「蘭お姉さん、四段昇段おめでとうございます!」
「えへへへへ、お先に失礼しちゃったね。……と言うか鏡洲さんもおめでとうじゃない?創多もずいぶんお世話になったみたいだし」
創多と私の将棋が似てるなんて、私ですら気が付かなかった。やっぱりあの人も強い、また戦うのが楽しみだ。
……カパカパとお酒を開けていくと、やっぱりテンションが上がってるのか、モニターの前なのに酔うのが早い。
「やっぱり対等のライバルを恋人にはしたくないじゃん、私にとって八一くんがそうだから」
私にとってライバルとは対等だ、見上げるものじゃないし、常に対局で当たる可能性がある相手。
「そういう意味では、創多はきっと、全員が見上げる星になると思うから」
「狙われるから気をつけなよ?八一くんみたいにならないようにね」
八一くんは女の子を抱えすぎだと思う、
そうアドバイスした私を、創多は鼻で笑うと。
「そんなことにはならないとおもいますけどね、ぼくは天才なので。みんな「きみは天才だから」といって逃げて行きますから」
(逃げなかったのは、八一さんとあなたと、鏡洲のおじさんだけです)
……なんか変な雰囲気になったね。……昔話をしよっか、わたしが異名をつけられる前の話。
「昔ね、『負ける恐怖も負かす痛みも、負けた悔しさもしらないのに強くなれるとはあまり思えませんね』って言われたことがあってね、おかしな話だよ、私は最善の努力を尽くして、最善の指し手を選んで、それで負けてるんだから。悔しいってなんだよ、恐怖ってなんだよ。多分一生わからないと思う」
その人だけは苦手だった。冗談抜きでガチガチに研究してくるし、勝ち上がれなかったアマチュア棋戦は全部その人に負けたと言ってもいいと思う。
「知っているから強いんだろうね、知らないから負けたんだろう。でも……私にはやっぱり恐怖も悔しさもわからない」
「……創多はどう思うかな?」
創多にはまだわからないかもしれない、わたしと同じように。
「……ぼくにはよくわからないのですが、蘭さんが言うなら恐怖も大事なんじゃないですか?」
……んん。やっぱり創多もだめかも。
「鏡洲新四段の誕生を祝して、乾杯」
「花咲さん、ありがとうございます、わざわざ」
「色々と聞きたいこともあったし。ちょうど良かったんですよ」
獅子堂くんも上がってくれたことだ、忠告がてら、獅子堂くんの話でもするか。
「で、あまり長々と前置きをおいてもアレですから、率直に聞きましょう。獅子堂くんはどうでした?」
「化け物ですよ、序盤はまだ付け入る隙があったかもしれませんが、リーグ終盤はもう手がつけられない状態でした」
「聞いておいてよかったです、運が良かったですね。リーグ中盤に当たっていれば場合によっては勝ち越し延長すら危うかったでしょう」
「そこまでいいますか、花咲さん。いや。なんとなくそんな気はしてましたけど」
鏡洲くんはあの中盤を見せられて才能の差を感じられないほど弱くない。
「結果だけ見れば残ってた3敗勢は2人とも連敗、次点は5敗、やっぱり荒れたね」
お互いに酒を開けながら、2位で上がった獅子堂くんのことを語る。
「獅子堂くんはね、天才だよ。それも……持ち時間が長いほど強くなる。私が獅子堂くんに勝てたのは、持ち時間が短いアマチュア棋戦だから。同じ場所で戦ったらそうもいかない」
向き不向きがある、私も持ち時間が短い新人王戦で若手棋士と戦った時はイケる……か?と思ってしまったりしたが、逆に竜王戦は女流棋士にしっかり負かされた。獅子堂くんは竜王戦の長い持ち時間を有効に使えるんだろう。そしてそれならば順位戦も然りだ。
「いずれ彼女は竜王名人になる、下に『名人』のような怪物がいなければそうそう九頭竜くん以外で抗える棋士はいない」
「………奨励会にいますね、『名人』に並ぶぐらいの天才が。まだ小学生なのに、次の例会で二段に上がりそうですよ」
へえ、そんなに。鏡洲くんがいうほどの。
「すごいですねぇ、今時の若者は、若者の人間離れって嘘じゃないんだなって」
「わかります、獅子堂も九頭竜も、椚も。やっぱり俺なんかじゃ及びもしない天才で……あの日が終わった後、夢を見るんですよ。誰もいない将棋会館を、ずっと一人で彷徨い続けている夢、ここに俺がいるべきじゃないって言われてるようで……」
よく聞く話だ、奨励会の退会者がそんな夢を見るという。対局が終わって駒を片付けて、出口を探そうとするも見つからない。
「最終日までは調子が良くて浮かれていたんですけど、獅子堂に負けて冷や水をぶっかけられたような感覚になったんですよ、本当に上がるべき人の将棋を見せられたと言うか」
「そうですね……、一つ思うところがあるのですが。たとえば……順位戦A級が10人、B1が10人、タイトルホルダーが7人、挑戦者が7人。レーディング上位で10人。多くてもトッププレイヤーとして数えていい存在はその程度しか居ません。そして現役棋士は170人程度。かなり多く見積もっても現役棋士の中で上位として居られるのは4分の1」
「その程度しか三段リーグを抜けてプロ棋士の中でトップと認められない。つまりは毎年4人と数年に一度次点で抜けた人で、トップレベルで活躍する人は1人居るかどうかですよ。毎年3人は普通の四段が上がって、1人ぐらい”特別“が混ざっている」
あんまり自分が上がる資格があるかどうかを気にするのもしょうがないと思いますよ?