転生したら怪人だったので、見込みのある魔法少女を片っ端から悪堕ちさせる。 作:悪堕ちが性癖の一般成人男性
ポツポツと雨が降っている。
煌々と輝く朝日は、灰色の雲が覆い隠す。
その光景を見て、何となく不吉に感じた。
……私は今、怪人が運転する車に乗っている。
悪の組織の『在り方』とやらを知るために。
「……何処へ向かっているの?」
「ククク……着いてからのお楽しみだが、テーマパークとは正反対の場所だと言っておくぜェ」
運転席に座ってハンドルを操作する怪人は、意味ありげに口元を歪める。
どうやら、目的地を教える気は毛頭ないらしい。
それにしても、テーマパークと正反対の場所か。
ロクでもない所なのは、容易に推測できる。
ビル群が立ち並ぶ都内からどんどん離れて、人の気配がしない郊外の土地へ。
変わり映えのしない景色を見ながら、到着するのを待っていると……不意に車が止まった。
「着いたぜ。事前に渡したカード、忘れずに持ってきたよな? 身バレ防止のために仮面もつけろよ」
「うん、分かってる」
「よし、なら良いんだ。ちょっとだけ待っててな……『擬態』」
怪人は顔に手を当てて、能力を発動させる。
次の瞬間、彼の容姿は……瞬く間に一変した。
浅黒い肌の筋骨隆々な男から、血色の悪い長身痩躯なギョロ目の男性に変化したのだ。
衝撃のビフォーアフターを目の前にした私は、思わず言葉を失ってしまう。
「驚いただろう? これこそが、俺の数ある能力が一つ『擬態』だ。顔と名前を知っている相手の姿に変化できる、便利な能力なんだぜェ」
「数あるって事は……他にもあるんだ」
「ああ、あるぜ。今はまだ数少ないが……これからどんどん増やしていくつもりだ」
「魔法少女の魔法も怪人の能力も、1人1つな筈なのにどうやって増やすの?」
「ククク……裏ワザがあるんだよ、裏ワザが。本当はここで裏ワザについてぺちゃくちゃ喋りたい所だが、時間は有限だ。そろそろ、目的地に向かうぞ」
強引に話を切り上げた怪人は降車する。
彼の後に続くように車を降りると……やけに古びた外観の洋館が視界に写った。
ホラー映画にでも出てきそうな印象を受ける建物には、生活感がまるでない。
だだっ広い庭は全く手入れされておらず、草木は生え放題でおり。
その割には、駐車場に数多くの高級車が立ち並んでいるのもあって、不気味でならなかった。
この場所は人が住むために用意されたものではなく、何らかの催しのために用意された物だと。
無意識に、そう感じたのだ。
「会員証の提示を」
洋館の入り口の前に立つ、サングラスをかけた黒服の男が淡々とそう告げる。
私と怪人がカードを差し出すと、彼は無言で受け取り、しげしげと眺め始めた。
無愛想な言動に、威圧感溢れる佇まい。
客人を招くというよりも、異分子を排除する事を目的としている態度。
……やはり、普通ではない。
わざわざ守衛を入り口に配置して、会員証を持たない招かれざる客を跳ね除ける。
そこまでして、一般の人には存在を隠したい物が、ここにはある。
選ばれた悪人しかお目にかかれない「何か」が、この場所には眠っていると確信した。
「正規の会員である事を確認いたしました。いつもすみませんね、田中様」
「いえ、気にする必要はないですよ。貴方は己の役目を全うしているだけなのですから」
すぐ隣から、甲高い声が聞こえる。
当然ながら、声の主は姿を変えている怪人。
恐らく、変化元の人を演じているのだろうが……常日頃からチンピラみたいな話し方をしている彼が、慣れない敬語を使う様はちょっと面白い。
「ところで、そちらの少女は?」
「フフフ。口にせずとも分かるでしょう? 彼女は最近手に入れた私の所有物ですよ。ここに連れてきたのは、趣味の一環です」
「くく……なるほど。やはり、貴方様は良い趣味をお持ちのようで」
所有物とは、どういう事なのだろうか。
今すぐ問いただしたいが、口は開けない。
元とはいえ、魔法少女が潜入している事が露呈したら、大騒ぎになる事は容易に予想できる。
仮面をつけて顔を隠してはいるが、声から身バレしてしまう恐れがあるので、周りに人がいる状態で話す事を禁じられているのだ。
「改めて、引き留めてしまい申し訳ありませんでした。ごゆっくりとお楽しみください」
黒服がゆっくりと洋館の扉を開ける。
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、異常に煌びやかな内装、過度に豪華な装飾、悪趣味な絵画。
最後に……檻に囚われている多種多様な人間。
「……っ!」
「落ち着きなさい」
咄嗟に声を上げようとした私を、怪人が制する。
周囲を見ると、身なりのよい男性や女性が訝しむような視線をこちらに向けていた。
招かれざる客が現れたのではないか。
……とでも言いたげに。
「同じような境遇の人間を見て、気持ちが昂るのは自然ではありますが……所詮、貴方は私の道具。そこに立ち並ぶ方々のように物でしかないのですから、人様に迷惑をかけてはいけません」
怪人はわざとらしく大声で話すのと同時に、侮蔑するような視線を私に向ける。
そうすると、人々はクスクスと笑い出した。
まるで、私を嘲笑するように。
……なるほど。
恐らく、ここは秘密裏に人身売買が行われている会場なのだろう。
売買される人には人権が存在せず、あくまで物として売り捌かれる。
謂わば、現代の奴隷市場。
牢に閉じ込められている人の目には生気が宿っておらず、全てを諦めたかのように脱力している。
これまで、どんな仕打ちを受けたのだろうか。
その事を考えると、胸が痛んで仕方がない。
まさか、現代にこのような施設が存在するだなんて、想像すらしていなかった。
「……悪ぃな。道具だの何だの言っちまってよ」
「謝る必要はない。寧ろ、庇ってくれてありがとう」
細心の注意を払って、小声で会話する。
怪人が機転を利かせたお陰で事なきを得た私達は、ひたすらに奥へと進んでいった。
その道中で販売されている人達を見てみると、比較的若い年代の人ばかり。
20代程度の男性から、幼稚園児の少女まで。
レパートリーは極めて豊富であり、尚且つ牢に閉じ込められている人達の数も非常に多かった。
「一体、どうやってこんなに多くの人間を……」
「その疑問の答えは至極簡単。怪人共が、せっせこせっせこ人間を集めてんだよ」
再度、納得する。
今まで戦った怪人の中には、民間人を連れ攫おうとする個体が何体かいた。
その目的が人身売買の商品確保であるのならば、辻褄が合う。
知能の高い怪人が人々を誘拐して、商品として売り捌いている点も理解できた。
「悪趣味な怪人共が結成した悪の組織の後ろ盾になってるのは、俺が今成り変わってるギョロ目の人のような……いろんな方面で顔が利く大金持ち。大っぴらに奴隷を連れ歩くような馬鹿な真似をしない限り、世間に露呈する事はねーだろうなァ」
薄々察してはいたものの、それでも言葉を失ってしまう。
これまでの道中で、テレビに出るほどの著名人らしき人物が何人かいた。
怪人の発言が事実なのであれば、彼らも悪の組織のスポンサーであるということになる。
金を持て余した人間が支援をして、その金を利用して怪人が犯罪を行う。
その見返りとして、怪人は連れ去ってきた人間を支援者へと販売する。
あまりにも最低なウィンウィンの関係。
悪意ある民間人が、無垢な民間人を地獄に陥れる手伝いをしている。
その事実が、私の心に深く突き刺さった。
形容し難い負の感情が、どんどん溢れ出てくるのを感じる。
これは、シオウ先輩を殴った時と……生まれて初めて殺意を抱いた時と酷似した感覚であった。
「因みに、俺の目的はここで売買されているターゲットの確保だ。もうちょっと奥に進めば、ご対面出来るだろうなァ」
「……奥?」
「VIP会員しか入れない特別な場所があるんだよ。ギョロ目男に変化したのも、そのためって訳」
廊下を進めば進むほど、牢屋の中の人のビジュアルのレベルが上がっていき、値段も高くなり。
顧客の奴らは下卑た視線を向け、品定めをするかのようにジロジロ見つめる。
その光景を見ていると、不快でならない。
何の罪もない人間を購入し、物のように扱う真似は到底許されるような行いではない。
その上、莫大な金銭を怪人に渡し、犯罪行為の助長も行っているのだから救いようがない。
とことん自分の欲求に従う彼らは……普段、どんな生活をしているのだろうか。
仮に、素知らぬ顔で日常生活を送っているとしたら、絶対に許せない。
出来るなら、私の手で殺してやりたい……と、考えたところで即座に思考を中断する。
一体、私は何を考えていたのだろうか。
どのような相手であっても人間を殺すのは、決して踏み越えてはならない一線だ。
悪に身を堕としても、それは変わらず。
確かに、私はシオウ先輩に復讐するつもりではあるが、命までは奪わない。
仮令、悪人だとしても更生の余地は与えられるべきというのが、あるべき正義の形。
私の父親ならば、そう言うに違いないから。
だけど、ここにいる奴らは、罪を悔やんで更生する殊勝な人間であるのだろうか。
怪人と手を組むような根っからの悪人に、慈悲を与えるべきなのだろうか。
逆に、許されてしまうからこそ、犯罪を犯す人間もいるのではないだろうか。
だとするならば……やはり、大罪を犯した悪人はすべからく殺すべきなのではないか。
そんな考えが、頭からこびりついて離れなかった。
「ほら、着いたぞ。ここがVIPルームだ」
黄金に輝く気味の悪い扉を開き、VIPルームへと足を踏み入れる。
中は、想定よりも広い。
観客席とステージが備え付けられており、壇上には風呂敷が被せられた物体が鎮座している。
そうして、数少ない観客は、目玉商品のお披露目とやらを心待ちにしていた。
「お待たせ致しました、VIP会員の皆様! 次はいよいよ今回の目玉商品の登場です!」
司会を務める男が風呂敷を剥がすのと同時に、壇上にスポットライトが当たる。
檻の中に入っていたのは、フリルのついた派手な衣服を身に纏っている端正な顔立ちの女の子。
紛う事なき、魔法少女であったのだ。
「あの子が、例のターゲット?」
「ああ。どんな手を使ってでも確保しろ……とのお達しだ」
「なら、私はそれを手伝えばいい?」
「いーや、手伝う必要はないね。俺一人で十分だ。お前は、自分がやりたい事をやれ」
怪人は口元を歪めて、笑みを浮かべる。
この笑顔は出会った時と全く同じ。
私に何かを期待するような気持ちが滲み出ている、悪趣味な笑みだった。
「見てください、彼女の美貌を! 魔法少女は不老の存在。この美しさが衰える事は未来永劫ありません! それでは、1000万からスタートです!」
「うおおおお!! 1200万!」
「1500!!!」
オークションがスタートするが、そんな事はどうでも良かった。
……自分がやりたい事をやれ、とはどういう事なのだろう?
そんな疑問が、ぐるぐると頭の中で回る。
けれど、一向に答えは出ない。
魔法少女を前にして興奮する観客によって、私達の会話の声は掻き消される。
なので、気兼ねなくぶつける事にした。
「意味が分からない。私を連れて来たのはターゲットの捕獲に協力させるためでしょう」
「そんな事、一言も言ってねぇよ。俺はあくまで『在り方』を教えてやると言っただけだ」
「それなら、在り方とやらを教えて欲しい」
「ククク。決まっているだろう。俺達、悪の組織の在り方は……自由だ。法にも仲間にも魔法少女にだって縛られない、本物の自由なんだよ」
「…………」
「だから、俺は総統の指示に従う。けども、お前は従わなくたっていい。さっさと帰ってもいいし、奴隷を購入したっていい。或いは……ここにいる連中をぶっ倒しちまってもいいんだぜェ」
ギョロリとした目玉が、私を捉えて離さない。
思考を読み取られたかのような発言を耳にして、心臓が早鐘を打ち始める。
……怪人はお馬鹿だ。
変態疑惑があって、厨二病で。
それでも、時折、私の中の核心をつく言葉を投げかけてくる。
心の奥底で秘めている欲望を、的確に言い当ててくるのだ。
「お前は悪の道を歩むことを決めたんだろ? なら、今までの常識や倫理なんぞに縛られるな。やりたい事をやり、成し遂げたい目標のためだけに生きろ。そして、自分に嘘だけはつくな。俺が言いたいのはそれだけ……じゃあ、仕事に行ってくるわ」
すくっと立ち上がった怪人は、ひらひらと手を振りながらVIPルームを後にする。
当惑する私に、反論する機会すら与えず。
「私に何をさせたいの、あいつは……」
自問自答するように、そう呟く。
しかし、答えは分かりきっていた。
私は……殺したい。
悪逆非道な怪人も、彼らに手を貸す極悪人も。
奴らが存在するせいで、苦しむ人々がいるのなら、皆殺しにする他ない。
これが、常識と倫理を引っ剥がした答え。
嘘偽りない本音だったのだ。
父親の思いもカナミ先輩も、悪の組織に加入した時点で裏切っている。
だが、そのお陰で魔法少女だった時には知り得ない、この世界の裏側を知ることが出来た。
故に、後悔していない。
私は、もう純然たる正義ではないけれど、悪に堕ちた者でしか成し得ない断罪も存在する。
魔法少女のように、対症療法ではダメだ。
この世界から悪を取り除くためには、今よりもっと悪を知り、根本から根絶やしにする必要がある。
そして、それは、悪人にしか出来ない事。
魔法少女であることを捨て、何者にも縛られない自由を獲得した私にしか、成し得ない。
……正義の裁きに違いないのだ。
どこを見ても赤、赤、赤。
臓物と血飛沫が飛び散り、歩みを進めるたびにぐちゃぐちゃと音が鳴る。
任務を果たした俺が見たのは、並のスプラッター映画を遥かに超越した……凄惨な光景。
そこら中が真っ赤に染まったステージの上で、ぼーっと上を見ていたのは一人の少女。
悪の組織の新人である宇井森燕であった。
……どうして、こうなった?
確かに、俺は彼女を焚き付けた。
多少の荒事は想定して、ここまで連れてきたし、ペラペラと様々な事を喋ったさ。
戦闘が発生しても敗北しないよう、比較的雑魚が集まる悪の組織の根城に連れてった。
だけど、ここまでやるとは思わなかったんだ。
奴隷市場を開催した悪の組織の怪人も、この館を訪れた悪趣味な奴らも、揃いも揃って皆殺し。
一人も逃さずにチミドロフィーバー。
……俺はなんていうか、奴隷となった人を救うために戦うだとか、そういう展開を予想していた。
人一倍「正義」とやらを重んじていた彼女が、虐殺を行うだなんて思わなかったんだよ!
「おかえりなさい、怪人さん」
「た、た、ただいまァ……?」
普段クールな新人ちゃんとは思えないくらいには、屈託のない笑顔。
とてもキュートではあるが、血に塗られているので物騒でしかない。
この世界にやってきて1年未満ながら、数多くの修羅場を潜ってきた俺でさえも動揺を隠せねぇ。
ビビり散らかして、噛んでしまう。
「例のターゲットの確保は済んだの?」
「うううう、うん。まぁ、終わったぞ」
「そうなんだ。私もやりたい事が出来たから、とても嬉しい。全部全部、殺せたよ。上手に結界が張れたから、悪人を1人も逃さなかったんだ……ねぇ、凄い?」
「す、すごい! すごい、すごい、すごい!」
「ふふふ……嬉しいな」
クスクスと笑みを浮かべる新人ちゃん。
この場面でいうのも何だが、表情に色気があって、ちょっとえっちだ。
もちろん、絶対に口にはしないが。
「私、分かったんだ。自分のやるべき事が。他の誰でもない怪人さんのお陰で」
「そ、そうなのォ……?」
「うん。私はね……この世界に蔓延る悪人を一人残らず殲滅する。その過程で邪魔する者も悉く排除する。例え、心優しい魔法少女であっても、悪人とは程遠い善人であっても」
まるで、別人のようだった。
無表情だった顔には豊かな感情が現れ、ハイライトの無い瞳にはキラキラとした光が宿る。
その様子は、純粋無垢な幼子のようで。
思わず……目を奪われてしまう。
「私はきっと……沢山の人を害し続けた果てに、正義を掲げる魔法少女に討ち取られる。そうして、間違いなく地獄に落ちる。でも、それでいいんだ。ありとあらゆる悪を皆殺しにして、一番最後に残った悪人である私が死ぬのが、あるべき姿だから」
楽しげに理想を語る新人ちゃんは、美しい。
これ以上、美しい存在がこの世界には居ないと思えるほどに。
歪みきった正義を掲げ、瞳には狂気が潜んでいる彼女は……俺の理想そのもの。
純粋無垢だった俺の性癖を捻じ曲げてしまった「悪堕ち」という概念を体現した姿であったのだ。
心なしか、後光が差しているようにも見える。
感動に打ち震えて、上手く言葉が出ない。
「そっか。成ったんだな、お前は……」
「……成ったって、どういう事?」
「ククク……気にすんな、こっちの話さ」
俺の願いは、今この瞬間に実現した。
……だからこそ、決意する。
絶対に、俺は新人ちゃんを裏切ったりしない。
文字通り、命尽き果てるまで彼女の理想に手を貸し続けると、心に決めたのだ。