「伊弉諾物質、ですか・・・」
射命丸文は天狗である。この幻想郷において特に恐れられている妖怪の一つである天狗。妖怪としての恐怖もさることながら、新聞記者としての情報力も持ち合わせている。天狗の持つ情報は、酒の肴になる様な他愛もない噂話から、人の生涯を溝に捨てられるようなものまで、様々存在する。
「聞いたことはあります。太古の昔から存在する神々の物質だと。」
だが伊弉諾物質については、その情報網を以てしても、言い伝え程度のものしか情報がない。
「・・・そんなものか?天狗。」
「ええ。少なくとも、我々天狗の中で共有されている伊弉諾物質に関する情報はこれだけです。」
「存在を確証する情報はおろか、その具体的な能力や目撃情報もなし。」
「そうです。神の時代の代物と言うのであれば、上層部が統制している可能性もありますが。」
「それも噂に過ぎない、か。」
「ですがなぜそれを?まさか、アビリティカードと関係でも?」
「・・・知りたいか?」
「ええ。こんな面白そうなネタを臆して逃すほど、私はチキンではありません。」
「烏だろう。」
「教えて下さい。一体何故、その話をしたのか。」
出ていた日が厚い雲に遮られた。もうじき雨が降りそうだ。雨に濡れたくはないので、射命丸を茶の間に案内した。机を挟み、向かい合う形で座した。
「__アビリティカードは、伊弉諾物質でできている可能性がある。」
「そう、なんですか?」
「・・・もう少し、驚きの色を見せると思ったんだがな。」
「まあ驚いていないといえば嘘になりますが、突拍子がなさすぎて逆に冷静な自分がいます。」
さすが天狗。伊達に千年以上生きている訳では無いようだ。
「そもそも、伊弉諾物質ってなんですか?」
「・・・大まかに言えば、神を創ることのできる物質だ。
「神を、創る?」
「この世の神は、事象の一部を切り取った存在に過ぎん。妖怪の山にいた筈の秋の神の姉妹が分かり易いだろう。あれはそれぞれ秋の中の豊穣と紅葉を司っている。」
宿儺自身はと言うと、穢を司る神だ。その力は、穢れの量のコントロールであり、穢れを溜める『器』には干渉できない。故に、器を閉ざした蓬莱人には穢れが効かない。
「それと伊弉諾物質にはどう関係するんですか?」
分厚い雲が空を覆い、雨を降らせている。6月では珍しい
「伊弉諾物質は、あらゆる事象を模倣・再現する力を持っている。斬撃を模倣すれば斬撃の力を、炎を模倣すれば炎の力を扱える。強大な力であればそれ相応の量と純度が求められるがな。」
「アビリティカードは、その力を応用したもの…ということですか」
「再現度の高さと、それに見合わない質と量なのは気になるが…恐らくは市場のルールを縛りとして、純度が低かろうと問題ないようにしたのだろう。」
「なるほどなるほど。」
事象の範囲をより限定することで、容易なコントロールを可能にしているのだろう。そうでなければ、アビリティカードが流行るはずがない。
「アビリティカードと伊弉諾物質の関係については分かりました。ですが、もう一つだけ。」
「何だ。」
「何故私にその話を?」
「妖怪の山での流行、一定の価値での取引ができるほどの社会性。それらを踏まえれば、アビリティカードの震源地は妖怪の山だと推察できるだろう。」
「あ〜、確かにそうですね。」
「灯台下暗しだな。」
「知ってます?烏は夜でも昼間と変わらない活動ができるんですよ。」
「昼間でも抜けてるだけだろう。」
「まあともかく、妖怪の山の話が聞きたかったということは分かりました。」
「気になるのはお前が伊弉諾物質について何も知らない事だが…先刻お前は上で統制されているかもしれないと言ったな。」
「ええ…。まさか、上司にアビリティカード流行の関係者がいるってことですか!?」
「あくまでも推測だ。だがアビリティカードについて詳細に書かれた記事があれば、新聞の売り上げも上がるだろうな。」
「こうしちゃいられない!取材に行かなければ!」
「俺の話は終わりだ。丁度雨も止んだ、好きにしろ。」
「お話ありがとうございました!いい記事が書けるわー!」
そう言い残し、射命丸は凄まじい速度で妖怪の山へと飛んで行った。
飛び立った山の空には、天弓がくっきりと写っている。
「
一人残された宿儺は、天弓を肴に一杯やることにした。
ルールの話は外で文と霊夢が話していたのを聞いてました。