それでは、どうぞ
ちゅん ちゅん
僅かばかりの小さな鳥の声だけが窓の外から聞こえてくる午前5時半程、朝日が地平線から顔を出した位でその柔らかな陽射しで辺りを照らし始めた頃、部屋の中でモゾモゾと布団が動き、内側に居た人物がのっそりと起き上がった。
「んん…………ふぁあ、むにゃむにゃ……」
布団の中から出て来たのは、シンプルなデザインのパジャマを身に纏った紅音だった。
昨晩は遊び疲れもあってか、夕飯の後に友達と風呂に入ってから暫くすると自然と寝てしまったのだが、毎朝のランニングが日課として身体に染み付いて居た為にこの時間に起きたようだ。
まぁ若干眠気が残ってないでも無い様子なのだが、二度寝があまり出来ない故に再び肌触りの良いお布団に潜る事なく静かに床に立った。
周りの未だ夢の中にいる母親と親友達が起きないよう、そーっと忍び足で寝室となっていた広い和室から出ると、そのまま顔を洗う為に洗面所へと足を運んだ。
「昨日の晩御飯美味しかったなぁ……び、び、びーふえ?だったっけ。しあにぃも沢山美味しそうに食べてたし」
弱めの勢いで水を出して音を立てずに顔を洗いながら昨日の記憶を反芻する。
豪華で多種多様な料理が並んでいる中から好きな物・気になった物を選び取って満足行くまで堪能する、そんな贅沢を心ゆくまで楽しむのはとても良い時間だったと言えるだろう。
そんな事を考えながら友達や想い人から教えてもらったスキンケア用品で肌のコンディションを整えてゆく。
「……〜♪」
元々あまり興味は無かったものよ友人たちから勧められて覚えた軽めのメイクを手早く終わらせ、髪などにおかしな所が無いか鏡とにらめっこする。
そうして他の人に見られても恥ずかしくない位に整ってるのを確認した後、緩めのワンピースと未だ少し肌寒さの残る春の朝に合わせた長袖のオーバーサイズの上着に着替えた紅音はそのまま充電していたスマホを確認し始めた。
「……あ、もう少しで約束の時間だ……!」
スマホの時計で時間を確認、前々から紫亜と約束していた朝の散歩デートの時間が迫っているのが分かって少しばかりドキドキし始める。
もう早めに出てしまおうと自分用のカードキーと共にスマホをポケットにしっかり忍ばせると、そのまま部屋を後にしてエレベーターへと向かう。
「えーっと、『すこしお散歩行ってきます』っと……」
エントランスに向かう途中、エレベーターで未だ眠る友人と母親のスマホにメッセージを送りつつ、チョイチョイと前髪を整える。昨日のテーマパークでは動きやすいようにポニーテールにしていたが、今日はお洒落を意識して髪を下ろしている。
そしてゆっくりと開く扉が動き終わってから降りると同時に、目的の人物を見つけるために周囲を見回す
「あ!」
そしてその目的の人物が入り口付近で直ぐに見つかった為、紅音は小走りでそちらに向かってゆく。
柱に寄りかかって宙を眺めていた紫亜もその気配に感づいてこちらに振り向き、走り寄ってくる紅音の姿を見て顔を綻ばせた。
「おはよ、しあにぃ!」
「おはよう紅音、ちゃんと眠れた?」
「大丈夫、ぐっすりだったよ」
ハイウエストのボトムスと白いシャツ、そして黒いカーディガンを羽織った想い人に紅音は飛びつき、紫亜もそれを受け止めて頭を撫でる。
しばらくの間お互いの体温を確かめるように抱き合う2人だったが、暫くしてから名残惜しそうに紅音の方からゆっくりと紫亜の背中に回していた腕の力を緩めて離れた。
「じゃあ早速行こ?」
「ん、そうだね」
妹分からおねだりのように誘われたデートに迷う間もなく承諾した想い人に、紅音はそれはもう幸せそうに笑って紫亜の手を引いてホテルを出る。
「海でも見に行く?近くに海沿いの公園あるけど」
「じゃあそこ行きたい!」
「ん、分かった」
まだ日が昇り始めた午前6時、建物の間から差し込み始めた朝日を受けながら、2人は手を繋いでゆっくりと歩き始めたのだった。
「ん~、風気持ちいい!」
「今日は穏やかな方だね。散歩には丁度良いぐらい」
ホテルを出発して数十分後、公園の舗装された海沿いの道に2人の姿はあった。
遠くには客船が見え、静かながらに街が動き出す様子も伺えるその海岸にて、水平線から昇り始めた朝日に照らされながらゆったりとした時間を過ごす。
「ねぇ、しあにぃ」
そんな風にリラックスしながら歩いていると、不意に紅音が紫亜に対して真正面に立って真剣な顔で問いかけた。
「しあにぃは、永遠さんとどういう関係なの?」
「永遠先輩?……まぁ普通に尊敬してる人だよ。モデルになったばかりの頃から色々教わってるし」
「じゃあ、結婚したい、とか思ったことある?」
「ん、それは無い。魅力的な人ではあるけどそういう風には見れないし……他の理由もあるけどそもそも先輩も僕のこと異性として見てないから」
「ふーん、そっか……良かった」
嘘偽りの無さそうな言葉に安堵した様子で胸を撫でおろす紅音の姿に疑問を抱いた紫亜は心配そうに首を傾げる。
「いきなりどうしたの?」
「だって、しあにぃの周りに綺麗な人が多いから……私の事より好きになっちゃうかもって不安になって」
「ん、少なくとも紅音が成人するまでは誰とも結婚しないよ」
「なら!」
紅音は昨日の出来事でいつもより独占欲が出てしまったのか、続けざまにそのままの勢いで想い人に抱きついてこう言い放つ。
「ちゃんとここで約束して欲しいの、絶対に私をお嫁さんにするって」
逃がすつもりは無いぞと言わんばかりに語気を強めながら詰め寄って挑戦的な笑みを浮かべる紅音。
だがしかし、
「……………」
それとは対照的に紫亜は言葉を詰まらせていた。
「そ、れは…」
「…………だめ?」
「確約は…出来ない、かな」
「……ッ!」
今まで自分が求婚したとしても真摯に向き合って返事を待って欲しいという形で保留にされていた紅音だったが、拒絶とまではいかなくとも躊躇いがちながらNOという返事を示された事にショックを受けた様子で目を見開く。
「……私じゃ、嫌なの?」
「そんな事はない。僕にとって、紅音は一番魅力的な人」
「い、一番だなんて……でもだったら、どうして?」
嘘偽りのない声色の真摯な言葉を投げかけられ、少しだけ照れる素振りを見せた紅音だったが、すぐにそれを振り払って理由を問う。
「教えて、しあにぃ。理由が無きゃ、私納得出来ないよ」
少しばかり泣きそうになりながらも真っ直ぐ、意思を持った目でコチラを見つめる。
身体に寄りかかりながら上目遣いで見つめてくる紅音の目に耐えきれず、紫亜のは顔を伏せて諦めたように口を開いた。
「……そう、だね。言わなきゃ、駄目だよね」
所々躊躇うように詰まらせても、
真っ直ぐと見つめてくる紅音の視線から逃れるように顔を逸らしても、
それでも、嘘はつきたくなかった。
「僕は」
それは紫亜の持つ罪の懺悔
「僕は、どう足掻こうが
1人の優しい少年が身の内に秘めていた狂気と、それを解き放たれて怪物になってしまった話である。
次回は紫亜の過去です。
紫亜の持ってる戦闘欲が目覚めた理由と妙に自己評価が低い理由が分かると思います。
後書きにシャンフロ劇場ミニや小ネタシリーズは
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いる
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いらない
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セルマァ……