奨励会三段リーグには2種類の生き物がいると言われる、イワシとサメだ。
ただ……獅子堂蘭にはその常識は通用しない。
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例会開幕2連敗、奨励会。という世界は思った以上に重く、苦しい世界だった。流石に私だって人間だ、空気に飲まれることの1つや2つぐらいあるし、人間はミスする生き物だから大失着をすることもある。そう言うもの、名人だって全勝出来ないんだから仕方ない。
まあ、それはいい。それよりも腹が立ってきたことがある。
『所詮はアマ上がり、思ったほどではなかったな』
『これなら星を計算できそうだ』
という周りの声だった。
眼前の青年が頭を下げる。
「……ありません」
二敗した後連勝、まあこれで取り返したわけではないので次も勝たなきゃいけない、少なくとも傾向的には四敗がボーダーだから。半分死んだって? アマチュアは一回負けたらそこで死ぬんだよ?
「わたしを舐めてかかるのは構わない、けど。わたしの戦って来た場所を舐めてかかって欲しくない。二敗しても死なない場所で戦ってる君たちと違って、一敗の意味が違う場所だから」
アマは県予選も決勝もトーナメントは一度負ければそれで大会は終わりだ、次の大会はあっても、この大会の対局はない。次でいくら勝っても、その時の負けは取り返せない。支部名人の決勝で花咲さんに負けた時は右の膝小僧を強く握りすぎて青タンになってた。
「わたしは全部勝って八一に追いつく、プロとして竜王戦に出て、もう一度。いや、何度だって戦いたい」
一期一会じゃなくて、負けてもまた勝ち続ければ、何度だって八一くんと戦える。そんな場所はすぐ目の前にある。
「だから──もうここでは負けない」
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「なんだろうね、今まで自分のことを捕食者だと、サメだと思っていたんだが……」
「喰われる側になってみると、どれだけ粘ろうがすり潰される。この感覚は久しぶりなような気がする」
「迂闊に勝ったやつはバカなことをしてくれた、尻尾を踏まれたライオンがどれだけ怒り狂うかも知らずに」
なまじ負けたが故に油断も隙もなく全てを蹂躙するような、眠れる獅子の尻尾を踏んでしまった感覚がある。
「……しっかし酷い負け方だ、何もさせてもらえなかったよりひどい。全力を叩きつけて、粘った上でそれを全て無意味だと言われたようだ」
散々に突き崩された自陣と、あまりに遠い相手の王を見る。どこから読み直しても勝てる筋が見えてこない。それは自分の読みでは何度も指してもあの女には勝てないという感覚を叩きつけて来て、実力の違いを見せつけられた、そう痛感する。
「九頭竜に負けて昇段を逃して、今度は九頭竜に勝った女に負けるか」
……とは言えまだ一敗、星勘定では獅子堂より優位だ。
なんだが、あんな将棋を見せられて。狂わない将棋指しが居ないはずがない。無意識のうちに俺の将棋も狂っていたようで、その後の例会ではずるずると調子を崩していた。
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「うっわ、これは酷い。坂梨を序盤のチャンスからそのまま押しつぶしやがった。普通見送って確実なチャンスを待つのに」
「蘭さんが今戦ってるの、三段リーグですよ?こんな一見無理攻めを針の穴を通すように成立させていいんですか?」
これまで体感したことがないぐらいの好調で無傷の連勝中の鏡洲はクソほど明るいが、とくに獅子堂が一期で降段点を喰らうとも思ってない椚も似たようなテンションである。
「うわ……ソフトに読ませてみたら中盤ドンピシャ、その攻めでしかここまで完璧に潰せませんよ、やっぱりあの人天才じゃないですかね?」
「ははは、当たりたくねぇ………」
本音が溢れるが大体の昇段見込みのある三段は同じことを考えている。
「……えげつない攻め方するわね。実力ですり潰した。と言ってもいんじゃないかしら」
「姉弟子、そう言えばアマ竜王戦の棋譜あったんで見ます?辛香さんとの棋譜なんですけど」
棋譜を姉弟子に渡すと、姉弟子は一通り目を通し、こうこぼした。
「……中盤に構想負けして粘ったものの押し切られた、ね。隙を見せれば一閃、ちょっとの隙で無理攻めに見えてもこじ開けて来る。じゃあ隙を見せないようにすればそもそも構想力が高いから競り負ける」
「まるで将棋の星に生まれたのに地球で育ったお姫様ね」
八一が将棋星人なら、獅子堂は将棋の星のお姫様、八一と違ったのは、将棋星人に周りを囲われることもなく彼女は地球人に囲われて育ったところだろうか。