パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない! 作:雨あられ
-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 2階 夕方-
「お兄ちゃん、ゲームしようよ!」「ンナ!(しよ~)」
仕事も終わり、ベッドに座ってノットサーフィンをしていると、イアスを抱えたリンがコントローラーを持って部屋へとやってきた。
「ゲーム?今、ちょっと忙しくて……」
「えー、やろうよ~!あ、わかった、お兄ちゃん私に負けるのが怖いんでしょ~!?」
ソファに膝立ちして、背もたれから身を乗り出してこちらに挑発的な笑みを浮かべるリン……。
「はいはい」
「お兄ちゃん~~」
手をバタつかせて僕を呼ぶリンに、僕ははぁとため息をつき、ベッドから立ち上がった。
「僕が誰に負けるって?」
「えへへ~。そうこなくっちゃ!」
「ンナンナ!(アキラもリンもがんばれ~!)」
やろう!と誘う割にリンは自分でゲーム機をセッティングしたりしない。
僕はテレビの端子を差し替え、おそらくリンがやりたがっているであろうソフトをラックの引き出しから取り出す。
その時、不意に僕のポケットの携帯が大きく鳴り響いた。僕は携帯端末を通話にして肩で耳元に固定すると、両手でゲーム機のセッティングをしながら通話を開始する。
「もしも「大変だ相棒ッ!!!!!!ズガガガガ!!!!」」
鼓膜を破壊せんばかりの轟音が鳴り響いてきて、肩から落としそうになった携帯を慌ててキャッチした……白祇重工の宣伝担当、アンドーさんの大声だ。
「一体どうしたん「不味いことになった、すぐに来られるか?」それはまたなん「キュイーーーン!ズガガガガ!!!!」」
うるさっ!?
これは彼の身に着けているハンマードリル、つまり「兄弟」の声だ。大音量で轟音を流すのはスパイ映画で拷問に使われることもあるが、その疑似体験を行っているような気分だ……。けれど、随分と慌てているし、一体何が?
「ごめん、良く聞こえない!」「だかズガガガガ!ルミナスクエアの駅前に来てくキューーンだ!ズガガガ!な!頼むぞ!ダチ公!!!」
「え!?ルミナスクエアで何が…………切れた」
「どうしたのお兄ちゃん。こっちに聞こえるくらい凄い音だったけど」
ソファに座ってイアスを抱っこしたリンが心配そうに僕の方を見る。
「いや、どうもアンドーさんが危険な状態らしい……すぐに行ってあげなきゃ」
「え、そうなんだ!?どうしよう……お兄ちゃん、私も行った方が良い?」
僕は掛けてあったジャケットを羽織って鞄を肩に下げると車のキーをポケットにねじ込み、すぐに出発の準備をする。
「何が起こっているかわからない……リンはここで待機していざとなったらFairyと一緒に支援してほしい」
「わかったよ、お兄ちゃん!……あ、そうだ!」
部屋を出るとリンとイアスがドアの方から顔を出し
「お兄ちゃん!帰ってきたら、一緒にゲームだからね!」「ンナナ!(いってらっしゃい!アキラ!)」
シャドーボクシングのジェスチャーをしてからニカっと笑うリンとニコニコ顔で手を振るイアスに僕も軽く手を上げて答えると、気持ち早足で駐車場へと足を進めた。
「あれ、プロキシ先生、どこかにいくの?」
駐車場の扉を開けているとき、聞きなれた声を掛けられる。
白い髪に、全身ミドリの服、そしてお話し中でも外さない黒いヘッドホン。邪兎屋の切り込み隊長ことアンビー・デマラだった。手にはビデオを持っていて遊びに来てくれたみたいだ。
「来てくれたのならごめん、アンビー。状況はよくわからないけど、もしかしたら僕の友達が危険な状態かもしれないんだ、助けに行かないと」
そう断って車の運転席に乗り込みエンジンをかける。
「なら私も行くわ」
そう言っていつのまにか車に乗り込んでいて助手席に座り、シートベルトを着けるアンビー。
「え?いやでも……」
「あなたの力になりたい。ダメ?」
アンビーのそのエメラルドとルビーの混じったような金色の瞳でジっと見つめられるのに僕は弱い。妹と同じで、ついなんでも聞いてあげたくなるようなそんな目だ。
それに、アンドーさんほどの実力者が危険となれば彼女の力が必要になるかもしれない。
「……ありがとう。アンビー。よし、行こう」
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-ルミナスクエア 交差点 夜-
「すまねぇな、相棒。それにお前は確か邪兎屋んところの……!」
「アンビーよ」
「おう、てめぇにも礼を言っとくぜ。けどな相棒こいつは、いや……そういうことか……?」
僕らは何かブツブツと独り言を言うアンドーさんの後ろについて、ルミナスクエアの夜の人混みをかき分けて歩いていた。
金曜日の夜を迎えた街は昼間かと思うほどに明るく、仕事を終えたサラリーマンや、若い男女のカップルなどで溢れ活気に満ちている。
「……ところでアンドーさん。そろそろ僕を呼んだ理由を聞いても良いかい?」
とりあえず、急いで来たのだけれど……僕らがルミナスクエアにやってくる頃にはアンドーさんは意外にも落ち着きを取り戻していた。いや、僕たちが来たことで慌てる必要が無くなったのかもしれない。
「おいおい聞いてなかったのか?兄弟も説明してくれてたってのに……」
「うん、「兄弟」の声は十分聞こえてたんだけどね……」
「まぁいい……プロキシ、てめぇに来てもらったのは他でもねぇ……」
アンドーさんが僕達の方へと振り返って相棒のハンマードリルを天高く衝き出した。
そしてズガガガガ!と回転させると大勢人が居るにも関わらずに大きな声で叫ぶ。
「合コンだァぁッッ!!!」
「合」「コンだって……!?」
パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない!
『カンパーイ!!!!』
お酒の匂いと楽し気な話し声に包まれた店内。
僕は渇いた喉にジョッキに入ったネオンコーラを口に流し込む……冷たい甘さが弾けて喉が潤う……。
合コン。またの名を合同コンパ。
主に男女のグループが集まって行う飲み会のことで、アンドーさんは白祇重工の広報担当として知り合ったテレビの関係者と今回の合コンを開くことになったらしい。女性陣はどことなく綺麗な人が多いと思ったけれど、どうやらみんなアナウンサーとか女優のタマゴとかそう言った感じの人たちらしい。
「……アンビー、平気かい?」
「ええ……じゃ、なかった。うん、ボク、平気…だよ?」
隣に座っているのはアンビー……なのだけれど、彼女は今、帽子をかぶり、髪をワックスで堅め、男物の服を着て……つまるところ男装をしている。
そう、アンドーさんからの呼び出しがあったのは、この合コンの人数合わせの為だったらしい。男性側に何人か穴が出来たため、僕に助けを求めたらしいが……生憎合コンでは男性に穴はあったが女性は人数が揃っていた為のアンビーに男性メンバーとして参加してもらうという苦肉の策だ。
アンビーにはあまりボロが出ないようにと喋らないように言っておいたけれど……。
「アンビー君、なんだか寡黙でミステリアス……」「お姉さんタイプかも」
それが功を奏したのか、女性陣の反応は中々に上々みたいだ。
もちろんその作戦のおかげだけではない、彼女の容姿の良さがあってこそでもある。
普段のアンビーも可愛いけれど、今の姿はカッコよさと可愛いさがあってとても似合っている。それを伝えた時のアンビーは普段よりちょっとだけ口角が上がっていた。
「よし!それじゃあ、まず自己紹介からだ!」
「あ、ちょっと私、お手洗いに」「あ、じゃああたしも~」「いってきます店長さ~ん」
「いってらっしゃい…………ふぅ」
「なんだ、あいつら揃いも揃って連れションかぁ?」
「……多分、ボクたちへの作戦会議に行った……んだよ」
「作戦?ホロウでも入るってのか?」
随分とくたびれた。
まずは自己紹介。
極度に緊張したアンドーさんは「兄弟」をフル回転させた。
僕とアンビー以外のお客さんがみんな悲鳴を上げ、店員には治安局に通報されそうになり、あわや店を追い出されるんじゃないかの大騒ぎに……。
何とか僕が彼の「通訳」に入ることで事態も落ち着き、兄弟もアンドーさんも無事に受け入れられたようだった。……ただ、兄弟と当然のように話をして笑い合うアンドーさんの姿は他の参加者を引かせるには十分すぎる効果を発揮していた。
続くアンビー。
アンビーの好みのタイプは?という質問に対して、彼女は黙って僕を指さした。
冗談で言ったのかと思い、みんな大笑いしていたのだが、帽子を深くかぶりなおしほんの少しだけ頬を赤くしながら、彼のような人が、好み。と言った瞬間、一気にガチ感が出てしまい、何を勘違いされたのか女性陣から黄色い歓声が……。
さらに、アンドーさんがオレの方が相棒と仲が良い!などと僕の肩を組んで張りあい始めたら更に女性陣が盛り上がって……。
思い出してため息をつくと不意に、ポコンと僕のノックノックにメッセージがやってきた。アンドーさんの件は大丈夫だった~?と心配そうなイアスを抱いたリンの自撮り写真つきメッセージ、緊張で強張っていた僕の顔が思わず緩む。
リンに問題なかったとメッセージを返し、そろそろ帰ろうかなと考えていると、女性陣が戻ってきたようだった。……って、僕の席の周りにやけに集まってないか……?
「ねぇねぇ店長さん、映画が好きって言ってたけど~おススメとかある?」
「え?えっと……そうだね、どれも捨てがたいけど最近観た野鳥のドキュメンタリーが中々興味深くて……」
「え~気になる~そ~だ、一緒に観ようよ~」「ノックノックやってない?交換しましょう?」
「あ、うん」
と言って、連絡先の交換をしようとしたその時、バシッと、携帯を奪われる。
奪ったのは……隣に座っていたアンビーだ。
彼、いや彼女は僕から携帯を奪うとそのまま席を立って走り去ってしまう!?
僕もみんなもポカンと口を開くばかりだ。
「あ、アンビー!?」
「なーにをボサっと突っ立ってやがる!追え、相棒!」
「え?でも」
「良いから行け!理屈なんて後から考えろ!」
「……そうだね!ありがとうアンドーさん!」
「ああん!」「待って!店長さ~ん!」
僕はアンビーの後を追って駆けだした。
何だろう、去り際の彼女の顔。あんまり見たことがない難しい顔をしていた気がするけど……僕の胸の中で不安の色が広がった。
「アンビー!」
少し走ったところにすぐアンビーに追いついた……と言うよりも、僕が来ているのに気が付いて待ってくれていたように思う。ホロウレイダーをやっている彼女が本気を出して逃げれば僕なんかじゃ追いつけない。
「プロキシ先生……」
「えっと……」
彼女は帽子のツバで目元を隠すと、俯きながら僕の方へとスマホを差し出した。
その表情は無表情だったけれど僕にはわかる……とても落ち込んでいるときの顔だ。
「ごめんなさい。あなたが他の女性と仲良くお話しているのを見ていたら、すごく嫌な気持ちになって……だから私……」
「アンビー……」
沈黙が重い。
別に僕は怒ったりしてないのに、アンビーの方がどうも自責の念を感じてしまっているみたいだった。彼女がこんなことしたのは、そう、ニコと同じで……僕が他の人に盗られてしまうのが嫌だったんだろう。仕事が一緒に出来なくなるなんて飛躍した考えを持っているんじゃないだろうか?そんなはずないのに……。
でも、だったら、彼女を不安にさせたのは僕の責任でもある。
「じゃあ……」
「アンビー!」
パッと去り際の彼女の手を取る。
「……海、見に行かないかい?」
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-ルミナスクエア 海の見えるベンチ-
「はい、アンビー」
「ありがとうプロキシ先生」
隣に座った彼からホカホカの黄色い包みを渡される。
私がまだお腹が空いていることを察した彼がハンバーガーを買ってくれたのだ。
早速その包みを開けて口を付ける……うん、パンズもお肉も質感がしっかりしていて……チーズも良く伸びて……美味しい。おまけに栄養バランスも良いし、やっぱりハンバーガーは完全食なのね。
何より……チラと隣を見ると彼が同じようにハンバーガーにかぶりついていて、うん、イケるねと笑みを浮かべたのを見て私も嬉しくなってしまう。
彼が隣に居てくれたら、私はただの水道水でも美味しく感じることだろう。
「アンビー、今日はアンドーさんを助けるために男装までしてくれてありがとう」
「もぐ、ううん、あなたのお願いだもの。なんでもするわ」
ハンバーガーを食べながらそう言うと彼は驚いた顔をして、すぐに自分の顔に手を当てて首を振った。
「アンビー……その発言は誤解を招くよ」
「?私はプロキシ先生と一緒なら何をしても良い」
「何をしてもって……?」
「あなたが望むなら危険なホロウに入ることだって、銀行強盗だって、あっち向いてホイをすることだって厭わない」
「うん、いや、不必要にそんなことはさせないけど……あっち向いてホイ?」
「うん、やる?」
「えっと、今は良いかな」
残念。あっち向いてホイをやるべきという天啓があったのに。
私は彼のお願いなら本当になんだって聞く……んぐ……。
それが「命令」。ではなくて、「お願い」だから。
あなたが私を一人の人間として信頼してくれているからこそのお願い……嬉しくてなんでもしたくなる。
……私のハンバーガーを食べ終わってプロキシ先生が食べ終わるのを待っていると、彼は私の頬についていた食べかすを拭ってから、私に残りのハンバーガーをくれた。別にそう言うつもりではなかったけれど、間接キスが出来るチャンスだったのでありがたく頂戴した。
食べ終わると、改めて二人で海を眺めた。
夏の夜風が、引いては押しているさざ波の音が心地よい。
それに、月の光が映り込んだ海は凄く綺麗だった。
「静かで、心が落ち着く……」
「…………綺麗だね」
「ぇ…………うん」
ドキリとして彼を見るが、有名な翻訳の意味ではなかったみたい。勘違いで少し恥ずかしい。
けど、私ががっかりしたのに気が付いたのか彼はまた私と目を合わせてニコリと笑う。
「アンビーは何時でも綺麗だよ」
「!?……ありがとう、とても嬉しい」
言われない言葉に心臓が跳ねるのを感じた。首元が熱い。
今は帽子をかぶっていて良かった。だって、まともに顔が見れなくなってしまったから。
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「私、あなたといると不思議な気持ちになるの」
「え?」
「私が、私で居て良いって、そんな誇らしい気持ちになれる。ここでも、ホロウでも、あなたの導いてくれた道なら信じてついていける気がする。例えそれがどんな険しい道だろうと」
「アンビー……」
月明かりに照らされた彼女の真剣な横顔があまりに幻想的で、僕は少し見惚れてしまった。
アンビーからの強い信頼を感じる……。
「そういえばプロキシ先生はこの前ニコともルミナスクエアでデートした」
「う……どうしてそれを」
「だって、ニコはその時の話を、1日最低3回はする」
「ニコ……」
アンビーはつまらなさそうに地面を見ながら足をブラブラさせた。
みんなには秘密だって言ったのに……彼女の口はたとえ金庫に改造しても開きっぱなしになることが容易に想像できる。
「やっぱり、奢られたことを自慢したいのかな?」
「うん、それもあると思う。だって、とても羨ましい」
「……えっと、無理のない範囲ならアンビーにも」
「ううん、奢りじゃなくて、あなたに誘われてデートしていたことが」
アンビーはちょっとだけ僕の方へと身体を寄せるとやや上目遣いにこちらの目を覗き込む。
「ニコが毎日この話をするのはそれだけあなたとデートした日のことを楽しくて、忘れられない特別な思い出だと思っているから」
「そう……なのかな?」
「うん、そして、私も今日と言う日が……とても楽しかった。多分、今日あなたと見た海の景色を私は一生忘れない」
「……僕も、忘れないよ」
「うん、でも私は今日のことを他の人には話さないよ」
そう言って、アンビーは僕の手の上に手を重ねて。
「”アキラ先生”と私、二人だけの秘密」
反則級の可愛い笑顔ではにかんだのだった。