3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
テラスタル対決となればピカチュウはその増幅されたパワーでシゲルのブラッキーを早速圧倒するのだった。
「あのお二人の笑み、どこかで見たことが。」
呟くリーリエはすぐにその源泉を思い出す。
それは3年前のアローラリーグ決勝戦。初代リーグチャンピオンの座をかけて戦ったサトシとグラジオの試合…一手間違えればたちどころに相手にそこを突かれて盤面が崩壊させられかねない死闘の中、2人は時折笑みを浮かべていた。
それは、真剣勝負の醍醐味を味わう本物の競技者…ポケモントレーナーが無意識に味わうカタルシスなのだろう。
リーグの頂点を競い合う強者たちには及ばないものの、その根本自体はポケモントレーナーならば誰しもがどこかで体感するものであった。
ポケモンが強くなり、新しい技を覚えた時、バトルやコンテストで勝った時、人それぞれ様々なもの…この積み重ねが人を強くするのだ。
サトシもそうやって強くなっていったのだろうとリーリエは論理的に結論付けていた。頭の中で。
「ブラッキー、どくどく!」
「ぶらぁッ!!」
ドパパパパパ…!
ブラッキーが全身を振るわせては、身体中の毛穴から毒素を含んだ汗を放つ。
ポケモンとしての生態を技として昇華させたシゲル一流の育成テクニック、その面目躍如と言えよう。研究者志望らしいアプローチだ。
「俺のピカチュウにどくは効かないぜ!」
「ぴぃかッ!」
放たれた毒汗に対し、ピカチュウは空中で激しく回転し、煌めく鋼色に硬質化させ毒液を弾き返した。
無論、毒の汗を受けてはいない。
「なんと!アイアンテールで硬質化させた尻尾を使いどくどくを防ぐとは。」
審判役のサワロも思わず目を見張る。
はがねタイプには一部の例外を除き、どくタイプの技は効果がない。そのタイプ相性を活かし、サトシはアイアンテールを利用してブラッキーのどくどくをガードした。
それは、シゲルにとって織り込み済みのことであった。
「カウンターシールドだったらばもっと楽に立ち回れたんだけどね!」
ブラッキーがピカチュウ目掛け一目散に走っている。
生態を活かしたどくどくであるが故に、技の後の硬直などとは無縁なのだ。
「いやなおと!」
「ききききききィ!!」
そのまま尻尾を叩きつけに来るピカチュウに対し、ブラッキーは再度ピカチュウの至近距離から金切り音を押し付ける。
「ぴぃ…!」
アイアンテールによる防御から攻撃へ、動作を切り替える瞬間の僅かなラグを精密に射抜かれ、いやなおとの圧力で押されたピカチュウは吹っ飛び、ニュートラルポジションで着地する。
「くぅ〜!」
「鳥肌が立っちゃうぜ〜!」
野次馬たちはいやなおとを何度も繰り出すブラッキーに、そのレベルの高さとは別に辟易させられる。
それをピカチュウに次いで間近で叩き込まれるサトシの思案は別のところにあった。
「(シゲルのやつ…!)」
ブラッキーの汗を用いたどくどくはボクシングのコンビネーションにおける左ジャブ…後に通したい利き腕の右を通すための布石に過ぎないと直感していた。
ならいやなおとが本命か?そんなはずはないという確信がすぐに来る。
いやなおとに直接ダメージを与える破壊力は備わりようがないからだ。よほど聴覚に絶対的なまでのリソースを割いているポケモンなら話は別だろうが…。
「ピカチュウ、跳べ!ジャンプだ!!」
「ぴぃっかぁ!」
先程硬質化させ、どくどくを防ぐ盾代わりに使用した尻尾を、今度はバネ代わりに利用してピカチュウは空高く跳躍する。
「テラスタルパワー!!」
「ぴぃぃぃぃぃ、かぁぁぁぁぁ…!!」
空中にてピカチュウがでんきエネルギーを頬に充電し始めれば、テラスタルジュエルが呼応して輝きを増す。
「今だ!ブラッキー!」
そこに臆せずシゲルはブラッキーへ突撃を指示した。
「距離を離すではなく、逆に突っ込むなんて!」
先程バークアウトも構わず10まんボルトで撃ち落とされたというのに、とリーリエは舌を巻かされる。
サワロや野次馬たちも同じ感想を抱いた。このシゲル先生、胆力の塊だ、と。
「そうくると思ったぜシゲル!」
「3年前の再現といこうか!」
ブラッキーが四つ足の筋力を資本に跳躍し、ピカチュウへ迫る。
3年前のライバル対決、ピカチュウが電撃を放つ隙を突いてイーブイの会心の一撃が決まった交錯…それを今度はブラッキーでやる気なのだ。
「とっておきだ!!」
「ぶらぁぁぁぁッきッ!!」
ブラッキーの耳と尻尾にある黄色い帯状の、額や手足の付け根にあるリング模様が眩い輝きを放てば、その全身を模様と同じ黄金に包み込んでゆく。
「凄いパワーだ!」
「とっておきすげぇ!!」
黄金に輝くブラッキーが空中のピカチュウに突撃を敢行する。
エネルギー充填中のピカチュウに避ける術はない。
「もらったッ!!」
「らぁぁぁき!!」
ドゴォォォン!!
ブラッキーのとっておきによる突撃が命中、膨大なわざエネルギーが空中で大爆発を起こした。
「ど、どうなったのでしょう…?」
爆発で起きたモヤが風で立ち消えてゆく。
広がる光景は、衝撃であった。
「な、なにッ!?」
「ぶらぁ…!?」
ブラッキー渾身のとっておき攻撃は、ピカチュウに届いていない。
ピカチュウの臀部を中心に展開された網目状のでんきエネルギーの前に、完全にシャットアウトされていた。
「すげぇな、テラスタル…!」
サトシは驚嘆する。
ピカチュウの攻防一体、臨機応変に扱えるエレキネットをバリアー代わりに使う戦法は、これをピカチュウが習得したアローラ時代から愛用していた策である。
それがテラスタルの効果によりさらに引き上げられたでんきエネルギーを活用したことで、より強固な防壁へと昇華していたのだ。
ピジョットやヨルノズクが使えるゴッドバード・バリアよりも発動までのラグ、バリアの強度、いずれも大幅に上回っている。
もっとも、これほどの強力なエレキネットを運用するには、大抵の試合ルールで採用されているメガシンカやZワザといったバトルシステムは1試合中、どれか1つを1度のみという中でテラスタルを採用しなければならないというのが欠点とは言えるが…。
「アレは、ただのエレキネットではない!アレはそう…!」
「テラエレキネットです!」
「言われちゃったよ!?」
「ぴぃかぁ!」
野次馬のネーミングを意図せず先んじて出してしまうリーリエ。ピカチュウはそれが気に入ったようだ。
そのテラエレキネットは、何も防御のためだけの代物ではない。
バグァッ!!
「ぶら!?」
「ブラッキー!?」
とっておき攻撃を防いだ、ピカチュウの周囲を覆うでんきエネルギーの網が裏返るように今度はブラッキーを包み込む。
バチバチバチバチバチバチィ!!
「らぎゃあああああ!!」
「防ぐだけじゃなし、攻めもこれほどとは…!!」
ブラッキーが瞬く間に網の中で電撃に晒されてゆく。
ピカチュウはそれを尻目に着地し、改めてテラスタルジュエルを発光させていた。
サトシがこれほど冷徹に詰めの一手を打ちに行けるのは、シゲルがそれだけの実力者だと知っているからに他ならない。
「10まんボルトだぁ!!」
「ぴぃかぁぁぁ…ちゅううううう!!」
「まだまだ!バークアウト!」
「ぶらっきゃきゃきゃきゃきゃきゃあ!!」
ブラッキーが力尽くでエレキネットから脱出し、その着地際を狙った電撃を、タダで受けるシゲルでもない。あるはずもない。
テラスタルジュエルからのパワー供給を受け、ブラッキーもすかさず騒音波攻撃を合わせていた。
「またテラスタルパワーの激突だ!」
「今度はどうだ!?」
ピカチュウは幾度かブラッキーのバークアウトを受け、自慢の特殊攻撃力が低下した状態だ。
そこからさらにでんきエネルギーを弱体させられては流石に厳しいのではないか、そんな周りの懸念は、全くの杞憂に終わる。
ガガッ!バチバチバチバチバチバチィ!!
「らぁぁぁぎやぁぁぁ…!!」
「全然パワー落ちてねーッ!!」
10まんボルトがバークアウトを突き破り、ブラッキーを電撃が襲う。
サトシのピカチュウをよく知るシゲルやリーリエからしたら、確かにバークアウトの効果は出ていた。
最後の10まんボルトの破壊力は、いわゆるデバフ効果を受ける前とは雲泥の差だった。
それでもパワーの差は歴然で、その差が埋まることはなかったのである。
「むう…。」
テラスタルジュエルが四散し、輝きが消失。元の姿に戻ったブラッキーは、そのまま倒れ込み、目を回していた。
それを見届けてサワロがジャッジを下す。
「ブラッキー、戦闘不能!ピカチュウの勝ち!よって勝者、1年のサトシ!!」
ワァァァァァ!ヒューヒュー!
バトルの決着に野次馬から歓声が上がる。
戦い終わればピカチュウのテラスタルも解除され、元の姿に戻った。
「やったな、ピカチュウ。」
「ぴかぁ!」
リベンジ成功である。サトシからすれば、シゲルに勝てた、と言うのが気持ちとしては大きい。
それは、お互いの立場がどうなろうが決して変わることのないカタルシスと言えた。
「やられちゃったね…お疲れ様、ブラッキー。」
「らぁきぃ…。」
シゲルはブラッキーを労ってからボールに戻す。その足でサトシに歩み寄っていく。
「僕の負けだよ、サトシ。」
「シゲル…いいバトルだったぜ。」
サトシが右手を差し出せば、シゲルは快く握手に応じる。
ライバル同士の戦いが終わり、爽やかな空気がこの場を包んでいた。
「さてと、試験の結果なんだけど。」
「あっ。」
サトシの気の抜けた返事に、シゲルはこのバトルが正規の試験免除の是非を問う目的があるのを完全に忘れていたのだな、と確信する。
一瞬ジト目をして見せてから、ゆっくりと口を開いた。
「従来より持ち合わせていた戦法をテラスタルによるパワー増量で更に高い次元へと昇華させていたね。」
「手探りだったけどな。」
サトシは頭をかきながら気恥ずかしく笑みを浮かべる。テラエレキネットなどは、まさしくぶっつけ本番であったからだ。
「あれだけ上手く運用できるならジムをめぐっての応用試験は受けなくていいだろう。明日からの座学を残り3回受けたら、そのまま合格って話をイヌガヤ校長に通しておいてあげるよ。」
「えー?座学も免除じゃないのー?」
「何事も基礎を学ぶのは座学が一番だよ、サートシくん?」
シゲルによるジムでの実習免除。これだけでも相当な特別待遇ではある。
だがサトシは元来勉強の類はあまり得意ではない。活発的な性格から、机に向かう習慣がないからだ。
「それじゃ明日以降も教室で会おうじゃあないか。」
用は済んだ、とシゲルは背を向け立ち去ってゆく。途中、ふと振り向き満面の笑みでサトシに告げた。
「次はどんな可愛い娘になってくれるのかな?」
「えっ?」
「それじゃ、バイビー!」
その満面の笑みにはろくな意図が含まれていない、と言うのが幼馴染としてのサトシの印象である。
そんなシゲルの笑みに呼応するように、リーリエとサワロの瞳が妖しく輝き、サトシを捉えていた。
サトシは、背筋が凍る感覚がした。
『尻尾利用闘法』
サトシのピカチュウが扱う攻防自在の体術。その名の通り尻尾をアクションの起点にして戦う。
ピカチュウが自在に扱う尻尾は、もはや第3の手足と見ても遜色ないだろう。