東方宿儺譚    作:雅之幻想

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日常回を書くはずだったんですが、どうしても紅魔館の話がしたかったので。


紅魔の館編
52.赤より紅い夢


 やかんが音を鳴らし、湯が沸いたことを知らせている。

 それを手際良く急須へと注ぎ、途中で通過した茶葉の香りを堪能する。いい香りだ。

 

「────ー」

 

 お盆に空の湯呑みを二つと熱い急須を置き、少女の待つちゃぶ台へと持って行く。

 いつもの紅を基調とした巫女服ではなく、寝間着の姿で待っていた彼女は眠そうな顔をしている

 

「────ー」

 

 運んできた湯呑みをそれぞれの座する位置の前に置くなり、少女は直に湯呑みを手に取った。

 そのまま喉にゆっくりとお茶を通し、熱さで直に湯呑みをちゃぶ台に戻した。

 

「あつっ」

 

 その仕草を正面に据えながら、こちらもまたお茶を喉に流した。沸きたてともあって中々熱い。

 

「……」

 

 だがこちらは、そのまま全て飲み干した。

 喉の奥から熱気が伝わってくるが、それとは別に今回の茶葉の香りも流れてくる。風味は良い。

 だが味の方はというと__

 

「……ちょっと、苦いわね。甘さはあるんだけど」

 

「奇遇だな博霊。俺も同じことを思っていた」

 

 まあこの苦さが良いといえばそうなのだが、残念ながら少女の舌には合わなかったようだ。

 

「これ何のお茶? いつものやつじゃないわよね」

 

「ひまわり茶だ。風見から貰ったんでな」

 

「あんたアイツとも仲いいのね。ここ半年ちょっとで交友広げすぎじゃない?」

 

「なんだ、嫉妬か? ……わかったすまん、冗談だ」

 

 冷めた目で見つめられ、空気が気まずくなってしまった。

 ひとまずお茶を飲んで場をやり過ごす。先刻よりも苦く感じられた。

 話題を変えて乗り切るしかない。

 

「今日は、釣りに行く」

 

「……そう。行ってらっしゃい」

 

 冷めた返事をされ、何故か肩身が狭くなった。

 

 この後めぼしい会話が交わされることはなく、そのまま朝は終わった。

 


 

「何故だか、彼奴には頭が上がらんな」

 

 右手に釣り竿、左手にびくを持ち、いつもの釣り場に向かう途中、不意にそんなことを思った。

 幻想郷に来てからの数ヶ月、博麗霊夢を相手に下手に出がちだ。

 戦えばこちらの方が強く、種族も重ねてきた時間もこちらの方が圧倒的に上。だというのに、強く出ることが出来ない自分がいる。人生.もとい神生始まって以来のことだ。

 神々の頂点の一角である月夜見と天照を姉にもち、兄であり、師でもある須佐之男に戦いを教わった。兄に比べればまだまだとはいえ、既に武の心得も十二分に持ち合わせている。人間や妖怪とは費やした時間が違うのだ。

 

「……と、そんな解決の仕方をしようとする内は、彼奴には敵わなそうだな」

 

 博麗霊夢からすれば、そんなことはどうでもいいのだろう。

 そしてこちらとしても、今はそんな雑念を抱いている場合ではない。

 

「ほっ、と」

 

 いつもの場所、いつもの景色を前に、日々流転する川へと釣り糸を垂らす。

 人里と妖怪の山の中間辺りに位置するこの場所は人通りも少なく非常に静かだ。

 風が通り抜け、自然と一体となった感覚を味わいながら心を落ち着かせていく。

 

「────ー」

 

 心が落ち着くのには1分も掛からない。全ての感覚が研がれ、僅かな変化も逃さなくなった。

 それは、身体を撫でる風の感触、流れる水の音、鼻を通る臭木の香り──

 

「──シッ」

 

 そして、魚が掛かった振動。

 

「まず一匹」

 

 成魚にしては小ぶりだが、その分厚みがあるので成魚とみなして良いだろう。

 稚魚であれば返していた。

 

 そんなことを繰り返して三度。

 

「あら、珍しい方が」

 

 何の変哲もない日常に、ズレが生じた。

 

「──三月は通っている。お前と会うのが初なだけだ」

 

「宴会でお会いしたきりですわ。忘れられたのですか?」

 

 そのズレを生んだのは、月のような銀の髪をした女だった。その顔立ちや立ち姿は整っており、それだけで割と絵になる。ただ天然なのか、微妙に話がズレている気がする。

 だが、問題なのはそこではない。

 

「無論、覚えている。吸血鬼のところの召使いだったな」

 

「十六夜咲夜です。お会いできて嬉しいですわ」

 


 

「二月程前から釣りに興味が湧きまして。良さそうな水辺を探していたんです」

 

 隣に座った召使いは、同じく釣り糸を垂らしながら話し始めた。

 

「ここはよく釣れるのですか?」

 

「魚の気分と、お前の技量次第だな」

 

「なら釣れますわね。貴方の技量次第ですが」

 

 天然だが頭は回る方らしい。

 

「俺はもう三匹釣っている。あともう1匹釣ったら、今日の分は終えるつもりだ」

 

「なぜ私にそんなことをお話に?」

 

「お前のお陰で、今までの倍時間が掛かりそうなんでな」

 

「あら、でしたらご心配なく。貴方にはもう既に四匹いらっしゃる様なので」

 

「何?」

 

 見ると本当に四匹になっている。だが三匹しか釣った記憶がない。無意識に釣っていたのだろうか

 

「……何をした」

 

「いえ、何も」

 

 そんなはずはない。素知らぬ顔をしているが、何かをしたのは明らかだ。

 

「……」

 

「……そんなに見つめられると照れますわ」

 

「色事に走るつもりはない。興味があるのはお前の能力の方だ」

 

「つれない方ですね」

 

「20分余りで三匹、釣れている方だろう」

 

「四匹ではなく?」

 

「あれを釣った記憶がない。故に『釣った』としてカウントするのは御免だ」

 

「分かりました。では四匹目は『私からのプレゼント』ということで、退いていただけますか?」

 

「勘を違えるな。俺は『四匹釣ったら』と言った。四匹魚があれば良いという訳では無い」

 

「口の減らない方ですね」

 

「お互い様だろう」

 

 諦めたのか、十六夜はそれ以上何も語らなくなった。

 

 

 静かになって暫く、最後の一匹を釣り上げた。

 

「半刻で四匹。まあ良い方だろう」

 

「行ってしまうのですか?」

 

「良かったな。その通りだ」

 

「では、一つお願いがあるのですけど」

 

「願いだと?」

 

「ええ、願い。聞いていただけますか?」

 

「釣り場を共にした仲だ。聞くだけ聞いてやろう」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って十六夜咲夜は立ち上がった。

 そして腰を直角に曲げ、頭頂部を真正面に据える形で深々と頭を下げた。

 

「今夜、宿儺様には紅魔館へいらして頂きたいのですが、都合問題ありませんでしょうか」

 

 日常に生じたズレは、決定的なものとなった。




 咲夜さんと宿儺は、宿儺受け入れ宴会や虹龍洞解決宴会で話したりしていますが、一対一での会話は今回が初です。
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