3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
エキシビジョンマッチを戦うサトシの前に現れたのは、予定されていた対戦相手のレンブではなくアデクだった。
アデクの真意とは一体…?
時は遡る。
控え室を出る直前、サトシは1枚の封筒を渡されていた。封を切り、手紙を読めば、その差出人はアデクであった。
『ワールドチャンピオンサトシ殿へ、突然の無礼を許していただきたい。誠に勝手ながら此度の試合、不肖ながらこのアデクが四天王レンブの代わりにお相手仕りとうござる。自分はこの3年間、次代に続く才能を見出し、それを磨き上げることに注力して参った。その結果、弟子は完全なる袋小路に迷い込み、未だ出口を見つけられないでいる。師として考えるに、自らの姿で以て弟子が、新たなる道を見つけ出す一助となりたいが為の師の親心を果たすに、貴殿との一戦より他になしと愚行致した。どうかこの申し出を受けていただきたい。我が弟子にして貴殿の強敵(とも)であろうシューティーの為に。』
「シューティーが…そっか。」
やけに古風な手紙の中身を読み終え、そっと閉じる。
「ぴかぴ。」
「そうだよな、ピカチュウ。」
手紙の中身を確認する限り、要はこれからアデクと戦えるのだろう?そう考えたサトシは即決で首肯して見せたのだ。願ってもない話であった。
もちろんアデクの申し出の理由も頭には入っている。
シューティーほどの凄い奴が伸び悩み、もがき苦しんでいて、自分がその助け舟になれるというのならばこんなに嬉しいことはない。
サトシにとって好敵手、ライバルとは即ち強敵(とも)なのだ。
それはそれとして、アデクと戦えるということへの興奮が先に来ているのが、サトシという男の本質ではあるのだが。
時を戻そう。
サトシとアデクはそれぞれモンスターボールを手に取り、フィールドへ思い切り投げ込んだ。
試合のペースを握る大事な先発のポケモンは…。
「ミジュマル、キミに決めたッ!!」
「みーじゅ、みじゅまッ!」
「出てこい!ウルガモス!!」
「くるぅぅぅぅぅん!!」
ゴワアアアアアッ!!
ボールから姿を見せた瞬間から、フィールド中に熱気が立ち込める。スタジアム全体の温度も上がり、汗ばむほどだ。
たいようポケモンウルガモス。
その6枚の翅がボディを宙に浮かすためにバタッバタッと羽ばたけば、それだけで辺りに熱風を吹きかけていた。
「チャンピオンサトシの先発はミジュマル、対してアデク氏の先発は数多の伝説を氏と共に築き上げてきた歴戦のエースウルガモス!文字通りスタジアム中を熱気に包み込んでおります!!」
「アデク氏は、チャンピオン交代と同時に後進教育に力を入れ始めたということで、競技者としては実質引退状態と聞いていましたが、これは…。」
「おじいちゃん…本気じゃない。」
放送席のアイリスは、まざまざと肌で感じ取っていた。3年前、彼を破り、王座を勝ち取った張本人であるが故に分かるのだ。
今、目の前でサトシと戦おうとしているアデクが、当時と同等、いやそれ以上の全てを、この一戦に注ぎ込む覚悟であることを。
そして、それに応えんが為に相棒として長らくやってきたウルガモスのテンションも最高潮に高まり、仕上がっているということも。
そんなアデクと対峙するサトシの表情は…いつも通りだった。強い相手と戦えるという高揚感、ワクワクに満ちている。
「ホンット、子供ねぇー…。」
アイリスはサトシに嘆息する。
彼女は、アデクがこの場に出てきた事情は知らない。
だが、サトシの強い相手なら誰であろうと変わらない姿が、アデクにとって救いとなっていることは、なんとなく察していた。
「おーい!冷えてるやつ頼むよ〜!」
「ビール!ビール!」
「はいはいただいま〜!」
どよめきから程なく盛り上がりを取り戻した観客席では、ロケット団がドリンクの売り子としてあちこち走り回っていた。
大会が始まるまではコイキング焼きの露店を出し、大会中はスタジアムに入った観客をターゲットに商売をし、資金集めに奔走している。
無論、ピカチュウゲットという悲願のためである。
「また懐かしいやつを出してきたなージャリボーイ。」
客から代金を受け取りながら、コジロウはチラチラとフィールドの試合経過も視界に入れるので、自ずと足が止まりがちになる。
その度に、反対側の客席からの鋭い視線が突き刺さるのを感じた。ムサシである。
「はいはい、わかってますよー…。」
ジャリボーイこと、サトシを長いこと追いかけ続けている中、彼が大事な試合をモノにしてスターダムを駆け上がってゆくその姿は、彼らにとっても眩しいものであった。さながら近所の子供が大きく成長していくのを間近で見てきた気分だ。
それはそれとして、ピカチュウゲットの悲願を捨てることはない。
それが、ラブリーチャーミーな敵役としての矜持であるからだ。
「みじゅう〜…?」
「ビビるなよミジュマル、相手はほのおタイプだぞ!」
「ぴっかぴか〜!」
「ま?」
陥落したとはいえ、トレーナーであるアデクをイッシュリーグのチャンピオンという頂点まで導いたウルガモス。
その威厳溢れる佇まいに対して、アレと戦うの?というようなあからさまに不安たっぷりな視線をサトシに向け、完全にビビッて腰が引けていたミジュマルは、サトシの声に改めて観察をする。
放つ熱気から、確かに間違いはないと見た。ほのおタイプは、みずタイプに弱い…。
それは、ポケモントレーナーならばおおよそ1番最初に頭の中に叩き込む基礎的なタイプ相性であり、ポケモンたちも生き抜くため、本能から熟知しているであろう理屈だ。
「みじゅま〜!」
「よし!いけッ!シェルブレード!!」
自分の方が有利ならばこっちのもの。
ミジュマルは調子を取り戻す…のを通り越して一気に調子に乗った。このお調子者っぷりがミジュマルの持ち味であり、それをサトシは知り尽くしていた。
下手に嗜めるより、お調子に乗せたままの勢いを利用して攻めを組み立てる方が、トレーナーとしても都合がいいのだ。
サトシ自身もノリと勢いで生きてるタイプなのもあるのだが…。
「みじゅままま!」
お腹に装着していた貝殻、通称『ホタチ』を右手に持ち、ミジュマルは真っ直ぐウルガモス目掛け突撃を開始する。
ホタチから鋭利なみずタイプエネルギーの刃が展開されてゆく。この刃を叩き付けるのがミジュマルの自慢にして必殺の一撃、シェルブレードだ。
「じーちゃん…まさか寝てんじゃねーだろうな?」
観客席からのバンジロウにはアデクの瞑目が見えた。
腕を組み、仁王立ちからその目は硬く閉じられている。
それを見たバンジロウはもちろん、アデクを応援している人たちはヤキモキさせられている。これも、往年のファンにはある種お馴染みの通過儀礼と言えた。
「(アイリスに敗れ、新たな時代の到来を感じて王座を明け渡し、一度は退いたこの老体…。)」
アデクの瞼の裏にフラッシュバックするのは、不器用ながらに何よりひたむきで、自分の教えを体現し、とうの昔に師を超えたことに気付けず、もがき続ける弟子の姿…。
「今一度、いくさ舞台に躍り出た我が思いを、この一戦にかける!!」
アデクの瞳がくわ!!と思い切り開かれた。
スタジアムを煮えるような暑さに放り込んだのは、ウルガモスの熱気だけではない。
アデクの放つ燃え上がるような覇気が混ざり合うことで実現していたのだ。
「うッ!?」
茹だるような暑さが支配するフィールドで、ゾクリと悪寒が走る。
サトシが感じ取ったのは、歴戦の猛者が放つ、とびきりの殺気…!
「迎え撃てウルガモス!オーバーヒート!!」
「くるるるるるぅぅぅぅ!!」
ウルガモスは一瞬身を屈ませてから、ピンと全身を張り、6枚の翅も真っ直ぐ伸びればその瞬間…。
ゴアアアアアアアアアアアッ!!
猛烈な熱風、いや、凄まじい熱そのものがフィールド全体に吹き荒れ、叩き込まれた。
スタジアムにいる全ての人やポケモンたちを否応なく発汗させる、それはまさしく真夏の太陽、いや、太陽そのものを間近で叩き付けられたかのような感覚に陥らせるほどの、強力なほのおエネルギーの奔流であった。
ジュッ!
お調子に乗ったままウルガモスに飛びかかっていたミジュマルは、空中でその凄まじい奔流を受ける形になった。
タイプ相性上はどこまでいってもほのお技はみずタイプには効果は今一つ、しかしそれ以上にとんでもないことが起きた。
ホタチから展開させていたみずエネルギーの刃が、ウルガモスのオーバーヒートにより一瞬で蒸発させられてしまったのだ。
「みじゅまッ!?」
げぇっ!?とばかりにホタチを見ては、驚愕のあまり目が飛び出そうなほど狼狽するミジュマル。
刹那、その小さな体が熱の嵐に呑まれ、吹き飛ばされてしまった。
「ミジュマル、ホタチでガードするんだ!」
吹き飛ばされるミジュマルは返事ができない。
ただサトシの指示はしっかり届いており、ホタチを構え、オーバーヒートの熱気を前に全身が焼き尽くされることを防ぎにかかった。
「みじゅじゅうッ…!?」
猛烈な熱の波が止む。吹き飛ばされ、相手側のフィールドまで走り込んでいた小さな体は、サトシのはるか後方、フェンスの手前で尻もちしながら着地した。
体中からブスブスと、焦げたような臭いを発していながらも、ミジュマルは健在だ。
一方のウルガモスは、全身から排熱するようにエネルギーを放出していた。
オーバーヒートを発動したことによる特殊攻撃力低下のデメリットだ。端的に言うならば、パワーダウンしている。
「戻れい、ウルガモス。」
「戻れ!ミジュマル。」
アデクはウルガモスをボールに戻す。
目を潤ませながら訴えてくるミジュマルに応えるように、サトシもミジュマルを引っ込めた。
ウオオオオオオオッ!アーデーク!アーデーク!
この序盤の差し合いは、前チャンピオンアデクの実力健在なり、ということを示すのに何より雄弁であった。
サトシに油断はなかった。シンプルに、アデクの最初の一手の強烈さに上を取られたのだ。
それは、3年ぶりに味わった、あまりよろしくない試合の滑り出しと言えた。
『カウンターシールド』
サトシが開発した攻防一体の戦法。
攻撃技を回転させながら、または攻撃技自体を回転するよう制御させて放つもので、ポケモンには高いフィジカルまたは技のコントロールが要求される。
サトシ意外にも扱えるトレーナーは一定数存在している。