すっくんも幻想郷での生活に慣れてきたようです
「じゃあねスクナ! また遊ぼう!」
「またな、フランドール」
今生の別れでもないので、軽めの台詞を返して部屋を後にした。
再び咲夜の背中を追い、今度は部屋へと戻る。寝台に腰を下ろし、一息。
「子どもの相手は疲れるな」
「珈琲でも入れましょうか?」
「いや……それよりも、風呂を沸かしてくれ」
「お風呂……ですか?」
日々の疲れを癒やすには、やはり入浴が一番だ。それに理由はもう一つある。
「フランドールに吸われた時についた血を落としたくてな
上衣を脱がし、肩に張り付いた血を触る。
「……お前なぜ頬を赤らめている? まさかとは思うが、一緒に入る気か?」
「い、いえ! そのようなことは! はい! 只今沸かして参ります!」
そう言い残し、ドタバタと廊下走っていった。子供心は分からなかったが、この分では女心も分かりそうにない。それに比べ、博麗霊夢は意外と分かる。表情こそ決して豊かではないが、案外理に適ったことをする奴なので、行動の先読みがしやすい。
「……ひょっとしたら、博麗霊夢は乙女ではないのか?」
博麗が既に帰したということで、今の独り言が本人に聞かれる心配もない。流れるように発された悪魔の方程式は心の中にしまっておこう。
「それにあいつも、時折年相応の顔を見せる。今の式は不当だな」
咲夜が乱入してくることもなく風呂からあがり、夕食の時間となった。3大欲求の全てが不要な宿儺にとって、食事というのは本来無駄な時間である。しかし『生きる』となれば話は別。食事ほど楽しいことはそう無い。
「昨日はご苦労だったわね」
ナイフとフォークの扱いには慣れた。今こうして
「貴方には感謝しているわ。紅い月のせいで暴走する妹の姿は、見てるだけで心が痛むもの」
ワイン、日本語ではぶどう酒。この館に来て初めて飲んだが、随分と美味しい。日本酒とは違った味わい、紅色で果実の甘みと酸味が良い。程よく鉄分の味がするのは発酵のせいだろう。
「咲夜、私のワインは?」
「でしたらそちらに……あっ」
「?」
こちらを見ている。まさかこのワインはレミリア・スカーレット用だったのか。
「宿儺様それは……」
「お前のワインだったか?」
「それを飲んでも平気なんて、貴方やっぱり不思議ね」
意味深なことを言い出した。まさか毒でも入っているのではあるまい。尤も仮に毒だったとしても八意に鍛えられている宿儺は全然平気である。
「……どういう意味だ」
「それは私用に調合されたワイン。人の血液を赤で割ったものよ」
成程、通りでほのかに鉄の味がする訳だ。
「驚かないのね」
「生憎、別の吸血鬼に血を飲ませたばかりなのでな。洒落たことをするとは思ったが」
「ふーん」
「……ああそうだ。言っておこうと思っていたが、俺は明日にはここを
「あら残念。ずっといてくれても良いのに」
「定期的に来る。フランドールとそういう約束をしたんでな。その時はまた世話になるぞ」
ここの食事は味付けが濃い。偶に食べる分にはいいが、何日も食べ続ければ感覚が麻痺してしまう。ひと月かふた月に一度位の期間で訪れようか。
「……じゃあ、私からも一ついいかしら?」
彼女が口を開くと同時に、空気が少し変わったのがわかった。緊迫。腹を探られる嫌な感覚。
それを、真っ向から受ける。腹を割る気は毛頭ないが、内容次第では答えてやらんこともない。
「……何だ」
「貴方、妖怪でしょう?」
「……?」
沈黙、それは核心を突かれたことによる動揺__ではない。変なことを言われたからだ。
唐突に変なことを言われれば、誰だってそーなる。宿儺もそーなる。
「おまえは何を言っているんだ?」
「さっき、血を飲んだことに何も驚かなかったでしょう? 普通ならそこで動揺したり、飲んだ物を吐き出そうとしたりするものよ」
理由を聞けば成程、確かに理屈は通る。食人の影響で血の味に慣れていたのがここで裏目った。いや別に表となる作戦がどうということで食人をしていた訳ではないのだが、まあそういうことだ
「十六夜、グラスを寄越せ。これと同じやつをな」
そう告げた瞬間、姿が消えた。自分の視界から外れ、どこに行ったか辺りを見回す……という凡人めいたことはしない。いくら瞬間移動だろうと、移動した先から漂う気配は消せない。真後ろだ。
「これと同じワインも欲しいのだが」
「既に」
自身の前に差し出されたグラスには、5分目ほどの赤ワインが注がれていた。頭の回転力は流石というべきか。どうやら何をしたいか理解したらしい。人間の価値観で大したものだ。
そして頭の回転という意味では、レミリア・スカーレットも同じだ。フランドールも節々に頭の良さをが出ていたが、この姉にしてあの妹あり。伊達に500年生きている訳では無いらしい。
「妹と同じで、勘がいいな」
ワインの上に腕を出し、自身の術式で小さく深めに傷口を作った。グラスのワインに血液が注がれ、より紅みを帯びていく。八分目まで来たところで、反転術式で傷口を治す。
宿儺特製、
「なんのつもり?」
「これは”縛り”、契約だ」
ワイングラスをスライドさせ、対岸のレミリアへと届ける。
それを受け取ると、確かスワリングと言ったか。クルクルと回転させながら香りを嗅いでいる。
「『俺の正体を口外してはならない』……どうだ?」
紅く輝る双眸を細め、こちらを見定めている。
「これ、私にメリットあるかしら?」
「さあな」
応じようが応じまいが妖怪ではないので、こっちとしてはどちらに転んでも問題ない。
それよりも食事がまだ残っている。視線を気にせず、肉を平らげ、付け合せも喰らう。余裕を示すのにも丁度良いので一石二鳥だ。
そして、皿を空にしたところで、結論が出た。
「……良いわ、受けてあげる」
そう言って、レミリアはワインを_契約を”呑んだ”。
「霊夢にバレてないってことは、それ相応の用意があるんでしょう? 楽しみにしてるわ」
「ケヒッ、そうこなくてはな」
こちらもグラスを傾け、乾杯の仕草をする。紅い液体が喉を潤し、芳醇な香りが鼻を通る。
「満足だ」
これで、今日の食事は終いとなった。
「最後に一つ。いいかしら?」
離席し、食堂の扉の前に差し掛かったときに、そう聞かれた。
「なんだ?」
「貴方の血、とても美味しかったわ」
「……妹の方にも、評判が良かったぞ」
「──あのような契約、交わしてよかったのですか?」
「言ったでしょう? 『それ相応の用意がある』って」
この目で見てわかった。あれは究極の存在だ。八雲紫も、ひょっとしたら月で出会ったあの偉そうな奴よりも、ずっと上にいる。外の世界の人間らしいが、あれはどう考えても人間の器に収まっていない。というか、推察上では妖怪だ。八雲紫はなんてものを連れ込んだのだろうか。
「きっと面白いことになるわ。そう思わない?」
「面倒事が増えるのは嫌なんですけどね⋯」
咲夜はこう言ってるが、残念ながらもう止まらない。止まってはくれない。
最初に部屋に入った時、宿儺を一目見た時、
「運命は揺れ動く。ここから、幻想郷は大きな流れに飲まれるわ。他でもない、彼を中心として」
──真紅の女王は、紅き双眸を光らせながら、自らの従者にそう告げたのだった。
少し霧がかかる早朝、宿儺は門を跨いだ。博麗神社に帰るためだ。
「おや? 宿儺さん、もう行くんですか?」
声をかけたのは紅美鈴_気配がしていたので居ることは知っていたのだが、どうせまた立ち寝でもしているのだろうと思っていたので、話しかけられたのは意外だった。
「ああ。世話になっ……そういえば、お前とは殆ど関わらなかったな」
「あー、そういえばそうですね」
最初に十六夜咲夜との戯れを見て以来、殆ど顔を合わせていない。偶に窓から十六夜咲夜に叱られているのを見かけるくらいだ。
「まあ私はあまり面白いことができませんから、宿儺さんを楽しませられ無いと思いますが……あ、今からでもできる宴会芸ならいくつかありますよ!」
「別に興味ない」
「そうですか……」
悲しそうな表情を浮かべ、がっくりと肩を落とした。なにかフォローをしたほうが良いか。
「だが、お前自身に面白味がないかと言われればそうではない」
「へ?」
落とした肩を上げ、今度は「何言ってるかわかんない」と言わんばかりにキョトンとしている。しかしそんな状況でも、体幹はしっかりしている。やはり体術は相応なものがある。しかもそれに加え、”気”の揺らぎも殆どない。呪力操作(呪力ではないだろうが)が抜群に上手いのだろう。
「フランドールと遊ぶ前の準備運動にはなりそうだ……まあその時が来たら、相手して貰おう」
「え、それってどういう……っは! まさか、私にあんなことやこんなことをする気では!?」
「違う。なぜそうなる」
十六夜咲夜も同じ様な勘違いをしていた。
「だって私の体をジロジロ見てましたし……」
「良い肉体だと思っただけだ」
「やっぱり! 私を性のはけ口として……!」
成程、言い方と行動が良くなかったらしい。
「よく鍛えられていると思っただけだ。気の操作も上手い」
「あ、なんだそっちの話……」
欲求不満なのが多いだけかもしれない。だが、紅美鈴の肉付きが良いというのはそうだ。豊満な胸は丁度いいサイズ。裏梅に調理に調理してもらえば極上の一品となるだろう。
「じゃあまたな」
「はい! お気をつけて!」
笑顔で送り出す美鈴を横目に、裏梅のことを少し思い出しつつ、長い橋を渡る。
実に10日間、宿儺の紅魔館での生活が終了したのだった。
書ききったーっ!