予報しよう。今日の天気は俺次第   作:報予気天

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一報

 雨が降る。潤す様に、染み込むように。優しく、激しく。

 

 ()()()()()()

 

 雨は、移動していた。

 澄み渡るようなからりとした青空に突如として浮かぶ十メートル程の大きさの黒い雲。その雲から、まるで壊れた蛇口の様に雨が砂漠へと降り注いでいるのだ。

 雲はゆっくりとした速度だが、確かに移動していた。だがそれは、風による影響ではない。

 

「…………」

 

 雨に打たれながら砂漠を歩く一人の少年。その少年を追従するようにして、黒い雲は空を進んでいた。

 濡れ鼠となった彼の印象的な部分といえば、その髪色。

 まるで燃え尽きた灰の様に真っ白でありながら、その毛先は赤みがかっている。顔色は、死人のように青白く、その瞳には生気がまるで感じられない。

 紺色のスラックスに、水を多分に含んだローファー。白いシャツは雨によって肌に吸い付き、腰に巻かれた深緑の腰布も雨を吸ってその色を更に深く、暗くしていた。

 

 少年は、当ても無く歩いていた。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もっと言うならば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 分かっているのは、この砂漠で立ち止まっていれば干乾びて死ぬという事。

 そして、今も現在進行形で行使している()()()()()()使()()()()()

 

 先行きの見えない旅路ほど精神的に追い詰められる事は無い。

 ただ、今回は少年へと幸運の女神が微笑んだ。

 濡れた砂の道を刻みながら進む彼の行く先に、人工物が視認できたのだ。

 それは、街だった。砂に呑まれて荒廃したゴーストタウン。

 特別何か検問のようなモノも無く、少年は街へと足を踏み入れた。同時に、()()()()()()()()()()()()代わりに雲を日傘代わりに頭の上に滞留させる。

 滴る水滴が砂に覆われたアスファルトを湿らせ、気温に蒸発する水分が少年に溜まろうとする熱を程よく散らしてくれた。

 人の営みの痕跡を感じられるゴーストタウン。だが、少年にしてみれば彷徨う現場が砂漠から廃墟群へと変わっただけ。彼のおかれた状況は一欠けらも好転していない。

 歩いて、歩いて、歩いて。

 不意に少年の嗅覚がとあるニオイを嗅ぎ取った。

 現状、何の指標もない彼にとってそれは天から垂らされた蜘蛛の糸。

 誘蛾灯に惹かれる羽虫の様に、濡れ鼠の足はそのニオイの元へと向かっていた。

 どれ程歩いただろうか、不意に彼の視界の先に建物が現れた。

 生気の無いゴーストタウンの廃屋たちとは違う、実際に人の住む気配のある建物。入り口から逸れた建物側面に取り付けられた排気口からは白い煙が上がり、コレがニオイの元らしい。

 飲食店なのだろうか。暖簾なども出ていない為に、彼には判別がつかない。

 ボーっと、彼は店先であろう建物の入り口を見つめていた。

 そんな少年の意識を引き戻したのは、その入り口の引き戸が動いたから。

 開かれた引き戸。そこから現れたのは、作務衣姿の二足歩行の柴犬だ。小脇には、店の暖簾であろうものが挟まれていた。

 同時に、店を出た柴犬も店の前に立つ少年へと気が付く。

 

「おん?何だい、坊主。お客かい?ちょうど、今から開店だぜ?」

「…………」

「お、おい、聞いてるか?」

「…………」

 

 声を掛けても反応なし。

 不審に思い、暖簾を掛けてから柴大将は立ち尽くす少年へと歩み寄った。

 

「坊主?」

「…………は……」

「ん?何だって?」

「ここは……どこだ…?」

 

 厄介事の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐によって荒廃したアビドス自治区。

 多くの住人がその土地を離れて、残るは極々僅か。

 その僅かに残った住人の一人、紫関ラーメンの大将は思わぬ()()()に少々頭を悩ませていた。

 真っ白な、しかし毛先だけが赤い白髪。生気のない淀んだ瞳。格好にしても、制服の様で制服ではない。

 何より、その少年には記憶が存在しなかった。

 自分が何者なのか、ここは何処なのか、何処へ向かうべきなのか。そもそも自分の名前すらも彼の記憶には存在せず、まるで消しゴムでも掛けられたかのように真っ白。

 手がかりの一つもなく、霧や靄の様にある時パッと風が吹いて視界が晴れるように記憶が戻るような気配もない。

 当然、そんな少年が金銭を持っている筈もない。そして、金銭を持っていないければ商人としては相手をする道理はない訳で。

 一瞬そんな思考が過り、柴大将は少年を見やった。

 砂漠の側という事もあって雨も少ないアビドス。ここ最近も雨が降っていなかった。

 にも拘らず、当人は濡れ鼠。靴の中までぐっしょりと濡れていた。

 だが、今はどうだろうか。カウンター席に座らされた彼は、サッパリと乾いている。水気の欠片も感じられない。

 奇妙な能力。そして消失した記憶。厄介の塊が人型になって服を着て歩いている様な役満っぷり。

 その上で、柴大将は少年を見捨てられない。

 元より、こんな場所(砂漠に隣接したゴーストタウン)で店を続けているラーメン屋の店主なのだ。行く当てがないであろう子供を放りだせるような性根をしていない。

 

「うーむ……坊主。あー、名前も分からないんだよな」

「……」

「聞いちゃなんだが、何かしら呼ばれてた、みたいな事も無いのか?」

 

 柴大将にそう言われ、少年は真っ新な自分の記憶へと意識を向ける。

 ただ、彼にあるとすればそれは――――

 

「――――ウェザー・リポート」

ウェザー・リポート(天気予報)?そいつはいったい何の呼び名だ?」

「俺の、力だ。そう呼ばれていた……気がする」

「成程な……ウェザー、か」

 

 煙管を咥えて、柴大将は前足を組んだ。

 安直に、そのまま名前として呼ぼうとは思わなかった。流石にそれは憚られたからだ。

 かといって、田中太郎とかつける訳にはいかない。

 首をひねって考え込み、頭の中の言語辞書をひっくり返して、ふと大将に天啓来る。

 

「……天木(あまき)

「?」

天木(あまき)タクスってのはどうだ?苗字の方は、そのまま天気を当て字で読み方をちっと変えたもんだ。タクスってのは、この辺りの言葉で天気を意味する。どうだ?」

「天木……タクス……」

 

 少年は新たな名を舌の上で転がすように呟いた。

 良し悪しの判別は出来ないが、それでも呼び名があるのならその方が良いのは確か。

 

 かくして、名無しの少年は新たな名を得て、天木タクスとそう名乗る事になる。

 天候を操る奇妙な彼の無くしたもの(記憶)を探す旅路の始まりだった。

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