空を飾るのは、恐らく9割程の雲と僅かに残る青色。
ギリギリ晴れじゃない、曇りの空模様。
それはまるでボクの心境を表しているようだ。
「ムカつくわねあの男。少し剣が上手いからって……」
「はいはいそうですね」
「あの胡散臭い顔。絶対何か隠してるわ」
「はいはいそうですね」
ボクは隣に座る少女の罵詈雑言にただ同意している。
もちろん内容なんて1㎜も入ってこない。だけど、それでいい。彼女もそこまでは望んでいないだろうから。
ボクの隣に座る少女改め、ミドガル王国第二王女アレクシア・ミドガル。
猿でも驚きひっくり返る程のビッグネームだ。
白銀の髪は肩で切りそろえられ、切れ目の赤い瞳がなんか、えっと綺麗で、それから……まあつまりは、典型的なクール系美人だ。
あいにくボクはアルファたちのおかげで美人は見飽きてるし、何だったら鏡を見ればいくらでも見れる。
やっぱ多少崩れてて個性があった方が人間いいと思う。
「……。ねぇ、貴女もそう思うでしょ」
「はいはい、そうですね」
すでに何回も繰り返された会話。だけど、このお姫様は一向に飽きる気配を見せない。
あの日からの日課。ていうか、ボクは半ば強制的に付き合わされているだけだが……
正直実感が湧かない。
転生して
ボクは動揺もせずすぐに馴染んだが、ことこの王女に関してはどうしてか中々馴染めない。
というか。この王女の考えていることがわからない。
初めて会った時にいきなり胸を鷲掴みしてきたと思ったら、アイスを要求してくるのだ。
片付けている最中であったが、王女なので仕方なく売った。
その次の日のことは簡単に覚えだせる。
たしか……
ミツゴシ商会のリボ払いで、借金拵えてやってきたヒョロとジャガを、リボ払いの恐ろしさを知らない愚か者と心の中で扱き下ろしながら容赦なく叩き潰して。ほくほく顔で今日の収穫を数えていた時の話だ。
『ねぇ貴女。またあのアイスくれるかしら』
そう問われ投げられた金貨をボクは迷わずキャッチした。
1万ゼニー。
ボクのトルコアイスにはたまたそれほどの価値があるのかは疑問だけど、おつりはいらないと言うから有難く頂いた。
まあ、流石に何もなしに上げるのもあれだと思って、いつも以上にキレッキレのパフォーマンスをしてあげた。
キレられた。
考えたらそうだよね。王女さまにトルコアイスのパフォーマンスをするのはモブらしくないよね。
と、こんな感じでなんやかんやあって、今では放課後はいつも王女さまに絡まれてるわけだ。
「ねぇ、ちょっといい?」
「何よ?」
学校の敷地に整備された林道。
夕日に照らされて少し赤みかかってる青葉の下。
アレクシアはいつもの切株に腰がけて足を組む。
正直、さっさと店じまいを済ませて帰りたいが、王女さまの許可なしで帰ったらそれは一般通過トルコアイス屋モブではなく、一般通過反体制派モブになってしまう。
仕方ないので、ボクも隣に座った。
「結局。そのゼノンさんの何が嫌なの?客観的に見て、結婚相手としてはかなり、というか滅茶苦茶優良物件だと思うんだけど」
「あなたねぇ、私の話を聞いてなかったの?」
不機嫌そうにアレクシアは言う。
「全部よ全部。あいつの存在全てが嫌なの」
「イケメンで剣術指南役で地位も名誉もお金もあって公私をわきまえたいい人に聞こえるけどね。実際好きな女子も多いらしいし」
そんなことを言ってみればアレクシアは鼻で笑った。
「上辺だけはね。上辺なんていくらでも取り繕えるわ」
「ふーん、なるほど」
そう言えばアレクシアは猫を被っている。
最初にあった時に胸を鷲掴みしてきたり、傲慢に振舞ってたからそういう人だと思ってたけど。なんでもその日はイライラしていたらしい。
まあボクもそういう日はあるから分からなくないけど、そういうことは人に話さない方がいいと思うな。
他の人の前では、クール系で礼節を弁えていて誰にでも隔てなく接する高貴な令嬢風に振舞っている。あのモブ二人の前でもそれを崩さないのだから、かなり猫を被っている。ていうか吐き気のするレベルで猫を被っている。
だから先程の言葉は中々説得力があると思う。
「だから私は人を上辺で判断しないの」
「じゃあどこで判断するの?」
「欠点よ」
「中々ネガティブな判断だね。君らしいと思うよ」
「それどういう意味よ?」
「別に。人はそれぞれ個性があった方がいいよねって話」
「なるほど。因みに、貴女は欠点も美点も大してない普通だから結構好きよ。だからこそあの男が嫌いなんだけど」
「ところでゼノンさんの欠点は?」
「ないわね」
「超優良物件じゃん」
「だからよ。欠点がない人間なんていないのよ。もしいたとしたらそれは大嘘つきか頭のおかしいかのどちらかね」
「なるほど。独断と偏見に満ちた考えだね」
「皆そんなものよ」
そこで会話は終わって二人の狭い空間に沈黙が流れる。
さっさと帰りたいがまだお許しが出てないからできない。一度勝手に帰ろうとしたこともあるけど、その時はお尻を叩かれた。けっこう強く。
「はぁ、私ももっと強ければねぇ……」
アレクシアらしくない言葉がアレクシアの口から吐き出された。
「うん?いきなりどうしたの?ついに頭おかしくなった?」
「不敬罪で捕まえるわよ。ギロチンは私が落としてあげるわ」
「あ、いつものアレクシアだ」
「本当に不敬罪で捕まえるわよ」
額に青筋を浮かべてアレクシアが言う。
別に怖くはない。たとえギロチンの刃が成層圏から落ちてきてもボクの首には傷一つつかないからね。
「まあいいわ。ねぇ、貴女。私の剣が巷で何て言われてるか知ってる?」
「凡人の剣」
「そうよ。私には才能がなかった。生まれつき魔力もそこそこあったし、努力だってしてきた。私自身そこそこ強いと思ってる。それでも、本当の天才には勝てない」
アレクシアは自虐的に笑った。
「アイリスお姉さまは本当の天才よ。その戦力の貴重さから縁談はお父さまが直接断っているの。だから私も強ければ……まあそれだけよ」
「実はボク、アレクシアの剣を見た事があるんだ」
「そう、ブシン祭かしら?」
「そうだね。だから言わせて貰うけど、ボクはアレクシアの剣が好きだよ」
そういうとアレクシアは一瞬息を止め、ボクを睨みつけた。
「かつて、同じ言葉を言われたわ。貴女が見たっていうブシン祭で無様に負けた私に姉さまが言った。『私、アレクシアの剣が好きよ』」
そう声真似するアレクシアの姿は少し苦しそうだった。
「本物の天才であるあの人には私の気持ちが分からないでしょうね。あの時、私がどれほど惨めな思いだったか。あの日から私は、自分の剣が嫌いよ」
アレクシアは笑った。それが何の笑いなのかボクには分からないけど、少なくとも楽しい笑いではないと思った。
ボクには言わなければならない言葉があった。それを言わなければ、僕自身を否定することになるから。
「ボクは適当な人間なんだ。遠く離れた場所で不幸な事件が起きて何万人死んでも割とどうでもいいし、アレクシアが遂に頭がおかしくなって無差別通り魔殺人鬼になっても割とどうでもいい」
「そうなったら真っ先に貴女を斬ることにしたわ」
「だけど、どうでもよくないこともある。それは他人からしたらどうでもいい事でも、ボクの人生においてなくてはならない大切な物。ボクはボクにとって大切なほんのわずかなものを守りながら生きてる。だから今から言う言葉に嘘はないよ」
一瞬の沈黙。
そしてただ一言。
「ボクはアレクシアの剣が好きだ」
「……そう、その言葉に何の意味があるの」
「何も。ただ、自分の好きなものが他人に否定されると腹が立つ。そんな気持ちかな」
「そう」
アレクシアは切株から立ち上がると踵を返し、
「さようなら。もう帰るわ」
一人で帰って行った。
◇
「くそぉぉぉ!また負けた!」
アレクシアのいない昼の時間。
最近は王女の後光に当てられ中々来てなかったヒョロとジャガが今日は来ていた。
「くッ……ヒョロ君、君のことは忘れません!僕が仇を取ります!」
「た、頼んだぞ、ジャガ……」
ジャガが勢いよく手に持つ硬貨を突き出した。すると。
「少しいいかな?」
金髪のイケメンが登場。
「どうぞ!」
「ど、どうぞです!」
何やらこのイケメンは有名人らしい。どこかで見た事あるような……
「どうもフロイライン。私はこの学校で教師を務めているゼノン・グリフィだ。もう聞いているかもしれないが、アレクシア王女が昨日から寮に戻っていない」
ああ、この人がゼノンか……
ていうかアレクシアが帰っていないのか。
まあ、お姉ちゃんもよくいなくなってたから、そういうお年頃なんだと思う。
「今朝から捜索したところ、これが見つかった」
ゼノンが取り出したのは片方だけのローファー。話の流れ的にアレクシアのだ。
「付近には争った痕跡もある。騎士団は誘拐事件と見て捜索を続けている」
「そんなッ……」
とりあえずボクは悲痛そうな声を上げた。心の中ではガッツポーズを作ったが。
「容疑者を絞り込んでいく中で最後にアレクシア王女と接触した人物が浮かびあがった」
嫌な予感がする。
だってゼノンもボクの方を向いている。
「騎士団が君に話を聞きたいそうだ」
木の裏から完全武装で殺気立った騎士団が出て来る。
「協力してくれるかね?」
ボクは悟った。
これあかんやつだ。
◇
「何ですって。シャドウが騎士団に連行された」
暖炉が淡く部屋を照らす中、金髪の美しいエルフが報告された言葉を聞き返した。
「はい、アルファさま。何でも行方不明のアレクシア王女に関する件で証人……いえ、ほぼ容疑者として連行されたそうです」
部屋にいるもう一人のエルフ。
紫色の髪のこれまた美しいエルフ。シャドーガーデン七陰の一人ガンマが応える。
「彼女は抵抗したかしら?」
「いえ、何もしなかったそうです」
その言葉を聞き、アルファは目じりを揉んだ。
「アルファさま。早急に部隊を纏めて救出を……」
「ダメよ。彼女が何を考えているのか全く分からない今。動く訳にはいかないわ」
「ですが!?……ッ」
「わかっているわ。でもまだ駄目よ」
アルファたちは知っている。この国が腐っていることを。
それは末端の騎士団だって例外ではない。
王女が誘拐され、その犯人が見つからずのままなら、間違いなく彼女の首が物理的に飛ぶことになる。
いや、それならまだいい。
彼女ならギロチンくらい恐れる程のものではない。
そもそも彼女のことだから何か考えがあって、この展開に持って行ったとも考えられる。
もっとも恐れるべきものは……
「シャドウ……貴女は何処まで自分を犠牲にするの……」
シャドウの純潔だった。
「とても歯痒い気分です。もし私たちがシャドウさまの考えることが一片でも分かれば、すぐにでも行動に移せたのに……」
「ええ、本当に不甲斐ないわ」
「騎士団は証言と言ってますが、その証言を引き出す……いえ、捏造した証言を言わせるために拷問も行うでしょう。もちろん性的なものも……」
そこで会話は途切れる。
部屋の中では火の粉がはぜる音のみ木霊し、いやな静寂が帳を落とした。
一体どうするべきか、アルファとガンマは頭を悩ませる。
そろそろ、燃える薪の内、炭化している部分より灰の部分が増えた頃。扉が勢いよく開け放たれた。
「「話は聞きました!」」
一人は銀髪で泣きぼくろのあるエルフ。ベータ。
一人は青が差した銀髪でツインテールのエルフ。イプシロン。
普段は犬猿の仲である二人が珍しく並んでやって来た。
「どうしたの二人とも」
珍しい光景にアルファは聞いた。
「アルファさま」
とベータ。
「主さまのことは」
とイプシロン。
「「私たちにお任せ下さい!」」
はい、原作のシド君のやらようを見ると、シャドウ♀の場合は間違いなくそういう展開になると思います。
まあ、シャドウ♀は可愛いもんね。仕方ないね。
しかたなくないけど。