3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
そんなセレナにサトシがかけた言葉は、あまりにも無神経に過ぎるものであった…。
サトシの問いかけは、ただひたすらにシンプルであった。
その言いようとしては、ポケモンパフォーマーという立場においてのカロスとホウエンの板挟みな状況、それがなんだというのだ?それがセレナがしたいことに対して何が問題だというのか?
そう、あまりにも有り体に突き付けていた。
それは、競技者としてはひたすらに正しい指摘ではある。ポケモンバトル同様コンテストも、コンテストライブも、等しく頂点を競うスポーツの世界。勝って泣く者がいるなら、負けて泣く者もいる。栄光を掴む者がいるなら、挫折に打ちひしがれる者もいる。
どうしたって潰し合い、蹴落とし合いは起こるのだ。
皆勝つために死力を尽くす。そうでなくては自身の夢を叶えることは出来ないし、育て上げたポケモンが不憫でしかないのだから。
しかし、である。それは傷心のセレナに対して、あまりにも無思慮であった。
「ぴかぴ…。」
ピカチュウも駄目だこりゃと天を仰ぐ。
我が主人ながら人の機微に疎すぎる。たまらず爆発したのはハルカだ。
「ちょっとサトシ!そこは「大変だったねー」とか「辛かったねー」とか慰めるとこでしょー!?」
「え?そうなの!?」
「そーなのー!!」
「そぉなの?」
怒鳴られたことへの反発より先に、かけるべき言葉の模範回答を出されて驚く辺りがサトシであった。
ハルカの絶叫に、他の席にいたトレーナーが連れていたほがらかポケモンソーナノが反応しては、店内に妙な空気が流れる。
一方、カロス時代、アプローチを幾度も敢行して、その度に全く響かないというのを繰り返していたセレナからしたら、世間一般でいう女心というものを1ミリも解していないままの、それどころか、人の心すら解せぬようになったのか?とさえ思えるほどの無思慮で一直線なサトシの姿は、何より痛快であった。
「ぷっ、あはははは!」
笑いが込み上げてきた。乾いたものではない。
腹の底からの大笑いに、本格的な説教モードになりかけていたハルカも、呆れ顔のマサトも、サトシに対してギョッとしたままのルチアも、勿論キョトンとしていたサトシも視線を向ける。
「セレナ?」
「あはは、ははははは!」
一体いつ以来だろうか。こうやって、腹の底から笑いが噴き出るような感覚は。
自問しながら、すぐにその答えは出た。
それは、カロス地方を旅していた頃まで遡る。サトシ、シトロン、ユリーカ…。
4人でカロスを巡り過ごした、あの黄金の日々だ。
ホウエンに来てからも喜びそのものは様々あったが、こうも笑えるということは、ハッキリ言ってなかった。
「セレナ、大丈夫か?」
「あはは…大丈夫。ちょっとツボッただけ。」
心配そうに見つめるサトシにセレナは返す。
セレナの行く道の岐路には、常にサトシがいた。サイホーンレースの練習に身も入れず、旅にも出ず家で腐っていた時も、トレーナーとしての指針が見えなかった時も、ホウエンでもがいていた時も、実際側にいるのと心の中との差異こそあったが、それは変わらない。
きっと、これからもそうなのだろう。惚れた弱みとは、きっとこういうものなのだ。
「サトシはずっとそうだったよね。私やシトロン、ユリーカをいつも太陽のように照らして熱くさせて、どうしたらいいか分からないって時は月の光のように道筋を示してくれた…。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
セレナが話すのを、これっぽっちも実感がないサトシは首を傾げるのを見て、これまたセレナはおかしくなってしまう。
セレナの言は、ハルカやマサトにも響いていた。
ポケモンコーディネーターを志したハルカにとっても、ラルトスとトレーナーとしての第一歩を踏み出したマサトにとっても、ホウエンからカントーにかけての旅で共に過ごしたサトシとの関わりがあったからこそ、今こうして自分はいるのだと。
「私が、どうしたいか、か…。」
改めてセレナはサトシからの問いかけを反芻する。
じっと目を瞑り、胸に手を当てる。仕草の中でもその結論は決まり切っていた。
「私は、サトシに相応しい、最強のパフォーマーになる!カロスとホウエンの対立煽り?そんなの関係ないわ!私がやるって決めたんだから!」
セレナはパチリと目を開く。
自然と立ち上がり、その反動で、3年間が育んだより豊かな胸が威勢よく揺れ跳ねた。
「ルチア!3日後のミナモライブ、私、選手として出る!」
「えっ、大丈夫!?それカロスクイーンのエルが出るやつだよ!?」
「だからこそよ!!」
ダンッ!!
両手をテーブルに勢いよく叩きつければ胸も暴れている。
カロスクイーン…それはポケモンパフォーマーの頂点に立つ存在。敏腕プロデューサーヤシオの下で開花した絶対の女王。
彼女こそがいわゆる『カロ船』における最大級にして超弩級の大砲であり、コンテスト発祥の地ホウエンに降り立ち、殴り込みをかけてくるのにも誰もが納得の最高戦力と言えた。
「私、エルさんに負けてカロスを飛び出した身なんだもの。今度こそは勝ちたい!」
それだけではない。
形はどうあれ、セレナはカロスクイーンエルを育て上げたヤシオのスカウトを蹴って渡海した身なのだ。錦を持って帰るだけの何かを成し遂げなければ、どのみちセレナに帰れる場所などあるはずもない。
それだけ背水の陣で臨んだホウエン行きなのだ。
その先に待ち受けていた絶好のリベンジチャンス。サトシに唆された形のセレナは完全に燃え上がっていた。
「その意気だぜセレナ!」
「ぴっぴかちゅう!」
盛大にセレナのやる気に火をつけたサトシに、彼女のその胸中を慮ることは全く出来ていないが、元気になったならよかった。そんなように調子良くサトシははやし立てた。
セレナが立ち上がった拍子にピカチュウはサトシの膝元に戻る。
「よっし!それなら私もギリギリまで調整付き合う!絶対リベンジだよセレナ!」
「ありがとうルチア!」
セレナからサトシへの想いをなんとなく把握し、サトシという男の人となりに若干の不安は感じながらも、彼の言葉で発奮してみせたセレナにルチアも立ち上がって頷き、セレナの手を取りブンブンと振る。
今のセレナの心には、あの日のようにパワーが満ち満ちている。
スカウトして返事をしに来たあの時と同じ目が、ひたすらに嬉しかった。
「ルチアはミナモライブには出ないの?」
「え?うん。チルルはまだ休養中だからね。」
ハルカの問いにあっさりと答える。
ルチアは競技者としてよりは、パイオニアとしてコンテストライブそのものの知名度をより多く高めることに情熱を燃やすタイプである。
それ故に自身の栄達よりも、競技全体のことを考えていた。
「俺たちも負けてられないなピカチュウ!よーし!!」
「ぴかぁ!」
セレナの気合いに感化されたのかサトシも席を立って何かを意気込んだ。
その中身はすぐにその口から飛び出す。
「今から試合に向けて特訓だ!!」
思い立ったが吉日、とばかりに飛び出そうとするサトシ。
その横顔に笑顔になりながらセレナはサトシが通路に出れるよう一旦席から離れる。
「サンキューセレナ!」
「頑張ってね、サトシ!」
あの日々と変わらない、晴れやかな笑みを交わし合うサトシとセレナ。
セレナの方はいわゆる"Like"ではない"Love"のそれだが、やはりサトシに伝わることはない。
けれど今のセレナには、それがむしろ心地よかった。
「サトシ!一緒にトレーニングさせてよ!僕だってジュニアカップやホウエンリーグ優勝目指してるんだから!」
「あぁ、もちろんだぜ!」
同じトレーナー同士、トレーニングへの同行に否と言う理由はない。サトシは力強く頷けばマサトはぱああっと顔を輝かせた。
そうとなればいつまでも両側を花に挟まれてはいられない。
ルチアが席を立ち、退く時間も惜しいとばかりに身をよじってテーブルの下に体を躍らせ、危うくテーブルに頭を打ちそうになりながらも通路に出てはサトシと頷き合い、外に出ていった。
見送るハルカは嘆息するしかなかった。
「サトシに女の子のお悩み解決はやっぱり無理だったカモ。」
頬杖をつきながらハルカは呟く。形としては、セレナが勝手に発奮し、勝手に持ち直しただけなのだ。
もっとも、サトシとしても、セレナの悩みを解決したとはこれっぽっちも思ってはいないだろうなとも感じていた。
当然、彼女が秘める想いにもまるで気づいてはいないだろう…。
「待ってよサトシー!」
「へへっ、急がないと置いてっちゃうぜ!」
「ぴぃかちゅう!」
「サトシ…。」
ハルカとルチアからの視線も構わず、セレナは恋する乙女の顔をしながら、店を飛び出して走り出し、小さくなっていくサトシの後ろ姿を窓から通路に立ったまま見つめ続けていた。
その一途でいじらしい乙女心を間近で見せられては、軽くいじってやろうという気すらハルカとルチアからは失せていた。
こうまで彼女に想われて何とも思わないサトシという男の異常さにも直面させられる。
「そういえば叔父様も女の人の影とかまっっったくなくって、いつも男の人とばっかりつるんでるんだけど…もしかしてバトルのチャンピオンって、"そういうケ"があったりするのかな?」
「あはは、それはない…とは言い切れないカモ?」
男色趣味、ルチアと同じくハルカも頭に過ったものは否定しきれない。ただそれ以上に、単にポケモン馬鹿なだけであろう、というのが思考のほとんどを占めていた。
そこは、サトシという人物と関わってきた年季の違いであった。
サトシがマサトを引き連れ嵐のように去っていき、喫茶店に残された女の子3人となれば、そこからは野郎に気を使うことのないガールズトークに花を咲かすのが自明の理であった。
「ご同席の方がすでにお会計をしてくださっておりまして。」
ひとしきりプライベートでのひと時を満喫し、会計に立てば、店を飛び出して行ったサトシが会計を全て済ませていったとレジに立つスタッフに聞かされれば、3人ともハトーボーが豆鉄砲を食らったような目にさせられた。
「サトシがこんなことするようになるなんて…。」
「チャンピオンともなるとやっぱり違うんだね。羽振りがいいってやつ?」
トップコーディネーターのハルカも、アイドル活動に精を出しながらコンテストライブの世界で生きているセレナとルチアもそれぞれそれなりには経済的に自立できている身分だ。
それ以上にストイックなところもあり、異性から奢られると言うことも、機会、経験ともに乏しかった。
「サトシ…カッコイイ…。」
セレナはというと、両手を頬に当て恍惚とさせられていた。
『ルチア』
14歳。コンテストライブを中心に活動するアイドルで、現ホウエンチャンピオンミクリの姪。
コンテストライブのパイオニアを目指し、日夜競技や布教に積極的に取り組んでいる。
エースポケモンはパフォーマンスのメインを務めるチルタリスのチルルだ。