隻腕のシド・カゲノー   作:読者0

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やっぱり難しい


1章
涙


「よくもシャドウの腕を!!やはり信用なんてできない!!」

「だから言ったのだ」

「ごめん」

 

切り落とされた腕を持って霧の龍と並んで帰ったら勘違いしたのか敵意むき出しで剣を向けている。

 

「待って、落ち着いて。こいつがやった訳じゃないから」

「でも貴方を傷つけられるのは他にいないじゃない!」

「確かに」

「おい」

「やっぱりそいつなんじゃない!!」

 

寸劇を繰り広げている間に臨戦態勢に移っている。

手加減なしの七陰とこいつ(霧の龍)が戦えば折角綺麗にしたアレクサンドリアが半壊する。

 

「落ち着いて、ちゃんと説明するから」

「でも....でも...腕が、貴方の腕が」

「ほら落ち着いて、深呼吸して」

 

肩に手を添えて深呼吸をするように促すが呼吸は落ち着かない。

 

「ない....なんでないの....なんで、なんで」

 

左腕があったところに手を伸ばして何かを掴もうとしている。

 

「アルファ、落ち着いてちゃんと話すから」

「私のせい....私のせいなの?」

「違うから、ちゃんと説明するから」

 

余り僕は頭が良くないから、どう説明したものか。

うーむ....

 

「ごめん、無理。やっぱり代わりに説明して」

「.....少しは自分で説明しようとは思わんのか?」

「だって僕、頭良くないし」

「はぁ」

 

わざとらしい溜息ってやっぱりイラッとする。

 

「説明するのは構わないが犬の娘を何とかしてくれ」

「ふーーーっ!!ふーーーーーっ!!」

 

尻尾の毛は逆立ち、瞳孔は収縮し今にも襲い掛かりそうになっている。

 

「デルタ」

「ふぅーーーー!」

「デルタ」

「ふぅーーーー!」

「デルタ!」

「あぅ、ボス」

 

肩を叩いて強めに呼びかけると反応してくれた。

 

「ボスの手が.....手が」

 

耳はペタンと折りたたまれ、尻尾は垂れ下がって吊り上がっていた目には涙が溜まって泣きそうになっている。アルファと同じ様に何かを掴もうとしているが手が空(くう)を切るだけ。

 

「部屋に行こう...デルタ?」

「ひっぐ....ボスの手がない....なんで」

 

子どもがするように目を擦りながら泣く。

 

「おいで、デルタ。一緒に休もうか」

「ボス、ボス....」

 

右手をしっかりと握りしめて付いてくる。

説明を任せたのは僕だけど上手く説明してくれるとありがたい。

 

シャドウの思いとは裏腹に説明を受けた七陰達は受け入れられずにいた。

 

「何を言っているの?」

「もうあやつの腕は元には戻らない、そう言っている」

「そんな訳ない、何かの間違いよ」

「間違いではないのは自分が良く分かっているはずではないのか?」

 

一般人よりも遥かに高い知能を持つ彼女達は理解していた。

でもシャドウだからきっと何とかすると思って、現実を拒否していた。

だがこれ以上は目を背けることはできない。

 

「どうしても....どうしても治せないの?」

「無理だ」

「繋ぐ事も、新しい腕を創り出すのも?」

「不可能だ、左腕があったという事実が消されている。生体情報と言った方がお前達には伝わりやすいか?生体情報の中から左腕の存在が消されている」

「でも、マスターの腕、ある」

 

シャドウの左腕が収まった容器をイータは震える手で持ち上げる。

希望にすがりつこうとしているようにも見える。

 

「それはもう、シャドウの血肉で構成されているだけのモノでしかない。どれだけ繋ごうとしても無意味だ」

「そんな」

「生まれた時からなかった事にされていると言えば納得するのか?」

「....スライム。スライムなら、新しい腕が、作れる」

 

使用者の思うがままに形を変えられるスライムならと希望を見い出す。

これならまだ何とかなるのではないかと表情が少しだけ明るくなる。

 

「無理だな」

 

だが霧の龍はその希望を否定する。

それはただ否定するのではなく、シャドウに頼りすぎている七陰に対する戒めも込められている。

 

「先程スライムで腕を作ったが形だけのものだった。動きはしたが本来の能力と比べると張りぼてのようなものでしかない」

「そんな.....」

 

ゴトンとイータの手から容器が落ち、容器の中を満たしている保存液が衝撃で揺れる。

壊れていない事に安堵するが、中に何が入っているか思い出して悲痛な表情になる。

 

「どうあっても戻らないの?」

「.....私は世界から切り離された単一生命だ、長い間死と再生を繰り返しているがそのような者と出会った記憶はない。記憶の劣化もあるだろうがそのような者と出会ったのなら記憶の保存をするはずだがそれがないという事は会った事がないという事なのだろう。残念だが私に回復手段はない」

「......こんなの、あんまりよ」

 

崩れ落ちうずくまるアルファ達に背を向け霧の龍は立ち去る。

数分間すすり泣きような声と嗚咽が混じった声が響く。

泣きやんだ七陰達はよろよろと立ち上がりシャドウの元へと向かう。

もう分かっているはずなのに部屋に行けば腕は元通りになっているという考えを捨てられないまま歩き出す。

 

 

「ぐすっ」

「もう泣き止んでよ、デルタ」

 

部屋に入って椅子に座った僕の膝に顔を埋めて泣き始めてから10分たつのに、未だ泣き止む様子がない。

 

「ボスの手が....手がない....ないのです。こんなの嫌なのです」

「もう泣かないで、可愛い顔が台無しだよ」

 

鼻水は垂れて、泣き続けたせいで目は真っ赤になって瞼は腫れ上がり、涙が流れた跡が出来ている。

服の袖で何度も拭いているのに涙は止まらない。

 

「ボス、イヤ。死んだらイヤ」

「僕は死んだりしないよ、やりたいことだってまだ沢山あるからね」

「でも手がないのです、デルタをナデナデしてくれる手がないのです」

「まだ手は残ってるでしょ?」

 

右手でデルタの顔を優しく撫でると大粒の涙をこぼす。

 

「イヤ、ボス怪我するのイヤ」

「今回だけだよ、運が悪かっただけだから」

 

アレは例外だ。

正直なところ生き物ではなくオカルトの類だと思っている。

生物を相手にしているとは思えない異様な感覚に、まるで1人分の空白がそこにあるかのような存在感の薄さ。

存在の抹消という理解不能な能力。

神様なのかな?それとも抑止力というやつか?

もう消えちゃったからそこまで深く考える必要はないか。

 

「ボス」

「僕は笑っているデルタの方が好きだから泣き止んでくれると嬉しいな」

「だっでボスの....ボスの...手が...手が」

「仕方ない」

 

デルタを立たせてベッドまで引っ張って寝転がる。

 

「疲れたでしょ?休もうか」

「ひぐ、ひっぐ」

「一回寝て休もう」

「イヤ、ボスいなくなったらイヤ」

「大丈夫、ここにいるから」

「ぐすっ」

 

流石に泣き疲れたのか撫でていると眠った。

 

「アルファ」

 

部屋の扉が開いて入ってきたかと思うとベッドに飛び込んでくる。

 

「ごめんなさい」

「だから謝る様な事じゃないって」

「違う....違うの」

 

涙をこぼして泣き始める。

 

「私は貴方なら何とかできると思ってた」

「別に悪いことじゃないよ?」

「違うの!私達は貴方に甘えてた、何とかしてくれるきっと大丈夫だって」

「甘えるぐらい別に.....」

「....ごめんなさい、甘えてばかりで何もできなくて」

「そんな事ないよ」

「....嫌いにならないで」

「嫌いになる理由がないんだけど?」

「....ごめんなさい」

「え、ちょっと泣かないでよ」

 

泣き始めたアルファを宥めて寝かせると、他の皆も泣き出す。

泣き声で起きてしまったデルタをもう一度寝かせるのにかなり時間がかかった。

外でもう1人待ってるからその人もどうにかしないとな。

 

「お待たせラムダ」

 

部屋の外にいたのはラムダ。僕の姿を見て息を飲むのが分かる。

 

「シャドウ様.....」

「ここだと皆が起きるから、別の場所で話さない」

「はい」

 

ラムダは元軍人だから負傷したりする人を見慣れてると思うから泣いたりはしないと思うけど、絶対はないからな。

泣いた人にできる事なんて抱きしめて頭を撫でるくらいしかないからな、それで落ち着いてくれたらいいんだけど。

 

 

城のテラスに出たシャドウとラムダは夜空を見上げ星の美しさに見惚れていた。

 

「ここから見る星は一味違うね」

「はい」

 

ラムダの声色には悲痛さが浮かんでいる。

昨日まではあったはずの左腕がない。七陰と比べれば接した時間は少ないがシャドウを傍で見続けたラムダにとって我が事のように感じてしまう。

 

「気にしないでいいよ」

 

唐突に主から告げられた言葉に息を飲む。

そして何度も思った事を思う。

この人には敵わない、年下なのに何でも見透かすこの人にはどれだけ隠そうとしても暴かれてしまう。

 

「......辛くはないのですか?」

「うーん、辛くはないかな?無くなっても『この程度なんだ』としか思わなかったし」

「そんな訳がありません!!体の一部でも失えば凄まじい喪失感を味わいます!私も....七陰の皆様もおります、ですから1人で抱え込むような事はおやめください!!」

「ラムダ」

 

振り返った主の瞳には後悔も喪失感も何もない、いつもと変わらない澄んだ瞳のままだった。

 

「これは僕の自論だから、聞き流してくれて構わないしラムダがそういう風に考える必要もないことだけど聞いて欲しい」

「....分かりました」

「何の救いにもならないかもしれないけれど、僕は今回の事を当然の結果として受け止めている」

「....何故、ですか?」

「だって僕は剣を取ったからね」

「!」

 

ぞっとした。

余りにも簡単に、表情を変えずに言うものだから寒気がした。

 

「どこまで行っても武器は命を奪うためのものだ。正義があろうと大義があろうとそれは絶対に変わらない。なら武器を握った以上は自分がそうなる事も当然の結果だ。腕が無くなっても足が無くなっても文句を言う権利はない、だって武器を取ったんだから。だから僕が失ったのも当然のこと、受け入れるべき結果なんだよ」

 

ラムダは元々帝国軍で教官をしていた。

軍人である以上は死は免れない、だが少しでも多く生き残れるように皆が努力する。そして教官は死なないように兵士を育成する。

だがここまで割り切った者には会った事がない。

かつての同僚達にこんな事を言っても受け入れる者など1人もいない、傷つきたくないし死にたくないからだ。

浮世離れしているとは思っていた、だがここまでとは思ってもいなかった。

 

「シャドウ様...どうか、どうか無理だけはしないで下さい」

「無理をしているつもりはないんだけど?」

「例え無理をしていなくても、我々にはそうしているようにしか見えないのです。七陰の皆様だってきっと私と同じ事をおっしゃいます」

「皆がか」

 

顎に手を当ててうーんと唸る。

 

「もっと私達を頼って下さい」

「結構頼ってるつもりだけどな」

「....私には危険から遠ざけている様にしか見えません」

「あ、バレてた?」

 

ラムダが知る限り、戦いにおいてシャドウは誰よりも前にいる。

常に最前線、敵の真正面に立ち戦う姿を誇らしく思っている。だが戦いの結果として自分が死ぬのなら、それすらも受け入れるのではないかと考えると震えが止まらない。

 

「私ではお役に立てないのですか?」

「何で皆そんな悲しい事言うのかな?別に役に立つとかそんな事気にしなくていいのに。ラムダの人生だから好きに生きていいのに」

「....嫌です」

「え、おわっ」

 

ギュッと抱きつき泣きながら胸元に顔を押し付ける。

それをあやすように頭を優しく撫でるがラムダは一向に泣きやまない。

シャツの裾がくしゃくしゃになって皺ができる。

 

「....行かないで下さい」

「どこに?」

「どこにもです」

「いや、それは無理だよ。家に帰らないといけないし.....」

 

空気が読めていない発言だがラムダは構わず続ける。

 

「私は貴方に命を救われました」

「それは僕じゃなくてアルファ達だよ」

「居場所を貰いました」

「それもアルファ達だよ」

「心を救われました」

 

それには口を閉ざす。自分でも分かっているのだろう。

 

「憐れみでも、同情でもなく優しく手を取ってくれた貴方に救われました」

「....うん」

「もっと自分を大事にしてください、貴方が傷つく事を望む者など1人もおりません」

「それは分かってる....」

「何も分かっておりません」

 

涙は未だ止まらないが、声を振り絞り思いを吐露する。

 

「傷つく事に慣れてしまえば取り返しが付かなくなります」

「慣れてはいないよ?」

「少し休みましょう。シャドウ様は無理をし過ぎなんです」

「.....分かった」

 

口を閉ざし静かになると、ラムダは離れる。

左目の下は赤く腫れ、目は充血している。

 

「もう戻ろっか」

 

部屋に戻ろうとするシドの右手を握る。

 

「ラムダ?」

「これは....その」

 

何も考えず感情に任せて動いたため慌てている。

 

「いいよ、戻ろうか」

「....はい」

 

優しく手を握り返し、城の中に戻っていく。

 

部屋に戻って扉を開けるとアルファが飛び出してきた。

 

「シャドウ!!」

 

部屋を覗くと皆憔悴している。

 

「勝手に行かないで...」

「ちょっと風に当たってきただけだよ」

「それでも怖い、怖いの」

「....ごめん」

 

部屋に入りベッドに寝転ぶと皆がすり寄ってくる。

 

「どこにも行かないで」

「うん」

「約束して、無理はしないって、1人で抱え込まないって」

「うん、分かった」

「破ったら許さないから」

 

皆の温もりを感じながら眠りにつく。

一緒に寝る事は何度かあったけど温もりを感じながら寝ると安心できるのは初めて知った。

 

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