ジョーズがせめてきたぞっ   作:SPC

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君の名は

「──だから、うちの店は僕と妹と、あとはボンプだけで経営してるんだ」

「うそーっ! 私たち、そんなに年齢変わりませんよね!?」

「どうだろうね?」

 

新エリー都、ルミナススクエア、昼、ルミナモール前。

 

 

一流プロキシ、ホロウ案内人の『パエトーン』はお休みの日。

今日はビデオ屋『Random Play』の店長として清々しい朝を迎えたアキラは、店の経営を妹のリンに任せてルミナススクエアまで来ていた。

 

無論、遊びに来たわけではない。

家業たるビデオ屋のさらなる飛躍を目指し、トラビスから聞き出した最近の流行をもとに新しい商品を仕入れに来たのだ。

 

ちなみに今回の買い出しをリンとアキラのどちらが行くかは極めて厳正かつ公正なるじゃんけんによって決められ、勝者には自分の好みのビデオを購入する権利とルミナススクエアで個人的な買い物をする権利、ついでに敗者にお土産を買って帰る権利が与えられた。

決して遊びで来たわけではないのだが、最初に出したチョキで苦杯を喫することとなったリンは年甲斐もなく地団駄を踏んで悔しがり、兄にとっておきのスイーツをたっぷり買ってくるように言いつけたという。

 

閑話休題。

 

「じゃあ、その荷物って全部ビデオなんですか?」

「そうだよ。Random Playの新商品さ」

「すごーい! 経営者ってカンジ!」

「経営者だからね」

 

そんなこんなで買い出しを終え、はてさてリンへのお土産はどうしようかとアキラが頭を悩ませていた時、彼女にバッタリと遭遇したのである。

 

「ところで、今日は学校は休みなのか?」

「……えへへ、聞かないでください」

「悪い子だ」

 

エレンの同級生の、確か……モナ、だったか。

何らかの動物のシリオンと思われる女子高生は、ビデオが大量に詰まった紙袋を片手に駅前をうろつくアキラに声をかけてきたのだ。

 

平日の真昼間に駅前にいる女子高生。それが示す事実はたった3文字で表されるほどにシンプルだが、わざわざ口にするほど野暮なこともないだろう。

アキラとてプロキシという、サボタージュどころではない非合法行為で生計を立てていることだし。

 

「今日は君だけかい?」

「いえいえ! エレンちゃんとルビーちゃんもいますよ! 凛ちゃんは……聞きたい講義があるらしいからいませんけど」

 

聞くところによると、だいたいは授業を面倒くさがったエレン、あるいはルビーがモナや凛を連れ出すらしい。

 

実に学生らしくて結構だ。

きっとニコやビリー、猫又が学生をしていれば、同じようにアキラやリンを誘ってくれたことだろう。

 

依頼を探してインターノットを駆け回り、fairyのもたらす電気代高騰に怯え、ゴミ箱をひっくり返す勢いでディニーを探し求める日々。大人というものは自由で素晴らしいが、同時に代償を背負う。

学生という身分が与えてくれる世界も、やはり尊いものだ。

 

 

らしくない感傷に浸ったアキラは、やけに人間くさい自称世界一のAIに「ジジくさい」と罵られそうな思考を対面の少女に悟られないように、話題を変えることにした。

 

「そういえば、妹に美味しいものを強請(ねだ)られていてね。現役女子高生の目線から、なにかオススメのものはあるかい?」

「それでしたらリチャードティーミルクにしましょ! 溶岩ミルクムースキャラメリゼがいいですよ! もちろんトッピングは全部マシマシで、甘さはMAX! 氷も多めにしてもらいましょう、最近暑いですからね!」

「えっと、ごめん。もう一回……」

 

JKというものは時に呪文みたいなことを言う。

それから何度か聞き返す羽目になったアキラは、いつかチョップJr.の店でコールの練習をしようと思った。

 

 

 

 

「今日はありがとう。いい買い物ができたよ」

「いえいえ、私も奢ってもらっちゃって……」

 

しばらくして、アキラの両手は大量のビデオとリンへのお土産でいっぱいになった。

 

これだけのスイーツがあれば、ルミナススクエアに行ったっきりなかなか帰ってこなかったことも、買ってきたビデオのうち約半数がアキラが見たかっただけのものであることも、今日の夕食当番を完全に忘れていて材料が何も無いことも許してもらえるだろう。

 

次は自分だけでもお土産を選べるようになっておこうと決心を固めるアキラの内心を知ってか知らずか、サボりを満喫できたモナもホクホク顔だ。

 

同じ女子高生でもエレンはまったくこういう顔をしないから、なんだか珍しいな、と思った。

あるいは、昔のエレンは朗らかに笑う娘だったのだろうか?

 

「……想像がつかないな」

 

なんとなく、エレンは昔からダウナー系だったような気がする。

だってほら、その方が棒付き飴が似合うじゃないか。

 

 

「──あ、エレンちゃん! ルビーちゃんも!」

 

噂をすればなんとやら、モナと同じく学校をサボったらしい2人組を見つけたらしい。

 

元気に手を振るモナの視線につられて、アキラも件の2人の姿を認める。

そこには、アキラの想像通り、笑みが眩しい金髪陽キャJKと、飴を咥えたダウナーサメ系JK。

 

モナに倣って手を振ると、ルビーは元気に腕を振り、エレンは軽く手を上げるのみ。

 

なんとも想像通りなそのリアクションだ。

アキラが思わず小さな笑みを浮かべると、エレンは僅かに眉をひそめて怪訝な顔をしてみせた。

 

まるで「何笑ってんの」とでも言いたげなその顔に、「なんでもないよ」と目線のみで返す。

 

ひとまずは理解したように視線を外したが、それは決して納得ではなく、そのうちふと思い出したかのように問いかけられることを知っていた。

 

「ごめん、遅くなったね。お待たせ!」

「大丈夫だよ〜。みてみて、奢ってもらっちゃった!」

「へー。プロキ……店長、そんな甲斐性があったんだ。知らなかったな」

「僕以上に甲斐性がある男は知らないね」

「なにそれ、ヘンなの」

 

君がウチに来るたびに手厚くもてなしているのは甲斐性に入らないのかい、と聞く気にはならなかった。

 

というのも、前回の例の()()をしでかしたあとにはメッセージ、そして対面でこっぴどく叱られたからだ。当然ながら怒られただけではなくそこそこの()()()()を要したわけであり、さしものアキラとて同じ轍を踏むのは勘弁であった。

 

ちなみに、ヴィクトリア家政でのバイト帰りだったためにメイド服を着ていたエレンを世話するアキラの様子がリンとイアスによって激写され、晩飯のたびにしばらくからかわれたことも併記しておく。

 

 

「じゃあカラオケ行こっか!」

「暑いからはやくいこー」

 

だからこそ、今日のアキラは笑顔で手を振った。

 

熟達のプロキシは危機察知能力に優れる。

極めてかしこく優秀なアキラは、ちょうど3人で集結して街に繰り出そうとする女子高生に合わせて、何も言わずに大人しく帰るつもりだった。

 

そのはずだったのだ。

 

「じゃあね、モナ。今日はありがとう」

「いえいえ、こちらこそ!」

 

しかしプロキシよ、ゆめゆめ忘れるな。

 

ホロウに限らず、落とし穴というものはどこにでもあるのだと。

 

「さよなら、()()()()()!」

 

 

 

「どういうこと?」

「えっと、なんのことかな」

 

六分街、Random Play、夜。

 

切れ長の瞳に睨まれたアキラは、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。

否、この場合は、サメに睨まれたボンプと言うべきか。

 

ともかくアキラは、例のごとく突然現れたエレンを店内に迎え入れた瞬間、なぜだか詰問される羽目になっていた。

 

「あたし、何も聞いてないんだけど」

「……だから、なんのことかな?」

 

いろいろと()()()ことにも手を染めるヴィクトリア家政のエージェントだから、当然エレンにも尋問のスキルが備わっていることだろう。

普段から面倒臭がりの省エネ主義者のエレンが、しかしとてつもないポテンシャルを秘めた凄い人物だということを、アキラはヴィクトリア家政の面々の次ぐらいにはよく知っていた。

 

だからこそ、アキラはハンズアップで全面降伏の構えを見せているのだ。

 

「…………はぁ、めんど」

 

そして、アキラが本当に理解が及んでいないと把握して、小さくため息をひとつ。

 

バリボリと飴を齧るエレンは、極めて気怠げに口を開く。

 

「……プロキシ、あんたいつの間にあの子たちと仲良くなったの?」

「え? あ、あぁ」

 

エレンの大して広くもない(ように本人が努めている)交友関係を考えれば、あの子たち、というのがモナ、ルビー、凛の3人を指しているのだとすぐに分かる。

 

エレンは続けた。

 

「あの子たち、前はこの店に来たときにはあんたのことを『店長さん』だとか呼んでたのに、今日は名前で呼んでたじゃん。聞いてみたらルビーもそうだったし……」

 

ここに来て、アキラはようやく合点がいった。

 

というのも、かつてエレンに連れ立って例の3人が訪れて以来、彼女らは偶にビデオ屋に顔を出すようになったのだ。

どうやら存外にサメ映画が面白かったようで、店にやってきては映画を借り、ボンプを愛でる姿が見られるようになっていた。

 

そしてある時に取り寄せの依頼を受け、流れで連絡先を交換した。積極的な連絡先交換はアキラの十八番だからだ。

さらにその時に先方がアキラの名前を知り、そしてビデオ屋Random Playは兄と妹による2人の店長の共同運営であるということを受け、陽キャのルビーがアキラを名前で呼んだ。そしていつかリンにも会いたいと言い、シスコンのアキラはニッコニコでそれを承諾した。

 

これが全部、エレンがバイトでいないときの話である。

 

「大丈夫だよ、エレン。僕たちは何があっても君の秘密(バイト)は絶対に言わない。秘密を守れるプロキシだからね」

 

エレンを安心させるため、アキラは胸を拳で叩いて自信満々に告げた。

アキラはプロだから、絶対に顧客の秘密を漏らさない。そしてそれは半身たるリンも同様で、コンプラ意識はしっかり叩き込まれている。

 

なにかと口八丁で乗せられがちなボンプのイアスだって、あのリナの誘導尋問にも乗らずに秘密を守り抜いた実績があるのだ。

 

 

そう言ってあまりに自信満々な笑みを浮かべたアキラに、エレンは思わずといった体で割と大きなため息をひとつ。

 

「…………………………ま、いいや」

 

呆れを多分に含んだ納得は、ゆらゆらと揺れる尻尾に反映されて、そして消える。

 

バリバリと飴を噛み砕いて、咀嚼。

そうやって一息ついてから、改めてエレンは口を開いた。

 

「──アキラ」

「……え?」

 

突然呼ばれた名前に困惑を返すアキラをまるっと無視して、エレンは続けた。

 

「これからは、『プロキシ』とか『店長』じゃなくて、名前で呼ぶよ。あの子たちがそう呼ぶのにあたしだけ違うのは、不自然でしょ?」

「……そうかな?」

 

疑問符に、エレンは答えなかった。

 

そしてそのまま裾を翻し、ついでに尻尾もくるりと翻し、扉へ向かって歩き始めてしまう。

 

「じゃあ、そういうことで。あたしもう帰るから」

「あぁ、うん。気をつけて、エレン」

 

なぜだかいつもより気持ち強めに開かれた扉。いつもより早足なエレン。

 

「……また今度、アキラ」

 

そう言ってエレンは店を出て、そして扉が閉まった。

 

 

 

「うーん、女子高生って難しいなぁ」

 

首を捻るアキラをよそに、店じまいでもしようかとさっさと閉店作業を始めていたボンプ18号は、主人に聞こえぬように翻訳モジュールを介さず小さく呟いた。

 

「ンナナナ……」

 

 

 

ビデオ屋Random Play、本日の営業は終了致しました。

またのお越しをお待ちしております。

 

 

 

 

 




ンナナ(他のJK三人組は映画を借りる以外には他意はないんだよ)
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