「あ! スクナお兄さんだ! 来てくれたの〜?」
子供のように無邪気な笑みをしながら駆け寄ってくる様を見ると、500年を超える年月を生きたという情報を忘れそうになる。対して差はないであろうレミリアに比べ、言動や仕草が幼い。
尤も精神的に幼いというのは、逆を言えばこれから力の使い方を学んでいくということ。レミリアの言う通りに大人しく
「ああ、来てくれたぞ」
「わーい! そこ座って!」
部屋の内装はこれまた紅なのだが、窓がない上に最低限の照明しかないのでかなり暗い。少し見回すと、奥には大の大人二人が余裕をもって寝転がれるベッドがあり、棚には人形やぬいぐるみが並んでいる。しかし、人形はいくつかは腕が無かったり、ぬいぐるみに至っては何度も縫い直した跡がある。よもや最初からそういうデザインだった訳ではあるまいが……
「私は霊夢の対応をするので失礼します」
綺麗なお辞儀を披露し、表情一つ崩すことなく去っていった。随分と仕事熱心なことだ。
「ふふーん」
一方こちらは破顔一笑。
「随分と楽しそうだな」
「アハハ! なんでだと思う〜?」
心当たりが全くない。昨日は「お兄さんだあれ?」と言われ、軽く自己紹介をした程度で終わっている。一応客人ということで話を通したが、それが原因だろうか。
「パチェから聞いたんだけど、お兄さん私と戦ってたんだね〜。びっくりしちゃった」
単刀直入。暴走時の話か。
「びっくりしたのか?」
「えっとね〜、まず私とやり合って無事なことと、それから、ちょっと顔がかっこいいこと!」
後者はともかく前者は成程、彼女の能力を考えればそういう反応にもなるだろう。
「あと、昨日の白くて大きいやつと同じ感じがすること! あれお兄さんなの?」
下から覗き込むようにして顔を見られている。あと十数センチ近づけば胸板に彼女の顔がつくぐらいには近い。曇りなき眼で期待の眼差しを向けられているが、こちらとしては寧ろ期待以上のものを言ってくれたと言ったところだ。まさか魔虚羅との関係性を見抜くとは。
「よく気づいたな。そうだ、あれは俺の式神の魔虚羅だ」
「やったー! 当たった!」
子供のように無邪気にはしゃぐ……いや年齢以外は完全に子どもなので間違ってはいないが。
というか今更だが羽はどうなっているのだろう。宝石がぶら下がっている。
「随分嬉しそうだな」
「だってお兄さんに頼めば、いつでもマコラと遊べるんでしょう?」
「貴様正気か」
思わず
だが、少し考えると彼女の真意が見えた気がした。
「お前、まさか壊れない遊び相手が欲しいのか?」
「すごーい! なんで分かったの? お兄さんも遊び相手いないの?」
「そういう訳では無いが、部屋を見ればわかる」
欠けた人形、ツギハギの縫いぐるみ、そして
「私の羽も、破壊を繰り返してたらこうなってたの。一人で暇だったし、どうせ治るし」
髪の毛をくるくると弄りながらそう言ってのけたフランドール。やはり羽の方は天然ものではなかったようだ。
しかし、雰囲気からはわからなかったが触れづらい内容だったか。彼女の顔からは笑みが消え、少しの曇りが見え始めた。この流れで追い打ちをかけるようなことは言いたくないが、一つの事実を伝えなくてはならない。
「残念だが、俺の魔虚羅は暫く出せない」
「え──!? なんでなんで?!」
「あれは少々特殊でな、そうやすやすと出せるような代物ではない。それなりの休養が必要だ」
宿儺の魔虚羅というのは、簡単にいえば領域展開の応用である。
領域展開というのは、自身の生得領域に術式を付与して発動するものだ。この時、付与した術式というのは本人とのリンクが完全には断ち切られないようになっている。例えば五条悟の場合、無量空所中も無限バリアを展開している。
だが魔虚羅の場合、オリジナルの魔虚羅と同じ形に結界を形作り、そこに十種神宝の術式を
しかもこの領域展開の結界もまた特殊であり、結界の表裏が裏返っている。これによって、魔虚羅が結界術によって中和されることを防ぐことができる他、擬似的な再生能力も手にする。外殻を用いないという発想は、閉じない領域で既にイメージできている。球を開くことができるのならば、裏表を逆にすることもできる。やることは自身の心象風景を表に出すだけである。魔虚羅の形をイメージすればできることだ。尤も、ここまで精密な領域となるとそれ相応の技量と体力を必要とするのだが、それよりもまずいのが術式の焼き切れだ。
魔虚羅を顕現し、何事もなく解除できれば術式の回帰は早いのだが、このフランドール(+レミリア)が破壊したお陰で、術式そのものが戻ってくるのに時間がかかっている。その期間、恐らく十日間。その間、当然
おまけに、一度魔虚羅を解除すればそれまでの適応もリセットされる。領域展開後は術式が焼き切れるので、こればかりはどうしようもない。
……という説明をしてもおそらく理解できないだろう。故に、別の方法で納得を引き出す。
「代わりと言っては何だが、俺でよければ運動に付き合ってやるぞ」
「え、スクナが!?」
「力の使い方を教えてやる。俺も、体を動かす相手がほしいと思っていたところだ」
少女の能力は、上手く扱えば神にも届く能力。しかも魔虚羅との関係を見抜いた辺り勘も良い。力の使い方さえ学べば、いい遊び相手になるだろう。『お互いウィンウィン』というやつだ。
当のフランドールにとっても、嬉しい話だったらしい。顔の曇りが消えてなくなり、お兄さん呼びが崩れる程には元気を取り戻した。
「……ねえ、お兄さん」
かと思えば、呼び方が戻るだけでなくモジモジしだした。子どもの考えていることは分からん。
「……これから、スクナって呼んでいい?」
「何かと思えばそんなことか。構わんぞ」
そんなこと位なら頼まずとも……と思うのだが、人付き合いの無さ故だろう。
「じゃあスクナ! 私、スクナのこともっと知りたい! もっとたくさんお話しよう!」
「……ケヒッ、よいよい。付き合おう」
これからこの少女がどのように成長していくのか、まったく楽しみで仕方がない。
案内してから1時間半ほど経ったが、宿儺は全く出てこない。霊夢もすでに帰り、自分の昼食も済ませた。それでも尚、出てこない。まさかとは思うが、破壊されてしまったのだろうか。
そんな思考を抱きながら、部屋の前まで来てみたのだが……
「アハ、スクナったら固くなっちゃって……」
「俺はこれが普通だ。力を入れれば更に固くなるぞ」
「いや、これ以上はちょっと……そのままでいてくれる?」
何か、とてつもなく嫌な予感がする。だがもし、何もなかったときに気まずい。しかし妹様になにかあればそれこそまずい。一体自分はどうすればいいのか、部屋の前でフリーズしてしまう。
「スクナの……あったかくて美味しい♡」
「ん……少し、ムズっとするな……」
扉に耳を当てて中で何が起きているのか知ろうとする。今だけは妖精メイドやらの関係者が通りかからないことを祈るばかりだ。はたから見れば不審者or変態、さっきの魔理沙と大差ない。だが、もし部屋でいかがわしいことをしているとなれば止めねばならない。
「んむ、ジュルジュル、ッはあ、はもむ、ジュル、ジュルル」
色っぽい、妹様の音が聞こえた。
確信した。今すぐ止めよう。でも音を立てて入るのはやっぱり気まずい。
ここは、自分の能力の出番だ。
「ザ・ワールド」
世界が色褪せ、音も消え、全ての動きが止まっていく。これが”ザ・ワールド”だ。
時間の止まった世界で、部屋に入るまでの一連のプロセスを行う。音を立てることも、扉が開閉する動きも、この世界であれば気づかれない。
「そして時は動き出す」
扉の前に立ち、止まった時を再び刻ませる。
動き出した世界。そこで目撃したのは__
「あ、咲夜だ」
「ノックもせずに入るとはな。メイドとしてどうなんだ?」
口のまわりを紅く濡らした妹様と、肩を血で染めた宿儺。
吸血鬼の名の通りの、ただの食事シーンだった。
どうせなら曲名統一で、ということで紅魔郷編の1話のタイトル変えました。
彌虚葛籠の話を書きたい……