「あ。八一くん。元気してた?竜王戦防衛おめでとう!すごかったねぇ、また八一くんと将棋を指したくなったよ」
……なんで獅子堂が関西の指し初め式に居るんだよ。お前は関東所属だろ……。
「こっちにも色々あるんだよ、八一くん。ちょっと三段編入の時にブルーノ理事達にお世話になったからね。あと単純に名人と顔合わせるのが気まずい」
そりゃまあ、そうだろう。女性の奨励会三段(半年前の出場時はアマ)に現役の名人、しかも4冠が敗れるっていうのは獅子堂フィーバーと今でこそ獅子堂が四段になり、実力が証明されていることを踏まえても20年前なら大荒れになりかねない。
「いや、そうじゃなくて。八一くんとVSしたから」
ああそっちか。じゃあ気にする必要はない。
「なにも返せなかったせいで参考にならなかった、だから気にしなくていい」
付き合ってもらったのは大変申し訳ないが、正直なところ獅子堂とのVSで得られたものは決して大きくはない、大きくはないが……何より貴重な物だった。とはいえ勝敗に影響したとは言い難いが。
「そ、そんなぁ。ま、楽しかったからいいけど」
獅子堂は俺と二、三回指すと、スタスタと鞄をもって立ち上がり。
「じゃ、八一くん。わたしには
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わたしがスポンサー集めでマスコットみたいなムーブをしているのはなぜかと言われると、連盟に余裕を作るため、というかアマチュアからの編入試験を経由してプロになったわたしにはアマチュアへの恩返しも、プロの間口を広げてわたしのように無理を通さなくてもプロになれる道を広げることを求められてる。と言うかわたしがそうしたい。
そのためにもまずは連盟に先立つものが必要、浪速の白雪姫のような特別な風貌を持たないわたしでも、史上初の女性棋士という看板は何より役にたつ。
スポンサーをしてくれている企業や、大口の寄付をしてくれている個人への新年の挨拶回り。関東は昨日やったけど、こっちはまだである。
大阪府の企業をあちらこちら回ったあと、最後に来たのはここ。
「わたし、来る場所間違えたかな」
兵庫県、神戸市、灘区。その山手に聳え立つ豪邸を見上げながら、わたしは一人で呟いていた。
「獅子堂蘭先生でいらっしゃいますね?」
「はい、そうですが……こちらが夜叉神弘天様のお宅でよろしかったでしょうか」
ぽけーっと突っ立っているとサングラスをかけたお姉さんに声をかけられる。
「獅子堂先生の到着だ!歓迎しろ!」
「あの!時間も時間なので陣太鼓は勘弁してください!」
黒服のお兄さんが陣太鼓を鳴らそうとしたので慌てて止めた。夜の7時だよ、勘弁してほしい。
「……なんであんたがウチにいるのよ、『関東の獅子』」
弘天さんと、はじめましてと本年も将棋連盟をどうぞよろしくお願いしますの挨拶をし、手土産のお菓子を手渡していると、天衣ちゃんが帰ってきたようだ。
「わたしはマスコットだからね、大切なお客様は離れないようにするのも仕事だから」
弘天さんは将棋連盟に多額の寄付をされている。つまり極めて重要なお客様である。
「白雪姫よりも強い世界で一番強い女性ね、こうしてみるとそうは見えないわね」
そうかな?じゃあ1局指してみる?
マイナビの棋譜を見る限り、それなりにはいい受け将棋。
まだ、わたしには勝てないと思う。
…………
……
「……ないわよ。なんでほぼノータイムなのにあそこまで強いわけ?」
「時間があればもっと強いけどね、アマチュア棋戦ぐらいの持ち時間だと今ぐらいが精一杯かな?読まずに指すとこれ以上はちょっと辛いかも」
ちょくちょく読みを入れていった方が精度は上がるんだけど、そうすると持ち時間20分では足りない。
「意味わかんない、第一感がそこまで正確なの?」
多分名人はもっと正確だよ?早指しの名人が99点を連打出来るならわたしは98〜90の間を動いている感じ。
「そんなこともないと思うけどね、早指しならわたしより強い人はそれなりにいるよ?」
「そんなにいてたまる……あ、」
ほら、パッと思いついた人がいる。
まあ、もう一回指そうか。
…………
……
「……なんで獅子堂四段は、そんなに強くなれたんですか?」
「みんな、わたしよりもずっと強かったから。わたしはもっと戦いたくって負けることよりも……戦えなくなることの方が怖かった」
「弱かったら対局してもらえない、昨日よりは一手でもいい将棋を指せないといつかわたしは将棋を指してもらえなくなる」
将棋は一人では指せない。誰が好き好んで強くなりたいのに弱い人と指す?少なくともわたしは指さない。
「そうやってのめり込んでたら親からストップがかかったのがわたし。まあ、結果で黙らせたけど」
わたしの出来ることは将棋以外にもいっぱいあったけど、わたしが心の底から強くなりたかったのは将棋しかなかった。
「だからまあ、将棋で手に入るものだったら。天衣ちゃん、手に入れちゃえばいい。わたしはそれを歓迎してるから」