アナウンサーは出たのに……
それでは、どうぞ
閉会式も終わり、片付けや選手達の帰宅で人が疎らになった会場の外にて、紫亜達も帰路についていた。
「やー……惜しかったなぁ」
「優勝したと思ったんだけど……まさか0.1秒差なんてね」
その中心で賞状を持った紅音が首から提げていたのは銀色のメダルだった。
最後のゴールラインを越えた後、ビデオ判定が入り結果が告げられた時は応援していた者達は思わず重い息を吐いたり、悔しそうに呻いている様子だった。
当の紅音は息を整えた後、自分と競い合った相手と語り合って握手していた。
「だけど全国で2位だ、十分以上に大健闘だと思うよ」
「オレらも頑張んないとなぁ」
「そうだね、もうすぐ新しい後輩も入学してくる訳だし」
「今年はどれぐらい入って来るんだろうね」
「確かに、考えてみればもう1週間も無いわね……」
春休み中の大会、すぐそこに迫る進級と新入生達に思いを馳せる少年少女達。
紅音はそれよりも少しばかり後方で自身の首に掛かるメダルをジッと見ながら少し別の感情が混ざったかのように微笑んでいた。
「紅音」
そんな中、紫亜は紅音に声を掛ける。
「今日は頑張ったね」
「はい、ありがとうございます!」
「……やっぱり悔しい?」
「……ホントは悔しいです」
その言葉とともに、ほんの少しだけしゅんと落ち込む顔を見せる。そんな様子の妹分の頭にポンと手を置くと、覗き込むように目を合わせた。
「満足はしてないんだね……ならどうする?」
「…秋の大会で1位になります!」
紅音の目に更なる意志の力が宿る。拳をギュッと握り締め、力強く宣言する。
「必ずまた全国大会に出て、優勝してみせます!」
「ん、元気戻ったね」
「えへへ…はい!」
惜しくも逃してしまった1位の座への未練を、リベンジへの気力に転換させた為か先程よりも数段テンションが上がった紅音は笑顔で友人達へ向き直る
「すいません!ちょっと落ち込んじゃってました!」
「いーのいーの、気持ちは分かるし」
「次は私達も一緒に全国大会出られるよう頑張るね!」
重い雰囲気等どこにもなく、和気藹々と友人と言葉を交わす紅音を見て安堵したかのように息を吐いた紫亜は、いつの間にか朝に停めた車の付近まで移動していた為にそのまま別れの挨拶の為に向き直った。
「今日はありがとね上条くん」
「いえいえ、それでは僕はこの辺で。また明日ホテルまで迎えに行きますね」
「ウッス!ありがとうございました!」
「お弁当おいしかったです」
「ん、それじゃ今日は帰るね紅音。お弁当箱洗わなきゃ」
「はい!明日のお出掛け楽しみにしてます!」
「うん、それじゃあまた明日」
「また明日!」
最後に車から手を振った紫亜がそのまま視界から出るまで、紅音はじっと見詰め続けていた。その目に宿っていたのは憧憬かそれとも寂しさか、それは本人にしか分からない事だろう。
「……」
「紅音」
「お母さん」
「今日はよく頑張ったわね」
「!……えへへ、はい!とっても頑張りました!」
「フフッ、帰ったらご馳走作らなきゃ。紅音は何がいい?」
「えーっと、えーっと!……沢山あり過ぎて決められません!」
「なら暫くは紅音の好きなメニューにするのはどうだ?」
「成る程、その手があったわね」
「わぁい!」
何にせよ子供らしく元気に喜ぶ娘の姿は親からすれば何よりも得難い物なのは確かだった。
そしてその数時間後、
「で、紅音?私達に言わなきゃならない事あるでしょ……?」
前日も止まったホテルにて、食事も終えてあとは寝るだけになった紅音は広々としたエントランスにあるちょっとした休憩スペースにて友人に問い詰められていた。
「?……あ、応援ありがとうございました!」
「うん、どういたしまして……じゃなくて!」
心当たりが無く取り敢えず応援へのお礼を満面の笑みで告げた所、それに流されそうになった少女は頭を振って軌道修正し、ビシリと人差し指を突き付ける。
「紫亜ちゃんについてよ!何であんなイチャイチャするぐらい仲いいのか、馴れ初めからキリキリ吐いて貰うわよ!!」
「遥ちゃん、最初から恋バナしよって言えば良かったんじゃ…」
「シャラップ美奈!あの紅音に男の気配がして警戒してたらあの紫亜ちゃんが来たのよ!?未だに混乱してんだから無理やりテンション上げないとやってられないわ!」
滅茶苦茶なテンションになっている少女、水無瀬遥は紅音のクラスメイトかつ陸上部の部長を務める人物であり、何より紅音を狙う男子共から守るSECOMの筆頭である。
そんな彼女は今日に至るまで、紅音から聞かされていた「応援にくる親戚のお兄さん」とやらに警戒心を抱いていた。常日頃から無自覚のうちに惑わされた男子達から紅音を守っている身としては、男性というだけで警戒対象だったのだろう。
だが蓋を開けてみれば、その「親戚のお兄さん」は自分もファンである新人モデルだし、そのモデルの性別が男だし、ゾッコンなのは紅音の方だしと色々とあり過ぎて今更ながら頭が沸騰していた。
お目目がグルグルしてる。
「……で、何で僕らもここに居るの?」
「そーいうのは女子だけでやるもんじゃねぇのか?」
「男視点の話も必要なの!健人、蓮月!あんたらは他の男どもみたく紅音に気がある訳じゃ無い事は確認済みだから今回限り特別よ!」
「わぁ……喜んで良いのかよく分からない許可を貰ってしまった」
そんな風に少女が暴走する一方、何故か恋バナに巻き込まれた男子2人は遠い目をしていた。
同部活ということで他のクラスメイトの男子達から羨望と嫉妬の目線を寄越されることはあるものの「じゃあお前らも陸上始めれば良かったろ」の一言で沈める位にはメンタルが強い彼らだが、カオスな現状に困惑して呆けている。
「それに、あんただって気になってるんでしょ?紫亜ちゃんに微笑みかけられちゃったりして」
「やめろ思い出させんな……!ぐっ、今になってダメージが……!」
「そういや紫亜ちゃんのガチ恋勢だったね蓮月くん」
「それら諸々を一言で表したら?」
「色々と粉々にされちまった……美人でカッコいいとか無法にも程があんだろ……!軽率に微笑みかけないでくれよ好きになっちまぅ……」
「重症だぁ」
「…………!」プシュー
「美奈〜、恥ずかしいのは分かるけど頭振り回すの辞めなさーい」
間近で紫亜に微笑まれた2人は片や顔を両手で覆って天を仰ぎ、もう片方は頭を撫でられた感触を思い出して即座に顔を紅潮、記憶を振り払わんと頭を振るう。
「むぅ……2人とも、お兄さんは渡しませんよ!」
「受け取れねぇよぉ……そんな余裕ねぇもん……」
「むしろ何で紅音ちゃんは無事なの…?私だったらあのご尊顔がすぐ近くにあって微笑みかけられたら蒸発するよ……?」
「実際気絶したもんね美奈さん」
呻くような被害者2人の問いかけに対して、紅音は不思議そうに首を傾げた。
「?確かにお兄さんの笑顔はとっても素敵ですし、仲良くなったばかりの時は微笑みかけてくれただけで恥ずかしがってましたけど、今はそれよりも笑顔を向けてくれた嬉しさが勝ちますね!」
「うーん恋愛強者……」
そんな風にペカーと輝く笑顔を見せる紅音に遥は眩しい物を見た時のように手を翳しながら続きを促した。
「で、結局どんな出会いと経緯があったらあんな甘々な対応されんのよ」
「えーっと、じゃあ馴れ初めからで良いですか?」
話題を振られた紅音は頭の中で語りたい事を何とか分類し、手始めに出会いのエピソードを選んだ。
「私って昔は走ることも出来なかった位身体が弱かったんですけど、そのせいで信号を守らなかったトラックに轢かれかけちゃいまして」
「………ん?」
「そこをたまたま通りかかったお兄さんに助けてもらったのがきっかけです!とってもかっこよかったんですよ!」
「……うん?」
「その後、私とお兄さんのお父さん達が仲良しだったのもあって、沢山会うようになって、引っ越してからも数年後にお兄さんが私の家に住むようになって」
「……えぇ?」
「それで今は週末には必ず電話したり、一緒にゲームしたりしてます!あ、あと毎年お兄さんの家にお父さんお母さんと一緒に遊びに行ったりしてますね!」
「ふ、ふーん、思ったより家族ぐるみの関係だったのね」
昔から近所に住んでてお世話になったー、程度の予想をぶっちぎりで抜き去って言った紅音は呆然とする周囲の反応に気付く事無く語り続けた。
「ちょっと昔にお兄さんがひどく落ち込んじゃった時があって、その時から会ったら私からギュッて抱き締めるようになったんです!」
「お、おう」
「そこからお兄さんからも抱き締め返してくれるようになって、家にいた時はずっと一緒にいた気がしますね!」
「そ、そんな懐いてたんだね…」
「勿論です!お兄さんは昔からの私の憧れの人でしたから!」
「……あとはなにやったの」
「そうですね、あとは一緒の布団で寝たり、一緒にランニングしたり、お願いしたらよしよししてくれたり……さ、流石にキスとかはちょっと恥ずかしかったですけど、ほっぺたにおやすみのチューをお願いしたらしてくれた事もあります!」
そんな風に恥ずかしそうにしながらもハートのエフェクトが振りまかれるビジョンが見えるぐらいに愛おしそうに語る紅音に対し、聴き手に回っていた4人はというと、
「…………おおぅ」
「これが『純愛』ってやつか……」
「もうほぼ出来レースじゃないこれ?クラスの男子共に勝ち目無いわよ」
「これ緑茶の筈だよね、砂糖の味しかしない……」
予想以上の惚気をぶつけられて怯みまくっていた。
少し口をもしょもしょと動かせばジャリジャリと砂糖が口の中を蹂躙していったリアルな幻想に囚われてはいるものの、そこは思春期真っ只中の少年少女。
何とも言えない恥ずかしさに襲われながらも話の続きを聞こうと悶えたながら姿勢を正して続きを待つ。
「それで、「あ、これが恋なんだ!」って気付いたのが2年前位にクラスの皆でやった恋バナ大会の時なんですけど、そこから女性として意識してもらおうと色々と勉強して実践してます!」
「紅音STOP」
早速止まった。
「今まで語ってた部分全部異性としてのアプローチじゃないの……?」
「?はい!私もその時はお兄さんへの想いを「家族としての大好き」だと思ってたので!……でも、流石に昔みたいにお兄さんがお風呂に入ってる所へ突っ込んで行くのは恥ずかしかったかなぁ……えへへ」
照れながら話す内容にいよいよ同級生達は揃って目を覆って天を仰いだ。彼女らは既に悟っていた、「勝てない」と。
「駄目だわ、何も参考にならない。何が怖いって恥ずかし
「紅音ちゃんが私達よりもずっと進んでた件について」
「クラスの男子が聞いたら死ぬと思うんだけど、蓮月くんはどう思う?」
「どう思う、って健人お前よぉ、これもう約束された『死』だろ……なぁ遥、どうするよこれ?俺たちだけじゃぜってぇ抑えきれねぇよ」
「………そうね、私達だけがダメージ負うのも不公平よね。よし決めた、こうなったら全部聞き出して他全員の脳破壊してやる」
「そういうわけだから紅音ちゃん、続きお願い」
哀れにも何も知らぬクラスメイト達は今ここで脳が破壊される事が決定した。
全員漏れなく紅音を学校のマドンナと認知している上、そのマドンナからの布教により紫亜の熱狂的ファンと化していクラスメイトらが、既に脳が破壊され尽くして一周した結果普段通りとなった者達によって確定した『死』を齎されるまであと数日……。
「若いって良いわねぇ」
「そうだな」
「あはは……私には縁のない話ですかね」
「おや、そうですかな?先生程の男前なら引く手数多でしょうに」
「なんなら私の伝手でお似合いな方を見繕っても…」
「あ、あはは……有り難いお話ですが…遠慮しておきたいなと……」
「フフッ、冗談ですよ」
「本日はお疲れ様でした、先生」
風呂事情
6年前
「しあにぃ!いっしょに入ろ!」
「……風音さんはなんて?」
「えーっと、「メイワクはかけないようにね」だって!」
「…そっか」
1年前
「失礼します!お背中流しますね!」
「……紅音、悪いことは言わないから後で入って」
「何でですか!?」
「年頃の女の子が男が入ってる風呂に突入するもんじゃない、もっと自分を大切にして」
「むぅ……」
「むぅ、じゃない」
「いけず………」
「いけずじゃない…………はぁ、ちゃんと身体は自分で洗ってタオルで隠すこと、いいね?」
「……お兄さんになら見られたって」
「そろそろ怒るよ」
「むぅ……」
「むぅじゃない……上がった後に髪乾かす位ならしてあげるから、それで我慢して」
「分かりました!」
「所で一つ聞くけど、さっきのセリフ誰から教わった?」
「アイラさんです!ほっぺたを膨らませながら言えば許してくれるって言ってました!」
「ん、先上がるね、今から母さんしばき倒して晩御飯没収しなきゃいけなくなったから」
「何で!?」
※紫亜ちゃんはずっと目を閉じてます
後書きにシャンフロ劇場ミニや小ネタシリーズは
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いる
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いらない
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セルマァ……