パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない!   作:雨あられ

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CH10.アストラ・ヤオ

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 夜-

 

その日、新エリー都には雪が降った。

 

積もるほどの大雪ではなかったけれど、シンとした空気が普段以上に冷え込んでいて、窓から入り込む隙間風が刺すような冷たさだ。僕はたまらず店の暖房を2度上げた、ただでさえ電気食い虫が居る僕達にとっては手痛い出費だけど、この寒さでは今日来る来訪者の体調を崩しかねないからだ。

 

僕は身体を伸ばして椅子から立ち上がると、店番をしてくれていた18号と一緒に鼻歌まじりに早めの店じまいを開始する。店は閑古鳥で天気も悪いというのに、自分でも自覚をするくらいにはテンションが上がっていた。

 

何せ今日の夜は……あのアストラさんがウチに遊びに来てくれるんだ!

 

未だに信じられないことだった。

 

偶然知り合ったあのデタラメチャーハンが、新エリー都随一の女性歌手……アストラ・ヤオさんご本人で、コンサートに招待されて組織の陰謀が渦巻く事件に巻き込まれたかと思えば、いつの間にか、カメラを持って二人きりで遊びに行ったり、僕だけのために歌をプレゼントしてくれたりするような、そんな……「友達」になれるだなんて!

ファンとして夢のような……?

 

「おっと……」

 

店のドアの前に何か……ボンプと同じくらいの大きさの橙色をした籠が置かれているのを見つけて、僕は深いため息をついた。

 

居るんだ。たまにこういうお客さんが。

 

ビデオを返却に来ためんどくさがり屋のお客さんなのだろうけれど、折角返却ボックスを設けているというのに、ここまで来ておいて、それに入れるのすら面倒だったのだろうか?

 

扉を開けて、籠を店の中に入れようとした、そんな時だった。

 

ガタッ!モゾモゾ!と、揺れ動く籠!僕の中で警戒心が一気に増した。

 

何か入っている?

 

僕は、改めて籠に向き直ると、逃げ腰で籠の中身を覆っていた布を剥がす……すると、そこに居たのは……赤い顔をして眠る……

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤ん坊だったというわけか」

 

金色の綺麗な髪に、ヴァイオレットの瞳をしたアストラさんのマネージャー兼ボディガードを務めるイヴリンさんが、念のため、籠の中に危険物が無いかチェックしながらそう呟いた。

 

さっきは大変だった。

赤ちゃんを部屋に引き入れているところを、帰ってきたリンとアストラさんに見つかってしまい、リンにはお兄ちゃん!まさか隠し子!?誰との!?なんて問い詰められて、アストラさんは珍しく目を三角にしてアキラ、説明してちょうだい……?と低い声を出していた。

 

「やはり盗聴器や爆発物の類は仕掛けられていないようだ。それに、こんな寒い日に母親が赤ん坊を置き忘れて、ということは考えにくい。残された可能性としては……」

 

「捨てていった……か」

 

僕がそう呟くと部屋の中に重い沈黙が流れる。

 

この新エリー都において、孤児というのは珍しい存在じゃなかった。ホロウ災害に巻き込まれたり、エーテリアスに襲われたり、そして、この子のように経済的な困難などが理由で親に捨てられたり……ある日突然その日は訪れる。そしてそれは、悲劇などではなくて、この新エリー都では「よくあること」だった。

 

「ぁ、ぁ……ぎゃー、ふっ、ぎぁゃーー!」

 

沈黙を破ったのは赤ん坊だった。

急にエージェントの呼び出し電話のようにうるさく泣き始め、ビクリと僕達は慌て始める。

 

「ど、どうしよう!泣き始めちゃった!」

 

「い、イヴ!あなた、胸からミルクを出せたりしないの!?」「ミッ!?む、無茶を言うなッ!?」

 

僕らがオタついていると、不意にピコーンとH.D.Dシステムの起動音が鳴った。

 

『優秀なベビーシッターAI・Fairyからの助言。赤ちゃんが泣く理由は、感情や欲求、不快感などさまざまです。赤ちゃんが泣く理由には、次のようなものがあります』

『1.お腹がすいた、2.おむつが汚れている3.暑い、寒い、眠たい、痛い、痒い、悲しい、不安、かまってほしい、抱っこしてほしい……』

 

「お、多すぎだよ~!」「妖精さん、何をすればいいの?」

 

『アストラさま、赤ちゃんが泣く原因を理解するには、次のような点に注意してみましょう。匂い、目の赤さ、授乳の時間、 泣き声』

 

スンスンと赤ん坊を嗅いでみると、排泄が原因ではないらしい。泣き声もどことなく、空腹を訴えているほど大きくないような気がする……となると……

 

『赤ちゃんを落ち着かせるには、次のような方法があります。ハグや背中をたたく、ゆらしたり、弾ませたりする、優しい音楽やホワイトノイズをかける』

 

「「「それだ!(よ!)」」」

 

「アストラさん、赤ちゃんを抱っこしてあげて!」

 

「ええ、わかったわ!」

 

「そして、こう、何か落ち着く歌を……」

 

「そうね、じゃあ、こういう曲はどうかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ~!

 

ぐったりと、僕達は椅子やソファに崩れ落ちた。

あの後、眠ったかと思えば、すぐにまた泣きだし、オムツだ、ミルクだと、僕達は大いに慌てた。あの普段は冷静沈着なイヴリンさんまでもワタワタとボンプのようになっていたのだから、赤ちゃんというのがとんでもなく強敵ということに間違いはない。

 

今赤ん坊はぐっすりとアストラさんの腕の中で眠っている。

その顔は先ほどまでの大泣きが嘘のように安らかで……可愛らしい。

 

「全く、アストラさんの子守歌で眠れるだなんて、贅沢な赤ん坊だ」

 

「えへへ、可愛いね~」「えぇ……」

 

リンが赤ちゃんの頬っぺたをぷにぷにして、アストラさんはそれを見守りながらワインレッドの瞳を細めて、優し気な笑みを浮かべていた。

その様子を見ていたイヴリンさんも柔らかく微笑んでいたが、表情を真剣なものに戻すと視線を僕の方へと向けた。

 

「……アキラ、この子をどうするつもりだ?」

 

「当然、治安局に連絡をすることになるだろうね。だけど、今日はもう遅い……明日の朝にでも知り合いの治安官に連絡するよ」

 

「そうか。それが良いだろう。例え両親が名乗り出てこなくとも、しかるべき施設で「私が育てるわ!」そう、お嬢様が育て…………お嬢様!?」

 

目を白黒させるイヴリンさんとは対照的に、アストラさんはにっこりと太陽のような笑みを浮かべて赤ん坊を撫でる。

 

「だって、こんなに可愛らしいんですもの!ね!そうよね!?アキラ!」

 

「……え?えっと……?」

 

「ワガママを言うのも大概にしろ、犬や猫を育てるのとはワケが違うんだぞ!?それに、あなたには歌姫としてたくさん仕事が……」

 

「分かってるわ、だから……ね、お願い!アキラ!リン!私と一緒に子育てをしましょう!?」

 

「な!?」「こそ!?」「だてえ、えええぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パエトーンのお兄ちゃんが、お父さんになるわけがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」バックヤード 昼-

 

「なるほど、それで赤ん坊ですか…………ハァ」

 

朱鳶さんがどっと疲れたかのようにため息を吐いた。

 

初め朱鳶さんに連絡した時、何を勘違いされたのか僕とアストラさんとの間に赤ん坊が生まれたと思ってしまったらしい。青衣と店に来るなり、プロキシバレしたあの日よりも冷たい態度で、どこかよそよそしい事情聴取を受けたのだけれど、話をしていく内に徐々に誤解が解けていき、朱鳶さんはソファで縮こまって顔を赤くしながら何度もすみませんと、謝ってきた。

 

「……朱鳶よ、ぬしは店長どのの事となるとまるで周囲が見えておらん……恋は闇とよく」「せ、先輩!!」

 

と、青衣の言葉をかき消すほど朱鳶さんが大きな声を出した拍子に、ぱちりと、籠の中に入っていた赤ちゃんが目を覚ます。そして……

 

「おぎゃあ!!ぎゃあ!」

 

と泣き始めた……!

マズイ。一番、赤ん坊が懐いているアストラさんは、イヴリンさんに引きずられながら文字通り泣く泣く仕事に出て行ってしまった。リンは、お兄ちゃんにはわからないでしょ?と言って、赤ん坊のミルクとおむつの買い出しに出ている!

 

「え、あ、ごめんなさい。私のせいで……?」

 

「ほっほっほ、なんともまぁ元気な赤子よ。ふふ、どれ、我に任せてみよ」

 

そう言って青衣が赤ん坊を手慣れた手つきで抱きかかえる。

リズムよく揺らして、赤ん坊をあやしており、徐々に泣く声も小さくなっている……。

 

「凄いですね先輩……!」

 

「こう見えて、新エリー都中の赤子のおしめを変えて……む?」

 

赤ちゃんが、青衣の胸を何度か手繰るように触ると、あ、あ、と何かに気が付いたかのようにまた腕をバタバタと動かして泣き始めたではないか。

 

「はて、これは……朱鳶、ぬしの出番やもしれん」

 

「え、ええ!?む、無茶を言わないでください!?私、あまり小動物などは……」

 

「あまり不安がると赤子はそれを見抜く、ほれ、絶対に落とすでないぞ」

 

半ば無理やり朱鳶さんに赤ん坊を持たせる青衣。

すると、不思議なことに赤ん坊はたどたどしい朱鳶さんの手つきにも拘わらず、その胸に顔を埋めてどこか安心したようにうつらうつらとし始める。

 

「へ、へへ、ぁー……」

 

「な、なんですか?」

 

「きっと子守歌を待ってるんだ。その子は歌が好きみたいで……」

 

「ふむ……では今度こそ我が一肌脱ぐとしよう」

 

青衣の子守歌は聞いたことがない言語の童謡のようであった。

けれど、不思議と安心するその歌声に、赤ん坊は今度こそ眠りについたようであった。

 

「良かった……眠ってくれたようですね」「ありがとう、二人とも」

 

ソファに腰かけて赤ん坊を抱えながら安堵して微笑む朱鳶さんに、僕も後ろからそれを覗き込んで顔を合わせて笑みを浮かべる……。

 

「けれど、どうして先ほどはあんなに泣いていたのでしょうか。先輩のあやし方は完璧に見えたのに……」

 

「……うむ、ズバリ、アストラどのに比べて我の「ふくよかさ」が足りなかったのであろう」

 

「ふ、ふくよかさ!?」

 

「さよう、我の胸部パーツをもう少し「きょにう」に換装すれば、完全にあやすことも可能だったやもしれぬ……どれ、今度、黒雁街跡地に行った際に購入を……」

 

「先輩、だから先輩のパーツは正規品をきちんと使っていただかないと!」

 

そう小声ながらも必死に訴える朱鳶さんを無視して、青衣が片目を閉じて身体をクネらせると流し目で僕の方を見た。

 

「……店長どのはどう思う?我が「ないすばでぃ」になるというのは……?」

 

「えっと……見て見たい気も……?」「アキラくん!」

 

いたた!怒った朱鳶さんに耳を引っ張られる!

青衣はふ、くくく!と笑い声をかみ殺して小刻みに震えていた。

 

何はともあれ、治安局の二人が赤ん坊の保護と親探しに協力してくれることにはなった。

だけど、このまま治安局に赤ん坊を引き渡してこの話は終わり……とはならなかった。

 

「すみません、アキラくん。実は少し前に発生したホロウの拡張によって中規模の災害が起きているんです。治安局は今、その捜査と救助活動で手一杯で……」

 

「まさに店長どのの手も借りたいという状況でな。ぬしらさえ良ければ、しばらく赤子の面倒をみてやってはくれぬか?むろん、我らとて協力は惜しまぬ。おむつやミルクなどの必需品は経費で落とすがよい」

 

「それは構わないけれど……」「ありがとうございます!アキラくんならそう言ってくれると思っていました!」

 

そう言って笑顔を浮かべる朱鳶さんと青衣。

ある意味、アストラさんとリンの望み通りの展開になってしまった。リンが買い物先でレシートを捨ててないと良いけれど……。

 

「……あ、アキラくん、先輩、見てください。この子、寝ているのに何かもぐもぐしていますよ?」

 

「さもありなん。夢の中で何やら食しておる様子……」

 

「赤ん坊って、可愛いんですね……」

 

チラッと、朱鳶さんが頬を染めながらこちらを見上げてきたので、僕は笑顔で同意した。

朱鳶さんは、なぜか更に顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」夜-

 

ルーナ。

それが毛布に刺繍されていた赤ん坊の名前だった。

ちなみに、おむつの交換の際に性別は“女の子“と判明している。

 

彼女が来てから、アストラさんと僕達の生活は一変した。

 

「ああ、お兄ちゃん!!ルーナがビデオの棚に!?」

 

「ハイハイでどうやったらあんなところに行けるんだ!並べたドキュメンタリー映画がドミノ倒しのように!?」

 

バサバサバサと、折角アルファベット順に揃えていた珠玉の映画たちが崩れ落ちる!!?

しかも、自分でやっておいて、ルーナは大泣きを始めた!?泣きたいのはこちらのほうだ!

 

「あ、アストラさーん!ルーナが泣き始めちゃって!」

 

「ごめんなさい!今手が離せなくて、イヴ!あなたが代わりにあやしてあげて!」

 

「わ、私がか!?」

 

まず大きく変わったことの一つとして……アストラさんとイヴリンさんが我が家に住み着き始めた。仕事がない時間も極力ルーナに会うためにというアストラさんの強い要望によるものだったが、僕もイヴリンさんも、いつパパラッチに隠し撮りされるか気が気でない。

 

「あ、あ~、ね、ねーむれ良い子だ「おぎゃあぁああ!!」う、こいつ……」

 

「ダメだよイヴリンさん!アストラさんがいつもやってるみたいにやってあげないと」

 

「…………よ、よちよち、良い子でちゅね~。ね、眠れ~良い子だ~ねんねしな~♩」

 

「へへへ……」

 

「……はぁ、手を抜くと全然泣き止んでくれないな……」

 

「歌にストイックなんだよ。誰かさんに似て」「……ふふ」

 

ちょっとだけルーナの機嫌が戻り、イヴリンさんもホッとした様子。

 

昼は基本的にリンと交代で抱っこ紐をくくりつけ、ハンモックのようにルーナをぶら下げて働いていた。そのせいで、あのビデオ屋の兄弟はやはりインモラルな関係だった?ととんでもない噂が流れてしまったのだが、アストラさんがウチに住み着いていることがバレるより良いよ!とリンは面白がって便乗していた。そのおかげで、僕は最近町の人にどこか白い目で見られている気がする……。

 

「ふぅ、お待たせ。あら、流石はイヴ。ルーナも合格点をくれたでしょ?」

 

上の階から降りてきたアストラさんがイヴリンさんからルーナを受け取ると、よちよち良い子でちゅね~。と恥ずかしげもなく赤ちゃん言葉を話しながらチュッチュとした。

すると、ルーナのテンションはマックスになり、さっきまでの不機嫌は何だったんだと思うくらい上機嫌になる変わり身を見せた。中身にアストラさんのファンが入ってるんじゃないかって疑ってしまうくらいだ。

 

「ねぇ、みんな。たまにはこの子を外に連れて行ってあげましょう?」

 

「また、何を言い出すかと思えば……あの天下のアストラ・ヤオが子持ちになっただの、ただでさえ大スキャンダルになりかねないんだぞ!もっと常日頃から危機感を持ってだな……」

 

「え、ぅ、えええん!」「しまった……」

 

「イヴママが怒って怖いでちゅね~「だ、誰がいつもおしめを変えてやっていると……」よちよち、本当は優しくてカッコいいのよ~?……大丈夫よ、人があまりいないところに行けば……ねぇ、アキラパパ?」

 

「え?うーん、そうだね。郊外なんてどうだろう。アストラさんのことを知っている人も少ないはずだ」

 

「はぁ、アキラ……」「もうお兄ちゃんってば二人に甘すぎるよ……!」

 

「ふふん、決まりね!」

 

アストラさんは、ルーナごと僕にくっついて満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都・郊外 旧油田エリア ダイナー「チートピア」 昼-

 

「へぇ、それで、こいつがその赤ん坊か~」「かーわいいね~、食べちゃいたいくらい!」「……なんだかバーニスが言うとシャレに聞こえないぜい」「うふふ、そうでしょそうでしょ~!」

 

ハイハイしながらテーブルの上を歩くルーナを見て、シーザーとバーニス、パイパーらは両肘をつきながら顔を綻ばせている。アストラさんもどこか誇らしげだ。けれど……。

 

「ルーシー、どうかしたかい?」「部屋の隅っこで腕を組んで……そんなクールキャラだっけ?」

 

「フン、別になんでもありませんわ」

 

「ルーシーってば、もしかして、外で警備してくれてるイヴリンさんとのキャラ被りを意識してる!?」

 

「そ、そんなくだらない理由じゃないですわ!」

 

そう鼻を鳴らしたルーシーはみんなの輪には入らず、明らかに様子がおかしい。

 

「……まさか、私のプロキシさんがコブ付きになってしまうだなんて……」

 

?ルーシーがブツブツ言っているが、シーザー達の黄色い声でかき消されてしまう。

 

「この子、名前はなんてぇんだ~?」

 

「ルーナ、って言うのよ!」「へぇ~!ルーシーちゃんと~、一文字違い!」「心なしか顔つきも似てるぜい」「な!?ちっとも似ていませんわ!?」

 

と、ルーシーは早くもクールキャラを卒業してパイパーたちに食ってっかかる。

 

「おいおい、少なくとも、ルーシーよりかは賢そうな顔をしてるぜ?」

 

「ど、どこをどう見たら私の顔がこんなサルみたいな「わああ!」キャ!な、なんですの」

 

そうルーシーが声を荒げたと同時に、わぁぁんと赤ん坊が泣き始めた。

 

「どどど、どうしたんですの!?」

 

「そりゃ、お前が大きな声出すからビビっちまったんだろ?」

 

「お腹が空いたのかなぁ?ニトロフューエル呑む~?」「うんちしたんじゃねぇ~か~?」

 

「バーニス、悪いけどそれは仕舞ってくれ。多分、ルーナはみんなが喧嘩をしてると思って、泣き始めてしまったんだ」

 

赤ん坊というのは思いのほか周りの空気を読む生き物だった。

今みたいに険悪な空気が流れていると、それを敏感に感じ取って泣き出してしまう。

 

「そ、そんなつもりは……」「はいはい、私に任せてね。ルーナちゃ~ん、良い子でちゅよ~」

 

困ったようにおろおろするルーシーに大丈夫だと安心させ、アストラさんが赤ちゃんを抱きあげると何度か揺らしてリズムを取りながら泣くのをなだめる。

その間に僕がお店のジュークボックスから楽し気なミュージックを再生すると、曲が聞こえ始めた途端、ルーナは徐々に泣き止みはじめ、ちょっと頭を揺らし始める。

 

「イエイイエイ!乗ってるね~!」「ヒューヒュー」

 

「へへ」

 

ノリノリに踊り出すバーニスたちを見て、黒い目をクリクリさせて笑うルーナ。

 

「音楽か……よし!」

 

シーザーは何かを閃いたのか、指を鳴らして店を出ていった……と、思ったら、すぐに片手で大きなグランドピアノを担いで戻ってきた!?

 

「シーザー!?それは……」

 

「へへ、実はオレサマもちょっとばかしピアノを食っててな!ほら、ルーシー。泣かせた分、これでルーナを楽しませてやれ!」「…………はぁ、それを言うなら「齧って」ですわ。特別ですのよ?」

 

そうして、シーザーとルーシーの連弾による、音楽コンサートが始まった。

力強いタッチと繊細なタッチが織り交ざったそれは、プロの演奏と変わらないくらい迫力があって……ルーナも、初めて聞く生のピアノの迫力に目を大きく広げて固まっていた。

けれど、次第にきゃっきゃと手を叩いて楽しそうに笑い、そして……

 

「ルーナがルーシー、あなたのことを認めたわ!」「え?」

 

ポンポンと、アストラさんの手元からルーシーを撫でるルーナ。どうもルーナの中で、音楽の上手さというのがアストラさんポイントが高かったらしい。

 

「ルーシーちゃん!良かったね!!」

 

「フン……中々、見る目がありますわね。それに、こうしてみると利発で賢そうな顔つきをしていますわ。将来は医者か弁護士に……」

 

ルーシーは手のひらをアンドーさんのドリルのごとく回転させ、ルーナを可愛がり始めた。

そして、シーザー達の演奏でアストラさんも歌い出し、チートピアの熱狂的な宴は、夜遅くまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも、僕達とルーナには様々な出来事があった。

 

歌が下手なせいで懐かれずに落ち込む柳さんに、いつの間に私との子供を作った?と驚く雅さん、実はあんたの本当の親はあたしなのよ!と刷り込むニコ……。

 

毎日のように来客があり、ルーナも楽しそうに笑っていたが……

 

幸せな時間というのはそう長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 昼-

 

僕とリン、それから珍しく休暇の取れたアストラさんとイヴリンさんのもとに、朱鳶さんと青衣が訪ねてきた。

 

「聞いてよ朱鳶さん~!ルーナったらね、イエイイエイ覚えたんだよ!見ててね、ルーナ~。いえい、いえーい!」

 

リンがそう言って手をフリフリすると、それを真似するようにルーナが手をフリフリした。

その愛くるしい姿を見て、満面の笑みを浮かべながら堪らなさそうにルーナを抱きしめるリンと、リンごと抱きしめるアストラさん。

そんな二人を見て僕やイヴリンさんからも笑い声が漏れたのだけれど……

 

……朱鳶さんたちは暗い顔をするだけで、笑ってはくれなかった。

 

「その、実はルーナちゃんの母親を名乗る女性が見つかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、奇跡のような話だった。

 

ルーナの母親は総合病院で入院していた。

 

ホロウ災害に巻き込まれた彼女は、長い間ホロウの中を彷徨って、いつしかエーテル浸蝕により身体は次第に動かなくなっていた……そこを治安局に救助され、つい先日、ようやく目を覚ましたのだという。

 

だが、おかしな点はここからで、なんと母親が倒れたとき、母親は、籠に入れたルーナを連れていたのだという!

 

つまり、ルーナは母親とともにホロウの中で力尽きていたはずなんだ。

けれど、現実はそうではない。何の因果か、彼女を入れた籠は偶然にもホロウの外へと運び出され、いつの間にかこのビデオ屋の前に辿り着いていたのだという。

 

誰かが置いていったのか、或いは神のいたずらか……。

 

ルーナを病院へと連れて行くと、母親は涙を流しながら僕達にとても感謝をしてくれた。

 

けれど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 屋上 夜-

 

「ここに居たのか」

 

カンカンと、梯子を上って屋根の上へと上ると、アストラさんが体育座りをしながら星を見ていた。僕は、着ていた上着を彼女に被せて、隣に座った。

 

「風邪を引いてしまうよ」

 

「……この街は、星が良く見えるのね」

 

「……ああ、中々のものだろう?」

 

……アストラさんはぎゅっと包まるように僕の上着を握りしめて、鼻を啜って再び空を見上げた。寒空の星は、澄んだ空気で一層煌びやかに見えるような気がする。

 

「グス、ごめんなさいね。私が軽々しくあんなことを言ったから、アナタたち兄妹を傷つける結果になってしまって……」

 

「確かにリンも凄く寂しがっていたけど……大丈夫、僕の妹はそんなに軟じゃないよ。明日起きたらきっと、もうすっかり元気になっているよ」

 

「……アキラ、私……」

 

……アストラさんは僕に覆いかぶさるように抱きついてから、すすり泣いた。どんなに忙しくても、いつも笑顔が絶えなかった彼女の初めて見る泣き顔だった。僕は出来る限り優しい声で彼女を慰めて、ルーナにしてあげていたように、トントンと背中を叩いて……彼女をあやしてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、アキラ。私、やりたいことリストがまた一つ増えたわ」

 

「うん、なんだい?」

 

「………………まだ秘密よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう!お兄ちゃん!!」

 

僕が目を覚ますと、リンがいつものようにぺたぺたとスリッパにエプロン姿で朝食を作ってくれていた。目元はまだ赤いけど、立派な妹の姿を見て思わず頭を撫でる。もう~!髪が崩れちゃうよ!なんて言って怒られてしまったけど。

 

ソファに座ってテレビの電源を入れる。するとそこには、いつものように笑顔を浮かべる歌姫、アストラ・ヤオの姿が映っていた。今度、新しい出会いでインスピレーションを得た新曲を出すらしい。

やっぱり、彼女は笑顔が一番よく似合う。

 

 

スマホの電源をつける。すると、いくつかノックノックが届いていて……。

 

 

アキラくん、父と母が早く噂の孫を見せに来いと言っていて!!?--朱鳶

 

プロキシさん!モンテフィーノ家が新しい跡取りを作ったのなら、誕生日パーティを開いて盛大に祝うと!?--ルーシー

 

アキラ。父上がベビーグッズを買い揃え始めた。--雅

 

 

 

……今度は僕が泣きたくなる番だった。

 

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