# 9
唇から魔力を流し込まれたフランドールは目をぱちくりさせ、しばらくの間、目の前のレミリアを見つめていた。
自分が何をされているか、何をしているか気づいたのは数十秒も経ってからだった。
姉の唇を引き剥がし、口元を押さえてひどく狼狽する。
「おっ……おねぇっ…………おねぇさま!?」
「お姉さまよ、フラン」
「な、なんで私お姉さまと……んむぅっ!?」
有無を言わせず、間髪入れずレミリアは再び唇を重ね始める。
それはもはや、魔力伝搬など口実に過ぎなくて。
舌を絡め、その口実にかこつけ唾液を混ぜ合って、妹の身体は力なくしなだれ、姉はその絹のように柔らかい髪に腕を通し、うなじに手を回す。
「っはぁっ、はぁっ、はっ、はぁ……」
「フラン」
離れた姉妹の舌は透明に繋がり、妹の名残惜しそうな表情を姉は見逃さなかった。
「おねえ、さま」
「フランっ」
優しく、甘く、柔らかく、激しく、いくら啄んでも満たされない切なさをぶつけるかのように。
姉は妹の身体を抱き起こし、対面で座り込む。二人はお互いの身体を求めるように抱きしめ合う。
流し込まれた魔力など一瞬で霧散し、妹は涙を流して歓喜に浸る。
同時に身が震えるほど切なく、渇いて、一心不乱に姉を求めて。
どうしようもない、そのひとつになれなさに身が引き裂かれるような想いで。
姉は愛しさに打ち震えていた。
妹に常に感じている溢れんばかりの愛を、この一瞬にすべて伝えるかのように、優しく妹の肢体を引き寄せて。
あまりにも細く、儚く、それでも生き抜かんとする妹の身体を。
その想いを。
少しでも感じ取ろうと、姉は妹に身体に触れ、体温を重ねる。
「あぁ、おねえさまぁ……すき、好きぃっ、あいしてます、ずっとずっと、慕っております、だから、だからっ」
「フラン」
「おねぇさまぁ……っ!」
「……愛してるわ。永遠に」
それを見ていた咲夜とパチュリーと小悪魔は無言でめちゃくちゃテンション上がっていた。
「……いえ、私は見ているだけで満足なのですけれど」
「私も」
「私もです」
「あれは一体……」
「八雲の術は家族愛を恋愛感情……まぁ、事実上は性愛ね。それに変換するもの。私たちは小悪魔の魔力でそれを消化できたけど、フランドールはそれでは足りなかった」
「なるほど?」
「オーバーフローした欲望を打ち消した結果、お互いを愛する思いだけが残って姉妹イチャラブちゅっちゅ」
「最高じゃないですかやったー!」
咲夜は興奮のあまりキャラ崩壊気味に声を上げ、小悪魔はガッツポーズを取る。
「と言うか、レミィも結局本能に勝てなかったんじゃない」
「私はわかってましたよ。お嬢様がフラン様とちゅっちゅできる機会を目前にして興を削ぐ真似はなさらないと」
したり顔で言う咲夜にパチュリーは呆れ顔を浮かべる。
「この姉妹、本当に度し難いわね」
その間、ひたすら姉妹は交歓している。
時折舌を離しては言葉も無く、潤んだ瞳で互いを見つめてはキスを繰り返す。
その様子に、咲夜とパチュリーは顔を見合わせる。
「しかし、それにしてもさっきから」
「ええ、そうね」
「ちゅっちゅしてるばかりで」
「その先に進んだりはしないわね」
「私はその先が見たいんですが……!」
「ここから先は課金が必要かもね。年齢制限も掛かるし」
「お金なら積みます」
「それレミィのポケットマネーじゃない?」
やがてキスの応酬も潮が引いたように終わり、姉と妹はただお互いを慈しむような優しい微笑みを浮かべて見つめ合う。
そしてゆっくりと、お互いを引き寄せて抱き合った。
それを眺め、パチュリーは呟く。
「性愛ではない?」
「……八雲紫は家族愛と恋愛感情の境界を弄ると確かに言っていましたが」
「……だとしたら。いや……でもあれは恋人に向ける顔じゃない。あれは……いえ、これは直接本人に訊かないとわからないわね」
「どういうことですか?」
「レミィとフランドールは八雲の術に勝ったのかもしれないってことよ」
二人はひっついて、頭をお互いの肩にあずけてただ体温を感じていた。
フランドールはその身体と身体の間にある、ひとつになれない境界線を思い。
その線を、無くしたいと思わない。
こんなにも愛しい姉を、自分だけのものにしたいとは思わない。
姉のものになりたいとも思わない。
私たちはどうしようもなく違っていて、だからお互いを愛するから。
レミリアは妹のその細く華奢な肢体を、肉のない骨ばった感触を、その中にある柔らかい、丸い心を感じ取っていた。
この身体を傷物にするなんて、そんなことはできない。
誰も傷つけたくないと願う優しい娘の心を、一時の感情で傷つけるなんて絶対にそんなこと許せない。
だからただ肌を寄せ合って、溢れて抑えられない私の気持ちを、フランの気持ちを。
ただ少しでも感じ取ろうと、この身に留めようとひたすらに抱きしめていた。
なんだ、結局愛と名の付くものはどれも同じようなもので、明確な境界線などはなく。
だから私たちは様々な愛を抱いて生きている。
そして結局最後に立っているのは、ごくごく単純な、フラン大好き! っていう妹に対する気持ちだけだった。
フランのことが大好きで。愛らしい顔も、仕草も、そのひねた性分も、弱さを知っている優しい性根も、すべてが愛おしく。
二人で笑って。紅魔館に住む家族として、笑っているフランを見て。それでたまーーに今みたいにちょっとハードにイチャイチャできたらそれでいいんだよ!
それがいいのよ。
それにはやっぱり、二人だけで完結しててもダメだ。
私は紅魔館のみんなを家族だと思っていて、フランにもそう思っててほしいから。
「結局家族愛が勝つってことね」
「なんかご都合主義じゃないですか?」
小悪魔が冗談か本音かわからない言葉を零す。
「えっ本気であの姉妹のその先が見たかったわけ?」
「いえそれは嫌ですけど」
パチュリーは小悪魔の言葉に呆れながらも、どこか晴れ晴れした気分で姉妹を見ていた。
なんだかよくわからないけど大団円じゃないか。
パチュリーも咲夜も小悪魔も、甘ったるく幸せな空気が充満している空間で優しい笑みを浮かべていた。
「あっお嬢様がサムズアップしてます」
抱き合って向こうを向いたまま、レミリアが右手親指を立てる。
そしてそのすぐ隣に見えるフランドールの顔は。
「うわフラン様すごい顔真っ赤!」
「ある程度発散されたことで冷静さが戻ってきたみたいね」
「泣きそうになってる! というか既に泣いてらっしゃる!」
「嬉しさと羞恥心でよくわからなくなっちゃってるんですね。でも離れない」
「離れたくないという気持ちと恥ずかしい気持ちで揺れ動いてるフラン様愛おしすぎる……抱きしめたい……」
「……」
フランドールに対する強い感情が三人の中にも湧き上がる。
「……八雲の術のせいですもんね」
「私たちだって家族ですし」
「その通り」
レミリアがにぃ、と笑った。
パチュリーは事も無げに言う。
「私たちは家族よ」
# 10
「やわらかっ……」
フランドールに抱きついたパチュリーが思わず声を漏らした。
抱きしめられる側のフランドールは何も言わず微動だにせず、ただ顔を真っ赤に染めている。
「フランは骨ばってるくせに柔らかいのよね。謎の身体をしている」
咲夜に差し出されたハンカチで口元を拭いつつ、レミリアは言った。
「ところでそれお嬢様とフラン様が混ざりあったやつですよね? 頂けませんか?」
「咲夜おまえはたまに本当にきもちわるいな」
レミリアはドン引きする。
「お嬢様!」
入口のほうから声が響く。
咲夜たちが振り向く間もなく、レミリアは声の方向へ飛び出していった。
わっ、と驚く声がする。
「美鈴!」
咲夜も駆け出そうとして、固まった。
美鈴が大量の妖精に纏わりつかれたまま、困ったように笑っていた。
「それ、ひっつき虫みたいですね」
小悪魔が眺めて言う。
美鈴の腕に背中に腹に長い脚に妖精たちがしがみついている。
その中で一番目立つのがレミリアだった。
「えへへ……どうしてもみんなを抑えきれなくてですね」
「あ……美鈴は大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないです。結構しんどいです」
見れば笑顔で結構な汗を滲ませている。
どうしたら、と咲夜は戸惑って、レミリアが美鈴にしがみつきながら人差し指をくいくいと引き寄せ、咲夜を促しているのが目に入った。
「取っといてあげたからさ」
その言葉に咲夜は顔を真っ赤にさせる。見え見えの本心でも見透かされるのは恥ずかしい。
けれど冷静になった今となっては、なんともその一歩は踏み出せず。
レミリアは溜め息を吐いて離れ、美鈴に何かを耳打ちした。
美鈴はそれを聞くやいなや、妖精をくっつけたままで咲夜にずいと近づいていき。
「リードするのは年長者の役目よね」
レミリアは腕を組んでにやにや笑いながらその様子を眺めていた。
「……はぁ……一件落着ってとこかしら」
パチュリーが呟くとレミリアはきょとんと不思議そうな顔を浮かべる。
「一件落着? まだ終わってないわよ」
「え。まだ何か残ってる……?」
ふふん、と笑ってレミリアは胸を張って言う。
「結婚。式を挙げないと。でしょ?」
その話まだ生きてたのか……! パチュリーは衝撃を受ける。
「結局結婚するのね……」
「ええ。それも紅魔館全員でね」
「全員で!?」
声を上げるパチュリーにレミリアはけらけらと笑った。
「咲夜。紅魔館にいる人数分のウェディングドレスを準備しなさい」
「畏まりました。お嬢様」
無理難題にも涼しい顔で応える。忠実なメイドに命令を下し、レミリアは叫ぶ。
「みんな、結婚式を挙げるわよ!」
晴れ晴れした顔で。
だって私たちは好きあってるのだから、結婚するのは当然でしょう?
妖精には戸籍制度もない、倫理も宗教も遺伝学も私たちには関係ない。
誰がなんと言おうと、この世界の道理がどうだろうと関係ない。
私たちは結婚する。
他でもない、家族であるという証明のために。
# 11
紅魔館がまた面白いことをしていると風の便りか隙間の便りかで聞いた。
あるいは運命を狂わされたのかもしれない。
斯くして幻想郷の新聞屋、射命丸文は事の顛末を見ていた。
(こんなの一面確定じゃない……!)
詳細は知らないが、あの紅魔館の面々がイチャイチャしている。
いつものことと言えばいつものことだが、それにしたって度を越している。
フィルムが尽きるほどシャッターを切りまくって、フィルムを巻き戻し入れ替える刹那で。
厄介なメイド長の瞳が文を射抜いた。
「これ、いくらで売ってくれるかしら」
「あやや、これは非売品でして」
「いくらで売ってくれるのか、と訊いてるのよ」
カメラにナイフを突きつけられ、文は汗ばみつつも笑みを崩さない。
「はい没収」
「あっ」
一瞬のうちにカメラは咲夜の手の内にあった。
(いや……フィルムさえあれば)
「お前の魂胆はわかっているよ」
後ろから声がする。
前はメイド長、後ろは吸血鬼に取られ動けない。
やはり紅魔館としてはこのような状況を記事にされるのはまずいのだろう。
「あやや……疾いですねえ。お見事です」
しかしここで簡単に白旗を上げてしまえばジャーナリスト魂が廃る。
この状況をいかに打破するか、文の頭がフル回転し始めて、
「ま、ちょうどよかったわ。私たちの写真を撮ってよ。あんた以上のカメラマンはいないわ」
予想だにしない言葉に止まる。
「……え?」
「だから、写真撮ってよ。記念写真」
「……てことは、記事にしていいんですね?」
「いいよ」
「載せますよ? 写真」
「ゴシップ誌ならキスシーンが載ることもあるだろうよ」
「……うちはゴシップではありません」
「ゴシップだろ」
レミリアは、ふん、と鼻を鳴らす。
「貴重な、捏造しようもないスキャンダルよ。撮らなければその隠し持ってるフィルムもお釈迦になる運命にしてあげる」
その不遜な態度に文は舌打ちしそうになる。どうも吸血鬼の意のままに動かされているようで気に入らない。
けれどネタとして逃したくないのも確か。
文はしぶしぶレミリアの言葉に従い、カメラマンとして記念写真を撮影することとなった。
ウェディングドレスを着た紅魔館の面々が一列に並び、後ろには同じくドレス姿の妖精メイドたちが夥しい数の列を成している。その中によく見ればホブゴブリンたちも混ざっていた。
視界を埋め尽くすウェディングドレスの海。投げるブーケも足りない花嫁の数。
「はいフランさんもうちょっとレミリアさんの傍に寄ってーー!! パチュリーさんもうちょっと頑張って背伸ばして! 妖精メイドさんたちできればじっとしててー! いや妖精だから無理か! そのままでオッケーです! パチュリーさん頑張って!! 一生に一度の晴れ舞台なんですから! まぁあなたがたにとっては一生に一度なのか怪しいところではありますが!」
さすがの文もこの異常事態に、半ば理性を失いつつあった。
「はい位置オッケーです! それじゃ撮りますよ100%の花嫁スマイルお願いします! 人生で一番の笑顔を!」
# 12
翌朝、文から新聞を受け取った霊夢は口をあんぐりと開けてその一面を飾る写真を見ていた。
「紅魔館婚姻す」という大見出しの下に、ウェディングドレス姿の紅魔館の住人たちが一斉に笑顔を向けている。
レミリアとフランドールが中央に立ち、その周りにパチュリー、小悪魔、咲夜、美鈴が並んでいる。背後には無数の妖精メイドたちも白いドレス姿で整列していた。
「……は?」
後ろでいつの間にか紫がげらげらと笑っていた。
霊夢は無言で新聞を紫に手渡すと、頭を抱えてふらふらと寝床へ戻っていった。
# 13
私がこのドアをノックする時、私はいつも期待と不安に胸をざわつかせて、落ち着かない心地でいる。妹はきっと信じてくれないだろうけど。
昨日までの私なら、それを「恋人に会いに行くような」と表現していた。
今の私は、それをどう表現するだろうか。
この気持ちって、はたして妹に会いに行く時の感情として適切なんだろうか。
わからない。
「フラン」
妹は応えない。
「……フラン」
妹は動かない。
ただ椅子に座り、黙って本に目を落としている。
「……」
はぁ、と息を吐く。
「悪かったわよ」
ようやくフランが顔を上げる。
「やりすぎたわ」
ぱた、と本を閉じて立ち上がり、フランは私に詰め寄ってくる。
「自分が何をしたかわかってる?」
「ええ」
「ひとの感情を好き勝手かき乱して、みんなを危険に晒して。到底許されることじゃないわ」
申し訳なくなりながら、前もこんなことあったなと思い返す。
月面戦争の時か。あの時もフランは怒っていた。
フランは自分の大事なものが危険に晒されると一等怒るタイプだ。
身内を傷つけられれば、誰であろうと容赦なく打ちのめす。
私でさえも。
「みんな馬鹿だから気にしてないみたいだけど、」
妹はうんざりした表情を浮かべる。
「私は許さない」
フランに睨みつけられて、私は後ろめたさと同時に奇妙な快楽を覚える。
「私とただ馴れ合いたかっただけで、ひとを巻き込んで。身勝手すぎるわ」
「そういうものなのよ。私は。……けど、そうね」
ここに至って私は、自分が抱いていた感情の本質に気づく。
この、妹を愛する気持ちというのは、どこまでも親愛なる妹を愛す気持ちであって、恋人に向けるそれではなかったのだった。
その事実に気づかなかった自分の愚かさを痛感する。
「私は皆の心を弄んだ。愛を望まぬ形に歪めてしまったと思う。すべて私が浅はかだったからだわ。ごめんなさい」
私は深々と頭を下げる。
「謝るのは私にじゃないでしょ」
「皆に謝ってきたわ。そしてフランにも謝ろうと思って来たの」
「……」
フランは私が頭を下げることに少し驚きつつも、片目を瞑って睨み続けている。
「そうね……なら、私の願いをひとつ叶えてくれたら許してあげる」
「えっ」
思わず声が出る。
「いいけれど……一体何を願うつもり?」
「簡単なことよ。きっとお姉さまにとってはね」
「……誰かに危険が及ぶこと以外でね?」
「制約が大きすぎるわ」
「あんた、そうしないとまた世界をぶっ壊してとか言うでしょう」
「まさか。真逆よ」
妹に詰め寄られて、顔が近くて、一歩後ずさる。
今日この時も抱きしめたいくらい可愛いのだけど、今はそんな場合ではなく。
「お姉さまは。私たちみんなを家族のように愛しているのね」
わかっていたはずなのに、今まで気づかなかったこと。
私は妹と同じく、紅魔館のみんなのことも等しいこころで愛していた。
妹、親友、従者。
関係性はそれぞれ違って、愛し方も異なるけれど、元を辿れば同じ愛に行き着く。
家族に対する愛の名のもとに。
だから私は頷く。
「ええ」
「そう。なら約束して」
フランはまっすぐに、私の目を見つめる。
「私たちを永遠に愛してくれるって」
私は目を見開く。
「誓えるでしょ? 永遠に愛してくれるって」
その言葉の強さに気圧される。
永遠の重みを知らないわけではない。
永遠に紅い、と標榜しつつも、その言葉の重さを痛いほど理解している。
けれど、
「永遠に」
「そう、永遠に」
「……死んだ後も」
「当然。私たちが死んだ後も、お姉さまが死んだ後も、ずっと、宇宙が終わっても、その次の宇宙が終わってもその次の次が終わってもずっと」
「……重いわね」
「うん。重いよ」
けれど、拒否する選択肢は最初からなかった。
言った手前もあるけれど、それは私にとってひどく容易いことに思えた。
「いいわ」
妹が私たちに向ける愛は重い。
妹の愛のほうが、私の愛よりも重い。
この世の誰よりも、重い。
なら、私の愛はどれほどの重さにあるのか問われるだろう。
答えは、重さなどない。
この世界のすべてを覆い尽くす愛に、重さなど要らない。
あればそれは容易く家族たちの首を絞めてしまうだろう。
だから私の愛は、この世の何よりも軽く、うっすらと世界を覆い、空気のように、永遠に愛するものたちの傍らにある。
「誓えるの?」
「誓うわ」
愛しい妹を見つめ返す。
「レミリア・スカーレットは、世界が終わろうと永遠が尽きようと、その先もずっとずっと、永遠に愛するものたちを愛し続けることを誓います」
妹は瞳孔をわずかに開いたかと思うと、顔を伏せた。
「……どうせ口ばっかり」
「口ばっかりかどうかは、それこそ永遠が尽きないとわからないわね」
「……」
「顔、見せて」
フランが顔を上げる。
その表情はいろんな感情が渦巻いていて、泣きそうな、堪えているような表情で、
真っ赤になっていた。
「……」
たまらず、私は最愛の妹を抱きしめる。
「おねえさ、ま」
「ああもう、」
こっちまで、真っ赤になってしまうではないか。
# 14
私たちは週に一度、顔を合わせて食事をする。
誕生日席に私が座り、家族たちは顔を並べる。
普段なら、何気ない会話に花を咲かせるのだけど。
(うっわ改めて顔を合わせると気恥ずかしくて話しづらい……)
フランも咲夜も美鈴も小悪魔も、みんな一様に気恥ずかしそうに黙って食事をしていた。
私でさえちょっと恥ずかしいんだから、他のやつらの恥ずかしさといったら相当なものだろう。
唯一パチェだけはどこ吹く風でばくばくとローストチキンを平らげていた。そういうところだぞ本当にお前は。
料理を運んでくる、メイドのなかでも相当古株の妖精でさえ、普段はお喋りなのに今日はてれてれとしていた。
こいつも普段は妖精とは思えないほどに落ち着いているのに、あの騒動で他の妖精と全く変わらない本性を見せてたからなぁ。
「なんか静かね」
空気を読まない親友が言った。
「そりゃあ静かにもなるさ。思いの丈はこの前にすっかり伝え尽くしたんだからな」
「あ、そう」
わざと大袈裟に言ってみたけれど、パチェは興味も持たずに食事を続ける。
「これは、私から見てというだけの話なのだけど」
そして親友はナプキンで口元を拭い、食器を置いた。
「やっぱり、今思うと違和感があったわね」
「違和感?」
「そう。貴方とフランドールの交歓にも、貴方と咲夜とのそれにも、私があの時抱いていた感情にも、すべて違和感があった」
フランはまるで思い出したくない記憶を目の当たりにしたかのように勢いよく顔を背ける。
咲夜はこれから一体何の話が始まるのかと怪訝な顔をしていた。
「私は、確かにフランドールと貴方が仲睦まじい夫婦のようにいるさまを見たいと期待していたけれど、やっぱり違ったわね」
私はパチェが何を言うのか察していた。
「だって、家族とはそういうものではないでしょう」
さすが、私の親友だった。
「本来は、家族という関係性において、愛なんてどうだっていいのよ。愛があろうと、なかろうと、反目しあっていたって、憎み合っていたって、血縁から逃れることはできない。それはこの世で最も逃れようのない呪いだわ。愛なんてもっともらしいことで片付けられるような美しいものではないのよ」
パチェは淡々と語る。
フランも咲夜も美鈴も小悪魔も黙って耳を傾けていた。
「血縁は、ただそこにある。貴方たちの場合は、その一本の糸にあらゆる愛憎が絡まって、雁字搦めになっていて、なんとかそれが家族愛だと言える状態になっているだけ」
私は俯いたフランの顔を見る。そこに495年以上の膨れ上がった愛憎を見る。
私は妹を常に愛していたつもりだが、妹はそうではなかったことを知っている。
妹に殺されかけたことも数え切れないほどある。妹が自殺を図った日のことも昨日のように思い出せる。
何百年もの間、何度も何度も傷つけあって、私だって妹を憎んだ瞬間がないとは言わない。こないだも勝手にプリン食べられたし。
それでもなぜかお互いに離れがたいことはわかっていて。
それは血縁関係にあるからってだけじゃなかった。
私たちはずっとずっと、愛憎とも呼べないなにかで繋がっていたんだ。
笑ってしまう。
こんな家族の形あるかい。
「だから、やっぱり仲睦まじいだけの貴方たちなんて見たくないわね。見たいものがあるとすれば、」
パチェが微笑む。
「今までのこの、食卓を囲む時間がそうだったように。愛とか憎悪とか捨て置いて、逃れ難く連帯している貴方たちが言葉遊びを延々と続けている。そんな変わらない時間が家族のあるべき姿だと思うし、それだけが私の見たいものだわ」
そう、結局は関係性とか、なんで繋がってるかとか全部どうでもよかったんだと思う。
私たちが一緒にいること、それこそが愛の証左なんだから。
「そうね」
私も笑った。
「失敗だったわ」
「そうね。失敗ね」
「ばっさり言うな」
「でも、ひとつだけいいことがあったわ」
パチェが目を閉じる。
「所詮、運命の悪戯で巡り合っただけの共同体の一員である私たちのことを、レミィ、そしてフランドールが、まぎれもない、血縁に限りなく近いもので連帯している家族だと思ってくれていて……嬉しかった」
パチェの言葉とは思えない素直なそれに、私は目を丸くする。
「そして、他でもない私たちがお互いのことをそう思っている、それを知ることができて本当に嬉しかったのよ」
パチェは、なんでもないように、けれど感情を滲ませながら静かに言う。
「言葉だけじゃなくて、自分の底から湧き上がる想いでそれが知れて、よかった」
「……パチュリー」
か細い声に視線を向ける。
フランは涙ぐんでいた。
感極まって、私も泣きそうになる。
美鈴は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
小悪魔は目を丸くして口を押さえている。わかる。パチェはこんなことを言うキャラではない。
咲夜は。
珍しく動揺していて、それでも言わなきゃいけないことがあるみたいに立ち上がろうとして。
「わっ……私も……!」
「あれ、フランドールなんで泣いてるの」
パチェが無表情で不思議そうに言う。
私の涙が引っ込む。
「おまっ……お前本当にそういうとこだかんな!?」
「え……レミィどうしたの、私怒られるようなことしたかしら……」
「してるわ! 咲夜言ってやれお前!」
「パチュリー様は本当に最低なお方ですわ」
「よかった……パチュリー様が別人になってしまったのかと……よよよ」
「小悪魔お前はお前で泣くタイミングおかしいからね?」
嘘泣きする小悪魔に私はツッコミを入れる。
パチェの口元に笑みが浮かんだのを私は見逃さなかった。
ああ、さすが私の親友だ。
私もそっくりそのまま同じことを考えていた。
どうせ愛していても、憎んでいてもこの関係はきっと永遠に変わらないのだから。
なら、思い詰めるほど愛すより、憎み合うより、適当に言葉遊びをして笑ってるのが一番いい。
さっきの尊い話も、親友にとっては言葉遊びに過ぎないのだから。
妹が、緩む口元を押さえながら涙を拭く。
娘のような従者が、親友を半眼で見ながら憎まれ口を叩く。
その姉のような古株の従者が、なんとか宥めようとする。
親友を世界で二番目に理解しているその従者が、けらけらと笑って焚きつける。
親友はどこ吹く風だ。
私は笑う。
こんなの、どうしたって結婚した夫婦同士には見えないな。
ならば、何に喩えよう。
夫婦でなくても家族にはなれる。
たとえば姉妹とか。
でも、「家族だ」って言っちゃえば、細かい関係性とか愛憎とか全部吹き飛んで、それはもう家族な気がする。
ああ、私たちはひどく家族だ。
こんなに愉快な家族はこの世界のどこを探しても見つからないな。
これからも何気ない日常が、ずっと続く。
メイドたちが、従者姉妹が、親友とその相棒が、妹が笑う日常がずっとずっと続く。
私は従者たちと、親友と、妹とひとつの屋根の下に暮らしていて、私たちは毎日くだらなく楽しいことを考えて、笑ったり喧嘩したり賑やかに過ごしている。
私たちは、家族だ。
永遠に。
ありがとうございました。