異世界にゲームの姿でTS転生したので、従者と旅して回ることにしました。   作:愛枝ハル

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第85話 闘技大会本戦

 『ハアッ!!!』

 

 肘まである金属製の篭手を付けた獣人が拳を打ち出し、諸に食らった対戦相手はステージの反対側へ勢いよく吹っ飛ばされ堀の中へ落ちていく――と思いきや、上手いこと勢いを殺したのかなんとかステージ上に踏み止まった。

 

 今試合しているのはお互い近接格闘の使い手で、序盤から激しい拳の打ち合いが続いている。かなり広く作られたステージの上で拳の殴り合いは少々地味なのではと思ったが、ここがファンタジー世界なのをすっかり失念していた。

 拳をまともに受ければ遥か後方に飛ばされるし、飛ばされてもその位置から一足で相手に飛びかかれる。元の世界の総合格闘技では考えられない間合いで繰り出される格闘技は、大いに見応えのあるものだった。

 

 「あっ!」

 

 『決まったー!!!』

 

 先ほど吹き飛ばされた獣人が回し蹴りのカウンターを綺麗に決めたところで、審判のストップが入り決着がついてしまった。闘技場のルールでは殺しは厳禁、審判が止めに入るか、堀の中に落ちた段階で決着となるらしい。

 

 

 『さぁ続いての対戦は8年ぶりとなる獣人以外の参加者が登場します!!それでは出てきてもらいましょう!ダークホース!女騎士アリア!!』

 

 実況者の口上と共に、ステージの端に取り付けられた跳ね橋の奥からアリアが歩いてくるのが見えた。

 

 「お! アリアの出番か! おーい!アリアー!――ってさすがに聞こえないか」

 

  両手を振ってアリアに呼びかけるが、まるで気づいていない。そもそもこのVIPルームに来てるのだって伝えてすらいないんだし、気づけってのも無理な話か。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 『――――女騎士アリア!』

 『対するは近年注目の拳闘士! ファラン!』

 

 名前を呼ばれたアリアは、入場口から跳ね橋を渡ってステージに上がる。反対側からは同じように名前を呼ばれた拳闘士が周りの観客に手を振ってアピールしながら跳ね橋を渡る。

 拳闘士の出で立ちは細身だが、全身にしっかりとした筋肉が見て取れる。拳闘士と紹介されていただけあって腕には革製の防具が嵌められており、防御よりも身軽さに重きを置いているのか、金属製の防具などは身につけていない。

 

 お互いが跳ね橋を渡りきったところで、跳ね橋に取り付けられた鎖が巻き上げられ、ステージは完全に周囲から分断された。

 

 「両者、位置に!」

 

 審判の指示通り両者がステージの中心へ歩を進める。審判が両者に目配せをして互いの準備が完了していることを確認した後、審判が試合開始を宣言する。

 

 「始め!」

 

 ファランが速攻を仕掛けるため、左足を深く踏み込んでアリアの顔面目掛けて右拳を繰り出すが、アリアはバックステップで距離を取って軽く往なす。ファランは距離を取ったアリアをさらに追いかけるように右足を踏み込んで再び顔面を打ち抜こうとするが、今度は首を軽く傾けただけで避けられる。

 

 『早速ファランの速攻だァー! だがアリアには通用せず!』

 

 次第に距離を取らなくなったアリアにファランはなおも打撃を繰り出し続けるが、どの打撃も軽い手捌きだけで往なされていく。

 

 『ファラン負けじの猛追! 対してアリア、往なし続けてはいるが剣を抜く余裕は無いか!?』

 

 攻撃を続け優勢に見えるファランだったが、本人の心中ではある疑問が浮かんでいた。

 

 (体力の無駄だな……!)

 

 『おーっと!ファランから距離を取った! 一気に勝負をつける作戦は失敗か!?』

 

 バックステップで大きく距離を取ったファランが、眉を顰めてアリアに浮かんだ疑問をぶつける。

 

 「なんで剣を抜かねぇ。抜く余裕なら何回もあったろ」

 

 ファランの猛追は観客たちには優勢に見えたが、当の本人からすれば手応えすら感じない不快な時間だった。その上、相手から距離を取ろうと思えばいつでも出来るタイミングがあったのにも関わらず、剣も抜かずバカ正直に打撃を受け続ける始末。あまりにも不可解で、不愉快だった。

 そんなファランの心情を知ってか知らずか、アリアはその火に油を注いだ。

 

 「スズ様が見ている。徒手空拳相手に剣など抜けるか、スズ様に顔向け出来ん」

 

 この瞬間、アリアはファランの逆鱗に触れてしまった。獣人の誇りである強さに手を抜くというのは、ファランにとって最大の侮辱行為だった。

 

 「テメェ……、獣人の身体強化をナメてんだろ」

 

 獣人は他の種族に比べ魔法の才が乏しい代わりに、魔力による身体強化に対するずば抜けた適性を持っている。その身体強化による硬化は、極めれば剣と打ち合えるほどの硬度を有していた。

 そしてファランもその極地に至った一人の武人として、この闘技大会に参加し自らの実力を試してみたいと思っていた。自らの卓越した身体強化と武術があれば、優勝も狙える自負もあった。だからこそ、目の前の女騎士の放つセリフが許せなかった。

 

 「今までのはほんの小手調べだ。嫌でもお前の剣を抜かしてやる。その前に倒れてくれるなよ」

 

 ファランが腰を低く構え、呼吸を整える。練り上げた魔力が全身に行き渡り、身体中の毛が逆立つ。万全の状態になったファランは、強化されたその脚力を使って一気にアリアへと迫る。ひび割れて窪んだ地面が、その勢いと速さを物語っていた。

 

 「歯ァ、食いしばれや!」

 (我ながら完璧な踏み込み、もはや並の人間には目で追うことすら出来ないこの初速から放たれる一撃。そのスカした顔に一発でも食らえば、考えも変わるだろうよ!)

 

 (手応えアリ――――!?)

 

 

 

 「なるほど、確かに大した速さと力だ」

 

 ファランは自分が置かれている状況を、まるで理解出来ていなかった。いや、したくなかった。身体強化を最大まで行った上で、完璧なタイミング、完璧な踏み込み、そして完璧な動作で放たれた最高の一撃は、アリアの顔面を見事に打ち抜いた、はず。

 だが今見ている光景は、自ら打ち出した右拳がアリアの左手の中にすっぽりと収まっている光景だった。

 

 

 「……ッ!!」

 

 状況を理解する前に危険を察知したファランが次に選んだのは、左脚でのハイキック。だが、これは悪手だった。ファランはその事実に気付いていながらも、一度動き出した身体を止めることは出来なかった。極限まで高めた身体能力と反応速度が、ここにきて仇となる。

 

 (不味い……!)

 

 己の最速の拳を容易に受け止めるこの女騎士が、見え透いた牽制の蹴りを見切れないはずがない。ファランのその嫌な予想は、見事的中する。

 ファランの放った左脚をアリアは事も無げに掴み取り、左足首をガッチリと固定した。これでファランの右手と左脚は封じられ、ファランは完全に身動きが取れなくなる。ファランがどれだけ力を込めようとも、拳も、足も、まるでビクともしない。

 

 (どうなってやがる……!?)

 

 困惑するファランとは裏腹に、アリアは退屈さを隠そうともせずに呟く。

 

「確かに大したパワーと速さだが、竜ほどじゃないな」

「悪いがさっさと終わらせてスズ様に会いたい。死ぬなよ」

 

「は……?」

 

 ファランがアリアの言葉にさらなる当惑を見せるが、アリアはお構い無しに左足首を掴んでいた右腕に力を込める。当惑していたファランも頭を切り替えて身構えるが、それは無意味な行為だった。アリアは左手で掴んでいた右拳を放すと同時に、左脚を軸にして身体を大きく半回転させ、その勢いでファランを思いっきりぶん投げた。

 

 アリア渾身の力で放り投げられたファランはなんとか抵抗しようとするが、弾丸の如き勢いで飛んでいく自らの身体を制御するには至らず、そのまま一直線に場外の堀の中へ叩きつけられた。

 

 (バ、化け物……)

 

 叩きつけられた水の中、薄れゆく意識の中で、ファランは今しがた相対した女騎士を、そう評した。

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