予報しよう。今日の天気は俺次第   作:報予気天

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四報

 砂が荒ぶっている。しかし、その暴風に巻かれた砂粒はその一粒たりとも一定の範囲から外へと飛び出す事も無く、まるで動物園のガラス越しに見る猛獣の様だ。

 

「嘘…………」

 

 唖然と呟いたのは、セリカだった。常の勝気な態度もどこへやら、ポカンと口を開けて目の前で起きている光景に釘付け。

 彼女だけではない。アビドス高等学校に所属するセリカ含めた五人全員が、その光景を前に目を見開いていた。

 場所は校庭。砂の積もったその場所で彼女らの前に立つのは、タクス。

 彼はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、ジッと目の前の光景を眺めていた。

 

 ホシノの提案で始まった、タクスの清掃の再現。

 そこで彼女らが目にしたのは、()()()()()だった。

 

『ウェザー・リポート』

 

 彼のその呟きと共に現れた、彼の斜め後方に寄り添うようにして宙に佇む空色の人型。

 変化は、劇的。微風だった筈の風が、一気に勢いを増して吹き荒れ。その風に巻かれて砂が空へと舞いあがる。

 舞い上がった砂は、これまた奇妙な動きを見せた。

 タクスの見る斜め上空、十五メートル程の高さにて砂は直径数メートルはあろうかという表面が流動する球状へと纏まっていくのだから。

 纏まる砂の塊。その周囲を包み込むようにして流れるのは風の繭。

 轟々と荒れ狂う音が鼓膜を叩く。それは、鉄火場の音が日常の一つになっているこの街であっても耳を塞ぎたくなるほどの騒音。

 それは唐突に、砂と風の繭を包み込んだ雲の海によって小さくなった。

 雲の包みは一定の速さで動きながら、徐々にその直径を狭めていく。

 一メートル程だろうか。元の大きさからそこまで縮んだ所で、雲の包みはグラウンドへとゆっくりと降りてきた。

 

「こんな所か」

 

 雲の包みが解れ、差し出されたタクスの右手の平の上には、砂を包み込んだ氷の塊が鎮座していた。

 その氷の塊を手に、彼は唖然とする少女たちへと振り返った。

 

「コレが、俺の能力だ」

 

 淡々と、まるで自分の名前でも述べるかのように抑揚のない声。

 事実、天木タクスにとって自身の力(ウェザー・リポート)を使用する事は呼吸をするように容易くそして当たり前の事だったから。

 この異常事態を前に、最初に現実へと戻ってきたのは先にその光景を目撃していたシロコ。

 

「ん、凄かった」

「そうか」

「他にも何かできる?」

「ウェザー・リポートは、天候を操る。その範疇なら、俺の領分だ」

「天候……?」

 

 二人の会話の最中、その単語に反応したのはホシノだった。

 スッと、そのオッドアイが細められる。

 

「それってつまり、砂嵐も起こせるって事かなぁ?」

 

 その口調はいつも通りでありながら、同時にその芯に硬さを乗せたもの。

 嘘偽り、ごまかしは許さない。茶化す事もはぐらかす事も許さない。もし仮に何れかをしてしまえば、小鳥遊ホシノは永久の心の壁を持って拒絶する事だろう。

 果たして、

 

「ああ」

 

 タクスはアッサリと頷いた。

 

「それが天候であるのなら、可能だ」

「…………ふーん?隠したりしないんだ」

「?隠す必要があるのか。出来る事は、出来る。やった事は、やった。事実がそこにあるだけだろう」

 

 淡々としている。事実として、タクスにとってそれらは隠す事でも偽る事でもないからだ。

 例えソレが、砂嵐に呑まれて廃墟と化したアビドス自治区であったとしても。

 

「……それじゃあ、あの砂嵐は――――」

「生憎と、俺じゃあない。だが、どう言ってもお前たちが信じる事は無いんじゃないか?」

「その心は?」

「お前たちに、受け入れる為の余地がない事。そして、俺がどれだけ言葉を連ねても悪魔の証明にしかならないから」

 

 ポリッ、とタクスの左手が彼の右顎骨辺りを掻く。

 

「俺には、俺という存在を説明するための記憶が存在しない」

「え……なら、さっき名乗った名前は何なのよ」

「柴関の大将に貰ったものだ。どこの誰かも分からない相手の弁明を聞いて、お前たちは信じられると思うか?俺は、思わない」

 

 因みに、砂嵐の可能性に関してはタクス自身思い至っていなかったりする。そもそも、彼にしてみれば街を砂で埋める事に何の益も無いのだから。

 同時に、彼の言葉を受けて対策委員会の面々は選択を迫られる。

 

「どうしましょうか……」

 

 顔つき合わせて口火を切ったのは、ノノミ。

 彼女の言葉は、この場の総意でもある。

 明らかな厄ネタであるが、同時に天木タクスという少年、もっと言うならその能力は正直喉から手が出る程度には彼女らにとって有益だった。

 

「ん、悪い人じゃない。本気で悪意が有ったら、自治区ももっと砂まみれだろうし」

「それに、どうしてアビドスに来たのかも分かりませんし…………」

 

 擁護する立場なのは、シロコとアヤネ。前者は直観的に、後者はその性根的に。

 

「私は……分かんない。正直、怖い……と思う。銃とは違うし、天候?を操るってもっと色んな事が出来るって事でしょ?」

「私も、保留ですねぇ。為人が分かりませんし……シロコちゃんの言うように、悪い人ではないとは思うんですけど……」

 

 セリカとノノミは保留を選択。ただこれは、どちらかというと擁護側の保留だ。あくまでも、相手を知ろうとするスタンスを崩していない。

 そして、最後の一人。

 

「…………」

 

 スッと目を細めるホシノは、集まりを離れると一人タスクの正面に立った。

 

「天木君」

「なんだ」

「君はどぉして、アビドスに?」

「気付いたら、砂漠のど真ん中に居たからだ」

「ど真ん中?」

「動かなければ、早晩死んでいた。別段生きていく理由も無かったが、死ぬ理由も無かったからな。足の動くままに歩いてここまでやって来ただけだ」

 

 生物は皆、本能的に生きる事を望む。これは、当たり前の事だ。

 天木タクスもまた、その例に漏れない。生き続ける理由も何も無いのだが、その一方で肉体は生存を臨んだ。死を恐れた。

 だからこそ、歩いて、歩いて、歩き続けて、ここ(アビドス自治区)に居る。

 もっとも、

 

「出て行けというなら、大人しくそうしよう」

「行く当てがあるの?」

「無い。さっきも言ったが、俺には俺に関する記憶が無いからだ。だが、だからといって疎まれる場所に長居する気は無い。生きていくにはどこだろうと、特段問題は無いからな」

 

 今までの生存に金銭を用いていないのなら、場所は何処だろうと問題ではないのだが。

 困ってしまうのは、ホシノの方だ。

 

(もっと恩着せがましく、太々しくいてくれたら()の対応もしやすいんだけどねぇ……)

 

 内心でそう考える。

 天木タクスは、その能力を示すだけで様々な組織に優遇されるだけの物を持っているだろう。

 だが、当人がそれをしない。現状を良しとしている訳ではないのかもしれないが、向上心も功名心も欠片も無く現状維持を良しとしている。

 考えれば考えるほどに、ドツボにはまる感覚。ホシノは頭を掻いた。

 

「うーん……それじゃあ、天木君」

「なんだ」

「君、アビドスに編入しちゃう?」

「それは無理だろう」

「無理?」

「ああ。高等学校というのは、十五歳以上十八歳以下の年齢の子供が入学する場所だろう?例外はあるようだが、俺は自分の年齢が分からない。書類を作る事も出来ないだろう」

「うーん、そんなに年が離れてるようには見えないけどねぇ……それじゃあ、用務員は?お給料はあんまり出せないけど」

「金は必要ない。屋根と壁があればいい」

「無欲だねぇ……」

 

 ため息と共に、ホシノの方から力が抜けた。身構えるだけ、無駄という事だ。

 ついでに思い浮かんだ疑問が彼女の口をついて漏れ出てくる。

 

「それじゃあ、天木君はどうやって生活してきたの?」

「ファフロツキーズだ」

「ふぁ……何?」

「聞いた事があるだろう?空からある筈の無いものが降ってくるという現象を。これを利用したものだ」

「……ホント、何でもありだねぇ」

 

 人知の及ばない存在。

 この日、天候を支配する男がアビドスの用務員に就任する事になる。

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