パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない! 作:雨あられ
-新エリー都 六分街・麺屋「錦鯉」-
「「クリムゾンアイズ・ハーミット」、早く次の味玉を剥いて!」
「イエッマーム!」
「もうすぐ麺が茹で上がるわ!「スカーレットアイズ・テルミット!」」
「イエッマーム!!」
「お客が居なくなったわ、席を綺麗にして次のお客の注文を「カーマイン・アイス・ハーメルン!」」
「イエッマーム!!!」
僕は今、額にねじり鉢巻きを付けて汗を垂らしながら厨房を駆けまわっている。
そして、先ほどから様々な名前で僕のことを呼び、指示を飛ばしているのはトレードマークのゴーグルはそのまま、Tシャツを着てラーメン屋の恰好をしたオボルス小隊所属の女性軍人、コードネーム「11号」。
「「ありがとうございました!」」
お客さんがお代を置いて帰っていったのを見て、僕らは顔を見合わせて頷き合う。そして再びお客さんが来たのを見て声を上げるのだ。
いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ!と。
ラーメン屋のお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない!
「アキラくん?」
カウンターの上を布巾掛けしていたとき、治安局の制服に身を包んだ朱鳶さんから声をかけられた。
「いらっしゃい、朱鳶さん」
「え、えぇっと、どうしてアキラくんがラーメン屋に?まさかレンタルビデオ店の仕事がうまくいっていないんですか?」
「いや、そういうわけではないよ。ちょっとしたお手伝いさ」
「……そうですか。言ってくれれば援助を……いえ、大丈夫ですよ。私が稼ぎますから」
朱鳶さんが稼ぐ?あぁ、僕達のお得意様になってくれるということかな?
うんうんと朱鳶さんは納得したように頷き、大きなお尻をカウンターの席へと下ろした。
「食べて行ってくれるのかい?」
「えぇ、ちょうどお昼ですし、あなたのやっているラーメン店ですから」
ニコリと微笑む朱鳶さん、あの事件以来、朱鳶さんの態度が軟化したというか、距離が近いというか……暇なときにはお互いが眠くなるまで通話をした夜もあったし、この前なんて、映画館で彼女の方から僕と手をつないでラブストーリーを一作観きったのだ。
親しくなったことが嬉しい反面、最近の彼女はどこか様子がおかしい気もする。何にせよ、気難しい顔の多い朱鳶さんに笑顔が増えたこと自体は嬉しく感じていた。
「アキラくんのおすすめはありますか?」
「それならやっぱり黒鉢・燻製チャー「激辛・赤辛鳥白湯ラーメン」……!」
「おすすめは激辛・赤辛鳥白湯ラーメン辛さ3倍よ」
ズイと、僕の後ろから姿を現したのはこの麺屋錦鯉の店長代理を務めている「11号」だ。
彼女の味覚は少し……いや、かなり独特だ。
辛いものを好み、特にこと激辛ラーメンについては一言も二言もある彼女である。
実際、チョップ大将不在の今、彼女こだわりの激辛ラーメンは店の看板メニューと言ってもいいかもしれないけれど……
「……あなたどこかで……」
「今のウチの看板メニューは激辛ラーメン。それ以外のラーメンについてはチョップ大将が復帰してから頼むことをお勧めするわ」
「よほど自信があるのですね。良いですよ、ではその激辛ラーメンで」
コクリと頷くと11号はラーメンを用意し始める。熱い火をものともしないその手際たるやチョップ大将と比肩するレベルだ。
「朱鳶さん、良かったのかい?半端な辛さではないと思うのだけれど……」
「良いんです。それに、彼女の言っていることに嘘がある風には見えませんでしたから」
「今からでも遅くないからこの白鉢のカボチャスープに「出来たわ」……」
ゴトリと置かれたラーメンには赤々としたマグマのように煮立ったスープ、赤を通り越して黒くなった唐辛子に辛子味噌、それに埋もれて赤く染まったひき肉やもやし、目や鼻には食べていないのに刺すような刺激が……!
朱鳶さんは頂きますと箸を動かして平気な顔をして麺を啜る。
「ええ、美味しいです」
腕組をして誇らしげに頷く11号。しかし、僕は朱鳶さんの目元に微かに涙が浮かんでいるのを見逃さなかった。彼女は表情を隠すのが巧みで、今も、辛くても全く平気そうな顔をしてしまうのだ。
そっと、氷入りのサイダーをサービスしてあげると彼女はそれを有難そうに受け取り、激辛ラーメンと上手く相殺しながら飲んで、最終的には……完食した。
「美味しかったです。とれも」
まだ平静を装ってそう言う彼女だったが舌がまだ痺れているのか、呂律が上手く回っていない。しかしそれに気が付いていない11号。うんうんと頷きながら僕の肩に手を置いた。
「私の言った通りでしょう?「レッド・ホット・チリペッパー」、このラーメンにはもう少し辛くする余地があるみたい」
「どうだろう。朱鳶さんが大人な対応をしてくれただけで、これ以上辛くすると翌日のお尻が大変なことになるんじゃないかな……」
「お尻が何ですか……?」
「な、何でもないよ!」
「アキラくん……」
朱鳶さんは唇を尖らせて顔を真っ赤にすると、僕の頬に手を伸ばす、そして、ギュっと頬っぺたをツネった……朱鳶さんの握力が強くて……肉が千切れるかと思った。
その後、彼女は会計を済ませながらジッと僕の方を見る。
「あの、アキラくんはしばらくここで働いているのですか?」
「うん。チョップ大将のアームの修理が終わるまでだけど」
「それまで……先ほど肩を組んでいた彼女と二人きりで?」
「え?まぁ、そうなるかな」
「夜も来ます」
「…………え?」
「明日の昼もその夜も……この地域の戸別訪問サービスを私が行えば……うん、アキラくんのためですから」
朱鳶さんは優しそうな笑みを浮かべたかと思えば、ブツブツと何かを呟きながら去っていった。
しかし……彼女が…………こんなにもラーメンが好きだったとは知らなかった。
「……うわ、本当にやってる」
「は、はい。カリン、嘘は言いません」
今日はよく知り合いに会う日だ。
ちょっと驚いた顔で僕の前に現れたのはヴィクトリア家政のメイド、エレンとカリンだ。
「いらっしゃい、エレン、カリン」
「フーン、結構サマになってるじゃん」「は、はい、よくお似合いですよ!」
「ありがとう二人とも」
からかい口調でそう言うエレンに、両手をグッと構えてニコニコ顔で何度も頷くカリン。
彼女たちに会うのは、この前ヴィクトリア家政に呼ばれて行ったナイトプール以来だ。
リンとイアスも一緒に行ったのだけれど、すごく高そうな室内プールが貸し切りだった。ライカンさんやリナさんのサービスが行き届いていて、飲み物も食べ物もなんでも出てくる至れり尽くせりで最高のバカンス。
エレンやカリンとビニールボートでジョーズごっこをしたり、リンやリナさんと水を嫌がるライカンさんに水をかけてびしょ濡れにして遊んだりしてすごく楽しかった。
いつもモフモフのライカンさんが濡れてホッソリしたレアな姿を見られたのは良かったのだが、その後、彼がブルブルと身体を震わせると散弾のように水が飛んできて……死ぬかと思った。
そうそう、みんなの水着姿も凄く良かった。プロポーションの整った黒ビキニのエレン。ピンクのフリルワンピースの可愛い水着姿のカリン……。
「……なーんか、邪な気配を感じる」「プロ……てんちょ……うぅ、店員様?」
「あ、ああ、この間は楽しかったなって思ってね。それより、ご注文は?」
「誤魔化せてないけど……今日は、甘口ラーメンの気分」「では、カリンも同じものを……」
「わかったよ。甘口ラー「超獄辛・赤辛鳥黒々湯ラーメン」……!」
シャッシャと湯切りをしながら眼光を光らせたのは、言うまでもなく現在店長、いや大将代理を務めている11号だ。彼女はジャッと麺をどんぶりに入れてスープを注ぐと、トッピングを完成させて他のお客さんにそれを提供する。
そして、そのまま僕の後ろに立って腕組をした。
「今のウチの看板メニューは獄辛ラーメン。それ以外のラーメンについてはチョップ大将が復帰してから頼むことをお勧めするわ」
「……じゃあ、それで」「あわわ、か、カリンもそれでお願いしましゅ……!」「え!?」
11号が頷くと素晴らしい手つきで食材を切りながら熱し、そのまま流れる様に湯切りを行い、僕が止める間もなくあっという間にラーメンが出来上がってしまう。
「お待ちどうさま……」
う、名前だけではない、ラーメン自体もパワーアップしている!
黒鉢に入った激辛ラーメンから立ちのぼる赤い煙で目が痛い。もはや人が食べて平気なのかと心配になってしまうほど赤々としたそれは、食べていない僕まで咽てしまいそうだ。
「二人とも、無理しなくても……」
ズゾゾゾー!と普通のラーメンを食べるように麺を啜り始める二人!?
「え?プ……店員様、今、何かおっしゃいましたか?」
「えっと、平気なのかい?」
「何が?まぁ、ちょっとピリッとするけど……リナのに比べれば全然」
「はい、少しヒリヒリしますが、それがとても美味しいです!」
そうか、二人ともリナさんの手料理を食べ過ぎて、既に舌が……。
エレンはともかく、カリンの心配をしていたけれど、彼女も一度も咽たりせずにペロリと食べきった……。
後ろが並んでいたため世間話をする暇もなくお会計となってしまったのだが、クイクイとエレンが指先で僕の袖を引っ張った。
「……次は、アキラが作ったのが食べたい」
「うん?……けど、僕が作ったのよりチョップ大将の「食べたい」わかったよ、今度家に来てくれたら振舞うよ」
「ン」
と口元を緩めてご機嫌に尻尾を揺らすエレン。
僕としては、ちゃんとしたお店のラーメン方が美味しいと思うけれど、袋麵は袋麵の良さがあるかもしれない。
「ならそのラーメン作りの練習、私が付き合うわ」
話を聞いていたのか、僕の肩を叩いてそう言う11号。
確かに彼女はこんなに美味しいラーメンを作れるのだ、彼女に習えば僕の腕前も……って、メイドの二人から急に並々ならぬ殺気を感じる。
エレンは、ハ?と口から漏らし、今にも噛み殺してきそうな目をしていて、カリンなんて目の光沢が消えてどこからかチェーンソーを取り出して……
「……えっと、遠慮」「言わずともわかるわ「バーミリオン・バーニング・オーバーナイト」。夜遅くなるから遠慮しているのね?大丈夫、朝方まで付きっきりで見てあげるわ」
殺気が一層強く!!?
「ふぅ」
人で賑わっていた麺屋錦鯉にも閉店の時刻がやって来た。
太陽もすっかり沈んでいて、たまに猫とボンプが通るくらいで辺りは暗闇と静寂に包まれている。
僕はカウンターの上を拭きながら椅子を一個一個上げていき店じまいを開始した。
「今日は大繁盛だったね?」
「ええ…………あら」
あの、まだやっていますか?と言って声を掛けてきたのは貧しそうな格好をした影のある女性。その足元にはお母さんのスカートを握ってピッタリとくっついた小さな男の子と女の子。
「あの、ラーメンを一杯戴けませんか?」
「すみません、今日はもう店じまいなんですよ」
「……そ、そうなんですか。わかりました」
僕がそう言うと落胆の色を見せつつも、素直に諦めてくれた母親らしき女性。
よく見るとその顔はやつれていて、子供たちはお腹に手を当ててお腹の音を響かせている……。
気の毒に思いながら彼女たちが背を向けて歩き出そうとした時だった。
「待ちなさい」
茹で麵機に火をつけ、トントンと具材を切り始める11号。
「……座って、まだ麺なら少し残っているわ」
彼女の言葉に、パァっと顔を輝かせる子供たち。
僕も明るい気持ちになって席を用意してあげると、3人とも、すぐにサービスの水を飲み干してしまった。よっぽど喉が渇いていたのだろう。
「ご注文は?」
「あ、あのごめんなさい。一杯分のお代しかないので、この子たちとシェアしても大丈夫でしょうか?」
「……もちろん。小鉢にレンゲもつけるよ」
「で、ではこの白鉢かぼ「黒鉢・赤辛鶏白湯」……!」
「おすすめは黒鉢・赤辛鶏白湯よ」
そう目を煌めかせるまさかの11号。
そこには有無を言わせない目力があり、拒否権はなかった。
やがて、ぐつぐつと煮えたぎる赤いスープを見て、お母さんは絶句していた。
でもよく見て欲しい。いつもよりも麺が1.5倍ほど増量している……!
鶏油がたっぷり濃厚にスープの中に溶け込んでいて……程よい燻製具合のチャーシューも、湿って透き通り始めた海苔も見ているこちらまで食欲をそそられる。
恐る恐る、毒見をするようにお母さんが箸を使って麺を啜ると、頬に手を当てて目を輝かせる……。
「美味しい……!」
それを見た子供たちも待ちきれないとばかりに小鉢に入ったラーメンにがっついた。
辛くてハフハフ言いながらも美味しい~!と言って幸せそうに食べていて……11号はそんな家族をとても満足そうな顔で眺めていた。
「ありがとう、「グレート・サンクス・ギビングデイ」」
あの親子が帰った後、僕が食器を洗い、彼女がそれを拭き取って最後の仕事を行っていたときに、ポツリと彼女がそう言った。
「バイト代も出るし、特にお礼を言われる覚えはないのだけれど……」
「いいえ、私は感謝を伝える必要があるわ。私が慣れない仕事に従事すると聞いたとき、あなたは友人として理由も聞かずに私を手伝いに来てくれた……」
「友人なら当然そうすべきだと、僕も最近教えられたのさ」
思い出したのは緑の服を着た少女の後姿。
「そう、良い指導教官がいるのね」
心なしか、11号の口元の口角が上がっている、彼女にとってそれは大きな微笑みと呼べるほどのもので、1年に2回くらいしか見られない。彼女がご機嫌な証拠だ。
「そう言えば、11号、軍の任務に忠実な君が、どうしてチョップ大将の代わり何て申し出たんだい?君が有給を取るなんてよっぽどのことだと思うのだけれど」
今回の件、チョップ大将のアームに不備が発覚し、折角用意したスープや麺が無駄になってしまうかもしれないということから端を発している。折角なら、みんなに食べてもらった方が良い、そこで店長代理に手を挙げたのが彼女ということだが、いくら常連とはいえ、それだけでは彼女が代役をするほどの理由にはならないと思う。
「チョップ大将は、時々、営業時間外でも私にラーメンを作ってくれたわ」
キュッと、丼ぶりを磨く音が響く。
「軍人の私には自由な時間がないし、暖かいラーメンなんて本来望んでも食べられない代物……けれど、チョップ大将はいつも閉めていた店をもう1度開けて、ラーメンを作ってくれた……いつも、彼に恩返しの機会があればと思っていたのよ」
「なるほど、それで……けど、仕込みはチョップ大将だったとはいえ、彼のお墨付きがもらえるほど素晴らしいラーメン作りの才能があっただなんて知らなかったよ」
「……忘れられない味だもの、よく覚えているわ。それに、火の扱いは得意なの」
彼女が店を再度開いてあの親子に辛口ラーメンを出してあげたのも、もしかしたら彼女自身の過去を重ねて……いや、その経験がなくても厳しくも優しい彼女ならきっとラーメンを作ってあげていたことだろう。
「君がもし防衛軍を退役したら、自分のラーメン屋を開くことをおススメするよ」
「今日みたいにということかしら?良いわね、その時は……あなたも傍にいてくれるのよね?」
「もちろん、そのつもりだよ」
つるりと丼ぶりを滑らせ、彼女は珍しく、狼狽した。
そして、付けていたゴーグルを外してその睫毛の長い緋色の目を何度か瞬きさせて僕を見た。
「その言葉……忘れないで頂戴ね」
……そんなに僕が彼女の傍にいること、つまりは、彼女の麺屋の常連としてラーメンを食べに行くことが意外だったのだろうか。
リンは嫌がるかもしれないけれど、ラーメンだったら毎日だってお安い御用だ。
暖簾を降ろして暗い空から麵屋の明かりが消える。
けれど、「11号」の胸の内は、新しい炎が灯されたように暖かであった。