3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
アカデミー遠征組と腹拵えを済ませては、アルバイトのハイダイ青年と来訪早々に初のポケモンバトルに興じるのだった…。
「キングラー!」
「ケケンカニ!」
「「クラブハンマー!!」」
ガキイイイイイン!
キングラーが巨大な左腕のハサミを振り下ろし、ケケンカニがそれを受け止める形で両腕のハサミを使ってのガードとして、クラブハンマー同士の衝突が起こる。
蒼白いみずタイプエネルギーがスパークし、辺りに飛び散った。
「ケケンカニ、ひやみずだい!」
「ぶしゅーーーッ!」
ハサミが鍔迫り合いを起こす中、ケケンカニは、口から冷たい水をキングラーに吹きかける。
「相手の攻撃力を下げるひやみず攻撃や!」
「キングラーのパワーはそんなことじゃあビクともしないさ!」
窓際席からのチリに、サトシは意も介さずキングラーを下げることはしない。
「いけキングラー!!」
パワーで押せる、その確信からだ。
「ごっき!!」
「な、なんだい!?」
グググ…!
攻撃力を下げる効果を持つひやみずを受けてなお、キングラーがハサミを押し付ける圧力は変わらない。
この時初めてハイダイは合点がいっていた。
「かいりきバサミかーッ!」
ガッキィ!!
ひやみずの追加効果にあるような、攻撃力低下を一切合切受け付けない特性『かいりきバサミ』。
ハイダイは、キングラーの特性としてもう一つポピュラーである急所への一撃を無力化する『シェルアーマー』と予測したのが裏目に出た。
「かんに!!」
「いいぞキングラー!その調子だ!」
「ごきごき!」
力任せに振り下ろされた巨大なハサミの圧力を前に、ズザザと交代させられるケケンカニ。
サトシに褒められ気を良くしたキングラーは、そのまま尚も殴りかかりに距離を詰めてゆく。
それは、トレーナー、ポケモン双方から調和された思い切りの良さに他ならない。
ハイダイには、それが眩しく見えた。
ポケモンバトルと料理、2つの道を前に若きハイダイは思い悩み続けて今に至っている。
幸か不幸か、双方ともに優れた才能を彼は併せ持っていた。それが、迷いに拍車をかけていた。
煮え切らない態度や精神は、パフォーマンスの精彩を欠くことに他ならない。
ハイダイは、暗い、悩みのトンネルの中にいるのが現状であった。
「チャンピオンさんは!」
「はい?」
「ごきぃ!!」
ガキン!ガキン!
キングラーが押せ押せなムードに乗って巨大なハサミを何度もケケンカニに振り下ろす。
ケケンカニはガードするので手一杯だ。
「悩んだり、迷ったりしたことは、ないんですかい?」
「ありますよ!たくさん!!」
ハイダイからすれば、それは意外でしかない返答。
「俺の場合は、まず先に体が動いちゃうんですよ!それで失敗しても、何かが残る!」
ガキン!ガキン!ミシミシミシ…!
「ん…。」
審判のオモダカが異音を耳にする。
それは、蟹ポケモン同士の鍔迫り合いの合間に発していた。
「無駄なことなんか、1つもないんだ!」
「ごおきぃ!!」
サトシの話は、ハイダイにはまさしく天啓であった。
悩むくらいなら、まず動く…失敗しても、何かは残る…。
「かにぃ!」
「チャンピオンサトシ!ケケンカニのハサミが…!」
キングラーが巨大なハサミを再度振り下ろす中、オモダカが異変に気付き、サトシに制止を呼びかける。
ケケンカニの両腕のハサミが、キングラーからの打撃をガードし続けた反動からもげかけているのだ。
しかし、当のサトシの耳には届いていない。パルデア地方での初バトルで、舞い上がっている部分もあったのだ。
「ぬうう…うおおおおお!!」
咆哮、その後、ハイダイの双眸に、あるべき光が戻る。
「すまんケケンカニ!」
「がに!?」
キングラーの猛攻を必死にいなしながらケケンカニは主人の言に耳を傾ける。
若干表情から、手短に済ませろと伝えるのも忘れない。
「オイラ、お前たちを理由に、ずっと1人で殻に閉じこもってた!迷い悩むためにだ!!だがこれからは違う!!」
「かにぃ…!」
「オイラたちで走り続けてくんだい!!オイラたちの行くべき道を!!目指す道を!!」
「かんに!!」
ハイダイがキングラーを指差せば、ケケンカニは接続が脆くなった両腕のハサミを突き出す。
そこに、一切の躊躇などありはしない。
「ロケットォォォ…!!」
「かにぃぃぃ!!」
「パンチだぁぁぁい!!」
ボシュウウウ!!
突き出された両腕から、技エネルギーの噴射により、もげかけたハサミが弾丸として放たれた。
ケケンカニの奥の手『クラブハンマー・ロケットパンチ』である。
「なにィ!?」
「ごき!?へぶぁ!?」
これは、完全にサトシも予期していなかった。
押せ押せムードで前のめりに打ちかかり続けていたキングラーが、至近距離から放たれたロケットパンチに反応できるはずもなく、顔面からまともに受けてしまい、大きく後退させられる。
結果的に切断されたケケンカニのハサミは、フィールドの枠線外に落下して突き刺さるが、その行方に興味を向けるのは、重度の食通くらいのものだろう。
「好機だい!!」
ハイダイが懐から取り出したのは、黒紫色のデバイス…。
「ぴかぴ!」
「あれは、テラスタルオーブ!!」
「今こそ、ぶっこみ大変身!水もしたたるいいポケモン!」
眩い輝きを放つテラスタルオーブを、ハイダイがケケンカニの頭上に投げ込む。
クリスタルが巨体を覆い尽くせば、中から出てきたケケンカニの頭部には、みずのテラスタルジュエルが発生していた。
その輝きはまさに、ハイダイの吹っ切れた証…。
「おお!みずテラスや!!」
「しかし、ケケンカニの両腕は…。」
チリが興奮気味に叫ぶも、オモダカは懸念を口にする。
ロケットパンチで飛ばしたハサミを無くし、ケケンカニには戦うための武器が見受けられないのだ。
「心配ご無用!オイラのケケンカニは、その前身余すとこなく武器なんだい!!」
まさかひやみず一本で戦うとでもいうのか?そんな疑念のオモダカをハイダイは笑い飛ばせば、今度はケケンカニがキングラーに対して距離を詰め出した。
ドドドドドド…!!
その迫力溢れるダッシュは、まさしく己が肉体そのものを弾丸に見立てたものである。
「インファイトか!!」
「その通りだい!!」
「かにかにかにかにかに!!」
ドドドドドド…!!
ケケンカニの猪突猛進…ハサミを失ってもなんのその。
その闘志がブレることはない。
「キングラー、あわ攻撃!」
「ぶくぶくぶくぶく!!」
キングラーが口から大量の泡を発射し、ケケンカニに命中していく。バチン、バチンと命中した泡が弾ける。
しかし、ケケンカニの突撃に翳りは見られない。
「効いてない!?」
「ケケンカニはテラスタルで、一時的にみずタイプになってるんや!」
「くッ!!」
直にテラスタルを扱う相手と対戦したのは、これが初めてなサトシである。
タイプそのものが切り替わるという現象が、攻防ともに大きな影響を与えることを実感させられた。
「ケケンカニ!いくんだぁ〜い!!」
「かんにぃぃぃぃぃ!!」
ドゴォ!!
「ごき〜!」
ケケンカニの巨体が猛烈なタックルを仕掛けては、たまらずキングラーが吹き飛び、宙に舞う。
会心の手応えに、ハイダイは握り拳を作り、ガッツポーズをした。
「決まったんだい!!」
「まだだぁ!!」
サトシの一声。勝負は、まだ着いていない。
「ごきッ!!」
サトシの一声に反応したキングラーは、空中で姿勢を整えた。
チャンピオンのポケモンの流石の身のこなしに、野次馬からおぉ、と声が上がる。
「ぬううッ!!」
ハイダイは、ケケンカニは、身構えるしかできない。
守りを捨てたインファイトの一撃ののちの硬直は、如何ともしがたいものであった。
「キングラー!はかいこうせん!!」
「ごぉき〜!!」
空中のキングラーが、ケケンカニに巨大な側のハサミを向け、大きく展開する。
ハサミそのものが大きな大砲の砲台となり、エネルギーがチャージされ…。
グアビビビビビビビビ!!
発射された。
橙色の強力なエネルギー光線が、ケケンカニに迫る。
「ケケンカニ、ひやみずだい!」
「ぶしゅううううう!」
ハイダイは、土壇場でも足掻いてみせた。
少しでもダメージを抑えるための、あわよくば相殺狙いのひやみず攻撃…ケケンカニは、冷たい水を口から発射する。
バチィィィ!!
はかいこうせんとひやみず、その技の威力の違いから、拮抗すら叶わない。
一方的にはかいこうせんが押し勝ち、勢いが殺されることもなかったエネルギーの奔流が、ケケンカニを襲った。
「かにぃッ!?」
ちゅどおおおおおん!
「ケケンカニッ!!」
はかいこうせんが着弾し、大きな爆発が起こる。
土煙が晴れれば、そこには目を回しながら沈黙するケケンカニの姿があった。
「ケケンカニ、戦闘不能!キングラーの勝ち!よって勝者、チャンピオンサトシ!」
「やったぜキングラー!」
「ぴっか〜!」
「ごき!」
オモダカのジャッジと同時に、キングラーが着地する。
ピカチュウが駆け寄れば、頭の上によじ登り、飛び跳ねながら勝利を祝っていた。
キングラーも得意げな顔をする。
「かにぃ…。」
「よく頑張ったな。お疲れ様だい。」
ケケンカニを労い、ハイダイはボールに戻す。そうしてサトシに歩み寄れば、サトシもそれに気付き、右手を差し出した。
「対戦ありがとうございました!ロケットパンチにテラスタル、すっげえカッコよかったです!」
屈託のない笑みを向けるサトシに、改めてハイダイは行く道を照らされた気がした。
握手に応え、深く頭を下げる。
「こちらこそありがとうございました、チャンピオン!今日この日は、一生の宝物なんだい!」
「あ…でも、ケケンカニのハサミは…。」
サトシが切り離されたケケンカニのハサミを見ては、申し訳なく俯く。
ハイダイは、破顔した。
「大丈夫だい!ケケンカニのハサミはもげてもすぐまた生えてくる!」
「そうなんですか、よかったぁ…。」
ホッと胸を撫で下ろすサトシ。
ハイダイの肩を、近付いていた店長が掴んだ。
「どうでい、ハイダイ。迷いは、晴れたかい。」
「店長!はい!オイラ、決めました!バトルも、料理も、どっちも心血注いで頑張るんだい!!」
聞く者の捉え方次第では、優柔不断とも取られかねない選択。しかし、ハイダイの瞳には、信念の光が宿っていた。
それを認めた店長が言葉を紡ぐことはない。腕を組んだまま、ただゆっくりと、大きく頷いた。
その言葉通りハイダイは25年後には、ジムリーダーとコックの二足の草鞋を見事に履いて見せた町のシンボルとなっているのは、また別のお話である…。
パチパチパチパチパチ…!!
「ええ勝負やったで、お2人さん!」
野次馬たちが拍手を送る。サトシとハイダイのバトルは、最高のパフォーマンスになったようだ。
レストランを後にしたアカデミー選手団は、クラベルが予約したそらとぶタクシーの座席に座り、出発まで秒読みという段階。
オレンジアカデミーがあるテーブルシティまでひとっとびで帰還する予定であった。
それを、サトシとオモダカが見送る形になっている。
「それではオモダカさん。チャンピオンの道案内、お願いしますよ。」
「はい。任せてください。」
クラベルに、オモダカはハキハキと返してみせる。こうなる過程そのものは強引ではあったが、彼女自体はじゅうぶん信用に値できる。
クラベルはそこは理解していた。
「くぇあー!!」
多数のインコポケモンイキリンコたちが翼をはためかせ始める。出発時間だ。
「すっげー!!」
「ぴかぴか〜!」
イキリンコたちが足で抱えるゴンドラが浮き上がり、浮遊し、空の旅に出る。
サトシは、初めて見るパルデア地方原住のポケモンに、終始目を輝かせていた。
「サトシはん!会長はん!また学校で〜!」
「道中、お気を付けて!」
「またな〜チリ〜!みんな〜!」
「ぴかぴか〜!」
そらとぶタクシーが飛び立てば、サトシとオモダカは手を振り、見送る。
やがてゴンドラは、彼方へ飛び去り見えなくなった。
「それでは私たちも出発しましょうか。」
「あぁ!よろしくなオモダカ!」
「ぴかちう!」
程なくしてサトシとオモダカはマリナードタウンを後にした。
陸路で目指すはテーブルシティ、オレンジアカデミーだ。
サトシvsハイダイ
3C1Dルール
サトシ ハイダイ
キングラー○ ケケンカニ●
勝者 サトシ