女がペルシアンに正八面体を対角線方向に引き伸ばしたような形の黄色い薬剤を齧らせれば、
「にゃあご。」
「ふふ、よかった。」
ペルシアンは元気を取り戻して起き上がり、下敷きになっていたサカキを心配そうに見つめる。
「大丈夫。キクコ様もアレで手加減してくださってるから。」
下女はペルシアンに微笑みかけ、持って来たバケツの中の氷水に突っ込んで水気を搾り、冷えた濡れタオルをサカキの患部に当て看病をし始める。
「んッ…俺は、またやられたみたいだな。」
「痛みますか?」
「いや…すっかり良くなったよ。ありがとう。」
意識を取り戻し、上体を起こすので僅か触れ合う指と指…サカキはつい反射的に手を引っ込め、下女は目を丸くしてからすぐに顔を逸らし、そして横目でチラとサカキの表情を見る。
その頬は三角巾より覗くロングヘアに蓄えた髪色と同じように紅潮していた。
母親やミヤモト相手とは決定的に違う感情が、サカキの中に湧き上がった。
ポケモン歴1969年の元旦。サカキはセキエイスタジアムのトレーナーサークル内にいた。隣にはキクコがおり、一瞬たりとも気を抜くなと目で訴えている。
相対する側には、真冬にも関わらず豊満な肢体をビキニのみで覆う眼鏡の美女が控えている茶髪でツンツン頭の色男。
夢にまで見たオーキド・ユキナリの実像が、そこにあった。
『カントーはコレがなければ新年は迎えられません!年明け恒例新春タッグマッチ!!今年もユキナリ選手とキクコ選手がパートナーを引き連れて普段とは違ったバトルを見せてくれることでしょう!!』
ダブルバトルの概念がポケモンバトル公式ルールとして浸透するのは全国的にチャンピオンリーグ制へと移行してゆく1985年を待つことになる。
この当時複数人での試合というのは、少なくともカントー地方内においてはお祭り騒ぎ的な側面しか持たれておらず、競技性が見出されることはまだない。
「カンちゃんそれ寒くねーの?」
「熱い勝負にしてくださるのでしょう?」
ワイシャツ1枚で袖からはち切れんばかりの二の腕を出してる身で人のことは言えんが、とユキナリが問えば、カンナはサッと左腕を振り上げて肘を曲げ、手のひらを頭の後ろに回した扇情的な仕草で暴力的なまでのバストを揺らす。
「ま、まぁ俺としては眼福だからいいんだけどさ。」
ユキナリはとりあえず納得して見せながらムホホと鼻の下を伸ばす。
ビキニのお姉さんのカンナの暴力的な胸の谷間や、剥き出しのVラインに男としてたまらないと興奮しながらも、対戦相手側より突き刺さるような視線はずっと感知していた。
「んん…?」
キクコだけではない。
修行中の事故で怪我をしたために今日のエキシビジョンをドタキャンと相なった空手王のシバの代役として連れて来たという彼女の弟子もまた、こちらに射殺すような瞳を向けて来ているのが見えた。
「いい覇気してますわね。」
「キクちゃんがわざわざ引っ張って来ただけのことはありそうだ!」
お手並み拝見、とばかりに繰り出すのはリザードン。
幼き日の『時渡りの戦い』も共に潜り抜けて来た歴戦の相棒だ。カンナはラプラスを繰り出す…。
「ぐるぅぅぅぅぅ!!」
「いくぞッ!!」
「にゃごあああーッ!!」
サカキが繰り出すはパートナーのペルシアン。夢にまで見たユキナリとの直接対決に青年の胸は躍っていた。
「ハイドロポンプ!」
「くぉうぶぅぅぅッ!!」
ラプラスが口から放つ水流弾をペルシアンはジャンプ1番回避。が、それは撒き餌だ。
「空中ならば逃げ場はないわよ。ふぶきッ!!」
ビュオワアアアアアアアッ!!
空中へ逃れたペルシアンがラプラスの全身より放たれるブリザード攻撃を受け、瞬く間に全身を凍らされてゆく。
カンナはそこに違和感を抱く。回避しきれないにせよ、ハイドロポンプをかわした際の身のこなしが、ふぶきを叩き込まれた際にはまるでないからだ。
「一本取られたんじゃあないか?カンちゃんよ。」
「倒されてはいませんもの。」
からからと笑うユキナリにカンナは胸の下でたわわな膨らみを強調するように腕を組み、憮然とした表情を返す。
ラプラスがふぶきで氷の中に閉じ込めたのは、みがわり人形。
ペルシアン本体は一直線にリザードンめがけ迫っていた。
「このまま突っ込めば…!!」
「"自慢のほのお技は体内から口内までの伝達が間に合わない"…か?」
「ッ…!?」
そのユキナリの割り込んできた台詞が、ペルシアンによるトップスピードの奇襲で打撃を与える手筈が読み切られていることをサカキへ如実に知らしめる。それだけではない。
「そうら、お年玉だ若いの!!」
「ぐぉぉぉるッ!!」
ドンッ!!
「ぎにゃぁぁぁおぅ!!」
「ペルシアンッ!!(何が起こった!?何かの技か…!?)」
サカキの目にはリザードンが横一閃に振り抜いた尻尾を素振りしたようにしか見えなかった。
当然ペルシアンに命中などしていない。それでも巨大な圧力がペルシアンを吹き飛ばしたのは事実であるのだ。
「にゃぁぁご…!」
「まだだ!もう一度、いや何度だって!!」
ペルシアンが戦闘不能になっていないのが分かればサカキは意気を入れ直す。
その時、見慣れた黒い影がリザードンへと走るのが見えた。
「随分大盤振る舞いしてくれたじゃあないかユキナリ!!」
「キクちゃん自慢の秘蔵っ子なんだろう!?」
「キクちゃん言うんじゃあないよッ!!」
瞬く間にペルシアンの全力疾走より遥かに速くリザードンの間合いに飛び込む黒い影から這い出るのはゲンガーだ。
その手先にエネルギーが宿れば、リザードンもまた右爪先にエネルギーを纏い、同時に振るった。
ズガオオオオオッ!!
「こ、これは…!!」
リザードンとゲンガーの右腕は触れ合っていない。それでも振るわれた腕から放たれた互いの圧力がフィールドを揺らし、天を真っ二つに割っていた。
サカキは、この一連の流れがユキナリとキクコにとっては技の応酬以前の児戯にも等しいと知る。
そして強く胸に刻んだのだ。彼らのように高みへ登りたい、と。
新春タッグマッチより数日後、ポケモントレーナーへの道へよりのめり込む決意を固めていたサカキの下に実家の使用人が訪ねてきて聞かされたのは母の訃報だった。
4年ぶりの帰省の内に遺体は既に葬られ、死に顔を見ることすら叶わなかった。サカキは、母が嫌いではなかった。
スパルタ教育に対して思うところがないでもなかったが、それらの扱いに対して母親なりの親心は感じていた。もっと言えば、組織の情報網から自分の居場所などは即座に把握していたはずで、その気になれば連れ戻すことも可能だったはずなのだ。
「これは若様には話すなと言われているのですが…。」
唇が渇き、視野が錯綜する中会社の、いや、ロケット団の幹部より母の死の真相を聞かされる。
ドス黒い炎がサカキの感情を飲み込んでいた。母は、利権をめぐって対立していたマフィアの刺客に暗殺されたと言うのだ。
ザー…ザー…ザー…
雨粒が唇を潤わせ、視野が安定した自覚を得た時、そこには母を殺したマフィア組織に所属していた連中の死体が転がっていた。
所詮は金目当てのチンケな奴ら、本気で世界征服を狙っている悪の組織とは引き金の軽さが違った。
そして、そんな彼らを動かしたということはそれ即ち、サカキの手が真っ赤に血塗られたことを意味した。
「サカキ様…サカキ様!」
呼びかけてくる声に意識が覚醒をする。
広がる視界にはこちらを覗き込むマトリの利発さと神経質さがない混ぜになった顔があった。
その紫がかった黒髪のツヤもイイ女の条件であるとサカキは笑みを向ける。
「いかんな。居眠りなどしていては。」
「午後からの予定はキャンセルして今日は静養なさいますか?」
「そうもいかんさ。エクシード社の裏に隠れているエクスプローラーズ、だったか?とかいうよく分からん連中の押し付けてきた代物がどれほどのものか、この目で吟味せねばならんしな。」
社長室の椅子より立ち上がり、体を伸ばしてふと窓から広がる景色を見る。タマムシシティの街並みが変わることなく広がっていた。
「フジ博士を組織に引き込み、最強のポケモンを作らせた計画というのは未だ詳細を掴めてはいないのか?」
「はい。サカキ様肝入りの計画であったとは残されていた僅かな資料から散見されるのですが…。」
「まぁ今から最低でも10年以上も前の話だ。過去処分したデータの中から探し出すとなれば時間がかかるのも仕方あるまい。」
コートに袖を通し、帽子を頭に被る。
後ろ髪は、ロケット団を引き継いだ時にバッサリと切った。それが組織の者たちにトレーナーへの未練を断ったように見えたのがスムーズな組織形態の移行に繋がったのは間違いないとサカキは思う。
実態としては母を喪い、意識を混濁させていた弱い自分を切り捨てただけの話に過ぎないのだが。
「あの子は生きていたらもう23歳か。」
「は…?」
「いや、なんでもない。」
母の訃報を聞き、帰省してそのままキクコの屋敷に帰らなかったサカキと、住み込みで働いていた赤い髪の下女とでバッタリ再会したのは20年前のこと。
その時ようやくサカキは、修行の日々の中で彼女に対して抱いた想いが『恋』であり、それを彼女と共有していたことを知る。
そこから15年間の空白を埋めた結果彼女は身籠り、元気な子を産んだ。
下女譲りの綺麗な赤い髪に、誰に似たのやらキツイ目付きをした男の子だった。母のこともあり、息子が物心つく頃には生活費を送るだけの関係にせざるを得なかったが…。
「ラクリウムだったか…本当に使えるのかな?」
「ナンべ博士曰く、ポケモンの急激な身体能力向上と凶暴化が現象としては確認されているそうです。」
「ナンベではない、ナンバであるッ!」
「どうかしましたか博士?」
「いや、なんでもない。どこかで誰かが私の名前を間違えたような気がしただけだ。」
「はぁ…。」
社長室を出てエレベーターに乗り1階のエントランスに出てはそのまま本社ビル前に待機させた社用車に乗り込む。
道中の事務的なマトリの受け答えがサカキの耳心地に良かった。
「少し寝る。着いたら起こしてくれ。」
「かしこまりました。」
車が発進すれば程なくサカキは座椅子にもたれたまま目を瞑る。
助手席のマトリは了承し、横目で運転手を睨んだ。サカキ様の眠りを妨げることなく安全運転をしろ…そんなプレッシャーをかけたのだ。
この年ポケモン歴2007年、サカキは自ら軍団を動かし、大規模な侵略活動を行って全国を震撼させることとなる。
後世の人々は、一連の動乱劇をこう名付けた。『スーパーロケット大戦』と…。
『ミヤモト』
本編より20年以上前にミュウ探索の任務を初代ボスことサカキの母親から命じられたロケット団員。
彼女が消息を絶ったことが娘であるムサシの極貧生活の契機となった。