透き通った空に浮かぶ星 作:哲学の階司書補
みんな酷い目に逢います。許せる人だけどうぞ。
「真っ直ぐ立てる意志を。分別出来る理性を。もっといい存在になれる希望を。生き続ける勇気を。存在意義への期待を。守り抜く力を。信頼し任せられる相手を。鎖を断ち切り、恐怖に向き合う眼を。過去を受け入れ、未来を創り出す瞳を。見守るに相応しいか私に魅せてお呉れ。幼き子よ、先ずはお前を試そうか。手始めに、他の子供を殺してみようか」
動揺、怒り、恐怖、不快感、困惑。次々と襲いかかる感情に、ホシノは冷静でいられる筈もなく、混乱していた。その為に、一瞬目の前のピントが合わなくなり、少しの耳鳴り。目の前の大人が、何かを発していた事は分かるが、肝心の最後の一言。その内容を聞き逃してしまっていた。
ゴトリ。
何か少し重たいものが床に落ちる音。
視界の端に映った黒い塊。
ボヤける前にはなかったはずのソレ。
ああ、視てはいけないと分かっていたのに。視界に入れてしまったソレは。
対策委員会の書記。アビドス高等学校1年、奥空アヤネの胴体から切り離された頭だった。
「は…………?」
座るような姿勢で気絶していたのは彼女ただ1人。
みてはいけない。でも大切な仲間達が、1人でも無事なら。
死、死、死……
そこに生命は残っていなかった。
等しく、同じように転がった頭と、光の無い瞳。
「あ……ぁ……ああぁああああああああ!!!!」
「その天使の輪も、存外脆い」
「なん……で?」
「お前は過去に囚われているな。目の前を見ているようで、そこには何も映っていない。そのような眼で、一体何を捉えることが出来ようか。あぁ、そうとも。この子らはお前が殺したんだよ。小鳥遊ホシノ」
「私が……殺し……た?」
私には苦痛しかありません。その他に何も望みません。苦痛は今も、私に忠実です。どうして苦痛を恨めましょうか。私の心が傷んだその時も、苦痛はいつもそばに坐っていたから。
おお、苦痛よ。私はとうとうお前を尊敬するに至った。お前は決して私から離れないがゆえに。
ホシノが黒に包まれる。空が赤く染まり、あまりに変わり果てた姿がそこにあった。
伸ばされた髪は短くなり、ヘイローも形状、色共に変わってしまっている。
「ねじれ、とは少し違うようだね。安心し給え、私はお前達の顧問であるから。己が物にする其の刻まで、共に踊ってあげよう」
ホシノが動き出すよりも早く打ち出された白き柱は、壁を破壊しながら小さな身体を校舎の外へと吹き飛ばす。
それを追いかけるように妖精達が襲いかかるが、ホシノは不安定な姿勢のままショットガンを乱射し、撃ち落とす。
着地した後も、ビナーに近づかせないかのように襲いかかる妖精達。撃ち漏らしたそれはホシノの体に傷を付け『開いて』いく。
F社の特異点は『開く』こと。物理的なものに限らず、それが概念であろうと開いてしまう。
それが、心であっても。
破壊された壁から飛び降りたビナーは、ゆっくりと、傷付き、疲弊したホシノのもとへと近づいていく。
「酷く罪の意識に苛まれているな。人は信じるものを選ぶことが出来る。というのに、お前は私の口から出た言葉を全て信じたな。それは心を見透かされることへの恐怖からか。それとも、過去から続く後悔の連鎖か。お前を縛る過去という鎖、其れを断ち切り、先ずは目の前を見詰める事だな。時にそれは毒となり己を蝕むだろうが、少しの毒は、却って薬ともなるだろう」
無理やり『開かれた』、苦痛と後悔、罪悪感に満ちた心に注ぎ込まれるそれは、劇物であることに違いはない。
しかし、ホシノも心のどこか、奥深くには、それを肯定する気持ちがあることは否定できなかった。
「ユメ……先輩…………」
「其れじゃあ、もう少し発散しておこうか。裸の心の儘な」
砂漠の舞台は、まだ続く。
4人の首から血は出ていません。
概念的に『閉じて』『開け』ますから、やりようはいくらでも。