隻腕のシド・カゲノー   作:読者0

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発狂

「イヤ~~~ボス行ったらイヤ~~~」

「デルタ!シャドウ様を困らせないで!」

 

前から子どもみたいだと思っていたが遂に子どもそのものになった。

 

「イヤ!ヤダ!ヤ~~ダ~~~行ったらイヤ~~~~~、ボスと一緒にいるの!離れないの!」

「デルタ!いい加減にしなさい!」

「イヤ!イヤイヤイヤイヤイヤイヤ!!絶対にイヤ!!」

 

僕にはなかったがこれがイヤイヤ期というものなんだろう。

七陰総出で取り押さえられているのに地面を這って近づいてくる。

 

「ボスの家はここなの!帰るのはここなの!行ったらダメなのです!!」

 

ギャン泣きしている。

見ていると胸が痛くなる。

 

「イヤ!行ったらイヤ!!」

「デルタはイイ子でしょ?」

「ボスと離れるのイヤ!イイ子が離れないといけないならデルタイイ子じゃなくていい!!」

 

今まではイイ子のデルタはどうとか言えば何とかなっていたが通用しなくなった。困った。

 

「抑えてるから行って」

「ごめん、ありがとう」

「ボスイヤ!デルタを置いてかないで!」

「落ち着いたら部屋に来ていいから」

「イヤイヤイヤ!一緒に行く!行くの!!」

 

本当に胸が痛い。

 

「ボス行ったらイヤ!!イヤなの!!イヤ~~~~ヤ~~ダ~~~~」

 

後ろから聞こえてくるデルタの声を聞くと戻りそうになる。

 

「置いてかないで!!一緒に行くの!!」

 

胸が痛い。

でもここで止まると帰れなくなる。

振り向いたら駄目だ、前を向こう。

 

 

 

カゲノー男爵家にはセバスと呼ばれる男性がいる。

もうすぐ60歳にもなる高齢ではあるがその背筋は真っすぐと伸びており男爵家の家令であり何10年とカゲノー家を支え続けた者の貫禄が出ている。

彼はセバスと呼ばれているが本名は別にある。

シドが会話できるようになった時に自己紹介しようとしたのだが

 

「セバスでしょ!?」

 

という期待に満ちた目で言われてそのままセバスと名乗ってしまった。

異世界の執事ならセバスに決まってる、というシドの勝手な期待で彼はシドにセバスと呼ばれる事になった。

当然、オトンとオカンはそれを正そうとしたが、孫バカになってしまった彼はそのままセバスと呼ばれる事になった。

そしてセバスは帰ってきたシドを見て呆然としていた。

門番が騒ぐから何事かと思っていたらシドの腕が無くなっていた。

 

「ただいま、セバス」

 

家を出る時に見送ったのと同じ様な表情で言うのだから呆然としてしまった。

 

「しょ、少々お待ちください!!」

 

階段を駆け上り、書斎に向かう。

 

「奥様!旦那様!」

 

ノックもせずに扉を勢い良く開け放つ。

 

「な、なんだセバス?零れるところだったじゃないか」

「貴方が慌てるなんて珍しいわね。何かあったの?」

 

家令としてあったことを伝えるべきなんだろう、だがこの2人はクレアがいない今シドのことを溺愛している。伝えるのを一瞬迷う。

 

「シドに何かあったの?」

 

勘のいいオカンが気付いてしまったので言うしかなくなった。

言えない、こんな事言える訳ない。

2人にとって辛すぎて言える訳がない。

 

「先程お帰りに....なられました」

「何かあったの?」

「....お怪我を...されておられまして」

「シドが怪我だと!?どこのどいつがそんな事をしたのだ!?草の根かき分けてでも見つけ出してぶち殺してくれる!!」

「あなた!!」

「すまん」

「それで、どれぐらいなんだ?」

「....腕を」

「腕か、怪我の具合によっては剣士として.....」

「いえ....その」

「酷いのか?」

「.....無いんです」

「何が無いんだ?」

「腕が.....無いんです」

 

ガシャン!と2人が持っていたカップが床に落ち砕ける。

 

「....冗談にも程があるぞ、セバス」

「旦那様.....」

「そんな....冗談だ....そんな」

 

オトンは椅子を蹴り飛ばし部屋を飛び出す。

 

「セバス....冗談でしょう?」

「....申し訳ございません、奥様」

「ああ.....そんな」

 

椅子から滑り落ち両手で顔を覆ってしまう。

平穏で貴族としてはありきたりな家庭の幸せを築いていたカゲノー家の幸せが崩れた。

 

家に帰って来てから、こっちが心配になるほど僕の事を気にかけている。

トイレも風呂も何から何に至るまで全てサポートされている。

オトンが怒るところなんて初めて見た。

 

「協会に要請を出せ!!見つけ次第、私がこの手でぶち殺してやる!!」

 

何時もの家庭内カースト最底辺の姿はどこへいったのやら、僕の腕を奪った相手への復讐に燃えている。

説明が面倒だったから魔獣にやられたって言ったのは良くなかったかな?

 

「辛い事があったらお母さんに言うのよ、抱え込まないで」

 

オカンはしおらしくなった。

何時もオトンに右ストレートを叩き込んでいた清々しさは消え、憂いを帯びた表情をするようになった。

僕が夜中に泣いていると勘違いもされている。

泣いているのは僕じゃなくてアルファやシャドウガーデンの皆なんだけど。

毎日誰かが僕のベッドに潜り込んでしがみつき、泣きながら寝ているせいで僕が泣いていると勘違いされている。

デルタとアルファが来た次の日は特に酷い。

デルタを連れ帰るためにアルファも一緒に潜り込んでいるせいで1人の時よりも泣き声が大きい。

しかもすすり泣きになっているせいで次の日の朝は皆泣く寸前、セバスなんてマジギレして

 

「この老いぼれの命と引き換えにしてでも、必ず殺してやる」

 

存在しない腕の仇に向かって憎しみを募らせている。

セバスとか老齢に差し掛かって孫みたいに接してくれている人達は殺気立っている。

料理人の人達なんて包丁を研ぐのに無駄に気合が入っている。家の台所の包丁で切れ味が落ちてるのはもうないんじゃないかなって思うほど研いでいる。

さて我が家は今までにない程おかしな雰囲気になっているが、明日からは更に大変になる。

 

「姉さんが帰ってくるんだよなぁ.....」

 

学園の長期休暇で明日には姉さんが帰って来る。

僕の現状を手紙で知らせようにも、送ろうとした時には入れ違いになりそうだったから、僕の現状を知らない。

 

「シャドウ様....」

 

左半身に抱きついて眠るベータが寝言をこぼす。

頭を撫でるとすすり泣きが止まり、苦し気な表情から穏やかな表情になる。

明日の朝、起きるのが嫌になる。

 

朝起きて部屋を出ると玄関から僕の部屋に続く道にバリケードが設置されていた。

 

「おはよう父さん」

「おはよう。不調はないか?何かあったら直ぐに言いなさい。些細なことでも、今のシドにはどんな影響を及ぼすか分からないんだからな」

「うん、分かってるよ。それよりも、これ何?」

「バリケードだ」

「そっか」

 

さも当然と言い切る。

 

「朝食が済んだら部屋から出ないようにしてくれ」

「何で?」

「私とママでクレアを説得する、それまでは部屋から出ないようにしてくれ」

「そっか」

「あの子を傷つけずに終わらせたいのだが....」

 

何故だろう、絶対に上手くいかない予感がする。

オトンの言う通り朝食が済んだら部屋に引きこもっておこう。

 

引きこもったのはいい、だがオトンは上手く止められなかったようだ。

 

「シド~~~~~、お姉ちゃん帰ったわよ~~~~~~」

 

玄関から呼ぶ声が聞こえる。

 

「何これ?邪魔ね、ちゃんと掃除しなさいよ」

「クレア、待つんだ!父さんの話を聞きなさい!」

「お嬢様!お待ちください!」

 

オトンとセバスが止めようとしているが、姉さんは進み続けている。

 

「何の話があるのか知らないけど、邪魔しないでよ!暫くシドに会えなかったんだから一刻も早く抱き締めたいの!邪魔するな!」

「話を聞きなさい!!」

「五月蠅い!!邪魔すんな!」

「ぐお....クレア止まりなさい!」

 

え、オトンが右ストレートに耐えたの?

結構鈍い音したから吹っ飛ばされたと思ったけど、耐えたの?すご。

 

「もう、邪魔!何でこんなに汚いわけ!?足の踏み場もないじゃない!!」

 

とか言いながらもう部屋の目の前に来ている。

僕は部屋を出られない、かと言って姉さんに説明できる自信もない。

さてどうしたものか。

 

「お嬢様!待って下さい!旦那様の話を聞いてください!!」

「本当になんなのあんた達!?私の邪魔しないでよ!」

 

メイドさん達が止めに入ったみたいだけど失敗したな。

もう部屋の前に来てるけどどうしよう?窓から飛び降りるのも手段の1つとしてはありだけど後でオトンに色々言われそうだし却下。他には...

 

「シド!!」

 

壊れるんじゃないかと思うほどの勢いで扉が開く。

 

「お姉ちゃん帰ったわよ!出迎えもしないなんていつから....そんな...え」

 

弾けるような笑顔が少しづつ曇っていく。

 

「....腕は...どこにいったの?」

「あー....魔獣にやられて」

「え、あ、うあ、あ、あ、あああああああ」

 

よろよろと数歩後ろに下がる。

 

「いやあああああああああああああああああああ!!」

 

頭を押さえながら髪を振り乱す。

 

「いやよ!!いや!!いや!!いやああああああああああああああああああ!!こんなの違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!違う!違う!こんなの違う!」

「お嬢様!気をしっかり持ってください!」

「クレア落ち着くんだ!!」

「こんな....こんなの噓よ!噓よ!噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓!いや!こんなのいや!」

「クレア!」

「なんで!なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!なんでこんなことになるの!?こんなの夢よ!夢に決まってる!」

「お嬢様!!」

「夢なら速く覚めてよ!!お願い!こんなの見たくない!見たくないの!速く覚めてよ!」

「止めなさいクレア!」

「痛い?え、現実?.......ああああああああああ!なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!なんでよ!なんでこんな、こんなことになるの!?私もこの子も何も悪いことをしていないのに!なんでよ、なんでこんなことになるのよ!」

「クレア!父さんの声を聞きなさい!」

「いや!!いやあああああああああああああああああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!私がいなかったからこんなことに!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「クレア!!」

「ああああああああ!ああ....あ」

 

糸が切れた人形のようにパタリと倒れてしまった。

オトンに抱き上げられて部屋から運び出されていく。

あんな姉さん初めて見た。

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