姉妹百合(軽め)   作:蝉暮せせせ

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# 4

 

「成功したわ」

「マジ?」

「まじまじ」

 

 レミリアは胸を張ってパチュリーに言う。

 

「当初の目的とはちょっと変わっちゃったけど。紫に、家族愛と恋愛感情の境界を弄ってもらったの」

「……」

 

 家族愛と、恋愛感情の境界。

 パチュリーは反芻する。

 

「……それは、フランドールと」

「そう」

「……」

 

 さすがに喉が渇いて、パチュリーは紅茶に手を伸ばしつつ考える。

 なるほど。確かにレミィの望みを叶えるためには、より本質的なアプローチだ。

 レミィの望むところとしては妹との関係性の発展なのだから、結婚如何は問題ではない。

 いやもちろんフランドールとレミィの花嫁姿は見たいのだけど。

 

 にしても。

 フランドールの抱いている愛がそのまま恋愛感情になるということは。

 二人は恋人同士がするような行為にまで至ってしまうのだろうか。

 恋慕の先にある、性愛まで絡んでくるような。

 

 それも、よりによってあの狂気的な崇拝がすべて恋愛感情になると思うと。

 

 想像すると胸が少しどきどきしてしまう。

 いつも平然としているパチュリーだって、惚れた腫れたに興味がないわけではない。

 他者の関係性に多少なりとも興味があるからこそ姉妹の一挙一動に関心を持っているのだから。

 

「……期待していいのかしら?」

 

 妙に据わった目で尋ねてくるパチュリーの今まであまり見たことがない親友の様子に、レミリアは若干引く。

 

「え、ええ……期待って何を? ……もうちょっとしたら効いてくるらしいわ」

「……そういうものなの?」

「紫が言うにはそういうものらしいわ。少しずつ家族愛が恋愛感情へと変化していく。感情も一瞬で変化するわけじゃないでしょう。その感情が深いものであればあるほど、ね」

「そうかもしれないけど」

 

 とにかく、とレミリアはパチュリーが座る対面の椅子を引く。

 

「待ちましょうか、咲夜」

「ええ、待ちましょう」

 

 澄まし顔でレミリアの横に佇む咲夜と、小悪魔を呼びつけて本を持ってこさせるレミリア。

 二人をじっとりとした目つきで眺め。

 

(なんでここで待つのよ……)

 

 パチュリーは思うが口には出さない。

 

 パチュリーは本を捲り、レミリアは本で遊ぶ。

 小悪魔は蔵書の整理に精を出し、咲夜はレミリアの傍らで佇んでいる。

 長閑に時間は流れていく。

 いつもと同じように。

 

 最初に違和感を覚えたのは、やはりパチュリーだった。

 

 なんだか落ち着かない心地がする。

 妙に心を捉えて、離さないものがある。

 目前に親友が座っている。

 そのさまがどうにも気になって、顔を上げる。

 親友は退屈そうに、漫画をぺらぺらめくっていた。

 その頬は普段より少し紅く色づいているように見える。それはパチュリーの錯覚か、願望か。

 頬から視線を上げ、ペールブルーの流れる髪に縁取られた目鼻、そして幼気を色濃く残す柔らかそうな唇に至る。

 

 一度顔を上げてしまえば、視線を外すことはできない。

 

 辺りを、八雲の術特有の妖気が覆っているのがわかる。

 結界は作動し始めている。

 

 パチュリーは親友の顔を見ながらも焦燥に駆られる。

 

「……ねぇ、レミィ」

「……なあに?」

「八雲には、……家族愛と恋愛感情の境界を揺らがせるように頼んだのよね」

「ええ」

「間違いない?」

「間違いないわ」

「……謀られた、ということはないかしら」

 

 パチュリーが最初に思い浮かんだのは、親友の依頼にかこつけてなにやら違う謎の術式を掛けられたのではないか、ということだった。

 もちろん八雲にはそうする理由はない。むしろ幻想郷の均衡を保つのが役目のひとつである以上、可能性はどの勢力よりも低い。

 しかし、可能性として捨て置けるわけではない。

 

「……紫には、あの話を口実として私たちになにかを仕掛ける理由はないはずだけど……」

 

 自分が思い当たったことを親友にも返される。

 

「でもおかしいのよ」

 

 パチュリーは胸騒ぎを抱えつつ、妖力の流れを基にどのような術が掛けられているのかを判断しようとする。

 西洋魔法の範疇ではない、まだ解析魔法を使っているわけではないから推察にしかならないが、流れのパターンや以前八雲と手合わせした時の肌感などから、いわゆる「境界」を操る術の可能性が高いと考える。

 であれば、親友の言った通りの術であるはずだが。

 

「だって……この術は、私にも作用している」

 

 焦りとともに呟く。

 まさか、そんなことはないと思いたいが。

 

(……家族愛って)

 

 血縁関係になくてもいいのか?

 

 八雲の境界操作術はおそらく、親友の運命操作術と同じように、彼女にのみ理解可能なロジックで動いている可能性が高い。

 すなわち、この術が「家族愛」というものをどう定義しているのか、そこにどう作用しているのかを解明するのは困難を極めるだろう。それはそうだ。家族愛に限らず、愛など一万人がいれば一万通りの定義がある。

 愛などという、形ないものであるからして、家族であろうがなかろうが「家族愛を持っている」と定義してしまえば持っていることになる。

 それは自称だけでなく、他人から見てそうであれば、本当のところはどうであっても持っていることにされるだろう。

 

「……咲夜はどう?」

 

 澄まし顔をしている親友の従者に問う。

 

「私は先程からお嬢様を押し倒したくて仕方ありませんわ」

「早く言え」

 

 額を押さえて言う。

 

「ぱっパチュリー様!! 私も先程から昂ぶりが止まらなくなっていましてですね!!」

「あんたは自分の部屋で寝てなさい」

 

 その辺で作業していたはずの小悪魔が顔を出してきたので追い払う。

 

 とは言え。

 小悪魔の顔を見た瞬間に、心が掻き乱されそうになったのに気づいてしまった。

 それだけじゃない。

 

(咲夜の顔ですら、見ると胸が詰まりそうになる)

 

 あの咲夜だぞ? と思うけれど、どうにも胸がどきどきして、止まらなくなってしまう。

 

「咲夜。レミィ。端的に私の考察を言うわ。この術は『家族愛』であれば、血縁関係にあろうとなかろうと作用する」

 

 それを聞いた親友の様子は。

 

「ふぇ……?」

 

 目は切なげで、息は荒く。

 もじもじとくねる自らの身体を抱き、甘い胸の疼きを抑えようとする。

 誰がどう見ても、恋に翻弄される少女の姿でしかなかった。

 一般のそれと異なるのは、親友はこの場にいるすべてに恋をしているということだったが。

 

 まずい。

 

「咲夜」

「ええ」

 

 さしもの咲夜もわずかに汗を浮かべて応える。

 

「パチュリー様を見てすらドキドキしてしまうので、これは最悪の術を掛けられてしまいましたね」

「おい。おい」

「冗談はさておきお嬢様です。パチュリー様のお考えが正しければ、お嬢様の負担がもっとも大きいことは自明です」

 

 立ち上がり、親友の顔を覗き込む。

 

「レミィ」

 

 見るだけで、親友のすべてが欲しくなる。

 長い睫毛。小さく艷やかに光る唇。幼い童女の愛らしさと、500年を生きた異形の美しさを併せ持つ。

 その見目麗しさに心を奪われる。

 普段からまじまじと見れば見惚れてしまいそうだというのに、その美しさに絡め取られてしまう。

 吸血鬼だというのに肉付きよく、白くも紅さす肌が今は火照り、強く紅さを帯びている。

 そのすべてを自分のものにしたいという欲望が、時を経るにつれ強くなっていく。

 

 それをなんとか押し留める。

 息を荒げつつ親友に声をかける。

 

「レミィ!」

「これ……だめぇ……♡」

 

 目をとろんとさせて、か細い声で助けを乞う。

 そのさまは誰が見ても扇情的だった。

 どこを見ても、誰を見ても胸を高まりは強くなるばかりで、感情の逃げ場がない。

 本格的にまずい。

 

「小悪魔。居る?」

「はい」

「さっきも言ったけど今はこっちに来ないで。とにかく接触すると悪化する。私が呼んだらすぐに駆けつけられるように待機しておいて」

 

 息も絶え絶えに、本棚の近くにいるであろう従者に言い伝える。

 従者は先程とは打って変わって至極冷静な声色で言葉を返した。

 それはパチュリーが彼女を信頼している所以だった。

 今この場で信頼というものが必ずしも良い方向に働くとは限らないが。

 

「咲夜」

「……どうしたら」

 

 咲夜のほうを見た途端、この娘は事態を解決するに適していないとパチュリーは悟った。

 咲夜は恋愛感情というものを抱いたことがない。レミィが傍にいて大切に育て上げた箱入り娘なのだから当然だ。

 然して彼女は今、感じたことのない感情に戸惑い、振り回されている。

 解決できるのは私しかいない。

 

 そこまで考えて、パチュリーの思考は不意に途切れた。

 目の前に親友の顔がある。

 近い。

 そのルビーレッドのつぶらな瞳に映る自分まで、はっきりと見える。

 衣服から仄かに優美なグラースローズの香りが立ち昇り。

 洗い髪の匂いがして。

 やがて親友の肢体の、バニラオイルの海に血を垂らしたような甘ったるく蠱惑的な匂いに至る。

 その柔らかさに抱きすくめられ。

 パチュリーは椅子ごと後ろに転倒した。

 

「ぱちぇ……♡」

 

 親友がよもやテーブルを飛び越え、抱きついてくるとは。

 それを認識したのは、後ろにひっくり返って一瞬目を回してからだった。

 

「お、お嬢様……!」

 

 狼狽える咲夜。パチュリーはレミリアの瞳を覗き込み、驚愕の声を上げる。

 

「レ、レミィの……レミィの瞳孔にハートが出かかっている……!」

 

 レミリアのその瞳にしっかとハートが浮かび上がる。

 

「な、なんてこと……お嬢様、目がハートに……!」

「これは妖の者のみが持つ特性……! 何がとは言わないけれど情が発した時にその瞳孔にハートが浮かびあがる! レミィは今、理性を失う寸前でかなり危ない状態なのよ!」

「お嬢様!」

 

 レミリアに駆け寄ろうとした咲夜をパチュリーは荒い息で制す。

 

「待って咲夜、レミィのこんな姿を見たらますます抑えられなくなる……なるべくレミィのほうを見ないようにして……!」

「そ、そんな……」

 

 パチュリーの胸から顔を上げ、レミリアは切なげに声を漏らした。

 

「さ、さくやぁ……れみぃ、おかしいのぉ……からだがあつくって、みんなをみてるだけできゅぅぅんっ♡ ってなってぇ……ねぇ、だれかぁ……しずめてぇ……♡」

「わ、私、どうすれば……」

「咲夜……! 耳を塞いで! 目を瞑り耳を塞ぐの、それがこの姿のレミィに人間が抗う唯一の方法……!」

 

 パチュリーは息も絶え絶えに言う。

 どちらも限界とは言えど、人間より妖怪のほうが精神のキャパシティは圧倒的にある。レミリアはそれを以て有り余るほどの感情に倒れてしまったものの。

 優先すべきは咲夜の安全だ。

 

(私はまぁ、正直レミィとか咲夜よりは他人に対して無関心なはずだし……)

 

 思っててちょっと悲しくなるが、それはそれ、ポジティブ思考で僥倖と考える。

 

「し、しかし! 目を瞑って耳を塞いだら真っ暗です! おまけにお嬢様の看護もできません!」

「レミィはもうダメ……貴方がどうこうできる状態じゃないわ……」

「ぱ、パチュリー様、せめてこう、発情を鎮める薬とかは……!」

「いや……そんな需要ない薬あるわけないじゃない……逆なら山程あったと思うけど……」

「どういうことですか!?」

 

 緊迫した状態でなぜか大図書館に媚薬が大量に保管されている事実をカミングアウトされ、咲夜は混乱を更に強めた。

 

「魔法実験とかでこう……つ、使う機会もあるのよ……」

「……あっダメですパチュリー様。普段はただただ憎たらしいだけのその恥じらいも今は私の思慕を加速させる特効薬です」

 

 荒く呼吸をしつつ妙に恥じらうパチュリーを見て咲夜は腹立たしさとこいつ可愛いな……の感情で板挟みになる。

 

「なるほど……薬だけに、ね……」

「言うてる場合ですか! 早くどうにかしてください、お嬢様が……!」

「……プリンセスウンディネ」

「あっ」

 

 図書館を水浸しにしながら、間の抜けた声を上げるレミリアを流していく水の渦。

 

「……」

「……」

 

 それをパチュリーは床に倒れつつもやりきった顔で眺めている。

 咲夜はそんなパチュリーを冷めた目で更に眺める。

 

「百年の恋も冷める対応ですわね」

「……冷めた?」

「いいえ全く。さっきより加速しています」

「奇遇ね。私もよ」

 

 

 

# 5

 

 親友をベッドに運ぶよう遠隔で小悪魔に指示を出すと、パチュリーは事態の打破に頭を悩ませる。

 最終的には術式の解除をするために、まずは解析しなければ。

 しかしレミィがあのような形でダウンし、紅魔館のブレインたる自分も頭が働かずパフォーマンスが出ない。まずは対症療法でもこの感情を鎮めないといけないが、どうすれば。

 手がありそうなのは気を操れる美鈴だが、大図書館外に出るのは危険だ。自分がこうなっているのだから元々頭の弱い妖精メイドたちはおそらく全員理性を失っているのに違いない。

 小さくとも悪魔たる小悪魔になにか手がないか――。

 本当は、落ち着いている時であれば自分の次くらいに聡明で魔術にも理解があるフランドールに頼れればよかったのだが。

 

 この術に血縁は関係ないと判明し、更にレミリアが倒れてからフランドールは一気に不確定要素と化した。

 レミリアが理性を失うのだからフランドールがどうなるかは自明。

 フランドールが理性を失うとどうなるか。

 パチュリーは頭を抱える。考えたくない。

 

 あの狂気が、館のあらゆる存在に向けられる「愛」に転換するとしたら、自分にはそれを受け止められる自信がない。

 

 八雲は攻撃の意図でこの術を組んだわけではないが、実質うちに一番効く攻撃ね、とパチュリーは自棄になって小さく笑う。

 

 それと。

 さっきから、頭の中で「抗う必要なんてある?」と悪魔が囁いている。

 所詮お遊びのための術式だ。八雲もすぐに飽きるだろう。せっかくの機会、存分に堪能してしまえば……。

 論理的に考えてもそれは確かにそうなのかもしれない。別にこの隙に攻め入られるわけでもない。悪いことは何も起きない。ただただ理性を失って愛しあう獣になるだけで。

 

 だからパチュリーは感情的に否定する。

 ここで親友や他のみんなと友人としての一線を越えてしまえば、それこそすべてが終わった後に「家族」ではいられなくなるだろう。

 それは避けなければいけない。そのために私は抗わなくてはならない。

 

 決意を固めるパチュリーに、咲夜がおずおずと提案する。

 

「あの……外の様子を確認する必要があると思うのですが。メイドたちの状況も気になりますし、なにより美鈴が」

 

 パチュリーは首を振る。

 

「危険よ。この感じだと妖精たちもレミィと同じような状態になっている。けれど奴らは数が多い。襲われたら骨抜きにされてしまうでしょうね」

「私は時を止めて移動できます。お忘れですか」

「……ここにいる三人のうち貴方を外に出すのが一番危険だと思うのだけど。精神干渉の耐性が貴方にはない」

「時を止めてただ門に行くだけです。今は手が多い方がいいでしょう? 美鈴を呼べば……」

「貴方、美鈴に会いたいだけじゃないの?」

 

 咲夜は黙り込む。

 

「……パチュリー様。お言葉ですが能力を鑑みて咲夜さんが適任です」

 

 レミリアを運び終えて戻ってきたのか、見かねた小悪魔が差し込んだ。

 

「貴方、レミィは運び終えたの?」

「言われた通りお運びしました。ですからパチュリー様」

「……そうね、ごめんなさい。お願いするわ」

「承知しました。感謝します」

 

 そう言って去ろうとした咲夜がふと足を止めて尋ねる。

 

「そういえばこあちゃんは普段と同じに見えますけど大丈夫なんですか?」

「私は普段からパチュリー様を押し倒したいと思ってますから」

「最低ね」

「最低ですね」

 

 パチュリーと咲夜から冷たい目を向けられ、小悪魔は興奮した。

 

 一瞬を超える速度で咲夜が二人の前から消えた後、パチュリーは小悪魔に向き直る。

 

「小悪魔、さっきはああ言ってたけど……貴方も家族愛を感じてないわけじゃないわよね。なのに欲望を押し留めている。その考えが知りたいわ」

「……確かに、私は家族愛を抱いていないわけではありませんし、紅魔館の一員、家族の一員であるという意識もあります。なのに欲望を押し留めているのは、……まぁ、私はパチュリー様にすべてを捧げた身ですから。私って意外と一途なんですよ?」

 

 小悪魔はおどけて言った。

 

「つまり、いつものパチュリー様を堕とせなければ意味がないんですよ」

「……ほんと最低ね」

「最低でしょう? 悪魔ですから。まぁ、本当のところはこういった種族ですから欲望のコントロールは得意ってだけなんですが」

 

 にぃっと小悪魔が笑った。パチュリーが久々に見る悪魔的な笑みだった。

 つられてパチュリーも口角を上げる。

 変わらず呼吸は荒いままだったが、その瞳には先程までなかった意思が確かに宿っていた。

 

「……ふっ、……私はレミィの恋人になったつもりはないし、レミィを恋人にしたつもりもない。私たちは、私たちの紅魔館は、こんな刹那的な感情に取って替えられるようなものじゃない。皮肉ね……こんな形で普段は気恥ずかしくて目を背けていた、家族の絆というものを直視させられることになるとはね」

 

 パチュリーはひとつ深呼吸をして、言い放つ。

 

「小悪魔。今から言う本を取ってきなさい。結界を解くわよ」

「仰せのままに」

 

 恭しく頭を下げる小悪魔に申し付けようとして、パチュリーの頭に先の小悪魔の発言が過る。

 

「あっ、ちょっと待った」

「何でしょう?」

「いえ、さっき欲望のコントロールは得意って言ったわよね」

「はい」

 

 きょとんと疑問符を浮かべる小悪魔にパチュリーが言う。

 

「八雲の術は私にもそう易易と見つかるものではない。そっちの方面からアプローチしたほうがいいかもしれないわ。それ……詳しく教えてくれないかしら?」

 

 

 その頃、廊下ではメイドの妖精たちがここでは書けないほどの光景を繰り広げていた!

 

(……うわぁ)

 

 口吻などは当たり前、そこら中で押し倒し押し倒されが繰り広げられている。中には火照り過ぎたのか服を脱ぎ捨てている者まで現れていて……

 

「破廉恥だわ……」

 

 咲夜は赤面してしまう。

 風紀の乱れは心の乱れ、ひいては紅魔館の結束の乱れにも繋がるんですよ! と思わず風紀委員のようなことを口走りそうになってしまう。

 が、今は他人のことを言える状態ではない。

 メイド妖精たちが本能のままにイチャついているのを直視すると、自分まで混ざりたくなってきてしまう。

 だって、メイドたちだって大事な紅魔館の一員だ。

 できない子ばかりだけど、できない子ほど愛おしくなるもので。

 今咲夜を押し留めているのは、さすがに妖精に混じって堕落するのは人間として終わりだろうというただ一点のみだった。

 

 と、言うか。

 紅魔館の結束の乱れという言葉がさっき頭を掠めたが。

 

(……今紅魔館に誰かが攻め込んできたらヤバいんじゃないかしら……)

 

 ヤバい。

 紅魔館の防衛機能は今完全に麻痺しており、何者かに攻め込まれたら一瞬で陥落するのは明白だった。

 具体的には魔理沙とか。

 美鈴の状況を確かめる必要があるが、もし美鈴が機能していなければ魔理沙は一瞬で大図書館まで辿り着く。

 その場合、パチュリー様たちの調査は間違いなくストップしてしまうだろう。それは避けたい。

 

(八雲紫……まさかこれを狙ってッ!?)

 

 歯噛みをした。

 今、八雲紫が全力で首を振ったような気がする。

 元々の原因はお嬢様? なんのことやら。

 

 加えて魔理沙に侵入された場合、魔理沙側の被害も考慮しなくてはならない。

 

(今魔理沙に会ったらとんでもないことをしてしまう自信がある)

 

 何故ならば、咲夜は魔理沙を妹のように思っているので。

 

「あー……お願い魔理沙、今は来ないで……」

 

 どうしようもない状況に悩まされる理性と、今にも溢れ出しそうになる本能がせめぎあっている。

 痛くなる頭を抑え、手をひさしにしながらふらふらと廊下を歩いていく。

 視界に入る痴態は理性を削り、甘い胸の疼きに狂いそうになる。

 割と、真面目にしんどかった。

 

(お嬢様……咲夜は恋をしたことがありませんが、もしも恋をしたとなれば、こうやってひたすら愛を乞いたい、身体まで求めたいという本能を必死に押し留める、常にそんな状況に置かれるのでしょうか)

 

 これはかなり特殊なケースだったが、恋をしたことがない咲夜には知る由もなかった。

 

(だとしたら、恋というものはなんてつらいものなのでしょうね)

 

 悩ましげに溜め息だって出てしまう。

 今、咲夜は紅魔館のすべてに恋をしていた。

 それも普通の恋ではない、家族に対する親愛がそのまま転換した、愛の深さに飲まれる底なし沼のような恋慕。

 その感情は恋もしたことがない生娘の咲夜にとってはあまりに巨大で、高負荷で。

 その巨大さは咲夜が幸せであることの証明で、代償でもあった。

 とても苦しかった。

 幸せであることがこんなに苦しくて、切なくて、心と身体を毒のように侵していくようなことがあるなんて、知らなかった。

 

 視界をなるべく覆い隠して、唇を噛んで、ふらつく身体を門へ向かって。

 身体が異様に重かった。

 どうして自分はここまで抗っているのか、本能に身を委ねて何が悪いのか、わからなくなってくる。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 もうすぐで美鈴のいるところへ。

 美鈴の顔が見たい。

 優しくて、頼りなくて、でもいざというときは頼りになる、

 姉のような。

 あぁ、早く、美鈴に、

 

「会いたい」

 

 

 

# 6

 

「……っぷ……はぁ……っ、はぁ……、ん、小悪魔」

「…………」

「なに、ぼーっとしてるのよ」

「あ、えっ……は、……はいっ」

「くすっ……生娘みたいな反応じゃない」

「っ……なんでからかうんですかぁ……」

「ふふ、冗談よ。さぁ、」

 

 パチュリーは小悪魔の目を見つめ、悪戯っぽく微笑む。

 

「小悪魔、行くわよ。魔法を解きに」

 

 

 門から戻ってきた咲夜は息を荒げてパチュリーに報告する。

 

「結界が張ってありまして、外に出られないようになっていました……」

「ぶ、物理結界まで? レミィのやつ紫になんてこと頼んだのよ……」

 

 パチュリーはこめかみに指を当て、嘆息する。

 

「……そういえば門番は?」

「美鈴は……お恥ずかしながら私、美鈴の顔を見ただけで襲いかかろうとしてしまったみたいでして……」

「レ、レミィと同類じゃない……それで?」

「もちろん美鈴も術中にはあったのですが、なんとか正気を保っていたようで。気分を鎮静させる気を流してくれました」

「そう……ということは美鈴の気を流せば欲望は収まる?」

「いえ、あくまで応急処置ということらしいです。現に私は今パチュリー様とこあちゃんを押し倒したくてたまりません」

「……なるほど。やはりアレをやるしかないようね……ちなみに今、美鈴は?」

「妖精たちの気を鎮めに向かいました」

「そう……あてられてあいつのほうがやられる前になんとかしないとね」

 

 パチュリーは深く息を吐き、決意を固める。

 

「パチュリー様……アレとは?」

 

 わずかに困惑の色を顔に浮かべる咲夜に、パチュリーが言い放つ。

 

「咲夜……キスしたことはある?」

「はい?」

 

 

「小悪魔は種族的特性により自分や他者の感情がコントロールできる。特に欲望……有り体に言うと情欲ね。そして私たちは小悪魔の魔力を体内に取り込むことによってある程度情欲を制御できることを突き止めた」

 

 パチュリーは淡々と説明する。

 

「でも、いかんせん種族が種族だから魔力を供給する方法が特殊でね……端的に言うと魔力の受け渡し方法は粘膜接触のみ。その中で一番マシな方法がキスというわけよ」

 

 咲夜は黙って聞いていた。

 

「私はさっき小悪魔から結構な量の魔力を受け取ったからある程度プールしてある。私と小悪魔、どちらからでも供給は可能よ」

 

 パチュリーは真剣な眼差しで咲夜を見据える。

 

「無理強いはしないわ。もし嫌ならレミィのように貴方も一旦昏倒させることになる。荒っぽいやり方だからできれば取りたくないのだけど。どうする?」

 

 咲夜はしばしの間黙考し、そして口を開く。

 

「……本当はお嬢様にしてもらいたかった。けれど魔力を受け取って今度、私のほうからお嬢様に魔力を渡すことができるのならば、構いません」

「そう……本当に申し訳ないけれど、そもそも原因がレミィなのだから文句はレミィに言ってね。それで、どちらと?」

「どちらともでは駄目ですか?」

 

 予想だにしない言葉にパチュリーは面食らう。

 

「……貴方今正気じゃないのよ? わかってる?」

 

 咲夜の目には揺るぎない光があった。

 

「私はパチュリー様が好きです。もちろんひとつ屋根の下に暮らす家族として。表情ひとつ変えずに突拍子もないことをなさるところも、無愛想に見えてお優しいところも、今この時も紅魔館のために奔走されているお姿も、本当に愛しく思っております」

 

 そして小悪魔のほうにも向き直る。

 

「こあちゃんもそう、抜けてるところもほんわかした雰囲気で和ませてくれるところも、急にカッ飛んだジョークをブチ込んでくるところも、ふとした瞬間にお姉さんらしいところを見せてくれるのも、大図書館に来た時にいつも私のことを気にかけてくれるところも、全部が愛おしくて」

 

 咲夜は微笑む。その表情はまさしく恋する少女のように甘く蕩けて、美しかった。

 

「だからお二人に、……キスを、されることに抵抗は何一つありませんわ。きっと、正気に戻った咲夜もそう思うことでしょう」

 

 パチュリーは目を見開いて一瞬固まっていたが、すぐにいつもの無表情に戻った。

 

「……半分ずつ。ノルマの二倍入れるわ。レミィ用にね」

「……畏まりました」

「目を瞑って。行くわよ」

 

 咲夜は目を瞑る。

 怖くないと言ったら嘘になる。

 初めてなんだから。

 でも、初めてがこんな騒動劇の最中なんて。

 ……紅魔館らしくて、十六夜咲夜らしいかな、なんて。

 

 

「……ぁ、はぁっ……んぅっ……」

「……どう? 頭はスッキリした?」

 

 咲夜は少し息を整えてから言った。

 

「……はい……先程よりかなり思考が明瞭です。あぁ……なんで私はパチュリー様なんかに強請ってしまったのでしょうか?」

「はっ倒すわよ」

「冗談ですわ。パチュリー様へもこあちゃんへも、すべて本当の気持ちです」

 

 パチュリーはわずかに顔を赤らめて、それをかき消すかのようにわざとらしくレミリアが寝ている大図書館の奥に顔を向ける。

 

「あとはベッドでぐったりしてる吸血鬼をなんとか……」

 

 その瞬間、パチュリーの背後から声がした。

 

「誰がベッドでぐったりしてるって?」

 

 全員が声のほうへ振り向く。

 そこには先程プリンセスウンディネで流されていったレミリア・スカーレットその人が仁王立ちしていた。

 

「お嬢様……!?」

 

 咲夜とパチュリーは驚愕する。

 いくらレミリアが強靭な身体をしているとはいえ、無防備な状態で大量の流水をぶつけられれば一日程度は再起不能になるはずだった。

 そのはずが、数刻足らずで復活している。

 しかも先程の姿とは比べ物にならないほどの圧倒的な存在の強大さを誇示しながら。

 

「パチェ。さっきはよくもやってくれたわね」

 

 レミリアがパチュリーにずいと詰め寄る。

 

「あ……レミィ、あれは」

 

 パチュリーが珍しくばつの悪そうに言い訳を始めたところをレミリアは制した。

 

「いいのよ。あのおかげで持て余した精神力を回復力にまわすことができた」

 

 妖怪はその精神力を何よりも存在と魔力の維持に使う。

 感情の昂ぶりによりブーストされた精神力は通常時なら持て余すのみだったが、プリンセスウンディネの直撃によってほどよく致命傷を得た身体にとっては、その溢れるエネルギーは回復を加速させた。

 そして精神力が正しく消費されたことによりレミリアは正気を取り戻し、それどころか絶好調の状態になったのだった。

 

「……そう」

 

 パチュリーは静かに安堵すると同時に己を恥じる。

 不可抗力とは言え、親友に手荒なことをしてしまったこと。そしてそれを許されて安堵する自分自身に。

 その横で咲夜は残念そうにうなだれる。

 

「私はお嬢様と、……することはできないのですね……」

 

 その言葉を聞くやいなや、レミリアは咲夜の胸元に飛びついてキスを食らわせた。

 一瞬のことに咲夜は目を丸くして思考停止した。

 

「……なるほどね」

 

 触れる柔らかさを感じる間もなくレミリアは唇を離す。

 咲夜から流れ込んだ魔力に、レミリアは一瞬で事を理解した。

 口元を抑え真っ赤になっている咲夜を余所に。

 

「……パチェ」

「ええ。そういうことよ」

「こあも。後でしてあげるからね」

「んぇっ!?」

 

 予想だにしなかった言葉にパチュリーは思わず声を上げる。

 そして、求めてはやる本能を感じながら自嘲した。

 

 あぁ、レミィのペースに引きずられてばっかりだ。

 これは恋かもしれない。

 ならば、行きずりに絆されるのも仕方ない気がする。

 けど。

 

(私はレミィの恋人じゃない、家族であって……対等な親友だ)

 

 また流されそうになる思考を、自分の意志でしっかりと繋ぎ留める。

 

「馬鹿言ってないで備えるわよ」

「ええ」

 

 レミリアはパチュリーの言葉の意味するものを理解していた。

 

「まさかここまでとは思ってなかったわ。しょうがない娘ね」

 

 レミリアは嬉しそうに慈しみに満ちた笑みを浮かべる。

 そしてすぐに、何もかもを愉しむような残虐にも思える笑みに切り替わった。

 

 

 

# 7

 

 ばこぉん、と盛大な音を立てて、ついに扉に穴が開いた。

 地下室に続く扉は、普段は簡単に開閉できるようになっているが、パチュリーがフランドールを外に出してはいけない緊急事態と判断した時に、何重もの結界が作動する堅牢な結界となるように設定されていた。

 それが今、内側から打ち破られ、扉の破片が辺りに飛び散っている。

 なんのことはなく、力ずくで破っただけのことだった。

 

「……っはぁ……はぁ……」

 

 息を荒げて力なく、部屋の主が穴から這い出し、扉の前にどしゃりと崩れ落ちた。

 彼女はしばらくうずくまったまま、動こうとしなかった。

 

 

 身体の異常が姉のせいであることは最初からわかっていた。

 ベッドで天井を眺めていると、いつもと違う魔力の流れが部屋に入り込んでいることに気づいた。

 西洋魔術の流れではない、館の住民ではないものによる魔力干渉。

 魔術を少々齧っている彼女はすぐに館に何らかの術が仕掛けられていると察した。

 ならば館が何者かに攻撃されているのか? と考える。しかしそれにしては館から剣呑な雰囲気は感じられない。

 部屋で耳を澄ましてみても、聞こえるのはいつも通りの喧騒ばかり。

 いや、いつも通りじゃない。むしろいつもより、なんか、こう、姦しい。

 と、なれば、先程のパチュリーの忠告と以前にもあったシチュエーションから推測できる。

 ……お姉さま、八雲のとまたなんか変なことしてる……。

 

 ま、別に気にすることないか。私には関係ないし。

 そう考えてフランドールは静かに目を閉じた。

 それにしてもお姉さまはいっつも妙なことして、本当に子供だなぁ。騒いでないと死んじゃうんだろうな。ばかみたいだ。

 私はそうそう巻き込まれることないからどうでもいいけど、面倒を被る咲夜たちのこともたまには考えてあげてほしい。

 と、思うんだけど、考えた上でやってるんだろう。

 お姉さまは傍若無人でわがままに人を振り回すくせに、なんでもないようにその埋め合わせをしたり気を回したりできるから。

 咲夜も好きで巻き込まれてるんだろうし、本当に救えない主従……。

 それにしても妖精たちがいつにも増して姦しい。会話の内容はここからじゃよくわからないけど、一体何やってるんだろう。

 前に八雲のと何かしてたときは……あぁそうだ、味の境界を弄って野菜をみんなプリン味にしようとしてたんだっけ。意味がわからない。

 ポタージュがただの溶けたプリンになってて逆に食べられたものじゃなくなったりして、あのときは心の底から愚かだなぁって思った。一週間くらいは甘いものなんて見たくもなくなった。

 お姉さまは本当にいつもそうだ。突拍子もないことばかり思いついて。

「こんなのってどう? やってみたら面白そうでしょ?」って、悪い顔して言ってさ。

 巻き込まれる私たちは結局のところ楽しんじゃったりとかしてて、お姉さまはそれを見ては、それ見たことか、と嬉しそうに笑う。

 それが本当に癪なんだ。

 ずるいなぁ、本当にずるいと思う。

 にやぁって、思いつきが成功したのを喜ぶような、嬉しそうで、

 慈しむように優しい。

 あの顔が脳裏に浮かんできて。

 ……次から次へのお姉さまの顔が浮かんで、消そうとしても離れない。

 頭の中がお姉さまでいっぱいになって、無性に会いたくなって

 

 何かがおかしい。

 目を開けて跳ね起きる。

 

「えっ、なに、これ」

 

 文字通り頭の中がお姉さまでいっぱいになって、理性がどんどん削られていく。

 不安定な情緒との付き合いも長いおかげで自分が今どれくらい冷静さを失いつつあるかある程度は判断できる。

 そして今の自分は着実に理性を失いつつあった。

 

(……術だ、これ)

 

 早くも残り少ない思考処理能力をフルに働かせる。

 妖精たちが姦しい。会話する声は高くなり、嬌声すら聞こえている。それを聞けばそれだけでわかるはずのことだった。

 この術は性愛かなにかを増幅させている。

 無性に暑い。息が荒くなって、心臓のあたりがきゅぅっとする。頭からお姉さまのことが離れなくなっている。

 お姉さまに会いたい。会ってどうする? ……会って終わりじゃない。その先だって求めたい。その先の先は……。

 

 もしかして、これが目当てか?

 

 有り得る!

 あの馬鹿姉ならば姉妹のスキンシップを履き違えて、私から……その……あんなことやこんなことを求めてきてほしいと思ってこういうことをしでかす可能性は十分ある。

 でもこれはさすがに度が過ぎている。過剰すぎる。

 そもそも館全体を巻き込む必要がどこにある?

 もしかしてこれは本当に攻撃ではないのか?

 咲夜やパチュリー、小悪魔、美鈴の身に危険は?

 咲夜。

 考えた途端、感情がぶわぁと溢れ出してくる。

 あぁ……ダメだ、考えちゃいけないんだ……。

「みんなに会いたい」なんて、そんな生半可な表現で収められる感情じゃない。

 それでも、言い表すならば、

 あぁ、もうどうだっていいや、

 欲しい。

 お姉さまたちのすべてが欲しい。

 何もかもを手に入れて、私も交わって、みんな交ざり合って、ひとつになりたい。

 

 感情を混ぜ合わせて、思考を混ぜ合わせて、身体も混ぜ合わせて、みんなぐちゃぐちゃになって、求めあって、貪りあって、交じって、目合って、溶けあって、とろけて、混ざって、誰が誰かわからなくなって、自分も、お互いも境界を無くして何もかも消えて、朝も昼も夜もぐるぐると溶かされて混ざりあって蠢くだけの生き物になって永遠に混ざって混ざって混ざり続けて理性なんて失って、本能だけになって、何もかもを失って、ひとつになる。ひとつになる。ひとつにする。ひとつにしないと。そのために、お姉さまを、咲夜を、パチュリーを、小悪魔を、美鈴を、みんな手に入れて、何も考えられなくさせて、ただ混ざり続ける生き物にしないといけないんだ。そうしてあげないと、そうして、しあわせになって、しあわせもなくなって、えいえんに、わたしたちは、わたしになって、ぐちゃぐちゃになって、ぐるぐるになって、ああ、なんてばからしい、おろかで、うつくしくて、いやらしくて、しあわせなことだろう! そんなことをかんがえるあたまもすぐにきえる。わたしたちはひとつになるんだから。うつくしい、まじわり、とけあうだけのいきものに。それをかんがえるだけでわたしは絶頂を迎えてしまいそうになる。だいすきなおねえさま。だいすきなみんな。もうすぐでひとつになれる。おねえさまになれる。おねえさま。おねえさま。おねえさま。だいすきです。おねえさま。おねえさま……。

 

 ふらふらとよろめきながら部屋の扉へ歩いていき、縋り付くようにその前で倒れ込む。

 鍵を開けるのも扉を押すのももどかしい。一思いにぶち壊そうとレーヴァテインを撃ち込むも、木っ端微塵に壊れるはずの扉はびくともしない。

 

 ……あぁ、ぱちゅりー、あれ、やってるんだぁ……。

 

 パチュリーが結界を有効にしているということは、館が非常事態であること、ひいてはフランドールを外に出すべきではない事態であることを意味していた。

 

 ……そんなのやっても無駄だよぉ、おねえさまのせいなんでしょ? ぜーんぶおねえさまがわるいんだから、ね?

 おねえさまがすきかって、してるんだから、わたしだってたまにはいいでしょ? ねぇ。

 

 身体をぞくぞくと震わせ、力なくふらつきながらも、扉に向かって強大な魔力を確実に撃ち込んでいく。

 巨大な感情は精神力に、そして魔力にそのまま変換される。

 結界は確実に崩壊していった。

 

 

 そして堅牢な結界は破られ、フランドールは部屋の外へと舞い出た。

 

 フランドールはしばらくうずくまっていたが、にわかに立ち上がり、大図書館へと続く廊下を見据え、歪んだ笑いを張り付かせた。

 

「おねえさま。おねえさま、まっててね。みんなしあわせにしてあげる、みんなみぃんな、しあわせにしてあげるから、いまいくから、まっててねぇ……う、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」

 

 ふわり、スカートを揺らめかせて優雅に浮き上がると、フランドールは刹那、衝撃波が起きるほどのスピードへ急加速して飛び出していった。

 

 

 

# 8

 

 その甘ったるい空気に全身怖気が立つ。

 狂いそうなほどに重く、胃に泥を流し込まれたかのような壮絶な不快感。

 物量に吐き気を感じて咲夜は口元を抑えた。

 

「咲夜、これを」

 

 パチュリーから小瓶を手渡される。

 

「魔力耐性をブーストさせる薬。人間じゃこの魔力に耐えるのは無理よ。飲みなさい」

「パチュリー様……調合は苦手では……」

「憎まれ口はいいから。はよ」

 

 手渡された小瓶を咲夜はぐっと飲み込む。

 瞬間、自分を俯瞰しているような、一歩引いたような感覚がして、気分が安定した。

 

「んっ……飲みました」

「効いた?」

「はい、しかしこれは」

「まさか、ここまでとはねぇ」

「……この館全体を包んでいる瘴気は」

「言うなればフランドールのクソデカ感情ね」

「重すぎでは? いえ、知ってましたけど」

「よかったわね、貴方もその対象よ。私たちも幸せ者ね」

「ええ、身体がいくつあっても足りませんわ」

 

 不快感はわずかに残っているが、立っていられないほどではない。

 汗を拭いながら咲夜はレミリアを見た。

 腕を組み、凛然と、笑みを浮かべている。

 すべて理解しているかのように。

 すべて理解しているんだ。

 私たちはみな、お嬢様の掌の上で踊っている。

 フラン様も。そして、お嬢様自身ですらも。

 

 近づいてくる。猛スピードで。

 抱きついてくる妖精たちをそのスピードと纏う魔力で薙ぎ倒しながら。

 それは本当に一瞬の内で……。

 咲夜が気づいた時にはもう、フランドールは目前にいた。

 

「お姉さま……♡ 今、助けてあげるからねぇ……♡」

「フラン――」

 

 瞬間、レミリアは懐に飛び込んでいって。

 カーペットにフランドールを押し倒して。

 唇を重ね。

 

「さすがお嬢様!」

「私たちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」

 

 

 

# 次回予告

 

 レミリアに襲いかかるフランドール! レミリアは抵抗できるのか!?

 

「この姉妹、本当に度し難いわね」

 

 はたして二人は度し難くなってしまうのか!?

 

「みんな、結婚式を挙げるわよ!」

 

 紅魔館の住民たちはついに新しいステージへ!

 

「私たちは家族よ」

 

 次 → 姉妹百合(軽め):急

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