透き通った空に浮かぶ星 作:哲学の階司書補
めちゃくちゃバタバタしてました
「改めて自己紹介しようか。私はビナー。これからお前達の顧問になるものであり、見守る者。私は標だが、答えではない。お前達は旅人であるから。呼び名で私の在り方は変わることはないが、其れでも尚悩むのであれば『先生』。調律者でもなく、指定司書でもない今の私を呼ぶのであれば、其れが近しいだろうね」
この世界におけるその言葉が持つ重み、それをこの場にいる誰も知らない。故に、ホシノが呼んだそれを一先ずの己の呼び名とした。自身を教え導くものでは無く、星であり標であると定義した上で。
「ビナー、先生。そんな感じは全然しないけど。まあ、育てて貰ったといえばそうだし。よろしくね、先生」
1人はかつてのツンツンとした空気を纏わせて。
「ん、私はまだ、信用してないから」
1人は少し睨むように。
「えーっと、よろしくお願いします? ですかね?」
「急に出てきて先生って、信頼出来るわけないでしょ!」
「その、先生、ドローンと監視カメラを……」
3人もそれぞれ、混乱しているなりに挨拶をして、ひとまず解散となった。
その後、閉じられた機械たちの視界は無事開かれ、1人安心するアヤネであった。
教室には、パラパラとページを捲る音だけ。ビナーは何処からか引っ張り出したキヴォトスの学園、自治区についての冊子に目を落としていた。
生徒会を持つということの重要性。連邦生徒会、ミレニアム、ゲヘナ、トリニティ……といった他の区域。必要な知識を選別し、取り入れていく。調律者であった頃なら、態々他人の為にこのような事はしなかっただろう。
それは、ビナーが図書館にて指定司書となって以来、かなり身内に甘くなっていたから。かつてであれば耐え切れなかったか、と職員を捨て置いていたが、司書補達のことはそこそこ気にかけていたから。
自分が課した試練を乗り越えたホシノ、そして所属する対策委員会及びアビドス。果たして哲学の階での完全解放戦、つまりはローランと同じやり方で過去を乗り越えさせる必要があったか? となりそうな光景ではあっただろうが、却ってホシノ達を気に入ることになっていた。
翌日。ビナーの襲撃によって中断となってしまった定例会議の準備をするべく、一足先に教室にやってきたアヤネ。
「あれ、電気ついてる……あ、先生、おはようございます」
「お早う、アヤネ。丁度紅茶を淹れたところだったから。好きな席に着いていなさい」
「えっと、ありがとうございます」
少し迷った後、おずおずと席に着くアヤネ。ビナーはその様子を気にすることなくカップを2つ持ってきて、片方をアヤネの前に置く。
「私のことを恐れているな。そして、お前は対策委員会の中で、己が最も力無き者だと自覚している。私がお前達に危害を加えることはないので安心するといい。だが、恐怖に正しく向き合っているお前のことは気に入っているよ。そんなに気負うことはない。さぁ、茶会を楽しもうか」
ビナーが口をつけたのを見てからアヤネも紅茶を一口含む。
「……あ、美味しい。それに甘くて飲みやすいです」
「蜂蜜を入れておいたのさ。砂糖は入れすぎると諄くなってしまうから」
「でも、蜂蜜の匂いは余りしないんですね」
「ふふ、懐かしいな。そう思えば、再演というのも悪くない」
突然ふわりと柔らかくなったビナーの雰囲気に、アヤネは少しむず痒い気持ちになる。心の奥底まで見通す様な昏い眼も、どちらかと言えば、慈愛にも似た視線を送っている。しかし、自分を見ているようでその焦点は自分ではないような、そんな気がして。過去に似たような会話をした人がいたのかな、なんて推測してみたり。
もう一口、とカップを傾ける。そこからお互いひ会話はなかったが、それもまた心地よく。気付けばふたつのカップは空になっていた。
「ごちそうさまでした。とても飲みやすくて、美味しかったです」
「それは良かった。カップは私が下げておくから、お前は自分の仕事に励むように」
「はい! 今日からよろしくお願いしますね、先生」
ビナーが給湯室へと消えると、よし、と意気込む。
大人がいる新しい日常。アヤネはこの変化に不安を感じていたが、小さなお茶会は、それを和らげるには充分なものだった。