3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
しかしアカデミーの仕組みから、その扮装には全く何の意味もなくシゲルにはバレバレであった。
シゲルが臨時講師としてオレンジアカデミーに赴任したのは、サトシがパルデア地方に到着したのと同じ頃のことである。
3年前に参加した、ホダカ博士主導により行われたしんしゅポケモンミュウの謎を探究する『プロジェクト・ミュウ』が、慎重かつ厳しい精査期間を費やした分相応の成果を出したこともあり、ポケモン研究者としてのシゲルは大きく株を上げることとなった。
それも含めた経歴を評価され、イヌガヤ校長より直々にオファーを受けた形である。
「当面の目標は、僕の名前で立派な研究所を構えることなんだ。」
「『プロジェクト・ミュウ』での成果じゃあ足りないのか?」
「ポケモン研究業界も今やデットヒートだからね。そもそもアレは僕が主導だった訳でもないし。」
やってきたシゲルを加えていつの間にか4人でのティータイム。3年前からのサトシとシゲルの昔語りに、リーリエとサワロは傾聴の姿勢を取る。
シンプルにこの2人の語らいに興味があったからだ。
「ありがとう。」
リーリエが差し出したティーカップを受け取り、一口頂くその所作には気品が感じられる。
オーキド博士の孫という名家出身の育ちの良さが垣間見えた。
「若手や、少し上の世代で言えば…それこそアレの主催側だったツルギさん、アサヒさんが頭ひとつ抜けているよ。そのうちホダカ博士の元から独立も考えてるんじゃあないかな。」
「ゴウは?あれから会ってないのか?」
「ホダカ博士の元にはたまに顔を出すけどタイミングが悪いのか、大体フィールドワークに出ているらしくて直接会ってはいないね。」
「お前が散々煽って焚き付けてたのが嫌で避けられてんじゃないの?」
「かもね。」
ジト目を向けるサトシにシゲルはクスクスと笑みを見せながら答える。
3年前のリサーチフェロー時代、サトシとコンビを組んでいた少年ゴウに対して、顔を合わせるたびシゲルは基本的に辛辣であった。
『僕が認めるサトシのバディには、僕と同等か…僕以上のトレーナーであって欲しいからね。』
『どういう意味だよ?』
『サトシのバディとして相応しくないってことさ。』
シゲルの一連の辛辣な言動、煽るような態度。
それがゴウの発奮を促す類のものであるのは、傍から見ていたサトシもなんとなく把握してはいたからこそ、そこまで必死に相方を庇い立てはしなかった部分もあった。
シゲルからすれば、当然本音はそこにあったが、自分をトレーナーの道から引導を渡してくれた男の側をしょうもない奴がうろちょろするのが我慢ならないというプライドも確かにありはした。
「お二人は本当に仲良しさんなんですね。」
「「こいつと!?」」
笑みを浮かべながらのリーリエに、サトシとシゲルは目を丸くしながらお互いを指差す。
「いやーないない。彼より遥かにきみとの方がお近づきに…。」
「おーい、相手生徒だぞシゲル先生ー?」
「ハハハ、ジョークだよ。イッシュジョーク。」
話を聞いているにリーリエ視点、サトシの物言いや口ぶりが自分やアローラスクールの仲間たちに対してより明らかに砕けていて、距離感も近いように思えた。
古くからの幼馴染だというのも納得と言えた。言葉を投げかけたらそこからの返しでもトークが止まらない。
「おっと、昔話に花を咲かせに来たんじゃあないんだった。」
ハッとしてからシゲルはサトシにポイ、と何かを投げ渡す。
「おっと。」
投げ渡された物体を受け取り、それを見ては、サトシの目が見開かれる。
どこか見慣れた黒紫のデバイスは、紛れもなく…。
「「テラスタルオーブ!?」」
リーリエとサワロが仰天する。
無理もない。本来ならば、座学を修了した後、各地のジムを尋ねての実技試験を前にして生徒には貸与の形で渡される流れなのだと、先程の授業でシゲル自身が説明していたのだから。
「もちろんタダで渡すつもりはないよ。今から試験をする。クリアできたらそれ、そのままあげるよ。」
いきなりかつ酷く太っ腹な話である。
テラスタル習得がパルデア来訪の主目的であるサトシからすればありがたいが、脈絡がイマイチ見えて来ない。
「なんで俺だけこんなしてくれるんだ?えこひいきにならない?」
サトシの問いに、シゲルの饒舌が一瞬止まったようにリーリエには見えた。
サワロはと言うと、額面通りにやり取りを受け取るのみである。
「なんで、か。久々にきみとバトルしてみたくなったから、それにかこつけて…じゃ、駄目かな?」
嘘ではない。ただ、それだけが本音でもない。
シゲルは、臨時とはいえテラスタル授業の講師を請け負っている。当然、授業のカリキュラムを頭から全て把握している。その内容が、サトシには退屈なように思えたからだ。
というか、以前にこの授業をクリアしていった自分自身、感想としては退屈極まりなかった、というのが素直な話である。
後から講師のタイム先生に話を聞けば、バトル学と授業内容が被っている部分が多く、彼女自身もカリキュラムの陳腐さに辟易していたと言うのだから相当のものだろう。
ハッキリ言えば、バトルの世界からのポケモンマスターの夢を勝手に託した我が終生のライバルには、もっと気の向くままにパルデアを満喫し、糧にもらいたい。そんなエゴがまず1番の動機として存在していた。
「そんなことないさ!やろうぜシゲル!」
「決まりだ。」
そんなシゲルの思惑などは梅雨知らずサトシは目を輝かせ、闘志を燃やすのを見るシゲルは大きく頷いた。
2人は立ち上がり、靴を履いてシートを離れ、空いていたバトルコートを陣取る。
コート中央部の審判エリアには、サワロが入った。
「ではこのポケモンバトル、不肖1年のサワロが審判を務めさせていただきます!」
「サワロさん頑張ってください!」
「お任せあれ!」
リーリエにサワロは優雅に一礼して見せる。
集まる生徒たちは、筋骨隆々たるサワロの流麗な所作に思わず息を呑んでいた。
「ルールはどうする?」
「3C1Dでいこうか。一番慣れてるだろ。」
「オッケー。」
必要最低限のやり取りでルールを決め、サトシもシゲルも審判サワロに頷きながらアイコンタクトを送る。
その右手には先発ポケモンの入ったボールが握られていた。
「それでは両者、ポケモンをお出しくだされ!!」
「マメバッタ、キミに決めたッ!!」
「めばッ!たッ!」
「ゆけっ!リククラゲ!!」
「くらぁ、げん!」
オォー…。
両者先発が出揃う。
シゲルが繰り出した上半身はキノコの傘に似ており、傘の部分は黒色をしているポケモンは、サトシの初めて見るものだ。
傘の上部にはピンク色をした半円状の突起が3つあり、2つは大きく傘の上部に線対称になるようについている。
残り1つは他2つと比べて小さく、傘の前面中央に位置している。傘の縁はベージュ色で縁取られており、傘の下からは目が覗いている。
目の下には管状の細長い口が伸び、10本の長い触手がその上半身を支えていた。何よりそのフォルムは…。
「ドククラゲに似てるな。」
そう言いながらポケモン図鑑アプリを開いた。
『リククラゲ。きくらげポケモン。森の奥に集団で暮らすコロニーを作る。よそ者が近寄ることをひどく嫌う。』
「リククラゲっていうのか。」
「僕も進化前のノノクラゲを初めて見た時はリージョンフォームかな?と思ったんだけど、どうやら単なる他人の空似らしい。」
「へー。」
昔のカスミが見たら卒倒しそうだな…いや、あいつが苦手だったのはギャラドスだったか。
そんな雑念を振り払い、サトシは思考をバトルに向けて集中させる。
相手はシゲルだ。油断すると足元を掬われてしまう。それは、何度も経験したことだ。
「マメバッタ、であいがしら!」
「めばぁーッた!!」
マメバッタが第3の足を展開し、リククラゲめがけて真っ直ぐに飛び込む。自らの身を弾丸として撃ち出す、さながら鉄砲玉の1発だ。
「(速いな。)」
シゲルも思わず舌を巻く。だが、見切れないスピードでもない。
「リククラゲ、つぼをつくだ!受け止めろ!」
「くらぁ〜げッ!」
ピシッ!ピグゥゥゥ…!
リククラゲが触手で自らの右側頭部を突けば、瞬く間にその全身がパンプアップ。
ドゴォ…
「めば!?」
「くらぁ〜ららら…!」
マメバッタのであいがしら攻撃を真正面から受け切って見せたのだ。
「あのリククラゲ、ラッキーだな!つぼをつくで防御力がうまく上がったんだ!」
「だからであいがしらを受け止められたんだな。」
そうではない。言語化はできないが、リーリエは、シゲルが意図的にリククラゲの防御力を上げるための経絡系、すなわちツボを刺激してみせたのを感じ取っていた。
サトシがあれだけ認めるシゲルという男が、運任せの技を運任せのままにしておくはずがないという確信だ。
バトルに興じるその整った顔立ちが、最高のライバルを相手に好戦的な笑みで口角を吊り上げている。
それは、サトシも同様であった。
「触手でマメバッタを捕まえろ!」
「にどげりの反動でリククラゲから離れるんだ!」
「めばぁ!」
ドゴゴッ
四方から迫る触手を前に、マメバッタはリククラゲを蹴り出してその身を翻す。
そこでもきっちりとであいがしらでぶつかったダメージ箇所を蹴り抜くも、リククラゲはビクともしていない。
「リククラゲ、ヘドロばくだん!」
「くらぁ〜!げん!!」
空に逃れるマメバッタにリククラゲはすかさず追撃。管状の細長い口から毒々しい紫色をした砲弾を撃ち込む。
「マメバッタ!ギリギリまで引き付けるんだ!」
「めば…!」
迫るヘドロばくだんに対し、マメバッタは動けない、いや、動かない。
「今だッ!こうそくいどう!」
ドン!ドンドン!
「やるねぇ。」
シゲルはまた舌を巻かされた。マメバッタは、ヘドロばくだんが炸裂するギリギリまで引き付けた後、全身を脱力させることで素早さをぐーんと上げるこうそくいどうにより、炸裂する爆風を利用して物凄いスピードで砲撃を逃れ、ニュートラルポジションへ着地したのだ。
「めばぁ〜ッた。」
「どうだマメバッタ。強いだろ、あいつ。」
頷くマメバッタ。
サトシの見立て通り、シゲルもしっかりこの3年間で強さを増していた。チャンピオンを目指しポケモンリーグなりPWCSなりを戦い続けるものだけが強さを求める訳ではない。
気負うものがないが故の自由な強さを、シゲルは手にしているのだろう。
オーキド博士の孫、という生まれながらに背中にのしかかる重圧を前に、サトシの前では常に飄々として見せているのがシゲルだった。
「きみにしてはなかなかいい個体じゃあないか、サトシ。」
「俺のゲットするポケモンたちは、みんな最高さ。」
お互い言葉を交わす中、シゲルがボールを構える。
「戻れリククラゲ。ゆけッ!ブラッキー!!」
リククラゲの交代先として出てきたのは、夜の闇に溶け込むような真っ黒の体色で、耳と尻尾に黄色い帯状、額や手足の付け根にリング模様があるげっこうポケモンブラッキー。
「あいつは…!」
イーブイの進化系な彼を見ては、サトシもボールを構えた。
「ごめんなマメバッタ。あいつだけは譲れないんだ。な?ピカチュウ。」
「ぴっか!」
サトシは元よりオレンジアカデミーに入学してから、ゲットしたばかりのマメバッタを重点的に鍛える腹づもりだ。そのために今回は彼を先発に起用した訳である。
だが、シゲルがブラッキーを繰り出してきたこと…それは、サトシがその方針を曲げるに足りうる事情が確かにあった。
「めばッ。」
「戻れマメバッタ!」
詳しいことは分からないが、サトシのポケモンとなったらばその決定には従う。
マメバッタは背後に飛び退いて見せては、自らボールの回収光線に飛び込んでいった。
「よし…ピカチュウ!」
「ぴっか。」
サトシに呼び掛けられ、分かってる、とピカチュウは頷く。
「キミに決めた!!」
マメバッタを交代させ、ピカチュウを繰り出す。
サトシとシゲル…ピカチュウとブラッキー…この取り合わせもまた、3年前からの因縁であった。
『ホダカ博士』
48歳。ポケモン研究者。
3年前に行われた幻のポケモンミュウを追う『プロジェクト・ミュウ』の発起人。
このプロジェクトにはシゲルやゴウも参加し、一定の成果を得たと言う。