「八意は、俺の意を汲んだようだな。」
竹林を歩いていた際に突然現れた兎の後を追い、無事に竹林を抜けた宿儺。兎は宿儺の前を導くように走っていた。おそらくは最後の言葉の意図を理解した八意の使いだろう。
「小一時間かかった竹林が、ものの十分で抜けられるとはな。」
やはりあの地形は特殊だ。微妙な高低差により平衡感覚を狂わされ、同じような竹の景色が延々と続いていた。その二つの要因が掛け算となって、脱出難易度が大きく跳ね上げられている。正に天然の迷路だ。
「そんな竹林を抜けるとはな。動物の感覚とは不思議なものだ。」
なにはともあれ、これで早めに帰れる。
宿儺は一度背伸びをし、再び歩き出した。飛ぶよりも時間がかかるが、その分幻想郷の景色を見ることができる。ここで暮らしていくのであれば、土地勘を育てておく必要がある。
「・・・」
無言で歩く宿儺。その心の中はひどく穏やかだった。
宿儺にとって、他者は暇つぶしのためのもの。目障りならば殺し、面白ければ遊ぶ。
なければ、それはそれで構わない。目標も、目的も、地位も、名誉も、他人も、存在理由も。
その生き方を選び、それを為すだけの強さがあった。その時の心中もまた、穏やかだった。
だが、今宿儺が感じているものは、それとは全く異なる穏やかさだ。今までの感覚が「減らないことへの穏やかさ」であれば、今の感覚は「満たされていることへの穏やかさ」だ。
隔絶した”個”として完成されていた宿儺を、強者として、従者として、友人として、最強として、畏怖の念を抱く者として、答を求める者として、人々は常に上に見た。
だが隣に立つものは、ただの一人も居なかった。宿儺自身は、それでも良いと思っていた。他者に依存することもせず、気ままに生きる。そういう生き方しか知らなかったからだ。
それは、この幻想郷でも変わらなかった。だが、接し方が違った。彼らは、彼女たちは、宿儺の強さを受け入れた。上に見るでもなく、比類するでもなく、只々受け入れた。特別扱いされることがない平穏。宿儺にとって、それは心地が良かった。
「幻想郷は全てを受け入れる、か。」
「ああ、遅かったじゃない。」
「おお、宿儺じゃん。」
階段を上った先には、見慣れた巫女服を着た霊夢と白黒の服を着た魔理沙がいた。見慣れていないのは、博麗神社の境内の様子だ。あちこちにシートが敷かれている。
「昨日は帰らず悪かった。」
「別にいいわよ。昨日作ったものは魔理沙が食べてくれたし。」
「美味かったぜ。」
どうやら怒ってはいないようだ。そのことに安堵しつつ、改めてこの状況の理解が欲しくなった。
「お前たちは、何をしているんだ。」
「何って、宴会の準備だ。」
「宴会?何故だ。」
「あなたを幻想郷の一員として、改めて迎えるためよ。」
平安宿儺のように腕が四本で腹に口があっても、幻想郷の少女たちは受け入れてくれるのだろう。