パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない!   作:雨あられ

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CH9.星見雅

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 夕方-

 

「あははははっ!!苦しい!」

 

今年も無事に新年を迎えることが出来た。

お正月のバラエティ番組を見て、大きく口を開けてお腹がよじれるほどに爆笑しているリンを見ているとふとそんな実感がこみ上げてくる。

 

去年は僕達兄妹……パエトーンにとっても、転換期と言えるほど様々な出来事があった。

 

Fairyとの邂逅、白祇重工やヴィクトリア家政、治安局との共闘、そして、極めつけには…………心強い協力者との出会い。

彼女に貰った髪飾りに目を落とすと少しだけ口元が緩んだ。これは、彼女からの最大限の信頼の証。例え傍に居なくとも、彼女という『剣』とつながりがあるというその事実だけで……こうも心が明るい。

 

『マスター!正体不明の熱源反応が時速200㎞でこの店に向かって突っ込んできています!』

 

「なんだって!?」

 

Fairyからの警告に、僕は反射的にリンを庇おうと立ち上がったが次の瞬間には、ドンドンと、店の扉が2回ほど叩かれたような音が聞こえた。

 

『訂正。マスター、対象は店の前で急停止をしました』

 

「お兄ちゃん、誰か来たみたいだよ~?あはははッ!」

 

お笑い番組に夢中の妹は僕とFairyのやり取りをよく聞こえていなかったらしく、いまだにテレビに釘付けだ。

……昔似たような驚き方をしたのを思い出して、僕は誰が来たのか大方の予想が付いた。

警戒せずに扉を開けて声を出す。

 

「いらっしゃい、雅さん」

 

そこに立っていたのは漆黒の滝のような黒髪にピンと立った狐耳、腰には妖刀を差して凛とした佇まいをした……ホロウ対策6課の課長にして最強の虚狩りと呼ばれる少女・星見雅。

 

「何故私だと分かった、アキラ?」

 

……その彼女が不思議そうに小首を傾げた。

 

「ちょうど君のことを考えていたからだよ」

 

「そうか、流石だ」

 

答えになっていないのに、納得したように頷く天然の彼女に僕は気が抜けてホッとしたのか自然と笑みが出た。

 

「今日はどうかしたかい?もちろん、特に用事がなくても良いのだけれど」

 

「……ああ、忘れるところだった……これを」

 

「これは……ご丁寧にどうも」

 

雅さんが礼儀正しく手渡してくれたのは包装紙に包まれた四角い箱だった。

中身はわからないが結構な重さだ。

 

「雅さんがどこか旅行に行ってきたお土産かい?」

 

「旅行には行っていない」

 

「え?じゃあ、これは……お歳暮ってことになるのかな?」

 

「年ならば既に明けている」

 

「じゃあ、これは……」

 

「引っ越しの挨拶だ」

 

「……引っ越しの?」

 

そこで僕はハッとした。

まさか雅さん!?どこか遠くに引っ越すんじゃ……!?

 

「引っ越しした際、ご近所さんに配り物をすると聞いた。ああ、私も今日からお前の向かいのマンションに住むことした。所謂……一人暮らしだ」

 

腰に手を当て、どこか誇らしげに新エリー都最強の少女は胸を張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『娘の言い方に倣うのであれば、修行の一環、とでも言えば良いのだろうか』

 

携帯端末の向こうからは少し疲れた声の現・星見家当主、星見宗一郎さんの重いため息が聞こえてきた。

 

「つまり、雅さんが一人暮らしをすることで、社会経験を積んでもらいたい、と、そういうことですか?」

 

チラッと、バックヤードのソファに目をやると、先ほど雅さんが持ってきた大きなメロンを美味しそうに食べるリンと……雅さんご本人。

凄く幸せそうにメロンを食べているが、引っ越しの挨拶で持ってきた粗品を、まさか彼女自身も食べはじめるとは思いもしなかった。

 

『まぁそれもあるがね、一番の理由は娘がそれを望んだからだ』

 

「なるほど……しかし、あの雅さんが一人で暮らすとなると……」

 

『そう、あの娘が一人でとなるとだ……』

 

彼女は危うい。

その戦闘能力については誰よりも抜きんでていることは言わずもがなだが、反面、彼女の日常生活能力は極めて低いと言わざるを得ない。よく道に迷うほど方向音痴だし、独特の感性を持っていて一般常識に当てはまらない行動を取ることが度々ある。おまけに、修行に集中していてボーっとしていることも多いから一人で居ると何があるか……。

 

『……君には正直に話すが、娘は知っての通りとても世間知らずで……心配で、心配で、心配で仕方がない!しかし、それが過保護だと言って娘とも口論になってしまった。今は……半ば家出したような状況だ』

 

「そうですか……だったら、僕が彼女に家に戻るように上手く説得を」『いや、それには及ばない!』「…………え?」

 

『聞けば娘はアキラくん……君の家の真向かいに住むことにしたと言うではないか』

 

「ええ、そうみたいですね」

 

玄関先での会話を思い出しながら再び雅さんとリンを見る。

ああ……二人が競うようにメロンを食べていて、僕の分が目にも止まらない速さでどんどん減っている……。

 

『本来ならばすぐにでも連れ帰りたいところだが、君が傍に付いているというのであれば話は別だ』

 

「……宗一郎さん?」

 

『今回の件は……君と娘が愛情を深め、君が娘を支えていくという将来のためにも良い予行演習になるだろう。という結論に至った!』

 

「宗一郎さんッ!?」

 

『ははははは!水臭い……お義父さんで良いとも』

 

……自由奔放な人だとは思っていたが、ここまでとは!?

以前、六課との慰労会でリン共々養子にどうだ?と誘われたことがあったけれど、明らかに彼は僕と雅さんが「そういう関係」だと誤解をしている……!?

 

『兎に角、珍しい娘のわがままだ。あれは中々顔には出さないだろうが初めての一人暮らしに、内心、心細いと思っているはずだ。気心の知れた君に気にかけて貰えるとこちらも安心できるのだがね……ああ、これは、星見家としてではなく、星見宗一郎という一人の父親としての……お願いだ』

 

音声のみの通話であったが、僕には彼が頭を下げた姿が易々と幻視できた。

そんな言い方をされてはこちらも首を縦に振るしかない。星見家を新エリー都随一の名家として保ってきた彼の外交術の根底を覗いた気がした。

誠意には誠意を。僕は、頬を伝った冷や汗を拭ってから、フゥと、息をつく。

 

「……わかりました。僕に出来る限りのことはさせていただきます」

 

『……おお、そうか!うむ。君ならばそう言ってくれると思っていた!娘を頼んだぞ、アキラくん。いや!息子と呼んだ方g』

 

後半、宗一郎さんが何かとんでもない事を言っていたような気がするが、やや不機嫌な表情をした雅さんに携帯を奪い取られて通話を切られてしまった。

 

「話は終わったか?……全く、父上は余計なことばかりお前に吹き込む……」

 

そう珍しく口をとがらせる雅さんであったが、耳はピコピコ上機嫌に揺れており、少し頬に朱が差しているような気がして……照れているようにも見えた。

 

「……アキラ。お前の分を死守しておいた。美味だぞ」

 

まるでこれからの駄賃のように雅さんが突き出した器には、先刻のメロンが……一欠片だけ残っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雅さん!お兄ちゃんが雅さんの新しいお家を見てみたいって!

 

そうリンが勝手を言い始め、早速、妹と二人で雅さんの新しいお宅にお邪魔させてもらった。

彼女の家は本当にウチの目の前で、エイファさんのCD屋のすぐ隣の建物だ。

六分街の家なので当然と言えば当然なのだけれど、名家のお嬢様が住むにしては凄くこじんまりとした部屋だった。内装は敷き詰められた畳にちゃぶ台、冷蔵庫に洗濯機と最低限の家電があるだけでビジネスホテルと見間違えてしまいそうなほどシンプルだ……。

 

「あれ~、まだ雅さんの荷物が届いてないのかな?」

 

「いや、これですべてだ」

 

「ええ!?殺風景すぎるよ~」

 

「?一人暮らしに必要最低限のものを揃えさせたが……ああ、折角だ、茶でも出してやろう」

 

そう雅さんは言ってくれたけれど、テレビもなく、時間をつぶすようなものは何もない……。

暇だったので家電を眺めていたが、よく見るとこれらの家電はどれも最新の超高級品じゃないか?彼女が選んだものではないだろうし、きっと宗一郎さんが手配を……ここでも親馬鹿の一面が垣間見えた。

 

「あ、見て見てお兄ちゃん!私たちの店が見えるよ!」

 

「本当だ」

 

「いつも見てるはずなのに、アングルが違うだけで他人のお家みたいだね~」

 

その時、ふと一つの考えが脳裏をよぎった。

……もしかして、彼女は僕達を見張るためにここに居を構えたんじゃないか?と。

 

「待たせた。どうにもまだ新しい勝手に慣れない」

 

雅さんが洗練された所作で膝を折ると、急須から湯呑にお茶を淹れて僕達に振舞ってくれた。僕の視線に気が付いたのか、すまない、お前の好きな「こーひー」はない……と、残念そうに耳をぺたんと下げた。非難するような目で僕を見るリン。僕は慌てて否定した。

 

どうやら僕の考えすぎだったみたいだ。

僕達を監視するとしても、彼女はそんな回りくどい絡め手などを使うタイプではないし、何よりこんなに変わり者だが真っすぐな彼女を疑ったりするのは、彼女の信頼に対して失礼だと思った。

 

 

僕達は雅さんと談笑……と言うよりもリンが雅さんに質問をしてばかりだったけれど、そんな会話をした後、キリの良いところで立ち上がった。

 

 

「さて……リンそろそろ」「あ、うん。ごめんね雅さん、引っ越したばっかりで忙しいのに長居しちゃって」

 

「構わない。もう行くのか?」

 

「お暇させてもらうよ。何か困ったことがあればいつでも相談してほしい」

 

「ああ……わかった」

 

「じゃあね、雅さん!お茶もメロンもご馳走様~!おやすみなさい~!」

 

ガシッと、妹に続いて部屋を出ていこうとする僕の手を冷たい雅さんの手が掴む。

 

「待て、アキラ」

 

「……み、雅さん?」

 

ただならぬ雰囲気で真剣な表情をする雅さん。

その手はまるで、今夜は帰さない、と言わんばかりに力強くて……やはり……ここに移り住んだのには何かシリアスな理由が!?

 

「……湯が出ない」

 

「……え?」

 

「風呂場で湯が出ない。ケトルでお湯を沸かして湯船に貯めて入ったが……骨が折れた。何か良い手はないか?それから、洗濯機とやらの水が出ない。あと……」

 

「待った。雅さん、もしかして現在進行形で困って……?」

 

「?ああ、先ほどお前は困ったことがあったらいつでも相談しろとそう言った。だから、今相談している」

 

驚いて、思わずリンの方を見る。

リンは少し悩んだ後に、グッと親指を突き立て良い笑顔を浮かべるとそそくさと帰ってしまった。お笑い番組の続きを見るつもりだ……。

 

「アキラ、そう言えば父上にはお前にこれを渡すようにと言われていた」

 

雅さんが手を離してゴソゴソとポケットを漁ると何かを僕の手に握らせる…………これは、鍵だ。

おそらく、この部屋の合鍵……!?

 

「不束者だが……よろしく頼む」

 

ぺこりとお辞儀をした後に、ギュッと僕の手を包み込む雅さん。

 

 

この日から僕は……「3代目雅さん係」に就任してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」駐車場 昼-

 

一人暮らしを始めた。

 

それが旧友から久々に送られてきた一通の短いメッセージ。

……にわかに信じがたかったけれど、いつも突拍子もない修行をしている彼女のことだ、残念ながら事実である可能性の方が高い。

 

けれど、あの、星見雅が一人暮らしなんて……!?

 

私は車を駐車場に停めると、これから発生するであろう様々な心労を憂い大きなため息を吐いた。

 

「それにしても、どうして待ち合わせ場所がココなのよ……?」

 

最寄りの喫茶店や駅で待ち合わせるならともかく……どうしてわざわざアキラくんのビデオ屋に?

……私は車のバックミラーで身だしなみを整えてから、車を降りて、トントンと裏口をノックする。

すぐにドアを開けてくれたのは事前に連絡を入れていたアキラくんだ。私の姿を確認すると、笑顔で出迎えてくれた。

 

「いらっしゃい、朱鳶さん……おや」

 

「お邪魔します。アキラくん。えっと、どうかしましたか?」

 

ジッと、私の顔を覗き込むアキラくん。

私は気恥ずかしさから思わず目線を逸らしてしまう。

 

「僕の気のせいかも知れないけれど、朱鳶さん、今日はいつもと雰囲気が少し違うような」

 

「!え、ええ、実は薄くですがお化粧を……」

 

「ああ……それでいつも以上に綺麗だったんだね」

 

え、ええッ!?な、ななななッ!!?

それは、アキラくんに気が付いてもらえたら嬉しいとは思っていたけれど、ここまでストレートに褒められるなんて……私は全身に熱いものが駆け巡っているのを自覚しながら、慌てて上ずった声で話題を逸らした。

 

「み、雅が!こちらに来ていると伺って……」

 

「ああ……雅さんなら上で待って居るよ」

 

「……上?まさか、アキラくんの部屋に?」

 

「えっと、そうだけれど……」

 

「…………」

 

「と、とりあえず案内するよ」

 

階段を上り、アキラくんの部屋の中へと足を踏み入れると……。

 

「む。来たか、朱鳶」

 

「雅、思ったより元気そうね」

 

そこにはソファに座ったままみかんの皮を剥き、お茶を飲んで寛いでいる雅の姿があった。てっきり、一人暮らしを始めた影響で疲れたりしているかも?という私の不安や心配をよそに、彼女の肌艶は健康そのもので、もはやこの部屋の主であるはずのアキラくんよりもこの空間に馴染んでいる……そんな気配すらあった。

 

「今日はてっきり、あなたの家に行くのかと……」

 

「私の家ならばそこから見えるぞ」

 

といって、雅が指を差したのは窓から僅かに見えている正面の白いマンションだった。

 

「アキラくんの家のすぐ目の前じゃない!?」

 

「そうだが……言っていなかったか?」

 

みかんの白い筋を入念にとりながらそう告げるマイペースな旧友の姿に、はぁ、と呆れと羨望がため息となって漏れ出てしまう。

 

私は雅がみかんを食べ終わったタイミングを見計らって、あらかじめ買っておいた茶色い紙袋を手渡した。

 

「これは?」

 

「引っ越し祝いよ。私が一人暮らしを始めたときに常備していて助かった消耗品を一通り買ってきたの」

 

「助かる」

 

そう一言だけお礼を言うと、雅は紙袋の中身を確認もせずにそのままアキラくんに渡した。

その姿を見て、またしても羨ましいような、呆れたような気持ちが湧いた後に、私の中での疑問が一つ氷解したように思う。

 

「雅、あなたが一人暮らしを始めると聞いたとき、何かの冗談かと思ったけれど……店長さんに手伝ってもらっているのね?」

 

「ああ、幸い、アキラのおかげで万事上手くいっている」

 

やっぱり……!

あの星見雅が一人で生活なんて出来るわけがない。

必ず、裏があると思っていたけれどアキラくんがサポートしているというのであれば納得がいく。彼は共同生活でも頼りになって、気が利く人だから……。

 

 

同時に私は彼に同情した。

幼少期から一緒だった私は彼女をお世話する大変さを誰よりも熟知している。

 

「アキラくんも……大変ですね」

 

「そんなことはないよ、それに、彼女がここに居る限り、僕らの家は新エリー都イチ安全だからね。こんなに心強いことはないよ」

 

雅に渡した紙袋の中身を整理しながら、人の良い笑顔を浮かべるアキラくん。

全く、彼の人の好さに漬け込むなんて。雅にはあまり迷惑をかけないように釘の一つでも……?

 

部屋を見回した時にふと、違和感に気が付いた。

それは、雅がここに居るということで気が付かなかったほど小さな変化だったのだけれど、今改めて以前訪れた際のアキラ君の部屋との相違点を探すと……無視できない矛盾点だった。

 

「雅、ベッドの隣にあるあの黒い櫛……?」

 

「ああ、アキラに梳いてもらうためのものだ。持ち帰るより、置いていった方が都合が良くてな」

 

「……先ほどから背中に敷いているメロンのクッションは」

 

「アキラと一緒に買い物に行ったときに買ってもらったものだ。これがなかなかどうして寝心地が良い」

 

「あの、二本並んだ歯ブラシは……」

 

「アキラの部屋に居て家に帰るのが面倒な時は、ここで歯を磨いて寝床を借りている」

 

「…………アキラくん!!?」

 

「ち、違うんだ朱鳶さん」

 

ど、どうして一人暮らしを始めたはずの雅が、アキラくんの家に住み着いているのよ!!?

 

思わず手錠に手が伸びたが、すぐにアキラくんが私の手を握って包み隠さずに事情を説明してくれた。

 

初めはアキラくんが雅の家に行き、一人暮らしに必要な家電の設定や使い方をレクチャーしてあげる程度に面倒を見ていたらしいのだけれど、ある日、アキラ君が雅の家に行くと、真っ暗な部屋でぼーっとしている雅が冷たくなっているのを見つけたという。

 

勿論、雅にとってはいつもの修行の一環に過ぎなかったのだけれど、アキラくんからしたら血の気が引くような大事件だったらしい。すぐに暖かい自室へと雅を運んで、そのまま、食事を用意したり、買い物に付き合ったり、そう言ったお節介を焼いているうちに、段々と家同士の境界線が曖昧になって……次第に雅がアキラくんの家で過ごす時間の方が長くなっていったらしい。

 

私はすぐにでも二人を止めるべきだったのだけれど、彼の吸い込まれるような目で見つめられると、頭が真っ白でフワフワして、すっかりそれどころではなくなってしまった。

 

結局その日はそのまま帰ってしまったけれど、今度、どんな手を使えばアキラくんにそこまでして甘えられるのか……こっそり教えてもらおう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 ・H.A.N.D本部「対ホロウ六課オフィス」 朝-

 

「課長、あなたの婚約者(フィアンセ)が来てますよ」

 

浅羽隊員のその言葉で私は呑んでいたお茶を吹きだした。

一体誰がとズレた眼鏡を直しながら視線を向けると……そこに居たのは白い袋を持った……店長さんだった。

 

「誰が婚約者だって?」

 

「あれ?違った?」

 

呆れた様に否定をする店長さんに対して、浅羽隊員は悪戯っぽく笑っている。

はぁ……また、浅羽隊員は悪ふざけを……罰として今日の残業は25時間追加……?

 

「雅さん、お弁当を忘れているよ」

 

「あぁ……今朝、机に置いたままだったか」

 

………………え?

課長がお弁当を?なぜそれをアキラさんが?

私は様々なケースを推測したがどれも不純な回答に辿り着く……そんな私の疑問をよそにして会話は進む。

 

「すまない、助かった……折角だ、私の代わりに会議に出席しないか?」

 

「あ、それ良いですね~!せっかくなら事務仕事も手伝ってもらって……そうだ、いっそH.A.N.Dに就職してもらっちゃうってのはどうです?こいつの腕なら問題ないですよね?」

 

「ふむ……」

 

いつの間に仲良くなったのか、浅羽隊員がアキラさんの肩に馴れ馴れしく肘を乗せてケラケラと笑っている。

 

アキラさんが……六課に?

 

それは……悪くない提案かもしれません。

人手はいくらあっても足りないくらい不足している。けれど、6課に求められる仕事の能力要求値は高いし、あまり信用できない人間や、六課の和を乱すような人間は必要ない……その点、彼はその全てにおいてクリアしていることを証明済み……。

 

それに、一緒に働けたら…………私も嬉しい。

 

「浅羽隊員、たまには良いことを言いますね」

 

「ですよね!って、たまには余計じゃないですか月城さん!?」

 

「アキラ、六課に入るの!?」

 

「あんたが入ってくれれば…………僕ももう少し楽が出来そうだしね」

 

「いや、僕は」「3人とも、少し落ち着け」

 

雅が動揺など少しもない自然な声で場を沈めると、私たちを一瞥する。

 

「アキラは既に調査員として我々に十二分に力を貸してくれている。これ以上期待を押し付けるというのは、我々の中にある「暗黙のルール」というものを破ることになる」

 

私も雅の言葉で我に返る。

初めは冗談だったとはいえ、私たちの勧誘がつい本気になりかけてしまっていたから、雅も止めに入ってくれたようだった。は~いと、同じく冗談交じりだった浅羽隊員とやや本気で信じかけていた蒼角が不満を抑えたような声を出す。

 

「そう、食べ終わったお皿を水に浸しておくのも、クッションの下に靴下を埋めてはいけないというのも、全て、「暗黙のルール」だ」

 

うんうんと何故か感心したように頷く雅。

……蒼角のために噛み砕いた表現を?

 

「あ、わたしもしってるよー!!あいすはお風呂に入ってから!ハルマサは何か知ってる!?」

 

「えっと……なんだろうね」

 

まぁ、よくよく考えてみれば、彼と同じ職場でいると家での話題が愚痴や仕事の話ばかりになりそうですし、別の職場で働いていた方が……。

席に戻りお茶を飲んでいると、雅が再びアキラさんに向き直る。

 

「アキラ、今夜は早く帰れそうだ」

 

「わかった。ちなみに今夜はエビフライだよ」

 

「……リンのか?」

 

「僕だよ」

 

「フフ、楽しみだ」

 

熟年夫婦のようなやり取りをする二人を見て、私は再びお茶を噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 2階 朝-

 

胸に圧迫感を感じたのでゆっくりと目を覚ますと……

プニっとした頬っぺたを胸元に乗せて、雅さんが僕のことを見上げている……。

 

「起きたか」

 

「……雅さん?どうしてここに……」

 

「忘れたか?アキラ、今日は「修行の日」だ」

 

「修行の日……ああ」

 

……すっかりウチに住み着いたかのように見える雅さんだったが、少しずつではあるが、一人暮らしに必要なスキルを身に着け始めている。

僕が彼女に家事を教えたり、六分街の便利スポットを案内してあげたり、ラーメンを食べに行ったりする……そうやって二人で過ごす日のことを、雅さんは「修行の日」と銘打っている。

 

彼女はこの「修行の日」をとても楽しみにしてくれていて、以前から朝早くから起きている傾向はあったのだけれど、今日は遂に寝ているベッドの上まで来たのか……。

 

「わかったよ、じゃあ、今日は……自炊に関する修行をしよう。ちょっと降りてもらっても良いかな?」

 

「……」

 

「雅さん?」

 

「お前の体温が存外心地良く、抗いがたい睡魔に襲われている……お前さえ良ければ、もう少しだけこのまま引っ付いていたい」

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」前 雅宅 昼-

 

二人で2度寝していたら、僕らを見つけたリンに大変な大目玉を食らった。

追い出されるような形で僕と雅さんは真冬の外へと出て、二人で今日使う食材を買って雅さんの自宅へとやって来た。

 

部屋の中は吐く息が白くなり、下手をすれば外よりも寒かった。

 

エンゾウおじさんにもらった中古のストーブの電源を入れると、ボっとガスの匂いが広がった後にぬるい風が足元を通り抜ける。

それを台所に向けると、僕らは早速並んで料理を始めた。

狭い台所だからか、二人で肩をくっつき合わせているとお互いの体温が暖かい。

 

「アキラ、準備は出来ている」

 

猫のプリントされたエプロンを着け、黒い髪を束ねてポニーテールにした彼女はいつもの凛々しい剣客としての雰囲気が鳴りを潜め、フワフワした可愛らしい少女という印象を受けた。耳もピンと張っていて、やる気満々だ。

 

「まずはジャガイモの皮を剥いて程よく乱切りにしよう」

 

「わかった」

 

今日は……簡単に肉じゃがでも作ろうと思う。

肉じゃがを作る過程で覚えたスキルはカレーやシチューに派生させることもできる。

ジャガイモを持った雅さんが包丁を手に取った瞬間、僕には一つの嫌なビジョンが浮かんでしまった。

 

それはホロウを真っ二つにしたときのように、雅さんが包丁でまな板を、ひいてはこのマンションを真っ二つにしてしまうというビジョンだ。

 

僕はあわてて彼女から包丁を取り上げてピーラーを渡した。

 

「み、雅さん、包丁は危ないから今日はピーラーで皮を剥く修行で……雅さん?」

 

雅さんは呆気にとっられたような間の抜けた顔をした後に、深雪のような白い手で僕の手を握ると徐々に、その手の力を強くする。

 

「雅さん?」

 

「アキラ、お前は母上とは違う」

 

「?えっと、そうだね、もしかして、斬らせてもらえなかったことを気にして……「夢を見た」……?」

 

僕の言葉を遮るように、ポツリと雅さんがつぶやいた。

 

「この世からエーテリアスが消え、刀を振らなくても良い真の平和が訪れる、そんな夢だった」

 

「父上も、柳も、みな幸せそうに笑っていた」

 

「……私も途中までは幸せな気分だった……しかし、ふと、お前だけがその世界に居ないことに気が付いた」

 

「私はお前を探して走り回った。しかし、お前はどこにもいなかった……」

 

「そして、今朝。起きたときにお前の寝顔を見つけたとき……抱いたことがないほどに、温かで、幸せな気持ちになっていた……」

 

雅さん……それで今朝は僕のところに……。

 

「お前は、お前だ」

「世話焼きで、押しに弱くて、誰よりも優しい……この世界にただ一人の人間だ」

 

「雅さ……!?」

 

彼女は突然僕の手を引くと、背伸びをして口づけをした。

あまりに唐突だったので、びっくりしていると彼女はそのルビーのような狐目を細めて、その名のように雅やかに笑みを浮かべてみせる。

 

「アキラ、お前は私のプロキシだ……今までも、そして、これからも……ずっと……」

 

 

 

 

 

 

その後、宗一郎さんが娘の居ない寂しさに耐えかねてライカンさんに泣きつく形で、雅さんの「一人暮らし」は幕を下ろした。

 

さらにその後日、星見家の婚約者として拉致された僕が、エレンやルーシー、朱鳶さんたちに助けられるというレイドイベントが発生するのだが、それはまた別の話……。

 

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