3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
互いに交代の選択肢を捨て、真正面からのどつきあいで競り勝つウルガモスを前に、サトシもチャオブーも決して闘志が折れることはない…。
「むっ…、はうあ!?」
「おっ。起きたかい、レンブのあんちゃん。」
サトシとアデクの死闘が互いに退路を断って佳境を迎える中、控え室にて重ねたパイプ椅子に寝かされていたレンブが意識を取り戻したのを、傍でその試合を見ながらのバンジロウが気付いた。
サトシと本来戦う予定であったレンブが何故急に祖父にすり替わっているのか?ストイックに健康管理をこなすレンブを、師の孫という立場からよく知っているバンジロウが、唐突にアナウンスされた『体調不良』の一言で納得できる道理もなかった。
何かあったのだろうと観客席から飛び出し、控え室を覗いてみれば、バンジロウからしたらそれは案の定な光景であった。
屋台で売っていた団扇を扇いで涼をとっており、エアコンは付けていない。実際には付けられなかった、が正しい。
この暑さだ。無論電源を付けようとはしたのだが、リモコンの操作方法が分からなかったのだ。
バンジロウの機械音痴なところは、祖父のアデク譲りであった。
「バンジロウ殿。」
「その呼び方やめてくれっつってるだろ?アンタの師匠はじーちゃんであって、おいらじゃねー。」
上体を起こしながらのレンブはバンジロウに気付き、挨拶をするのを、当のバンジロウはその仰々しさから制した。
そうは言われても、と表情で返すレンブ。
尊敬する師の孫に対してフランクな対応などできるはずがないという生真面目さが、彼の美徳であった。
そんなレンブに、バンジロウは、ん、と封筒を差し出す。アデクがレンブの近くに置いていったものだ。
「アンタの出番だってはずなのにいきなりじーちゃんが入場してきたから、なんかあったんだなって気がしたからここに来てみたらさ。そうやってぐっすりだったんだ。そんで、悪いとは思ったけどそいつを読ませてもらって、事情は把握した。」
レンブは急ぎ手紙に目を通す。
『我が一番弟子レンブへ。このような凶行に走った師の愚、生涯恨んでくれて構わない。お主の知る通りワシは、チャンピオンの座から降り、生涯最後に大きな原石を見出した。お主も知るシューティーだ。ワシはあの子に、己が全てを叩き込み、あの子もワシの教える全てを吸収し育ってくれた。しかし、時代は、ワシの全てを以てしてなお、遙か及ばぬ領域へと至っておった。今以上のさらなる領域へあの子を誘うには、あの子が全てを吸収したワシと言う存在が、すでに過去の遺物であり、イッシュで得たものを礎として新たな学びを求めなければならないと気付かせることが必要であると思い至ったのが何よりの理由である。謝って済むことであろうはずはないのは重々承知のこと。しかし伝えておかぬはそれ以上に不義理と筆を走らせた次第である。ワシのことは良い。どうかその代わり、弟弟子の為に力になってやって欲しいのだ。兄弟弟子同士、仲良くやってもらいたい。それだけが望みじゃ。』
読んだ手紙にあったのは、間違いなく師の筆跡で書かれた、レンブから見た弟弟子への不器用だが深く、熱い愛情…。
ボフッ。
そのレンブの顔にタオルが投げ込まれた。バンジロウがモニターから顔を動かすことはない。
「じーちゃんのウルガモスさぁ。相変わらず無茶苦茶やるよな。会場のどこ行ってみてもあちくてたまらんぜ、こりゃあ。タオルが何枚あっても足らないよな?」
バンジロウの口元は僅かに吊り上がっている。
お互い祖父の、師父のやりたい放題にはほとほと参るね…。そんなレンブに対して寄り添うような笑みを、横顔から見せていた。
「あぁ…あぁ。熱くて、かなわんな。」
熱くなった目頭を、レンブは拭っていた。
ウルガモスのパワーにより熱され続けているスタジアムの中、ろくに空調もきいていない部屋で、ずっと意識を失っていた間流れっぱなしの汗を拭いているのだから、なんの不自然さもないのだ。
目からとめどなく『汗』が流れることも、何ら不思議なことではない…。
「アデクさんの本気の一撃!また見られる日が来るなんて!」
街頭モニター前のシューティーは、試合を観戦していて興奮しながら心のどこかで違和感を覚えていた。
画面の向こうのウルガモスがこれから放たんとする一撃に、どうにも思ったほどに迫力を感じないのだ。
それは決して、アデクが力をセーブしているわけでも、ましてや全盛期を通り過ぎて弱体化しているわけでもない。
「サトシからの反撃を警戒しているのか?思いもよらないことをしてくるからな。彼は。」
そうやって、内心湧いてくる疑念を無理矢理払拭する。
シューティーは、自分がとうの昔にアデクの力を越えている事に気付いていない。
3年前、絶対的な実力差を叩き付けられたジュニアカップ優勝後のエキシビジョンマッチから、ずっとかかり続けている分厚いフィルター。
それがシューティーにとって、アデクを絶対視する要因であり、何よりの足枷になっているのだ。
「流石、アデクさんだ。」
シューティーは未だ、アデクの真意を解してはいない。
「ウルガモォス!!」
「くるぅぅぅ!!」
アデクのシャウトにウルガモスが応え、全身に溜め込んだ太陽の如き熱エネルギーを現出させ、それがついには周囲の空間すら歪ませていく。
長らく頂点に君臨し続けた強者の一撃が、放たれようとしているのだ。
「オーバァァァァァ…!!」
ゴゴゴゴゴゴゴ…!!
ウルガモスの周囲のフィールドの人工土壌が溶解し、底面のコンクリート部が露出してゆく。
「ヒィィィィィトォ!!」
「くぅぅぅるぉぉぉぉぉぉぉ!!」
カッ…!ボアアアアアアアアア!!
そして、ついに全身全霊の一撃が放たれた。
立ち塞がるすべてを焼き尽くしてきた灼熱の劫火が奔流となり、チャオブーへ迫る。
「あっつぅ!?」
「(マサト!?)」
「マサトくん大丈夫!?」
その熱の力は、直接触れていない地面を削り溶かし、フィールド四方向を囲うフェンスが熱され、最前列で観戦していた観客が手を置けば、危うく火傷するほどにまでなっていた。
ロビーから、居ても立っても居られずにスタジアムまで移動しており、フェンスに手をかけていたマサトがその熱さから飛び退けば、たまらずボールからサーナイトが飛び出てその手を握る。
フェンスの一部は、それそのものが熱に負けて変な方向に折れ曲がってすらいた。
「チャオブー!ほのおのちかいでバリアを張るんだ!!」
「ちゃおおぅ!」
サトシの指示に応じたチャオブーは、地面に拳を叩きつけ、自らのほのおエネルギーを大地に送り込めば、その周囲を無数の炎が包み込み、やがてそれらが一本の巨大な柱となり、防壁として形成されてゆく。
「ちゃおぶ!」
即席で作り上げた炎のバリアの中で、チャオブーはさらにガッチリとガードを固めた。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!
オーバーヒートの劫火が、ほのおのちかいのバリアに襲いかかる。
ほのおエネルギー同士のぶつかり合い、その余波がバリアフィールドそのものを軋ませている。
「ぐぅッ…!!」
「ぴ、かちゅう…!」
サトシもピカチュウも、滝のように流れる汗を無視し、強烈な熱の激突を前にしてなお、チャオブーの後ろ姿を視界からは決して逸らさない。
目を背ければ、それは敗北なのだ。
目の前で必死に耐え続けるチャオブーを、バトルで死力を尽くす仲間を、誰が見放したりなどするものか。
「ウルガモスのオーバーヒートの強烈な一撃を前にこれは!ほのおのちかいのバリアが、徐々にパワーを散らされていっております!!」
「ここにきて、シンプルにポケモン間のステータスの差が響いてきたみたいですね。ウルガモスは、カイリューやバンギラスにも並ぶ高いポテンシャルを秘めた大器晩成型のポケモン。そのパワーは、成熟していない伝説のポケモンならば、平気で上回ってくる。」
サトシが、押され気味のチャオブーが、必死に堪えている…。
「サトシー!!おじいちゃんもうバテバテよ!!そんなとこで押し切られちゃ、あたし承知しないんだからねー!!」
それがアイリスには3年前の自分と、オノノクスの姿にダブッて見えていた。
思わず立ち上がり、腹の底から叫んでいた。やはりアイリスにとって、サトシは憎からず思う大事な仲間なのだ。
「ほれ、どうしたワールドチャンピオン!!このおいぼれ1人御しきれぬようでは、この先、新たな時代を築くことかなわぬぞ!」
「アデクさん…!」
「それとも、コレがお主の限界とでも言うか!!だとしたら失望させてくれたものよなぁ、えぇ!?」
そんなはずはないだろう、アデクは心中で自身に反論する。
サトシには出来るのだ。コレを耐え切って見せるだろう。そうして過去の人物たる自分を乗り越えてゆくのだ。
その確信がなくば、何のために自分はこの場にいるのか…?
「アデクさん…!!」
サトシは、アデクがわざわざ弟子のレンブを押し除けてまでこのバトルを仕掛けてきた経緯を思い出した。
ここで、自分がアデクを乗り越えて見せなければそれは即ち、狭いイッシュの中に閉じこもり、袋小路に入り行き詰まってしまった強敵(とも)に対して、行く道を示してやることも出来ない。
「俺は…俺たちは負けない!相手がどんなに強くたって!!俺と、仲間たちの力を合わせて、乗り越えてみせる!!」
「ちゃおおッ…!!」
「チャオブー!ひとりぼっちじゃないぞ!お前には俺や、一緒に戦う仲間がついてるんだ!!」
「ちゃ…おお…!!」
「く…くるぅ…?」
サトシの声に応えたチャオブーが、全身から炎と闘気を噴出する。
「ぬうッ!?あ、あれなるは…!!」
アデクには確かに見えた。全身を闘気に包んだチャオブーの両肩に、小さな影が2つ。
それは、ゆらめく炎が生む幻としては、あまりにもハッキリとしている。ありもしないものが目に映るほど、アデクはボケたつもりはない。
チャオブーの右肩にツタージャ、左肩にミジュマル…間違いない。それぞれの輪郭が、ぼやけながらに立っていたのだ。
アデクのウルガモスの『全身全霊オーバーヒート』
長年鍛え抜かれたウルガモスのほのおエネルギーに、アデクの闘気が加わってバトルフィールド自体を焼き払ってしまうほどの灼熱劫火。
その熱の力は、水を蒸発させ、岩をも溶かすパワーだ。