わたしは獅子堂蘭、将棋がちょっとだけできる大学生だ。
「蘭お姉さん、流石にそれは嘘ですよ。ぼくが見た中で蘭お姉さんは八一さんと一二を争うぐらい将棋の才能がある人ですよ?」
「……八一くんと比べられるのは嬉しいけど、今だったら勝負にならないんじゃないかな」
ディスコードで将棋ソフトを開き指しながら通話する相手は椚くん。奨励会に所属している2級の男の子、年齢は知らないけど多分12とかじゃないかな。
「そうでしょうか、今の八一さんはちょっと精彩を欠いてますし。今なら充分勝機はあると思いますよ」
そっか。実際のところ、今の八一くんなら本当に何とかなりそうな気がする。
竜王戦が終わって以降の八一くんの将棋ははっきり言って酷い、見なかったことにしたいぐらいには。
ここまで公式戦11連敗、こっぴどくやられてしまっている。
ペラペラと印刷した連敗中の棋譜を見ながら、頭の中で符号を動かしていく。序盤中盤、終盤。あちこちに迷いと苦しみの跡が伺える。
「しかしあの八一くんが竜王とはね、わたしに負けて泣いていた子とは思えない」
「八一さんにもそんな時代があったんですか……?」
「あったあった、確か神鍋くんの仇を討つと言ってたけどわたしもあの時は優勝出来なかったら将棋を諦めなさいと言われてたからね。そりゃもう本気で指した結果ギリギリで勝っちゃってね」
「しょ、将棋をですか?」
「そうそう、うちの親厳しくて。『女子に将棋なんて出来ないのはプロ棋士になれた女性が居ないことから明らかだ、そんな道に進ませるわけにはいかない、ただでさえお前は生活能力と対人能力が終わってるのに』ってでまあ将棋は続けさせてもらったけど奨励会には入れてもらえなかったんだよね」
「実際合間から聞こえてくる話からすると蘭お姉さんの生活終わってますもんね」
「うるさい、ソフト馬鹿」
「……普通に心配なんですけど、前ももやしと袋麺しか食べてないとか言ってたじゃないですか」
あれはちょーっと古本屋で昔の将棋の本を買い漁ってバイトの入金まで金欠になっただけ、決してわたしの生活能力が終わってるわけじゃない。
「前に八一さんの家にお邪魔したんですけど、まだまともな物を食べてそうでしたよ」
「そりゃ八一くんはプロ棋士なんだし、入ってくるお金が違うよ」
竜王戦の賞金も大概な額のはずである、わたしのような万年金欠学生とは生活レベルからして違うはずだ。
「つまり金欠が原因だと。であればぼくがプロ棋士になったら一緒に暮らしませんか?VSなんかもし放題ですよ?」
「そりゃいいや、けどわたしの方が先にプロ棋士なるからね、三段編入試験のこと聞いてないの?」
「確か60年ぶりとかなんとか、と言ってましたね。女性による挑戦は初だと」
そう、わたしは去年、アマ竜王だった。八一くんがプロになったのなら諦めたくない。その一心で勝ち上がって、ようやく手にした挑戦権。
ちなみに賞金の50万円はPCの新調に使った、PCショップの店員さんに「それ空冷だときついんで簡易水冷のCPUクーラー必要ですよ」と言われたので若干予算オーバーしたが……
「楽しみにしてますよ、蘭お姉さん。ぼくと同じ奨励会という舞台に立ってくれることを」
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獅子堂蘭、という女性アマチュア選手の存在を将棋大会に出るレベルの中で知らない者はいない。伝説のアマ、花咲誠也がアマ界の天井を引き上げたとするならば、彼女は男女の壁をぶち抜いていった。
最年少かつ史上初の女性アマ竜王。中学生、高校生名人を計5回獲得し、支部名人戦準優勝。
しなやかで硬い守りと、攻め手が力尽きた後に繰り出される強烈かつ華麗な攻め。
人は彼女を『関東の獅子』と呼んだ。