3 years later〜虹の向こうに〜   作:nami73

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 ワールドチャンピオンに至ったサトシにとって、テラスタルの力は鬼に金棒であった。
 3年前の雪辱戦、結果としてピカチュウは圧倒的にシゲルのブラッキーを破ることとなったのだ。


スカーレットアドベンチャー オモダカの決意 頂へかける覚悟

「すまないサトシ。リーリエが暴走してしまって。」

 

「だったら止めてくれない?」

 

「残念だがそれは無理だ。スイッチが入ったリーリエは、俺や母でも止められない。」

 

「そんなぁー…。」

 

 テラスタルの座学を終え、赤い髪のツインテールをしたウィッグを頭から外し、アカデミーの洗面所でメイクを洗い流しながらサトシはグラジオと話していた。

 シゲルの計らいにより、実技を免除されたサトシであったが、残りの座学は変わらず受けることになったままだった。それはいい。

 テラスタルの授業は1日に1回、指定の時間帯に受講予約を済ませて参加することになっている。

 都合座学の修了には4日間の通学が不可欠であった。そのたびにサトシはリーリエとサワロに捕まり、女装メイクの実験台にされていたのだ。

 当然、というのか、講師のシゲルにはまじまじと見られまくるし、問いかけの答案には8割の確率で指名されるしと、サトシからしたら散々な座学の授業であった。

 修了に必要な全4回中3回目が終わったところにフィールドワーク帰りのグラジオと偶然鉢合わせして、今に至っている。

 

「まぁ、テラスタルの授業はあと1回だけだし、いいか。」

 

「いいのか…。」

 

 グラジオではリーリエを止められない、となればサトシはあっさりと女装メイクの実験台にされるのを受け入れていた。

 無論、これがいつ終わるのも分からないとなればまた話は別だったのだろうが…。

 

「化粧とかベタベタするから嫌なんだよな。」

 

 そういう問題か?と女装自体にさほど抵抗感のないサトシにグラジオは若干動揺する。

 こいつ、そういうケでもあるのだろうか…?

 そう詮索する勇気は、グラジオにはなかった。

 

「あれからわざわいポケモンやポケモンハンターたちはどうなってるんだ?」

 

「フィールドワークに出ている生徒からクラベルさんの元に情報はいってて、事情を知ってる連中にはポケラインで共有されてるはずだが…。」

 

「あ、そうなんだ。」

 

 タオルで濡れた顔を拭けばいつものサトシに戻る。

 グラジオはこのやりとりで、サトシが研究室のグループに入ってないことを察知し、招待を送ることにした。

 

「ポケラインから招待を送っておいた。そこからなら俺たちの調査の記録も見れる。」

 

「おっ、サンキューグラジオ。」

 

 未だ慣れぬ手付きでスマホロトムを操作するサトシ。

 入学からこの3日間、サトシはテーブルシティの外から出れていない。

 テラスタルの座学を受ける傍らで、パルデア地方のリーグ運営に関わる要人からの接待を立て続けに受けており、その気苦労からフィールドワークに向かう体力が残されなかったのだ。ただでさえリーリエたちの玩具にされているのもあるし…。

 

「明日授業終わったら俺も外に出てみるよ。」

 

「そうしてくれたらクラベルさんも助かるだろうな。」

 

「ぴかぴか。」

 

 サトシの申し出にグラジオも首肯して見せる。

 ピカチュウはサトシの足元で、尻尾に張り付けられた雌の特徴を示すハート型のカモフラージュを自分で剥がしていた。

 

「芸術はッ!爆発だぁーッ!!」

 

「たね〜!!」

 

チュドオオオオオン!!

 

 洗面所の最寄りの美術室で大きな爆発が起こり、戸が吹っ飛び、窓ガラスがバリバリと割れる。

 その爆発音と衝撃は、否応なくサトシとグラジオの意識を向けさせた。

 

「なんだ?」

 

「おそらくは美術部の2年生、コルサという男がまたなにかやったのだろう。」

 

「コルサ?」

 

「悪い人ではないのですよ〜?まぁあまりいい人とも思えませんけど〜。」

 

 ぽわぽわとした柔らかな口調の少女が2人の会話に混ざる。

 ミントグリーンの髪の同級生は、2人にも顔馴染みであった。

 

「カエデ。」

 

「はい〜。」

 

 ややふっくらした体型は見るものに安心感を与える包容力を醸し出し、左頬のホクロとともに一部の趣味の持ち主からはその筋のフェティシズムすら現出させる彼女は、サトシとグラジオに一礼してから、爆発のモヤがまだ晴れていない美術部の部室へとスタスタと入ってゆく。

 

「またやってしまった…しかし芸術の探究に犠牲はつきもの。この胸のインスピレーションが消え去らぬ内にキャンバスに描かねば!む?貴様はカエデ?なんだどうした?」

 

バシィ!

 

「あ痛!いきなり叩くやつがあるか!」

 

バシッ!バシッ!

 

「痛ッ!痛い!やめろ貴様!やめるのだカエデ!」

 

バシィ!バシィ!ゲシゲシ!

 

「痛い痛い痛い!やめ、やめてください!お願い許して!まだ月は出てないぞ!?」

 

「月は出てないからこそ、月に代わってお仕置きするんですよ〜。」

 

ギチギチギチギチギチ…!

 

「ぎゃあああああ!!」

 

 上記のやり取りは、サトシとグラジオは直接は見ていない。ただその喧騒を音で聞いているのみである。

 コルサが何をされているのかは、嫌な打撃や締め上げるような音から、直接確かめる勇気が出なかった。

 

「カエデは怒らせちゃいけないんだな。」

 

「女は大概そうだと思う。」

 

 サトシとグラジオが呟き合う中、制服の左袖に腕章をつけた生徒たちが美術室に押し入ってゆく。

 

「御用だ御用だ!生徒会だ!!」

 

「美術部の2年生コルサ!テメェまたやりやがったなこの野郎!!」

 

 ほどなくして美術室から茨のような突起のある深緑色の髪型をした少年が生徒会のメンバーに左右と背後を固められて連れて行かれてゆく。

 行き先は職員室か、生徒会室か…どちらにしても盛大に大目玉を喰らうのは確定だろう。

 

「あれっ?」

 

 コルサが引き起こした爆発騒ぎのざわめきが早々に収まる中、サトシは廊下の窓から中庭に出るオモダカの後ろ姿を見つけた。

 その背中は、PWTの時に見た以上に張り詰めていた。

 

「流石に緊張もしているか。明日チャンピオンテスト最終戦だものな。」

 

「あぁ…。」

 

 サトシの視線に気付いたグラジオの言に、サトシは納得させられる。

 マリナードタウン行きの船の上でオモダカからしてもらった、パルデア地方のポケモンリーグの話を思い出していた。

 パルデアリーグは、サトシがそれまで訪れたどの地方のものとも性質が異なる。

 リーグの頂点にチャンピオン、その脇を四天王が固めるシステムそのものは変わらないのだが、そのチャンピオンが代替わりでただ1人の座が切り替わってゆくのではなく、テストをクリアできた人物に新たにランクとして授与がされ、チャンピオンランクのトレーナーとして認知されるのだ。

 早い話が、パルデアにはチャンピオンが何人もいる、というのがサトシの理解であった。

 

「四天王相手のテストをクリアして、そのすぐ後にPWTにも参加し、帰ってきてからトップチャンピオンを相手に試合とは…かなりタフな女だな。」

 

 グラジオもオモダカには一目置いているのが窺える。

 

「俺、ちょっと行ってくるよ。行くぞピカチュウ。」

 

「ぴか!」

 

 指定席の左肩にピカチュウが飛び乗れば、サトシはオモダカの元へ走り去る。

 それをグラジオが見送れば、入れ替わりでリーリエ、サワロの2人と合流した。

 

「あら?兄様、サトシはどちらに?」

 

「野暮用だそうだ。すぐに帰ってくるだろう。」

 

 

 

 アカデミーの中庭では、生徒たちが変わることなく思い思いの時を過ごしている。

 次の授業の教室を目指して通過して行く者、バトルコートでポケモンを戦わせる者、それぞれである。

 そんな中庭の片隅、植樹された木々の一本に背を預け、木漏れ日を浴びながらタブレットを操作しているオモダカがいた。

 その傍に、黄色い影…。

 

「ぴかぴか?」

 

「ピカチュウ…。」

 

 近寄って来たピカチュウの頭を撫でながら、オモダカは来客を察する。

 

「どうですか?アカデミー生活は。早速人気者なようですが。」

 

 彼がわざわざ訪ねて来たということは、それだけピリピリしているのが表に出ていたのだろうとオモダカは自分を恥じた。

 

「そうかな?その辺はよく分かんないけどいいとこだよな。ここは。」

 

 自分より先にピカチュウを行かせて相手の緊張を解きやすくする、というのは、第2の父親とも言えるククイ博士から教わったテクニックである。

 普段通りの柔和な笑みを向けるオモダカに、ある程度は作戦が効いたのだとサトシは安堵していた。

 

「明日、チャンピオンとバトルするんだったよな。」

 

「はい。」

 

 すでに学校中で持ちきりの話題だ。

 当然サトシの耳にも入っていて然るべきことだろうとオモダカに切り出されて驚く理由はない。

 

「トップとはお会いしましたか?」

 

「リーグの人たちとの会食には来てなかったな。」

 

「そうですか。」

 

 二、三言葉を交わしては会話が途切れ、オモダカはタブレットに流れる試合記録に視線を映す。

 サトシはそれを隣に座って一緒に見る。

 

「いいなーオモダカは。こんなすげぇ強い人とバトル出来るなんて。」

 

「えぇ。羨ましいでしょう。」

 

 サトシが、強者を前に血を滾らせる生粋のポケモントレーナーであり、その本質はオモダカも2人きりの旅の中で把握していた。

 その本能は、オモダカ自身にも通ずるものがある。

 それはそれとして、感じるプレッシャーはまた別物だ。

 オモダカは自覚している。自分は、明日戦う予定の、ろくに顔合わせもしていないトップチャンピオンを恐れているのだ。

 返した言葉は、半ば空元気である。

 

「オモダカなら勝てるさ。」

 

「そうですか?」

 

「あぁ!」

 

 それは、根拠のない後押しなのは明白だった。

 タブレットにて大立ち回りをする銀髪の美女が放つ覇気は、イッシュで対峙したチャンピオンアイリスと比肩しても決して劣らない圧力だ。

 アイリスを相手に惨敗を喫した自分への前評判など、2割もあればいい方であったのがオモダカの自評だった。

 

「ふー…。」

 

 サトシの振り向ける根拠のない明言が、何故だか心地よかった。

 タブレットをしまい、立ち上がって思い切り伸びをする。

 きっとこうやって、眼下のワールドチャンピオンは何人もの心を掬い上げてきたのだろうと、オモダカは思った。

 それは、まさしく彼女の思い描く理想のチャンピオンの姿である。

 

「サトシ。」

 

 胡座の中心にピカチュウを置き、頭を撫でてやりながらサトシはオモダカの顔を見上げる。

 その表情からは、強張りが消えていた。

 

「見ていて下さい。明日、絶対に勝ちますから。」

 

「あぁ!」

 

 オモダカが突き出してきた右拳に、サトシは同じく右拳をコツンと合わせる。

 

「ぴかぴかちゅう!」

 

「ピカチュウも是非見届けて下さいね。」

 

 ピカチュウがアピールすればオモダカは普段通りの柔和な笑みを浮かべ、彼ともサムズアップを送り合う。

 そうして健闘を…いや、必勝を誓った。

 

 

 




 『コルサ』
 13歳。オレンジアカデミー2年生。
 芸術志向の強い生徒で、美術室を根城に日夜自分だけのアートを探求している。
 最近のトレンドは「芸術は爆発だ!」らしい。
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