わたしは自分のことを天才だと思ったことは一度もない。
小一の時に公園でお爺さんたちに将棋を教わった時も。
小学生名人になった時も
三年連続で中学生名人になった時も。
将棋盤を脳内で考えなくても符号をそのまま脳で処理できるようになった時も。
どんな時だって時間が掛かったり苦戦をし続けた。楽に出来た記憶など一度もない。
それこそ天才というのは八一くんや椚くんのような、こう。なんだ、すごい!って感じの人達を指す言葉だと思う。
名人?名人はその……ジェット機じゃないかな。
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わしがあの子、獅子堂蘭と出会ったのは彼女が小学二年の夏だった。
地元の将棋教室で自分より実力が上の子に挑んでは負け、挑んでは負けを繰り返し、根負けした子が逃げ出す。
それを見てこの子は強くなる、と思った。確かに将棋は勝てば勝つほど強くなれる。だが負けることを恐れても、勝つことを恐れても強くなれん。
将棋自体の才能は、見た感じ地元でも見劣りする、ぐらいだったが。
それが三年、四年になるにつれて地元の大会に優勝するようになり、五年生の時には父親から将棋禁止を言い渡されるが、小学生名人になったら続けてもいいとの言葉を引き出して、挑んだ小学生名人。
後の女流タイトルホルダーや竜王、B級までストレートで上がった棋士を相手にして勝ち切ってしまった。
本人は苦しかったけど何とか勝てた、というけれど。
最初にわしが見た時の将棋から想像もつかないような強さになっていた。
思えば一度も、ただの一度もあの子がスランプに苦しむところを見たことがない。実力が足りずに負けたことは多けれど、いつだって足を止めなかった。
壁に当たってそっから一気に伸びるのは天才、壁に当たらずにじわじわと伸びるのは凡人とよく言うが、彼女だけはその例外と言えるかもしれん。
凡人がアマ竜王になれるはずがない。敗者復活も無い一発勝負のトーナメント戦。しかも元奨励会やトップアマが集うアマチュア竜王戦ともなれば確かな実力が求められる。
それを奨励会にも行ってない女性が勝ち切ってしまうのだから……わしの弟子とはいえ末恐ろしい。
正直言う、あの子は誰よりも将棋に貪欲、強くなるために、時間も金も惜しまず、そして方法すら選ばない。
あれほどまでに貪欲な人間をワシは知ら……いや、たった1人だけ知っとる。師匠や。
将棋の才能も晩成ながらあった、それでもそれ以上にあの子が強くなった理由はあの貪欲さ、それに尽きる。
まあわしは書類上の師匠でしかないけどな、もう棋士は引退しとるし。
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奨励会三段編入試験のためにわざわざ新幹線で大阪へ、往復で大体二万五千円、大学生には痛い、痛い出費だが、師匠がわざわざ会いに来て。
「二つ勝てば三段編入や、勝ったら帰りに美味いもん土産に買ってきてくれへんか?551の肉まんがええわ」
と5万円渡してくれたので賄えてはいる。
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「女流二冠、今回の奨励会三段編入試験はアマ竜王の獅子堂蘭さんとの対局になりますが、同じ女性としてどのような心境で対局されますか?!」
「弟弟子である九頭竜竜王が小学生名人戦で負けた相手だそうですね!?勝てば姉弟子として仇を討つ、ということになりますがいかがお考えでしょうか!?」
「すでに獅子堂さんは竜王戦6組でプロ相手に2勝を挙げていますが勝算はありますか?!」
群がるマスコミを「現役の奨励会員として恥ずかしくない将棋を指したいと思います」の一言だけ返して間をすり抜ける。
対局場に上がると、下座で黙々とメモ帳を読み返すロングヘアの女子大生の姿があった。
「……!空さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
私は迷うことなく上座に着く、例えプロ棋士相手に結果を残していようが、現在はアマチュアだ。
獅子堂はメモの入った鞄を連盟スタッフに預けると、私の方に向き直った。
「そういえば空さんは八一くんと姉弟弟子なんですよね、最近知りました」
「…………そうね」
「八一くんと沢山将棋を指して,沢山勝って、沢山負けたんでしょ?いいな、羨ましいな。わたしは一度しか対局出来なかったのに」
この女は八一の何を知っていると言うのだ。
「…………」
「まあ、八一くんと先にプロで対局するのはわたしだけどね」
……殺す。この女だけはここで。
…………
……
押しているはずなのに、明らかにこちらの方が優勢のはずなのに。
「捉えきれない……」
攻め気に逸りすぎたのか、私の自陣の方は明らかに手入れが必要になってしまっている。
ここは仕方ない、自陣に手持ちの駒を打ち付けて整備しなおす。
そう思い、指した瞬間目の前の獅子堂の瞳がギラリ、と輝いた。まるで獲物を狩る獅子のように獰猛な瞳に変貌した。
「待ってましたよ、空さん」
攻めに回った獅子堂の鋭い攻めが一枚一枚守り駒を切り飛ばしていく。多少の駒損すら気にしない。最短経路で私を詰ませに掛かっているのを自覚し、少なくなってしまった持ち時間で読みを入れる。
なぜか異常に鮮明な脳内将棋盤を引き出し、手を読むと……
私の王には長手順の詰みがあった。
「……っ!」
目の前の女がこの詰みを見逃してくれるはずがない。
数手ほど足掻いてみたものの、その読んだ手の通りに盤面が進んでいく
結局残っていたのは、頭を上げられなかった私だけだった。
【獅子堂蘭の異常ポイント】
・将棋で挫折した記憶が本人の記憶にも師匠の記憶にもない
蘭ちゃんが最初強くなかったのは身体的な頭の成長が入れる知識に追いついてなかった、というだけの話なので、追いついてしまえば同世代の中では基本的に敵はいません。