パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない!   作:雨あられ

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CH8.月城柳

-新エリー都 六分街・レンタルビデオ店「Random Play」 1階 朝-

 

「はぁ……」

 

と、カウンターの向こうから重いため息が聞こえてきたのは、僕の数え間違いがなければ彼女が来店してからおよそ11回目のことだ。

 

編み込んだ桜色の長髪を垂らし、この季節では少し寒そうなほどのタイトスカート、やり手の秘書を思わせるような出で立ちで、目元にはキラリと光るトレードマークの黒縁メガネ。

彼女の名前は月城柳……エーテリアス討伐やホロウ災害の対応を専門とする遊撃部隊「対ホロウ事務特別行動部第六課」の副課長さんだ。

柳さんとは零号ホロウ調査の折に知り合ったのだけれど、彼女の愚痴や相談事を聞いてあげているうちに自然と仲良くなり、そのうち彼女はウチのビデオ店に足繁く通ってくれる常連さんになっていた。

 

とはいえ、彼女は立場で言えば朱鳶さんたち治安局と同じくパエトーンの……僕達プロキシと敵対する組織に所属している。

実のところつい先日、偶然にも朱鳶さん、ジェーンさんに青衣と治安官が3人泊りに来て顔合わせするというプチ修羅場イベントが発生し、Fairyから『マスターは本当に大物ですね(笑)』と嫌味という名の警告を受けたばっかりだった。

つまり、僕は改めて自分の危機意識が薄れていたことに気付かされたんだ。

 

だから柳さんがいかに困っていようと、今日の僕は心を鬼にして……。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。さっきからどうして柳さんに声をかけないの?」

 

ボスっと肩からぶつかってきたのは僕と同じように後ろで様子を見ていたリンだった。

 

「柳さんってばビデオも選ばずチラチラお兄ちゃんの方を見てて、どう見ても助けて~。声を掛けて~!ってオーラが凄いよ!」

 

「リン、僕にも僕なりの考えが……」

 

「もう!難しいこと考えずに何時もみたいに、どうしたんだい?話を聞こうか?って声をかけたら良いのに」

 

「待った、おそらくその言い方は誤解を」「とにかく!私が言いたいのは、お兄ちゃんなら困っている常連さんを見捨てたりしないよねってこと。ホラホラ、お店は私が見といてあげるから」

 

……そう背中を押して笑顔で言うリンを見て、僕は彼女が妹で本当に良かったと誇らしい気持ちになった。彼女の明るさが、いつも僕を前に進ませてくれるんだ。

僕は押された勢いで少しよろけたあと、勢いのママに柳さんの方へと近づいていった。

 

「コホン。柳さん、良ければ話を……って、顔がすごく赤いみたいだけれど大丈夫かい?」

 

「………私、そんなに貴方の事ばかり見ていたつもりはなくて」

 

持っていたサメ映画のパッケージで顔を半分隠し、目を泳がせる柳さん。

もしかして、先ほどのリンとの会話が筒抜けだったのだろうか?

そんなに大きな声で話していなかったはずだけれど……

僕は聞かれて不味い内容があったかもしれないと思い慌てて話題を変えた。

 

「柳さん。悩んでいるのなら何か協力させてもらえないかな?」

 

「ありがとうございます……ですが……思い返せば私、貴方に頼り過ぎてご迷惑を……」

 

「何といっても柳さんからの頼みだからね。それとも僕では頼りない?」

 

「決してそんなことは。では……」

 

柳さんは意を決したように、潤んだ緋色の目で僕を見る。

さて、今日は猫探しか、歌の練習か、それともやっぱり映画でも……。

 

「今日は蒼角が遊びに行っていて家に居ませんので……」

 

うんうん。

 

「家に……来ませんか?」

 

…………うん!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パエトーンのお兄ちゃんが、こんなにモテモテなわけがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-月城宅 リビング 正午-

 

どうぞ、ご自分の家だと思って寛いでください。

 

そう柳さんには言われたけれど……リビングには柳さんが焚いたアロマの甘い香りが漂っていて、テーブル席に座りながらも落ち着かない気分だった。

 

気を紛らわせるために失礼だと思いながらもつい室内を見回してしまう。

雅さんたち6課のみんなと撮った写真や、小さな蒼角と二人で映った記念写真、それに、あのピンクに眼鏡をかけた棒人間は蒼角が書いた柳さんの似顔絵だろうか。凄く高そうな額縁に飾ってあるけれど……。

 

出してもらった適温の緑茶を飲みながら暫くそれらを眺めていると、お待たせしました。と、エプロン姿の柳さんが僕の前に料理の盛り付けられたお皿を並べてくれる。

朝から何も食べていなかった僕はもう腹ペコだ。

 

「いただきます……まさか柳さんの作った手料理を食べられる日が来るなんて」

 

「貴方のお口に合えば良いのですが……」

 

両手を合わせると、改めてテーブルの上を見渡す。

左手にはホカホカの白米にいい香りのするお味噌汁。煮物やお漬物のほかにも和を思わせるおかずがお洒落な小鉢にたくさん入って並んでいる。

僕はまずメインディッシュであろうイワシの蒲焼きに手を付けた。

 

……うん、塩加減も良くて白いお米にとても合う!

ほうれん草のおひたしもクキクキしていて美味しい。

 

「どうでしょうか?」

 

「すごく美味しいよ。柳さん」

 

「良かった。蒼角以外の人に食べてもらうのは初めてで……」

 

お盆を抱えたまま、安心したように微笑む柳さん。

なるほど、もぐ、いつも蒼角に向けて作っているからか骨が抜いてあって食べやすくなっているし、おかずも飽きがこないようにたくさん、それでいて色とりどりで見た目も華やかだ。

栄養バランスにもこだわりぬいたヘルシーな献立にして……完璧じゃないか。

 

僕は柳さんと世間話を交えながら、しばしの間、優しい手料理に舌鼓を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様。すごく美味しかったよ。こんなに美味しい料理に文句なんてないと思うけれど……」

 

「私なりに色々と努力はしているんです。それでも、最近、蒼角は外食で済ませてくることが増えていて……」

 

食事を終え、柳さんが食器を片付け始めたところで僕はこの家へとやってきた本題へと切り込んだ。

さっきまでの笑顔はどこへやら、眼鏡まで曇らせてズーンという効果音が響いてきそうなほどに落ち込む柳さん。

そう、柳さんが落ち込んでいた理由と言うのは、同じく六課の同僚兼同居人の鬼っ子少女・蒼角の外食が増えていることについてだった。

 

「外食というと……」

 

「主に隣の5課の職員たちとラーメンやハンバーガーを食べに行っているようですね。

私は身体によくないからと言って反対したのですが、「一緒にご飯を食べて、円滑なこみゅにけーしょん?を取るのも立派なお仕事なんだよ!ナギねぇ!」と反論されてしまい……」

 

腰に手を当てて、プンプンと頬を膨らませた柳さん。蒼角の真似をしているようなのだが、普段あまり見せることのない表情で可愛らしい。

けれど蒼角らしからぬその言動は……。

 

「誰かが蒼角に入れ知恵をしているんだろうね」

 

「はい。恐らくは……ですが、蒼角が私のご飯より外食を取るのも事実。

きっと私の手料理に何か問題があるからなんです。

なぜ……どこが悪いのか、それを知るためにも貴方に手料理を食べてもらって客観的な意見を頂ければと思いお招きを……」

 

僕は顎に手を当てて少し悩む。

恐らく、蒼角は柳さんが気にしているようなことは何一つ問題だと思っていない。

それどころか、こんなに美味しくて完成度の高い料理が毎日お腹いっぱい食べられてきっと幸せなはずだ。

だけど同時に、僕は彼女の料理を食べて、なぜ蒼角がそう言った外食を好むのかというのも……何となくわかってしまった。

 

「柳さん、これからいうことは少し酷かもしれないけれど……」

 

「覚悟は出来ています。貴方の正直な意見を聞かせてください」

 

「……まず柳さんの料理はとても美味しかった、これは間違いないよ」「ではなぜ……」

 

「完璧すぎて足りないんだ。「ジャンクさ」が」

 

「じゃ、「ジャンクさ」ですか」

 

僕が真剣に頷くと柳さんは何か言いたそうにしていたが、そのまま言葉を続ける。

 

「柳さんの料理は塩分や糖分、油分が抑えめで全体的に薄味に仕上げているからすごく身体に良いんだとは思う。具沢山で野菜も多いし、けれど、だからこそ、どこか物足りない……。

人は愚かにも求めてしまうんだ。たっぷり塩のかかったポテト、砂糖のまぶされた白いドーナツ、コッテリした油の浮いたラーメン!

……高カロリーで添加物にまみれた俗にいうジャンクフードというものをね」

 

「そんな……!蒼角がそんな料理ばかり食べていたら病気になってしまいます!」

 

「……ジャンクフードばかり食べると言うのは本当に身体に良くないことだ。だけど、同時に僕はこうも思う。ジャンクフードと呼ばれるものを全く食べずに現代社会を生きていくというのはとても生き辛いことなんじゃないかって。

特に、企業努力の結晶で溢れているこの新エリー都で外食や買い食いをしないのはあまりに勿体ないよ」

 

「勿体ない、ですか」

 

「要するに、ストレス社会を生きていくには「自分へのご褒美」が必要じゃないかと思うんだ。蒼角にとって、ハンバーガーやラーメンが柳さんにとってのアンパンのようなものなんだよ」

 

「あんぱん……」

 

それこそ、ディンさんのコーヒーやチョップ大将のラーメンを食べない人生なんて僕にはもう考えられない。

柳さんもよくアンパンやミルクティーを始めとした「自分へのご褒美」を買っているので、思い当たる節があるみたいだ。

 

「……ですが、そればかりというわけにも」

 

「その通りさ、柳さん」

 

「え?」

 

「さっきも言ったように柳さんの手料理自体には何の問題もないんだ。だから」

 

彼女を安心させるために力を抜いて笑みを浮かべてみせる。

 

「僕に考えがあるんだ。晩ご飯は任せてくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-夕方-

 

「ただいま~!!?あれれ、知らないおクツがあるよ~?」

 

日も落ちたころに外に遊びに行っていた蒼角が帰ってきたようだった。

走ってやってきた彼女に僕がおかえりと振り返って言うと、クリクリとしたリスのような目を輝かせる。

 

「あ~!アキラだ!」

 

そう言って、勢いよく腰元に飛びついてくる蒼角。

彼女の腰の入ったタックルにオグッ!っと僕の虚弱な身体から息が全て漏れ出る。

……何とか飛びそうな内臓と意識を保つと、ちょっとツンツンした彼女の頭を撫でる……気持ちよさそうに目を細めた後もっと撫でろと言わんばかりにぐりぐり頭を押し付けてくる蒼角。

彼女は人懐っこくて明るくて、そう言うところが妹にそっくりだった。

 

「いけませんよ蒼角。彼は調理中ですから」

 

「え~!……あれ?お料理?アキラが作るの!?」

 

「ああ」

 

「わーい!!すっごく楽しみ!!」

 

そう両手を上げ、尻尾を揺らして喜びのジャンプを見せる蒼角。

そんな彼女の背中を押して手洗いうがいをさせに行く柳さん。こうしてみると本当に血の通った姉妹や親子のようだった。

 

さてと、僕は腕まくりをして改めて調理台へと向き直る。

きっとこの料理なら……蒼角の、いや、「柳さんの問題」を解決できるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちどうさま」

 

「わぁ!!!」「こ、これは……」

 

僕が置いたお皿にはドロドロのチーズが掛かったピザに、ボンプの顔をしたバンズで出来たハンバーガーが三つ並んだバーガー三兄弟、燻製具合が程よくてパリじゅわしたブレイズスモークウィンナー等々……そう、僕が昔チートピアで作っていた料理のフルコースだ。

 

出てきた料理に蒼角は涎を垂らして眼をキラキラさせた。

柳さんは……あまりに崩壊した栄養とカロリーバランスに顔が引きつっている。

 

「えっと、貴方のことは信じていますが、この料理は……」

 

「まぁ食べてみてくれないかな」

 

僕が笑顔を浮かべてそう言うと、蒼角は八重歯を見せて口を開き、いただきまーす!とハンバーガーにカブりついた。

 

「おーいしいー!!」

 

まん丸の目を輝かせてバグバクと食べ進める蒼角。

柳さんはその様子を驚いたように見た後、い、頂きますと、一口口に入れる。そして、口元に手を当てて目を見開く。

 

「!美味しい……」「もっと食べて良い!?」

 

「あぁ、いっぱいあるからね」

 

わぁとチーズが伸びるピザを食べてもちゃもちゃと幸せそうに頬を膨らませる。

 

「気に入ってくれたかい?蒼角?」

 

「んん!!」

 

「……大丈夫なのでしょうか?」

 

ヒソヒソと、食事に夢中な蒼角に隠れて柳さんが耳打ちしてくる。

 

「何がだい」

 

「貴方の作ったメニューは飲食店で出しても問題ないほどに大変素晴らしい出来なのですが、こんなに美味しい料理を食べてはますます蒼角がジャンクフード好きに……」

 

「蒼角、僕の料理と柳さんの料理、どちらが美味しいかな?」

 

え?と会話の途中で僕が蒼角に向かってそう投げかけると、ドキリとして不安そうに目を見開く柳さんに対し、蒼角は不思議そうに頭を捻った。

 

「え?もぐ、そんなの決まってるよ?」「……!」「アキラの料理も美味しいけど、ナギねぇの料理が世界でいっちばん美味しくて大好き!!」

 

「そ、蒼角……!」

 

クシャっと目元に涙をあふれさせて蒼角に抱き着く柳さん。

ナギねぇどうしたの!?苦しいよ~…?と困惑する蒼角。

そうだと思ったよ。だって、彼女の料理は愛情も入って最高だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

食事の後、僕は蒼角に一本のドキュメンタリー映画を観せた。

 

それは一人の男性が新エリー都で自らの身体を犠牲にしてジャンクフードだけ食べ続けるというドキュメンタリー映画だ。

 

蒼角は初め羨ましい~!とウキウキしながら見ていたのだが、段々と男が体調を崩していく様子を見て今以上に顔を青くしはじめ、男に疾患が増え続けてドクターストップがかかった最後の方は柳さんに抱き着きながら蒼角もこうなるの!?と怖がっていた。

 

僕は外食が増えていた蒼角に柳さんが悩んでいたことや、ジャンクフードを食べ過ぎると具体的にどういった悪影響を起こすリスクがあるのか、けれど、頻度を考えれば食べても問題がない事などを説明した。

 

少し説教じみた長話になってしまったけれど、蒼角は頑張って真剣に聞いてくれ、最後にわかった!と元気よく返事をしてくれた。

 

柳さんも憑き物が落ちた様に微笑んで僕と蒼角のことを見ていて、これで一件落着みたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-月城宅 バスルーム-

 

「ふぅ」

 

カラカラと扉を開けると、湯船には普段蒼角が遊んでいるのか黄色いアヒルさんやお湯をかけると絵が出てくる絵本などが浮かんでいた。

問題が解決して僕はすぐにでも帰るつもりだったのだけれど……お風呂が沸いたしどうしてもというのでご厚意に甘えることにしたんだ。

それにしても……ウチよりも浴槽がとても広いし、ジャグジーまでついているみたいで……対ホロウ特別行動部第六課ってこんなに儲かるのか……。

アキラも使っていいよ!と蒼角に言われたので、とりあえず彼女が使ってるらしいキャラクター柄のシャンプーを借りて……。

 

「失礼します」「え!?」

 

丁度頭を洗い始めた時だ。

カラカラ!という音の後に、ひたひたという足音が聞こえてくる。

 

「や、柳さん!?ゴメン、今は僕が入って……」

 

「勿論知っていますよ。お礼も兼ねて、貴方のお背中をお流ししようかと思いまして……」

 

「いや!大丈夫だよ!?そんな気を遣わなくても……そうだ、僕が出るから先に入れば……「お願いです、私に恩を返させてください」……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はつくづく押しに弱いなと思う。頼まれたら基本断れないというか何を選択肢を選んでも最終的には承諾して引き受けているというか……。

 

背中を流す前にと、まずは僕がつけていたシャンプーで柳さんが頭を洗ってくれることになった。

 

「どこか痒いところはありませんか?」

 

「大丈夫だよ」

 

「そうなんですか?あら、ここ10円ハゲが……冗談です。そんなに怖がらないでください」

 

……なんだろう、柳さんは凄く機嫌が良いみたいだ。

 

「しゅわしゅわ~♪」

 

他人に頭を洗ってもらうっと普段自分では洗い損ねているようなところも洗ってくれている気がして不思議と気持ちがいい。

それにプラスして、柳さんの包容力溢れる優しい声音や手つきが眠気を誘う……。

 

 

 

 

 

 

「蒼角の件、本当にありがとうございました」

 

僕が気持ち良さからウトウトとしていると柳さんが改めて口を開く。

すでに髪を洗い流して、今度はゴシゴシとスポンジを泡立てて背中を洗ってくれていた。

 

「良いんだ。そもそも僕は何もしていない……蒼角も言っていたけれど、たくさんの愛情をこめて作っている柳さんの手料理を嫌いになるわけがないよ」

 

「……ありがとうございます。けど、驚きました。アキラさんは料理もお上手なんですね。あんなにたくさんおかわりをする蒼角、久しぶりに見ました」

 

「何かと飲食店をお手伝いする機会が多くてね。まぁ何日も食べたらきっと飽きて柳さんの手料理を恋しがるさ。映画の効果もあるだろうし」

 

「ふふ、そうでしょうか……はい、では手を上げてください」

 

柳さんに腕を持たれると体の側面をゴシゴシと泡立てて垢を擦り始める。

?何だか、彼女の手触りが変わったというか、そんなところまで洗う必要は……。

しかし、今さら言い出せず、僕は話に集中することで精一杯気を紛らわせた。

 

「蒼角はもう寝ちゃったのかな?」

 

「ええ、今日は浅羽隊員にVRゲームに連れて行ってもらったみたいで……遊び疲れてお腹いっぱいになって、とても幸せそうに寝ていましたよ」

 

「それは良かった」

 

「……私は今まで蒼角を女手ひとつで育ててきました。ですから、今回のような蒼角側の認識を改めるという発想がありませんでしたし、蒼角を叱ったり、対立する役回りは極力避けてきて……」

 

「それは仕方がないよ。たった一人の家族なら尚の事難しい」

 

僕だって、リンが悪いことをしたときに叱ることはするけれど、極力そうしたくないから甘い対応が多くなりがちなのは自覚している。

 

「私、思ったんです」

 

ん?柳さんの手の動きが……止まった?

 

「あの子のために本当に足りていなかったのは「父性」。なのではないかと……」

 

「ッ!?」

 

ぎゅむっと、何かが、背中に押し付けられている!?

 

「時に厳しく、時に優しく……彼女の社会性や自立心を育んでくれる……」

 

すぐ耳元に柳さんの顔があり、彼女の高鳴った心音や息遣いまで聞こえてくる……。

 

「どう、でしょうか?私と貴方、蒼角と貴方の妹……4人で暖かな食卓を囲んで、休みの日には映画を観て暮らすというのは……?」

 

「そ、それは……!?」

 

「……無意味な足搔きですよ?」

 

思わず目を開いて振り返ってしまうと、そこには眼鏡をはずしてトロンとした表情の柳さんの顔がすぐ近……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

は!?

 

僕は見慣れないソファの上で目が覚めた。

……何故か僕の上に乗って寝ている蒼角が寝言をごにょごにょと唱えている。

 

「むにゃ、蒼角はここだよ……」

 

カーテンの合間から差し込む日差し……これは。

 

「夢……?」

 

 

 

 

 

 

 

台所では柳さんがみそ汁を小皿に乗せて味見をして、朝ご飯を作っているところだった。

 

「おはようございます、寝坊助さん?」

 

「柳さん、ごめん、いつの間にか寝てしまったみたいだ」

 

僕が寝ぐせを抑えてそう言うと、柳さんは桜色の髪を耳にかけ、クスリと笑みを浮かべてトントンとネギを切るのを再開する。

 

「「あなた」の妹には既に連絡してありますのでご安心を」

 

「それは助か……」

 

ん?何か今違和感が……

 

 

 

「どうかしましたか?それよりも顔を洗って、蒼角を起こしてくれませんか……ね、あなた♪」

 

 

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