それでは、どうぞ。
『彼……ウェザエモンは、私の恋人。遠い昔、ちょっとしたすれ違いて死んでしまった私のお墓を、今に至るまでずっと、永い時間守り続けているの』
改めて語り始めた『遠き日のセツナ』は先程まで身体を預けていた枯れた大樹に向き直る。
『今、私はこうしてここに居るけれど、死んだ時からどれぐらいの時間が経ったか………それどころか自分がいつこんな状態になったかすら分からない。それでも、その間に流れた時間は途方もなかったって事だけは分かってる………未練だって、無かった筈なんだけどね』
そこにかつてあった筈のセツナの墓はとっくに朽ちて跡もなく、遠い昔には満開だったであろう桜の木も既に枯れて今の『セツナ』のように形を残すのみだった。
『けれどもセツナという過去は、まだ未来のあった彼をこの墓に縛りつけてしまった。忘れないで欲しいと願っては居たけども………ずっと苦しみ続けて欲しかった訳じゃないの』
触れた木の幹は何かが作用してか常識では考えられない程に硬く、ただそこに存在している。それを見上げるセツナは酷く悲しむように表情を歪めていた。
『彼は私が構築したプログ…………魔法で結界を構築したの。ただ『固定』を施すのではなく、月光の宿す魔力を利用して座標を次元の裏側に『反転』させる事で時間を留めて誰にも干渉出来ないようにした』
「『反転』……時間の『固定』って聞いてたけどセットじゃなかったんだね」
その最中、ジョシュアの口からポツリと零れた一言は、話を途切れされて内容について尋ねるのに十分な物だった。
『貴女、どうしてそれを……』
「アンジェラから聞いた。テクスチャだの何だの、理解するには知識が足りなかったけど」
『アンジェラ……そう、彼女も動いていたのね』
「ん、セツナも知り合い?」
『直接関わった事は無かったわ。彼女達は傍観者としての立場を貫いていたから』
ジョシュアとセツナは互いにあの図書館との関わりがあるとは思っていなかったようで少し目を丸くしたが、直ぐに本題へと軌道を修正する。
『そして月の光が失われた時、結界に綻びが生じて彼が居る『裏座標』に通じる道が生まれるの』
「つまりは月の魔力が無い新月の時に挑めってこと?」
『えぇ、その通りよ』
肯定の意を返した後、一瞬だけ言い淀んだ様子を見せたものの、頭を振って強い意思を持った瞳を開拓者の2人へと向け、
『難題だったことは分かってる。それでも、これ以上あの人を死に続けて欲しくないの……だからお願いします、あの人を……ウェザエモンを眠らせてあげてください』
神代の英雄へ挑む為の道はここに示された。
「ん、承った。僕に出来る最大限をやり遂げる事を約束する」
「任せてよセッちゃん。この子も含めた、最強のメンバーを揃えてセッちゃんを泣かす頑固者のウェザエモンをぶっ飛ばして来るからさ!」
『……うん、ありがとう、アーサー、ジョシュア』
威勢の良い返事にセツナは少しばかり泣きそうな表情になりながらも笑顔を返す。
『それと……ジョシュア、1つ貴女に伝えておきたい事があるの』
「ん、どうしたの?」
そしてセツナは一つ息を吐き、一拍置いてからこう言い放った。
『アンジェラ……蒼白さんにもこう伝えて、
『ウェザエモンは、既に変成しているかもしれない』
って』
「変成………ねぇ」
あの後、隠しエリアである『秘匿の花園』からサードレマまで戻り、バーカウンターの向こう側に居るマスターのNPC以外人の居ない酒場の中で向かい合って座っていた。
2人の前にはグラスに入ったワインらしきドリンクとおつまみの生ハムが置かれている。
尚オルトは机に座って何処から取り出した人参を齧っていた。
「ジョシュアくん、心当たりは?」
「今回に関しては僕にもさっぱり。ユニークモンスターの変成なんて話、一切聞いた事無い」
「ワタクシもなのです。申し訳ありません、お役に立てず……」
「仕方ないよ、長く関わってた私にさえ伝えられてなかったんだもの。何かしらの条件があると考えて良さそうかな」
深く考えても答えにかする気配もない、そんな情報を前に今までのプレイで集めた情報を当てはめようと頭の中で精査するペンシルゴンに対し、ジョシュアはふと呟くように声をかけた。
「そういえば先輩、珍しいね」
「ん?何が?」
「他人の事に対してあんなに真剣になるの」
反射的に聞き返し、更に返された答えに一瞬だけ息を詰まらせる。
どうやらここまでストレートに聞いてくると思っていなかったのか目を丸くしてコチラを見ながら固まる己の先輩を前に、ジョシュアは特に気にした様子もなく目の前の生ハムの一つをつまんだ。
「色々と僕の面倒見てくれた時より、思い入れみたいなのがあったように感じたけど、僕の気の所為?」
「………相変わらず察しが良いねぇジョシュアくんは」
感覚の制限によって大雑把になった塩味をこれまた少し苦いぶどうジュースとも形容できそうな味になったワインで流し込んで一息つく。
絶妙に美味しいとも不味いとも言えない味のそれらに微妙に反応しづらそうな顔になるジョシュアはさておき、図星を突かれたペンシルゴンはようやっと再起動して非常に言いにくそうに言葉を紡ぎ始めた。
「なんというか、セッちゃんはさ…話の背景的にもどうしても、他人事に出来ないというか…自分に重なってしまうというか」
「つまるところ、セツナっていうキャラに本気で向き合いたくなるほど好きになったってこと?」
理屈を捏ねくり回そうとした瞬間にバサッと結論を突きつけられ、「うぐっ……」と言葉を詰まらせた後、渋々といった感じて顔をそらしながら語り出す。
「自分でも分かってるよ、私ってそういうキャラじゃないって……でも仕方ないじゃん好きになっちゃったもんはさ……」
拗ねた様子でボソボソと言い訳のような言葉を並べる姿はいじけた子供のようだった。
そんな様子の己の先輩を前に、ポカンと呆けていたジョシュアは一度手に握ったグラスの中身を飲み干して喉を潤すとそのままポツリと一言。
「……それの何が悪いの?」
当たり前と言わんばかりに放たれたその言葉に今度はペンシルゴンが面食らったように呆けて目を丸くしたものの、それでもお構い無しにジョシュアは続ける
「ん、物語に熱くなったり、自分を重ねたりするのは別に禁忌でも何でもない。ゲームをするプレイヤー達にとっては当たり前の事。大事なのは、本気で楽しんでるかどうかだから」
ジョシュアの頭の中に過るのは今までプレイしてきたゲームの数々。本気で命の取り合いに興じる時間は自身にとっては他のものに代え難く、それを否定するのは己を否定することに他ならないと、そう考えられる程に充実したものだった。
「ね、先輩。先輩は今楽しい?」
「……そうだね、あの最強の頑固者の打倒を目指して手を回す、華々しくは無いけれど充実感と緊張感はあるよ」
「ならそれで良い。僕らは今ここに、この世界に全力で存在してる。なら他人を気にして楽しまない方が損だし悪いと思わない?」
大変大真面目な問いかけにペンシルゴンは俯いて肩を震わせる。
それが意味する感情は怒りでは無く、
「………ぷふっ、あっははははは!!そーだね、確かにその通りだ!!私は全身全霊でこの世界を楽しんでるんだから、他人どうこうを気にする方が野暮ってものだね!」
どうしようも無いぐらいに清々しい笑いだった。
「改めて、よろしく頼むよシアちゃん。最強種討伐、最後まで付き合ってもらうからね」
「ん、望む所」
笑い過ぎて出た涙を拭いながら差し出された右手をジョシュアは握り返して微笑みかける。
既に一蓮托生となった今、ジョシュアの中に降りる選択肢は消えていた。
「あ、そうだ忘れる所だった……はいこれ」
「ん、地図と…釣り竿?」
改めて約束を交わしたペンシルゴンは徐ろにインベントリを操作し、1つの紙と少し頑丈そうな竿を取り出してジョシュアに差し出す。
首を傾げながらもクルクルと巻かれていた地図を開けば割と事細かな説明の付いた道程が記されている。
「ウェザエモンに挑むにしてもLv.50になって貰わないと話になんないんだよね。これはレベリングが捗るモンスターがいる隠しエリアへの地図、そこにある湖で釣りすれば時々デッカイ鰻みたいなのが釣れるから、そいつぶっ飛ばしてレベリングしちゃって♪」
「そいつは強い?」
「んー、まぁまぁかな。まぁ一番最初のエリアボスよりかは確実に強いけど、今の私からしたら大した差は無いからねぇ。あ、でも1つ耳寄りな情報が」
「ん、おしえておしえて」
少し悪そうな笑みを浮かべてヒソヒソと話そうとするペンシルゴンに表情を動かさぬまま目を輝かせるという器用な事をしながら耳を寄せる。
「とっても低確率だけどさっき言った鰻モンスターを主食にしてるロブスターも釣れるんだよねそこ。主要武器の関係上私は簡単に倒せるけど、相当硬い外殻に包まれてるしめっちゃタフ。感覚的にはクアッドビートルを機敏にして更に厄介にした感じ」
「殴れば殺せる?」
「ん~、物理よか魔法とかの非接触攻撃の方が効きそうな感じだったねぇ。私の場合は装甲無視で殻ぶっ壊して殺したから関係無かったけど……キミの持ってるあのエゴ?とか言う装備なら何とか出来るやつあるんじゃない?」
「ん、確かに防御力無視の装備はある。まぁ元の性能がそこまで高くないって説明文にあったから別の手も………あ」
真っ先に思い浮かんだ『懺悔』に関してはあまりダメージソースとして期待できなさそうだと頭を悩ませていれば、視界に偶々オルトが入りある事を思い出す。
「オルト、『崇高な誓い』って物理攻撃じゃないよね」
「ふむむ、一応物理的なダメージもありますが確かに対象の精神を削る方がメインなのです。装甲の無視は可能かと」
「OK、それならこっちは……あ、あの子のEGOなら、でもその場合だと………ん、行けそう」
現在のシャンフロにおいてかなりの特異な能力を持つEGOは、まだ始めたばかりのジョシュアに多種多様な手段をもたらし、考える事すら楽しくなってくる。
流石に今日は遅い為明日からの活動にはなるものの、やるべき事は既に整い始めていた。
「先輩、ダメージを与えられる投擲物で一番コスパが良いアイテムって何?」
「ん~、多分石ころじゃない?ダメージで考えるならこういうお高めの効果付き投げナイフが良いんだろうけどコスパ面なら石に勝るのは無いでしょ、採掘してればいくらでも手に入るし」
「ん、じゃあ装備強化用の素材取りに行くついでに石ころ集めよ」
そんなこんなで話は纏まり、そろそろ良い時間になった為に解散する雰囲気が漂い始める。
席を立ち、代金をマスターに支払って帰ろうとするジョシュアの背にペンシルゴンはふと思い出したかのように声をかけた。
「そうだジョシュアくん」
「ん、どしたの先輩?」
「何時になるかはまだ未定だけどね、一応キミにも参加してほしい事があるんだよ〜」
「参加してほしい事?」
「まーウェザエモンと戦いを邪魔されない為の下準備かな。他にも何人か呼んで、盛大にやろうと思っててね」
美しい悪魔が、誰もが見惚れるような笑顔を浮かべて誘惑する。
「クラン潰し、興味無い?」
「……………………ん、とっても、楽しそう」
返す言葉と共に自然と変わった表情は蕩けるような笑み。頬はポヤポヤと紅くなり何処となく色気を感じさせるそれは、彼が望む物を前にした時の興奮を表していた。
その果てに待つのは誰の破滅なのかは、言うまでも無いのだろう。
シャンフロ劇場ミニ
『本読み兎』
「………………」
「……ん、凄い集中力」
「………………」
「オルト、ちょっといい?」
「………………」
「オルト?……オールー……」
「『幻想哀悼』」ガチャッ パァンッ!!
「トォッ!?」
「………………………………あ、ジョシュア様だったのです?お声掛けしていただければ反応致しましたのに」
「反応って殺意しかないノールックショットブチかます事?」
「いやぁ……お恥ずかしながら昔から読書を無理やり中断させられるとつい反射的に殺意が…」
後書きにシャンフロ劇場ミニや小ネタシリーズは
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いる
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いらない
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セルマァ……