ジョーズがせめてきたぞっ   作:SPC

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ハウス・シャーク

家にサメが出た。

端的に言ってしまえば、そういうことになる。

 

新エリー都、六分街、昼、ビデオ屋Random Playでのこと。

 

 

サメ。サメである。

 

ここしばらくのアキラの動向を知る者ならば、サメという単語を聞いてまず思い浮かべるのは某ダウナー系JKだろうか。

真っ赤な瞳に黒い髪、太いしっぽ。飴をくわえていたりいなかったり、メイド服だったり制服だったりする彼女。

 

彼女の名前は、とりもなおさずエレン・ジョー。

マイペースな彼女はRandom Playを安住の地、もとい縄張りとして認識したのか、ココ最近では頻繁にやってきては映画を見たりソファで寝ていたりする。

 

限られた予算の中から厳選して選ばれたソファの柔らかさが彼女の琴線に触れたのか、いやしかしヴィクトリア家政にある高級椅子の方がよっぽど素晴らしいクッションを備えていそうなものだがなどという野暮ったい考えは棄却されて久しいものだ。

リンとてエレンのことを歓迎しているようであるし、メイド姿で頻繁に店を訪れる美少女の姿はことのほか集客効果が大きかった。

 

 

しかしながら、今日に限っては彼女はまったく関係ない。

 

()? を一目見たときのアキラの脳裏には少なからずエレンの姿が過り、それが故に一旦は話を聞くという名の保護を行ったのだから一概に無関係だとは言い難いが、少なくともアキラの主観では彼の選択に他者は介在していなかった。

 

「ンナ、ナナ!(ここはどこだ!?)」

「落ち着いて。ここは六分街だ」

「ンナナ!(六分街!? なんでそんなところに!)」

 

狼狽の感情を小さな体いっぱいに行き渡らせて、()()()()と飛んだり跳ねたりしている。

 

運動モジュールは正常、認知機能も正常、言動に整合性あり、その他動作に異常は認められず。

アキラがひとつずつ機能の確認をしている間、()()は慌ただしく動きながら、しかし少しづつ平静を取り戻していった。

 

「イアス! この子、君の友達かい?」

「ンナ、ンナ〜(ナメンナヨじゃないよ。ボクは初めて見た)」

 

小さな体、ンナンナという鳴き声。

多くの個体に見られる2つの耳は見られず、また全身の丸みも些か少ない。というよりは着ぐるみのような全身はやけに直線的で、また立派な尾びれさえ備えている。

 

「ガブット型……迷子のボンプか」

「ンナ!?(迷子!? オレが迷子!!)」

 

つまるところ、サメの正体とはボンプであった。

 

朝起きて、さあ今日も頑張りますかと1階に降りたアキラ。彼が大量のビデオの陳列された棚の合間で狂乱しながら騒いでいるボンプを見つけたというのが、ことの顛末だったのだ。

 

「……えっと、とりあえず落ち着いて」

「ンナンナナナナナ!!!(迷子!! オレは迷子!!)」

 

 

「──だから、見知らぬボンプがいるわけね」

「そういうことさ」

 

それからしばらく。

 

いつものように学校をサボり、快適な避難場所を求めたエレンがやってくる。

もはや日中に彼女がやってくることはビデオ屋ならびに六分街の面々にとっては見慣れたものであり、チョップ大将なんかはいらないお節介を焼いて2人分のクーポンを投函してくるぐらいだ。

 

そうして我が物顔で『関係者以外立入禁止!』という看板と6号の審査を受けたエレンはスタッフルームの堅牢な門を難無く突破し、しゃがみこんでガブットボンプをいじり回すアキラの姿を認めていた。

 

「もう一度聞くよ。君の個体名は?」

「ンナ(……わからない!)」

「君のご主人は誰だい?」

「ンナ(……わからない!)」

「君の家はどこだい?」

「ンナ!(二十二分街!)」

「君がここに来るまえ、どこにいたか覚えているか?」

「ンナ!(ホロウ!)」

 

「ね?」

「ふーん」

 

エレンは、ボンプの全身を無遠慮に揉みしだくアキラを胡乱な瞳で眺めた。

いつものようにソファにどっかり座り込み、尻尾が邪魔だったのでうつ伏せになる。

 

机の上に置いてあった飴をひとつ取って、食べた。

 

「記憶モジュールがエーテル侵食でダメージを受けて、読み取りが出来なくなってるみたいだ。治安局のボンプには見えないし、ホロウにいたのなら持ち主はホロウレイダーの可能性が高いかな? ホロウ間の相転移に呑まれて六分街まで飛ばされたのかもしれないな」

「ンナンナ〜(くすぐったい!)」

 

エレンには何をやっているのかまるで分からないが、きっと触診みたいなものなのだろう。

アキラがボンプの全身を()()()()と揉みしだいているのを見ると、なぜだかエレンの体までくすぐったくなってくる。

 

「……あほらし」

 

小さく呟いたエレンは、しかしアキラから目線を外さなかった。

 

「しかし、どうしたものか……家に返してあげたいのはやまやまだけど、少しでも侵食されてるなら全ての機能をチェックしないと事故が心配だし……」

 

ガブット型ボンプ。

明らかにサメをモチーフにしたその姿は、サメのシリオンであるエレンにとっても親近感が湧くものだ。

 

エレンは寝る時にサメの着ぐるみみたいなパジャマを愛用しているから、たぶんその時のシルエットとボンプを比較すればてっぺんからつま先までそっくりだろう、とは思う。

 

「ローカル接続を許可してくれるかい? 君の体調をチェックさせて欲しい」

「ンナナ!ンナ!(検診! 検診!)」

 

しかし、エレンから視線を外したっきりでずっとボンプの調整を見ているアキラを見ていると、なんだかイライラしてくる。

 

サメモドキ風情が、とらしくもない悪態が喉をつきかけて、すんでのところでため息に変換することに成功した。

 

「ごめんね、エレン。今日はあまりもてなすことは出来なさそうだ」

「…………別に、あんたのもてなしなんていらないし」

 

把握済みだと言わんばかりに言葉を投げかけてくるアキラも、どうにも気に入らない。

だって、子供みたいじゃないか。せっかく遊びに来たのにまったく構ってくれないのが嫌、だなんて。

 

思考がぐるりと回って最終的に矢印が自己嫌悪に傾きかけたエレンは、姿勢をぐるりと変えてソファの上でアキラに背を向ける。

 

眠ろう。一度眠ってしまって、使い果たしたエネルギーを再補充して鬱屈とした気持ちをリセットしよう。

 

目を瞑るエレンの背中に目をやって、アキラは小さく微笑んだ。

 

 

 

数時間もすれば眠れるサメちゃんが静かに目を覚ますことを、アキラはよく知っていた。

 

だからアキラはエレンを起こそうとせず、ガブットボンプの調整をしながら、エレンの寝姿をじっと眺めていた。

背を向けて寝てしまったせいで寝顔はまるで見られなかったが、むしろ乙女の寝顔を見ようとすれば外出中のリンやオフラインのfairyにボコボコにされてしまうから、ちょうど良かったのかもしれない。

 

「おはよう、エレン」

「……うん、おはよう、アキラ」

 

ちょっとした軽食を差し出すと、寝起きのエレンはあっという間に平らげた。

リナのゲテモノ料理すら平気で食べてしまう悪食のエレンだから、自分の料理の腕前を気にしなくていいのは幸運なのやら、不幸なのやら。

 

「それで、ボンプはどうなったの?」

「おおむね問題ないさ」

 

ソファをエレンに譲ったためにH.D.Dの椅子に座ったアキラ。そんな彼の膝の上で抱えられたガブットボンプは、目にあたるインターフェースを閉じて身動ぎもしない。

機械のボンプは不眠不休の存在だが、しいて人間の状態に当てはめるとすれば『眠っている』といったところか。

 

アキラは、ボンプの頭を指先で軽く(つつ)いた。

 

「今走らせている自己診断プログラムが終了すれば、チェックはすべて終わりだ。その後は二十二分街の治安局に送り届けておけば、持ち主が回収に来るだろう」

「へぇ」

 

そう、ふーん、へぇ。

 

エレンがこの言葉を発するときは、処世のための相槌か、話にあまり興味が無いときだ。

そしてそれは決して故意に発される悪意ではなく、無意識のうちに発露する彼女の感情である。

 

一見すると無愛想な仮面を超えると、極めて分かりやすい叙情が見えてくる。

アキラは微笑みを浮かべながら、ボンプの滑らかな肌をなぞった。エレンはその姿を見て、なんともむず痒そうな表情を浮かべた。

 

「自己診断も今日の夜には終わるはずさ。その後に送ってくるから、今日はそれで店じまいかな」

 

だから今日は結局構ってあげられないという言外の気持ちは、余すことなく伝わったようだ。

 

「............ま、いいけど」

「どこかで埋め合わせをするよ。甘いものでも食べに行こう」

 

僅かに膨らんだ頬が萎んだから、アキラは自身の選択の正解を悟る。

 

「そういえば、マスター・ティンの喫茶店も商品の新規開拓をするって聞いたな。次のコンテストに備えて学生層を狙っているのかも」

「……へぇ。そうかもね」

 

気分よく喋りながら、無意識のうちにアキラの手はガブットボンプの尻尾を触っていた。

 

尾びれ、背びれ、腹びれ。

ボンプはぬいぐるみのような見た目とは裏腹に中身までギッシリ機械が詰まっているからたいていゴツゴツしているのだけど、このボンプはなかなかどうして柔らかい。それもただ柔らかいだけでなく、心地よい反発力まで備えている。

 

アキラとリンの手によって徹底的に改造されたイアスの弾力には及ばないにしても、このボンプの触り心地もなかなかだ。きっと持ち主の愛情が込められているのだろう。

 

物思いに耽るアキラは、何やら難しい表情を浮かべ、その立派な尻尾を前面に持ってきて守るように抱きしめるエレンには気付かない。

 

「そうだ。せっかくだし、今日はついでに送っていくよ」

「………………」

 

サメ肌というが、ボンプの表皮はむしろしっとりしている。

 

ボンプの尻尾を堪能するように撫で回したアキラは、イアスに触覚デバイスを装備することを真剣に検討し始めた。

より心地よい触感、クッションのような柔らかさを与える機能を内蔵するのはどうだろう。最近のホロウはなにかとトラブルに絶えないので、衝撃吸収能力の向上が見込めるのならば万々歳だ。

 

イアスは嫌がりそうだけど、グレースに相談しようか。

そんなことを考えるアキラの指先が、ボンプの尻尾の三日月、そのエッジをなぞった瞬間のこと。

 

「…………ッッッ!!」

 

ダンッ!

 

大きな音は、エレンの尻尾が椅子を叩いた音。

迫る影は、大股に踏み出したエレンが近寄ってくる姿。

頬を打つ風は、かつてないほどにうねるエレンの尻尾が生み出したもの。

 

「…………エレン?」

 

かくして、ガブットボンプはアキラの膝から強奪された。

 

「なんか、ムズムズするから……!」

 

人心掌握に優れるアキラは、エレンの頬に僅かな赤みが差していることに気がついた。しかしながら、その理由には思い至らなかった。

 

 

エレンは、何も言わなかった。

しかしなぜだか、体で尻尾を隠すように、かつてないぐらい綺麗な姿勢で座っていた。

 

 

 

「ン、ンナ(……目覚めた!)」

 

 

 

 




ンナンナ(他(ボンプ)とはいえ自分のソレによく似た尻尾を好き放題触る姿を間近で見せられて我慢出来なかったらしいよ)
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