パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない! 作:雨あられ
-空域機密特区・ロスカリファ 「アンバー・ホール」2階 夕方-
なんか面白くないなーって。
そう思ったのは占拠したベッドの上から共犯者さん……つまりはこんなに暇をしている私をほったらかして映画に夢中になっているアキラさんの後頭部を眺めていたから。
そりゃ、私が映画を観ようって言ったよ?
……でも折角遊びに来た私を放っておく理由にはならないよね?
おぉ、とか、そうきたか、とか呟きながらアキラさんは映画を楽しんでいるようだけれど……そのせいでこっちを見向きもしない。
お仕置きがてら後頭部を羽先でこちょこちょ~っ……あ、振りむいた。
「レミエール。君……ちゃんと映画を観てないな?」
「え~ちゃんと観てるよ~……誰かさんの楽しそうな後ろ姿とか」
「また君はそうやって……」
アキラさんは腕を組んでため息をついた……けれど、本当に嫌そうな感じではなくて、ちょっと照れくさそうに。
「ほらほら、ちゃんと私も観るから、ね?」
そう言ってアキラさんを再び映画に注目させる。
アキラさんはまだ何か言いたそうだったけれど、映画の続きが気になるのか前を向いて映画の世界へと戻っていった。
……しばらく経ってから、私はタイミングを見計らってベッドから降りると彼の背後にこっそり忍び寄る……そして、後ろからムギュっと抱き着いて耳元まで唇を寄せてそっと息を吹きかける。
「フゥ~♪」
「ッ!?」
ビクッとアキラさんが耳を抑えて驚いた顔で私を見る。わお、これは中々いい反応!
「れ、レミエール!君は……!」
「あははは、びっくりした?確か、こういうの新エリー都で流行ってるんだよね?ASMR?ってやつ」
追い打ちをかけるように、再び顔を摺り寄せ……
「ね?こういうの、好き?」
私が悪戯っぽく囁くと遂にキミは私の方を完全に振り向いた。
「おっ、ふふ。そろそろキミのターンかな?」
何を言われても、受け流す準備はできてるけどね。
アキラさんのことだ、こちらの引いた線を越えるようなことはしてこない。そんな信頼にも諦めにも似た気持ちがあるからこそ、余裕のある面持ちでアキラさんのターンを待っていると、
「ふぅ」
とアキラさんは感情を落ち着かせるように息をつき……髪をかき上げてから、私の顎に手を当て……た!?
「レミエール」
「えっ………」
そのままくいッと顔を引かれて、お返しとばかりにアキラに耳元で囁かれてビクッと身体が反応する。
ま、マズ、これ……。
「僕の頼みを……聞いてくれるかい?」
「~~ッ!!へ、へぇ?こんなに強引にお願いだなんて、珍しいね……?」
そう強がって答えるけれど、吐息が耳元に当たって身体が燃えるみたいに熱くなってくる。こんなシチュエーションは100年前だって一度も……いつもと違って強気なアキラにドキドキしながらそう瞳を返して答えると……。
「僕と……」
「僕と……?」
「ダンス大会に出てほしいんだ」
「う、うん……キミとダンス大会に……ダンス大会…ん…ダンス大会??」
アキラ……さんは顔を離すと、いつも通りの表情で言葉を続ける。
「ああ、今度リバーブアリーナでちょっとしたダンスコンテストに出ることになってしまってね、皆の前で恥をかく前に君にダンスを教えてもらおうと思って……一緒に出てくれるかい?」
「…………」
「そうそう、それはそうと……どうだっただろうか?誰だって突然耳元で囁かれたりしたら驚くだろう?」
そう言って得意げに笑顔を浮かべるキミはあまりにも…………鈍感すぎるよ。
「…………おうち帰るね」
「レミエール?レミエール!?」
私は窓を開けると、そのままアキラさんの部屋から飛び帰った。
そのままやり場のない昂った気持ちをフーファイターズで発散した後、ベッドの上でアキラさんから来ていた心からの謝罪のメッセージを見て笑みを浮かべる。
……こんなに必死になって……ふふ、しょうがないなぁ、キミは♪
私の共犯者さんが、こんなにモテモテなわけがない!
-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 駐車場-
眩しい太陽の光を浴びながら、駐車場に流れているのは軽快でホップな音楽、アスファルトの上には、ポタポタと僕の汗が流れ落ちていって……今は必死に息を整えている。
「はぁはぁ……どうだい僕も中々」「うん、中々ヒドいねこれは」
レミエールは……真顔でそう言った。
「……これでも、僕なりにダンス映画を観て研究した成果で……」
「イソギンチャクが水底でウネウネしてるみたいな動きを勉強したんだ?」
「……僕だって傷つくんだぞ」
「あはは、ごめんごめん、拗ねないでよ~」
よしよし、なんていつものように揶揄われる……。
あれから僕とリンは雲嶽山を出て、飛行船に乗って生活の拠点を空域機密特区・ロスカリファへと移していた。転校生として学生生活をエンジョイ……というような感じはないけれど、気にしていた身体や目の異常も一旦は落ち着きを見せ、こうして彼女……レミエールのような友人とも出会い、新しい生活が始まった。
レミエール・ダン。
普段はミステリアスな翼のシリオン、しかしその正体は100年前に活躍した伝説の「初代虚狩り」。怪しげな行動をとり、指名手配犯として追われつつも僕たちに手を貸してくれている謎多き女性……正直、こうして話すようになってもいまだに彼女の本心はどこか掴めない。
そんな彼女から今、僕はダンスの指導を受けている。とりあえず踊って見せろと無茶ぶりをされるから踊ったというのにあんまりな仕打ちだ。
息を整える僕の前に彼女が立ち、その豊満なスタイルを誇示するように身をかがめて覗き込んできた。
「ふふ、キミはどうやらダンスで1番重要なことを知らないみたいだね?」
「重要なことだって?……それは一体……?」
「それはもちろん……楽しむこと」
そう言って次のタンゴ調の曲が始めると、彼女は恭しくお辞儀をした後、僕の手を引いてステップを踏み始める。
自分で言うのも悲しくなるけれど、そんなにダンスの上手くない僕でさえ、彼女にリードされ、声を掛けられながら導かれると、そこはかとなくうまく踊れている気がする。
「うん、いいよ……ほら、そこでターン」
おっと、と足元がふらつきかける。そんな動きでさえ、彼女に背中を支えられ、くるりと回されて鮮やかにポーズが決まった。
思い返せば、あの夜、彼女と踊ったときもまさにこうしてリードされていたんだったか。
だが、あの時の彼女のどこか思いつめたような、悲しげな表情とは違って、今は…………。
「お、良い表情になってきたね」
「君が楽しそうに笑っているからさ」
「っ!……もう、すぐそうやって」
「レミエール?まて、踏んでる!的確に僕の足を踏んで…!?」
「今日はこんなところかな?」
「はぁ、はぁ、どうも、ありがとうございました……」
「うん、よろしい♪」
そうやって、涼しい顔をしている彼女の前で、僕はもう息も絶え絶えだ。
あの華奢な身体のどこにこんな体力が眠っているのだろうか?
「それで、キミはまたどうして突然ダンス大会なんかに出ようと思ったのかな?」
「……はぁ、ふぅ、休憩する間もなく、ターン制バトルかい?」
「別に、この程度バトルでも何でもないでしょ?それに、一緒に大会に出る以上、私たちは”パートナー”なんだから」
「”パートナー”か……」
ふぅと、大きく息を整えてようやく顔を上げる。
レミエールは僕の言葉を待っているのか翼を揺らして指を膝の上でトントンしている。
「実はその大会でほしいものがあるんだ」
「やっぱり、そんなことだろうと思った。それで、強欲なるパエトーン様は一体何がほしいのかな?」
「それは…………まだ言えない」
僕がそう言うとレミエールは少しズッコケた様に見えた。
「ちょっとちょっと、ここまで話しておいてそれはないんじゃない?」
「……まぁ僕にもいろいろと事情があるのさ」
「ふーん。へー。そうやって隠し事するんだ。“パートナー”で、“共犯者”で、私のこともらっていくって言ったくせに……」
「う……それは……レミエール……その辺で勘弁してもらえないだろうか」
ぷくっと頬っぺたを膨らませるレミエール。
当然演技だろうけど、彼女の場合、その演技の中に本音を折まぜてくることもあるので一概に彼女が気にしてないとも言い切れない。
僕だってできれば彼女に隠し事なんてしたくはない。けれど……今彼女に直接教えるのは流石に気恥ずかしかったんだ。
「ラーメン」
「え?」
「チャーシュー、トッピングで!」
「……はいはい、仰せのままに」
駐車場を出て歩き出した彼女を追って、僕も歩き出す。
その顔を覗き込むと、膨らんでいる頬は戻って、唇の端をキュッと吊り上げると、喉の奥で「ふふっ」と含み笑いを漏らした。
-ルミナスクエア パーキングエリア-
「あ、ほら、あそこ空いてるよ!あ……取られちゃったー」
「うるさいなぁ……静かに座ってられないのかい」
助手席のレミエールがさっきからナビゲートをしてくれているが非常に気が散る。
今の、行けたでしょ?とか、線、踏んでるよ?とか。
何とか空いているスペースを見つけて駐車するとうーんと、彼女は大きく伸びをした。僕も続いて降りるといろいろな解放感から同じく伸びをした。
「運転お疲れ様!じゃ、楽しいデートのはじまりだね?」
「……レミエール、本当にこれもダンスに必要なことなのかい」
「当然でしょ?ほら、まずはステージ衣装を買わないと。その後はタピオカジュースに、ダンス映画も」
「どう考えても遊んでいるだけじゃないか」
「ふふ、さて、それはどうかなーっと、いこ!」
そう笑って手を引く彼女に僕は振り回されっぱなしだ。
なんというか、彼女は普段はミステリアスで大人っぽい女性を気取っているが、その本質は甘えたがりの妹気質なのではないかと感じる。リンに近いタイプだ。
だけど今ではその彼女が甘えられるような相手というのは……。
そう思うと、これだけのわがままもついつい笑顔で許してしまいたくなってしまう。
-新エリー都 六分街・ライブハウス「404」 会場-
「いえーい、アリアちゃーん」
そう隣でサイリウムを振るレミエールにこたえるかのようにしてステージ上のアリアが両手で手を振り返す。まぁ、ファン全体にファンサしているんだろうけど、タイミングがあまりにもばっちりだった。
「キミも楽しんでる?」
「それはもちろん……って、レミエール、これもダンスの練習かい?」
また次の日、僕たちは二人並んで妄想エンジェルのライブに来ていた。
「うん、最近のダンスについても勉強する必要があるからね」
「なるほど……意外と真面目な理由だったのか……?」
「あ、ひどいんだ、アキラさん。私はいつでも真面目だよ?それに彼女たち……ちっちゃくて可愛いよね♪」
そう言ってサイリウムを振って笑う。
いや、彼女はどう考えても遊び目的じゃないか!
そんなことはなかった。
彼女は本当にいたって真面目だった。
元々のタンゴに今風のアレンジを加え、衣装を少し工夫し、僕らは、毎日時間を見つけては手を取って、ダンスの練習を続けた。
場所はビデオ屋とは限らない、彼女のアジトや、ブレイズウッドの荒野、バレエツインズの屋上で踊ったりもした。
たまに同じ参加者であるビリーや妄想エンジェルのみんなとも合同で練習したりもしたけれど、僕と彼女の息は徐々にあっていき……着実に実力をつけている……振り付けも覚えて……そして、ついに、大会当日が訪れた!
-???-
ここは……?ホロウの中?
私が目を覚ますと、そこは崩れた建物、耳鳴りの聞こえそうなほどの静寂、見たことがあるような初めて見るような灰色の世界……。
「レミエ……ル」
!この声は……?でも、彼女がこんなところにいるわけない!
聞き間違えるはずがない、振り向くと……そこには胸にぽっかりと穴の開いた…………ベリがいて……私のことをじっと見ている。
「ベリ……!私はそんなつもりじゃ!」
「レミエール……」
「アキラ?」
振り返ると、そこにいたアキラは、人の姿からどんどん変わっていって、まるで、金色のエーテリアスになってしまったかのような……!
「ど、どうして……?」
「「レミエール……」」
二人が徐々に消えていく……!?
いや、イヤイヤイヤッ!!また私を一人に
-空域機密特区・ロスカリファ ガラガラ市場「アジト」-
「はぁ、はぁ…………さいあく……」
油断してた。
誰かさんが、私に優しくするから。
誰かさんが、私に心を砕いてくれるから。
誰かさんが、もっとこの世界にいて良いって笑顔で肯定してくれるから……。
だから忘れていたんだ、本当の私は、こんなにも醜いってことを。
「行かなきゃ……」
待ってるから、そのぶきっちょでお人好しの……誰かさんが。
-新エリー都 リバーブアリーナ「舞台袖」 夜-
「レミエール!遅かったじゃないか!?次はもう僕たちの……」
「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃって」
ぺろりと舌を出してこつんと頭を叩くレミエール。黒いステージ衣装を纏った彼女は普段以上に妖艶なオーラを放っている。
それにしても何度電話をしても、ノックノックにメッセージを送っても、まるで反応がなかったのにどうして彼女はこんなに普通に現れたんだ……。
「何かあったんじゃないかって、心配した?」
「!……そうとも、君が心配で仕方なかったさ!……一体何が……?」
「ごめんね、アキラさん。大丈夫、楽しみで寝不足になっただけだから、ね?」
……?
そう言っておどけてみせているが……やはり、いつもの調子ではないように思う。いつもなら、ここでターン制バトルの一つでも始まりそうなものなのに……。
暗い舞台袖では舞台を見つめる彼女の顔はよく見えない。
けれど、彼女は自分の服の裾を掴み、手が……震えている……?
『バニス、ゴーゴー!というわけで、バーニスさんの炎が出るほど刺激的な素晴らしいダンスでした!!絶賛スタッフが消火活動中です!……えー続いての参加者は六分街のビデオ屋からの参加です……ビデオ屋の店長さん……どうぞ!』
「ほら、始まるよ。いこう?」
司会者の声が響いて、ついには僕たちの演目のイントロが流れ始める。
レミエールを、震えを我慢してステージに上がろうとする彼女を……。
僕は、
手を引き、
強く、
強く抱きしめた。
「……え?……アキラ、さん?」
「無理をしなくていい。レミエール。何かあったんだろう?」
「大丈夫だよ、ほら、お客さんも待ってるよ?」
「……それなら、一人で出場するさ。なに、ダンスで笑われるのは慣れてるからね」
「…………………ズルいよね、キミって……いっつもそう」
『あ、あのー、「Random Play」の店長さん~出番ですよ~?』
……流れる音楽と観客のどよめきだけを聴きながら、しばらく無言で抱き合っていたが、不意に彼女の方が口を開いた。
「ちょっとね、目覚めが悪くって弱気になっちゃった。でも、うん、もう大丈夫そう。キミが温かさを分けてくれたからね」
ぎゅっと、僕のことを強く抱きしめ返した後、体が離れて今日初めて彼女と目があった。
そのバイオレットガーネットの瞳は一瞬きらりと不安そうに揺らいで見えたけれど、僕と目が合うと、そこにはもう、いつもの不敵で余裕たっぷりな笑みが戻っていた。
「キミが一人でイソギンチャクのダンスを披露するのも面白そうだけど……知ってる?タンゴは一人じゃ踊れないんだよ?」
「……だったら、踊りませんか?レディ」
そうして、僕の差しだした手に彼女は白い手を重ね、僕たちは曲の途中からそのままステージへと上がった。
ざわついていた話し声が、一瞬で大きな歓声へと変わる。練習通りにステップを踏み、ターンを……決めようとした、その時だった。
彼女が不意に僕の手を強く引っ張る。大胆にもまるで空を飛ぶような跳躍で見事に回ってみせた。
その後も彼女の強気なリードに翻弄されるが、僕も負けじと意地を見せ、意図を外すようにしてリードを奪い返す。すると、彼女は驚いたように目を見開いた後に嬉しそうに笑みをこぼす。
……彼女と、呼吸が重なっていく。
「……♪」
「おんぎゃああアアア!?ぱえ、パエトーン様!?えっ!!?シャツとベストのステージ衣装メロ……でもリゾートにも居たその女は誰誰誰誰誰誰?……脳が破壊と再生を繰り返しているのですッ!!?」
「ヒュー♪流石だぜ、店長!型破りっつーかなんつーか……最高じゃねーか!」
「ホンマやで、ウチらの時よりも盛り上がっとる!?」
「フン……(まだまだ踊りに羞恥が見えるな)」
はは、それにしても……ヒドいな、ほんとに、あんなに一生懸命練習したというのに、アドリブばっかりじゃないか。
だというのに……。
「ふふ、さぁもっと輪舞ろうよ?共犯者さん?」
なんでこんなにも……彼女は楽しそうなんだ。いや、僕もいつの間にか笑っているみたいだ。
光を浴びて、影が交わり、僕たちは手を取り合いながら鳴りやまない喝采を浴びた。
『優勝は…………照ちゃん&ダミアンペアです!!』
ワアアアアァァと今日一番の割れんばかりの歓声が響いた。
『まさか優勝できるとは思いませんでした。ええ、ひとえに上司の手厚いご指導ご鞭撻と、皆様の温かい応援のおかげです』
そうコメントするダミアンさんたちのステージを……バーの丸椅子に座ったレミエールは大きな太ももをクロスさせながら伸びをして机に突っ伏している。
「あーあ、負けちゃったーー!」
「まぁ、そうだろうね……」
やはり、最初から踊らなかったことによる減点は相当大きかったらしい。レミエールの力もあってアドリブだらけのダンス自体は大絶賛を受けたものの、審査はどこまでもシビアだった。
そして何より……ダミアンさんたちのダンスが完璧すぎたのだ。まるで己の首でもかかっているかのような、鬼気迫る迫力がそこにはあった。
「キミがあの時、寂しくなって私に抱き着いたりするから~」
「な、それは君が」「突然、ぎゅー!だもんね、もう窒息しちゃうかと思うくらいビックリしちゃった!どれだけ私のことが好きなのって!」
く、確かに僕の方から抱きしめたけれど……彼女はそのことを思い出したのかわずかに頬を染めながらもすごく得意になっている。また、彼女に新しい武器を与えてしまったようだった。
「私、昔はダンスで負けたことなかったんだけどな……う~やっぱり悔しい~!」
プンスカと不満をぶちまけていた彼女は、そのままグラスに残ったドリンクを一気に飲み干し、はぁ、と息を吐き出した。
すると次の瞬間には、どこか寂しげでしおらしい雰囲気を纏い始める。机の上で所在なさげに指をいじいじと動かしながら、チラリと上目遣いに僕を伺ってきた。
「……その、さ。ごめんね?負けちゃって。景品、ほしかったよね?」
「景品?あぁ、僕が欲しかったのは……」
『それでは、参加者の皆さんには「参加賞」をお配りいたしておりますので、忘れずに受け取ってください!』
ちょうどアナウンスがあったので、僕は席を立ってその目当ての物を取りに行った。
そして、サングラスをかけたスタッフから参加賞を二つ受け取って戻ってくると、早速彼女にそのうちの一つを手渡す。
「これってなに?ドリンク?」
「……僕が欲しかったものだよ。実はこれは……」
『こちらの参加賞は、零号ホロウで発見された100年前の旧都の流行ドリンク……そのレシピを我が社がオークションで落札し、忠実に再現した『幻のドリンク』でございます! ぜひ、冷たいうちにご賞味ください!』
「……!」
「だ、そうなんだ。それで、はは、その君も飲んだことがあるんじゃないかと思ってね」
「アキラさん……もう、キミって…………ズルいよ……」
レミエールはドリンクを見たまま何かブツブツ呟いていたが声が小さすぎてよく聞こえなかった。やがて、意を決したようにグラスに口をつけて……クピリと喉を鳴らす音が聞こえる……そして……ぷ、く、ふふふと、お腹を抱えて笑い出した。
「レミエール?」
「あは、あははは、こんなことってあるんだ!」
「一体どうしたんだい?飲んだことがなかったとか?」
「逆だよ!逆!飲んだことあったの!でも、知ってるこれ?当時あった、ドリンクスタンドのメニューをぜーんぶ入れてかき混ぜたやつだよ!?」
「なんだって?じゃあ、つまり……」
「そ、流行ってたっていうより、子供たちの通過儀礼……みたいなやつ?誰かが面白がってレシピにしたんだろうね」
それが幻のドリンクだって!?
……後ろの方で、これが100年前の味、すごく奥深い!なんて紳士風の男性の感嘆の声が聞こえてきて、僕とレミエールは顔を突き合わせると再び声を出して笑った。
それからレミエールは少し饒舌になった。
このドリンクを初めて飲んだ時の思い出……初代虚狩りたちとファミレスに行ったときの話だ。相変わらず呑兵衛のジョイアスはメニューのワインを片っ端から頼み、ヴァイク大佐は生真面目に間違い探しと格闘していたという。そしてレミエール自身は、子供たちに教わってこのドリンクを作っていたこと……そんな、なんてことのない日常の温かい記憶だった。
一通り話が終わると、彼女はもう空になったグラスの氷をかき混ぜる。
「……けど、100年前の味と再会だなんて、すごくロマンチックだよね。ありがとう、アキラさん。これが飲めただけでも参加した甲斐があったから……」
「それはよかったよ。正直ダメもとだったから、言いたくなかったんだ」
「……そうだ!色々と頑張ってくれたアキラさんにも何かご褒美を上げようか?」
「ご褒美?いや僕はそんなつもりじゃ」
そう言ったときに、遠くから店長―!と僕を呼ぶビリーの声がする。椅子から立ち上がり、振り返って耳を澄ませてみると、ほかのみんなの声も聞こえてきて、どうやら僕を探しているみたいだった。
「レミエール、みんなのと」「ちゅ」
……触れたのは一瞬だった。
けれど驚くほど柔らかい感触に、ちょっと歯がぶつかり合ったような痛い感触……!?
また彼女は僕をからかっているんじゃ……?
レミエールは普段の取り澄ました表情はどこへやら、眉を下げて顔をクシャッと崩し、照れ隠しのように小さく笑ってみせる。まだ潤んだままの瞳で上目遣いにこちらを見つめてくるその笑顔には、揶揄っているようにはとても見えない。
隠しきれない愛おしさと少しの気恥ずかしさが滲み出ている……。
「はい、どう、かな?100年ものの味は……した?」
そう言って……レミエールは天使のように可愛らしく笑ってみせた。