3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
彼方の湖を眺めながら、2人はお互いの夢を語らい友情を深め合う。
サトシはポケモンマスター…オモダカはパルデアのチャンピオンランク…。
目指す頂は、遥か遠いまま。それでも歩みは、止まらない。
「ふわわ、おはよ〜オモダカ。」
「ぴっかぁ〜!」
「ふふ、おはようございます、サトシ。」
マリナードタウンを出発したのは昼食を済ませてすぐのこと。
そこから西2番エリアの列柱洞を抜け、チャンプルタウンに辿り着いたのは21時を過ぎた頃であった。
船旅から陸路を行き、流石に疲労困憊なサトシとオモダカは手近のビジネスホテルに飛び込み、部屋を取るなり軽くシャワーで汗を洗い流して早々に夢の世界へ旅立った。
「バトル世界一のチャンピオンにも、こんな弱点があったのですね。」
「ぴかぴぃか〜。」
規定されていたチェックアウト時間は10時。
オモダカは7時起床、8時半にはロビーにて待機していた。
対してサトシがロビーに出て来たのは10時5分前…、つまりチェックアウトギリギリであった。
パルデア地方のポケモンセンターは、屋外型のスタンドとして各地に配置されており、地方全域をカバーできる規模こそあれどその反面宿泊機能は持ち合わせていない。
そのため旅人が宿を取るならば、野宿か、こうした安いホテルで部屋を借りるしかないというのが、サトシには軽いカルチャーショックではあった。それは寝坊をかました理由にはまるでならないが。
「ほっといてくれよう。」
口元に手を当てクスリと笑むオモダカに、朝の弱さを露呈したサトシは、バツが悪そうな顔をするしかなかった。
これではチャンピオンの威厳も、先輩風もあったものではない。自業自得だが。
「お腹空いたなぁ。」
ぐう、とサトシの腹の虫が鳴る。
朝食にしては少し遅く、昼食にしては少し早い時間帯だが、行軍を進める以上何も食べないわけにもいかなかった。
腹が減っては戦はできぬ、ならぬ…腹が減っては旅はできぬ、である。
「ぴかぴ、ぴかぴ。」
「んー?あそこがいいのかピカチュウ。」
「ぴか。」
食事を済ませる場所を探そうと辺りを見回すサトシの左肩に乗っていたピカチュウが、ある一点を指差す。
その指差した先に、オモダカは頷いた。
その表情は一瞬強張るが、サトシは気付かない。
「じゃああそこにするか。」
宝食堂、と書かれた木の看板が目印の古風な店の外装は、カントー出身のサトシには馴染み深いデザインであった。
サトシが決めたなら、と特に反対することなくオモダカは続いて歩く。
外れて欲しい勘程よく当たり、そこには男も女も関係ない。
これをこの後のオモダカは、否応なく痛感させられることとなる…。
「らっしゃーせ、カウンターへどーぞー!」
店に入れば、広めの居酒屋そのものという内装が出迎えた。
メニューを運ぶおそらくはバイトの青髪の青年が、威勢は良くマニュアル通りであろう対応をしてくれた。
テーブル席では、赤髪を降ろし、後ろで結ぶ美女が注文を取り、小柄な店員が手早く立ち去った客の後の席を掃除している。
「いらっしゃい!あら、ワールドチャンピオン!」
厨房から顔を出した女性のコックコートに合わさる褐色肌、生来からであろう威勢の良さは、年若いながらも店を切り盛りしてゆく女傑であることを主張するに余りあるものであった。
そんな女将は、サトシを見て手を口元に当てる仕草とともに驚いた表情を見せる。
カウンター席に座る少年は、一瞬肩を振るわせた。
「女将さん。ご無沙汰です。」
「あっ、オモダカちゃん!大会見たよ!優勝おめでとう!」
オモダカは、女将に一礼する。
一礼し、頭を上げた視線の先を見て、晴れやかであった彼女の双眸が見開かれる。
「んッ…。」
カウンター席の少年は、オモダカと同じオレンジアカデミーの制服に身を包み、これから食事に手を付けようか、というタイミングであった。
無表情ながら、オモダカと顔を合っては、変な声が出た。出てしまった。
「きみもアカデミーの学生なんだね。俺、マサラタウンのサトシ!」
オモダカが硬直してる中、サトシは少年の左隣に座り、話しかける。
フレンドリーを通り越して無粋な気安さを感じるも、そこに不快感がないのが、少年には初めての感覚であった。
「こいつは相棒のピカチュウ!」
「ぴかちう!」
「はじめまして。オレンジアカデミーのアオキ、と申します。」
今をときめくワールドチャンピオンを目の前にした少年…アオキは、無表情ながらその実は、心臓をバクバクと鳴らしながら自己紹介をする。
そんなアオキをジト目で流し見つつ、オモダカはサトシの右隣に座った。
サトシを間に挟んで、アオキから距離を置く。
「はい、おまちどうさま!」
「うわぁ〜美味そう!いただきまーす!!」
「ぴっかぁ〜!」
「いつもありがとうございます、女将さん。」
注文した定食を渡されては、サトシとピカチュウは目を輝かせていた。その理由は、主に量である。
宝食堂は、居酒屋の側面が強いものの、いわゆる学生の財布に優しい採算度外視の格安メニューも提供していた。
聞けば女将もアカデミーの卒業生らしく、大筋で見れば後輩と言える人たちの胃袋を満たしてやりたい、という親切心であった。
実際、オモダカもアオキも、宝食堂の学生定食には大いに助けられており、常連として通い詰めていた。
「いいってこと!ほらアオキくん、なーに黙ってんの?オモちゃんに言うことあるんじゃあないのかい。」
「………。」
豪快に笑いながら女将はアオキをせっつけば、アオキの無表情がどんよりと暗くなる。
どうやらこの女将、オモダカとアオキが、互いに距離を詰めたくても詰められない、そんなじれったくも甘酸っぱい関係であると思っているようだ。
「…PWT、優勝おめでとうございます。生徒会長。」
「…ありがとうございます。」
細々とした声色で、ボソボソと祝辞を述べるアオキに、オモダカも普段より低く、そっけなく答え、そこで会話が止まる。
食事中だから、と言えばそれまでの話だが。
「美味〜い!あれ、2人とももしかして知り合いだったり?」
「えぇ。アオキとはクラスメイトでして。」
「ちゃ〜!」
そんな2人に挟まれているサトシは、重苦しい雰囲気など一切気にしていなかった。感知すらしていたか怪しいものだ。
「ごちそうさまでした。」
先に来ていたのもあり、アオキが食べ終え席を立つ。
「アオキ。」
背後を通り過ぎようとしたところで、オモダカが呼び止めた。
アオキは顔も、視線も向ける事なく立ち止まる。そのポーカーフェイスを、明らかに面倒そうに彼女に向ける。
「なんでしょうか。」
「出発前の約束、忘れたとは言わせませんよ。」
「約束?」
オモダカの言に、サトシが反応する。
アオキは無表情なまま、そっぽを向いていた。
「彼と約束したのです。"私が優勝したら、お互い本気のポケモンバトルに応じる"と。」
「そうなのか!じゃあバトル出来るじゃん!」
アオキからすれば、それは忘れていて欲しい話であった。
もっとも、そんな抜けたところがあるのでは、入学早々生徒会長になどなりはしないのだろうが…。
アオキは静かに暮らしたい少年であった。
激しい『喜び』はいらない。そのかわり深い『絶望』もない。『植物の心』のような人生を…。
そんな『平穏な生活』こそが、アオキの目標であり、人生哲学なのだ。
『アオキ。ポケモンバトルしましょう。』
そんなアオキにとって、クラスメイトのオモダカは、あまりにも眩しい存在であった。
入学した時点から最上級生はおろか、教師陣より遥かに腕が立ち、絶対的な実力に裏打ちされたカリスマは、たちまち人々の中心へと彼女を押し上げた。
おおよそ『普通』でありたいと望むアオキとは、完全に相反した人物と言えよう。
ポケモンバトルの腕を除いては。
『そんなに強いのに、どうしてバトルを極めようとはならないのですか?』
入学してしばらく経って『宝探し』が解禁され、パルデア十景の1つ、ありがた岩を望みながらのピクニックを思い立ったのが不味かった。
テーブルを置いた場所は、北パルデア海沿いの陸地を根城にしていた不良グループに捕まったのが理由ではない。
詫び料として全財産ならまだしも、ポケモンたちまで渡すよう強いられては、抵抗するより他になかった。それはいい。
その不良グループをたった1人で撃退する一部始終を、オモダカに見られていたのが、不味かった。
『優勝して帰ってきたら、私とバトルして下さい。本気のポケモンバトル、約束ですよ。』
それからは、事あるごとにオモダカがアオキにポケモンバトルを持ちかけ、それをアオキが断る…そんなやり取りが続く中、オモダカはPWTに参加する選手団の一員となり、ジュニアカップで見事優勝を果たして帰ってきた。
これには、アオキも逃げようがなかった。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした。」
「ありがとうね。あ、そうだ。」
サトシもオモダカも食事を終え、町のバトルコートに行こうかという流れの中、女将がオモダカを呼び止める。
「オモダカちゃんとアオキくん、これからバトルするんだろう?ちょうどいいからモニターになってくれないかい?」
オモダカもアオキも首を傾げる。なんのことだかさっぱりと目を丸くしていた。
「バイトくんたち!例のアレ、一丁よろしくね!」
「アイアイサー!」
「えーお座敷の皆様、今からポケモンバトルが行われますので一旦席をお待ちくだっさーい。」
「あ、ポチッとニャ。」
女将の指示にバイトたちが威勢よく返せば、赤髪の美女が座敷席の客を誘導したところで小男?が手元のスイッチを押す。
すると、奥の襖が開き、座敷席を収納していけば、空いたスペースには立派なバトルスペースが広がっていた。
「おおお!すっげー!」
「ぴかぴか〜!?」
座敷席がまるまるバトルコートに変形したのを見て、サトシは目を輝かせる。
大掛かりな仕掛けを前にしたオモダカもアオキも、これには驚愕するよりなかった。
「ワールドチャンピオンにもお気に召して頂けたようで何よりね!バイトくんたちが一晩でやってくれたんだよ!」
「「どうも〜。」」
バイトの男女が女将に応える。
店内に急に出来上がったバトルコートは、他の客からも感嘆をものにしていた。
「いいな〜。出来立てホヤホヤのコートでバトル!」
「ぴぃか〜。」
目を輝かせたままサトシはオモダカとアオキを見る。その瞳は、俺もやりたい!と訴えていた。
「なるほど、昨晩何やら作業してたみたいだけど、コレの為だったんだね。」
「お母さん?」
座敷席から避難していた母娘のうちの母親が、娘と手を繋ぎながらやってくる。
揃って青い髪で、母親は黄色いバンダナを巻き、ピンク色のサファリジャケットに、黄色のスカーフを首元に巻き、娘はイエローフェザーのイキリンコがプリントされたTシャツを着ている。
母親は30代半ばから後半、娘は4、5歳ほどだろうか…。
「女将!せっかくのバトルコートのこけら落とし、あたしもやらせてもらうよ!」
「あら、いいんですか?」
「あなたは?」
やる気満々でバトルに名乗りを上げた母親に、オモダカが問いかける。
「あたしはダイアナ。しがない冒険家さ。どうだい?ここはひとつ、ダブルバトルなんて!」
女将に負けず劣らずの威勢の良さを見せながら、ダイアナと名乗る美女はサトシにウインクする。
こうすればアンタも出て来れるだろう?そういう意図を感知した。
「ダブルバトルか!よーし!」
母親、ダイアナが持ちかけたのはダブルバトル。サトシは、嬉しそうに気合を入れ、席を立った。
『アオキ』
10歳。オレンジアカデミー1年生。
オモダカとはクラスメイトで、物静かな風貌に高い実力を隠している。本人は静かに暮らしたいのであまり目立つようなことはしたがらない。
エースで相棒は質実剛健たるアオキの戦いの指示に忠実なムクホークだ。