八雲紫と別れたあと、もと来た道を引き返した宿儺。
着いたところは旧地獄温泉街。
この独特の匂いも、不快にならない蒸し暑さも、もうもうと上がる湯気も。
「全てが温泉の楽しみだ。」
焼き鳥の提灯や温泉卵の看板のせいで腹が減るが、まずは石油を流す。
「素足もなんとかしなければな。」
少なくとも草履、欲を言えば下駄が欲しいところだが売っているだろうか。
「そもそも八雲からもらったこの金が、一体どこまで払えるのか判らん。」
幻想郷の金銭感覚が全く無い中で、無闇に使うのは避けるべきだろう。まあいざとなれば強奪でも何でもするが。
「それにしても、ちょくちょくすれ違う奴は皆妖怪の類だな。」
この世界で言う人間とは、妖怪のことなのだろうか。
「そういえば、人間になりたがっていた呪霊がいたな。」
自分を倒した術師の半数以上は、あの火山呪霊にも勝てないだろう。溶岩による広範囲の質量攻撃でケリがつく。勝てるのは乙骨憂太・外人・禪院真希ら辺だろう。
「五条悟は当然として...腹立たしいが小僧も勝てるだろう。日車寛見は経験を積めば勝てるな。」
結界術の精度と戦闘技術を上げれば勝機はある。
「それにしても、履物店がないな。酒屋と温泉宿ばかりだ。」
勿論温泉だけのところもあるが、履物店がないのに違いはない。
「履物よりも先に温泉に入るか。」
辺りを見回し、目に入ったのはほかより少し大きな看板。
「
「お、兄ちゃん入ってくかい?この辺りじゃあ見ねえ顔だな。」
「最近こちらに来たばかりでな...いくらだ?」
「金なんかいらねえよ!ここでその汚れ落としてサッパリしてきな!」
と、集客の男に推されてここに入ることにした。店の中は以外にもがらんとしている。食堂と書いてあるのれんの方から笑い声がするので、人はいるのだろう。
「ああいらっしゃい。今は誰もいないからほぼ貸し切りだよ。ゆっくりしていってね。」
番頭の女にタオルを渡され、脱衣所に案内される。服を脱いだが、かなり汚れていて臭いもする。
「これをかごに入れるのは気が引けるな。」
ふと、自分が神に戻った事を思い出した。
調整にはいい機会だ。
「捌」
そう唱えた途端、服は霧状に散った。原型どころか、チリの一つすら見えない。
「替えは
タオルを手に持ち、温泉へと繋がる扉を開ける。
その先には誰一人いない、広々とした露天風呂が待っていた。
「まるで貸し切りだな。」
体についた汚れを落とし、この時点でかなりスッキリした気になった。
石油の落ちづらさには辟易したが、それ以上にお湯の熱さに驚いた。
真の源泉かけ流しだが、こうも熱いのか。
「慣れるのには時間がかかりそうだな。」
とは言ったものの、入ってみればものの10秒で慣れた。
体の芯から癒える感覚。疲れを癒やすには最高だ。少し濡らした温かいタオルが、浸かっていない頭の疲れをほぐしてくれる。
「思えば随分、脳を酷使したものだ。」
短時間での連続領域展開。魔虚羅の適応が中断になる展延の運用。呪力による脳の破壊と再生。
「人の身でよくやったものだな。」
どれも一度でも失敗すれば死を招く所業だ。
やり直しの効かない人の身でやることではない。
「フーッ」
我ながらよくやったと言いたい。今は一服だ。
「お、なんだ先客か。」
そう聞いた耳を疑った。
「ここは女湯だったか?」
「この街の温泉の半数は混浴だよ。」
そう返したのは、豊満な胸を持ち、赤い盃を片手に持った女だ。それ以上に目を引く額に生えた一本角。そこには星のマークが入っている。
「相湯失礼するよ。」
「ああ、構わん。」
女はそう言って入水する。その体には古い傷跡があり、腹筋が少し割れている。その内に秘めた力は、おそらく人間のそれとは比較にならない。
「見ない顔だねぇ。新入りかい?」
「そんなところだ。お前は鬼か?」
「あっはっは。正解だ。まあこの角見れば誰でもわかるか。アンタ名前は?」
「宿儺だ。」
「ほう、宿儺か。」
「お前は誰だ。ただの鬼ではないだろう。」
「アタシは星熊勇儀。この辺りの元締めさ。」
宿儺は無闇に女に欲情しなさそう。そこ変われ。