品格、知性を持つことはティーパーティーに所属する者として当然。
そのリーダーならば当然、それ以上のものが求められられる。
「補習授業部?」
訝しむ声のナギサは、新しく作られる部活名を復唱する。
「そ! ちょっと前のテストで成績の悪い子達が何人か出たでしょ……トリニティの生徒として品格は勿論だけど最低限の教養も必要だと思わない?」
君が言うと違和感がある台詞だ、とナギサはもう一人の生徒会長の想像し、彼女がこの場に居ればきっとミカとそんなやり取りをしていただろうなと誰もいない空席を一瞥する。
「……」
その一瞬の視線を見逃すミカではない。
「セイアちゃんが居ないのは寂しいね」
「そうですね……灰色の泥と今後について相談を重ねたかったのですが……」
ここにいないもう一人の生徒会長。
トリニティの名の通り、本来なら三人いるはずのティーパーティーだが、現在もう一人いるはずのリーダーを欠いている状態。
予知能力を持つサンクトゥス分派の首長百合園セイアは現在、意識不明のまま救護騎士団の治療を受けている。
理由は外部の組織・又は学園からの襲撃を受けたため。ではない。
「症状の悪化じゃ仕方がないよ……こうなる事が運命みたい」
「不穏なことを仰らないでください」
セイアが何の被害も受けていない、そもそも襲撃騒ぎ自体がない。
計画は延期されている。これを知っているのはミカとアズサ、そしてもう一人。
放っておいてもアズサはセイアのヘイローを破壊なんていない、と知っていてもそれを放置することがどれだけ混乱を及ぼすのかはミカでなくとも分かっている。
少なくとも、友人の心が病むことはない。
「これからどうなるかな」
既に変わってしまった未来、これから起きるのはミカの想像から外れた未来だ。結末を知るのはセイアだけだろう。
そのセイアもどれだけ知っているか分からないが。
病の件に関してはミカの力は及ばない、セイアを治療する解決法はいくらか思い浮かぶ、それこそミライが居れば全部解決する。
だがこれ以上場を荒らして何が起きるか分かなくなるのは避けたい。
「私達だけで精一杯やるしかないね」
「……そうですね」
まるで昔に戻ったような感覚にナギサは薄く笑みを浮かべ、ミカが口にした内容に話を戻す。
「補習授業部……面白い試みではあります、ですがエデン条約が始まる前に仕事を作るのは如何なものでしょう?」
「仕事に支障が出るようなことはしないよ、運営も殆ど本人達にやらせるつもりだから」
「ミライさんを部長に指定して?」
「流石ナギちゃん、耳聡いね」
「この時期に二人も転校生を受け入れれば、私でなくても情報は耳に入ります」
白洲アズサと梔子ミライ、この二人の話題はトリニティ上層部にも届いている。
一般生徒でも陰暴論と呼ぶほどではないが、噂好きな者達にとっては注目の的だ。
「特に梔子ミライさんは一夜にして自身の自治区が崩壊し、記憶喪失のまま運び込まれたと聞きます。トリニティでの仮入学と言う曖昧な立場の彼女を部長に推薦するのは色々な方面から後ろ指を指されるのではというのは私の妄想が過ぎるでしょうか?」
トリニティに入ってまだ日の浅いミライを部長に任命したのはミカ。
その状態で補習授業部の部長を何も憶えていないミライにさせるのは負担を掛ける。そして経緯は不明だが、ミカとミライの関係が中途半端に知られているのもマイナスだ。
様々な憶測がミライに集まり、最悪政争に巻き込まれるかもしれないとナギサは危惧している。
それでも、ミライには頑張ってもらう必要がミカにはあった。
「大袈裟に部活を作るって言ったけど、具体的には成績の悪い子達で勉強会を作ろうって感じだよ。例えばナギちゃんのお気に入りの子とかも……テストサボっちゃったとか聞いたけど」
「う、うーん……そうですね」
愛らしく微笑む後輩の顔がナギサの頭を過ぎ、ミカのもっともな指摘にどもる。
そんな事をするような性格ではないと何か深い理由もあったのだろうと信じているが、信じているだけでは事実は変わらない。
「そういう子達の為にも一度そういう場を設けるのは大事だと思ったの。ミライちゃんを部長に任命したのは現状成績が一番良いからなのと、外部の子だからこそ客観的視点を持てるからと生徒会長として私は考えました。まあきちんと纏められるならリーダーは誰でもいいんだけどねぶっちゃけ」
(色々と前と違うけど、ある程度は沿った道を作った方がやりやすいよね)
重要なのは補習授業部が設立され、あの彼女達が集まり連帯感を持つことにある。
変わらない作り物の笑みを張り付けるミカは最善の未来を想像する。
本当に未来を見ることの出来るセイアにそんなことを言えば、皮肉の一つや二つ返ってきそうではあるが。
「……ところで、この部は期間が設定されているようですが」
「そうだね、次の試験までに成績を取り戻したことを証明してもらわないと。各科目平均70点以上が目安かな!」
「ちなみに落第者は?」
「うーん、一人でも落ちたら全員退学でどう?」
「ミカさん……それは流石にやり過ぎですよ」
「……あはは!」
この零れた笑い声は演技はない、多分。
◆ ◇ ◆ ◇
正義実現委員会の部室。
「じゃあ貰っていきますね」
部室の扉を開けて早々、ミライはコハルを持ち上げて連れて行く。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 待ちなさいよ! ねえ! どこに連れて行く気よ!?」
「うるさいですね、前の話のくだりで理解してください」
「はあ!? 意味わかんないんだけど!?」
状況を理解していないコハルは涙目で困惑している。
「補習授業部のメンバーの一人に選ばれました! おめでとう! じゃあ行くぜ!」
「意味わかんない!! きちんと説明して!!」
「仕方ありませんね」
「キャウン!?」
掴んでいた手を離し、コハルは落ちて犬のような悲鳴を出す。
仕方ないと言わんばかりに、どこかわざとらしい申し訳なさそうな表情のミライはコハルに説明した。
補習授業部入りを。
「と、言う訳でしばらくコハルちゃんは正義実現委員会のお仕事を休職、休部? まあ言い方は兎も角これから私達と一緒に勉強生活ですよ! わーい! お仕事休めて良かったですね」
「━━━━━」
「あー、コハルさん固まってます」
説明を聞いたコハルは呆然と立って動かなくなっている。
「しょうがない。アズサちゃん、運んでください」
「わかった」
フレーメン現象を起こした猫のような表情のコハルをアズサが背負って持ち上げる。
「それでは皆さん失礼しましたー! じゃあ次!」
◆ ◇ ◆ ◇
トリニティの教室の一つ、その角で少女はスマホの画面を食い入るように見つめていた。
「ペロロ様……お願いします! ペロロ様……は!」
画面が虹色に輝き、そして少女の前に現れたのは。
骸骨のような顔をしたゆるキャラ。
「スカルマン様ー!?」
「誰の死体?」
「キャッ!」
驚いて椅子から倒れた少女を見下ろすミライ。
「可愛らしいゆるキャラですね、人を選びそうではありますけど」
「いたたたた……えっと、どなたですか?」
「私はミライ、阿慈谷ヒフミさんでよろしいですか? 補習授業部入りおめでとうございます!」
「はい……はい?」
畳み掛けるミライの言葉に終始困惑するヒフミを無視し、状況説明とへと入る。
紡がれていく言葉と一緒に、ヒフミの顔は青白く染まっていく。
「わ、わわわわ、私が落第生扱い!?」
「まだ落第生じゃありませんよ、落第生候補ってくらいです。あんまり変わらないかもね、まああなたに関しては別の要因が大きいですけど大丈夫! 私と一緒にティーパーティーからの信用を取り戻しましょう」
「私失望されてるんですか!?」
「されてませんよ……まだ。テストをサボって遊びに行くような真似をしなければ取り戻せる範囲です」
「テスト……あ」
テストという言葉に反応したヒフミは携帯を見て震え出す。
「ま、まだ先だと思ってた……私、テストの期日を勘違いして!?」
「いたようですねー」
「そんなー!?」
現実を受け入れられないのか、ヒフミは泣きそうな表情となって膝を折り地面に手を突く。
「つ、ついて行けばいいんですか……」
「なんか悪い事してる気分になってきた、罪悪感なんて欠片も湧いてきませんけど」
涙声で喋るヒフミにハンカチを渡し、ミライは最後の一人の下へと向かう。
「次に行きますよアズサちゃん」
「……そ、その子はどうしたんですか?」
「多大な精神的苦痛に耐えきれなかった、私達の仲間の一人です」
「ミライが言葉を選ばなかったせいだ……そのバッグはなに?」
◆ ◇ ◆ ◇
固く閉じられた扉。
その前に立つミライは戸を叩き、相手が返事をする間もなく扉を開けた。
「お邪魔します!」
「扉を叩いた意味は……?」
そこはまさに聖堂の名前に相応しい煌びやかな内装だった。
吊り下げられたシャンデリアからステンドグラスまで、一つ間違えばプライドと財力を詰め込んだいっそ下品にも成り得そうなものだが、それを感じさせない情景が成立している。
「あ、あの~」
いきなり入ってきたミライ達に声をかけたのは、物腰の柔らかそうなシスター。
「すみません急に押し入って、実は人を探しに来たんですよ。あ、もしかしてお祈りの最中とかでした?」
「いえ、そういう訳ではありませんが。どなたをお探しなのでしょう?」
「浦和ハナコさんという方、ここに来てらっしゃいます?」
その名前をミライが答えた途端、シスターの表情は引きつったような笑みとなる。
物静かな雰囲気となる聖堂でシスターは引き攣った笑みのまま指先を向けた。
「あ、あちらに~」
「は~い、私をお探しですか?」
トリニティの誇る品位と神聖さをより際立たせる聖堂。
それをぶち壊し、下品一色に染める異物がそこに居た。
「こんにちは梔子部長、お待ちしていました」
「あららぁ! もう知ってたんですね、浦和ハナコさん! これは話が早くて助かります。正直何回も説明するの面倒だったもので。あ、こちらは私達の同胞となる子達です、みんな挨拶どうぞー!」
「━━━━」
「…………」
「え、え、え!?」
「すみません皆さん緊張しているみたいで!」
浦和ハナコ、補習授業部メンバー最後の一人は親しみやすそうな笑みを浮かべている。
しかしそのハナコに対してヒフミ達三人は硬直して言葉を発さないまま突っ立っていた。
人見知りのコハルはいざ知らず、妙な胆力のあるアズサまで首を傾けてなにも喋らない。ヒフミは口を鯉のようにパクパクと開閉している。
よく見れば周囲に居るシスターの生徒達も、どこか似たような反応をして目を逸らしていた。
いやおかしいのはミライの方だ、何故か気付いていないが。
「みんなどうかしたんですか?」
「服! 服! 服! エッチ!」
「え? 服? どこかおかしいですか?」
「いえ、どこからどう見てもおかしいと思います!?」
「そんな、皆さんと同じ普通の制服のはずですよ? これはミカ様から頂いたものですし」
「ミライさんのことじゃありません!」
顔を真っ赤にするヒフミは指先をハナコへと向ける。
「どうして水着姿なんですか!?」
「うふふ」
「ああ、サクラコ様に叱られてしまいます……」
訳が分からないままミライはハナコが神聖な聖堂の中で水着を着ているのか。
どうしてそんな状況の中でもまだ清廉そうな笑みを浮かべていられるのか。
「じゃあ、行きましょうか。時間も押していますし、じゃあ皆さん失礼しましたー!」
それについてミライは言及することなく話を進め、ハナコを連れて聖堂の扉を閉める。
最後までシスター達は困惑していたが、どこか安堵したような溜息が聴こえたのはきっと気のせいではない。
ミライはそれに気付いているのかいないのか、限界を超えたコハルは頭の羽をパタパタを動かしながら指摘する。
「なんか言わないの!? アンタいつもならおかしいってこと言ってるでしょ!?」
「おやコハルちゃん復活してたんですね、周りに人が減ったから元気に叫ぶ人見知りアピール可愛いですよ」
「うるさい! 余計なお世話!」
興奮するコハルをなんとか宥め、ミライは四人に振り返る。
ミライは集まった個性豊かな仲間達と対面して口を開く。
皆で掴み取る、素晴らしい未来を想像して。
「それでは補習授業部、スタートです!」
◆ ◇ ◆ ◇
灰色の空の下。
荒れ果てたその場所。
廃墟のようにも、学校のようにも見える全てが色褪せているようなその場所で、四人に振り返る。
もう用済みの使い捨て同然であっても、使えるのなら彼女はなんでも利用する。
「それでは、リスタートです」
白き淑女は赤く笑った。
己が掴み取る、素晴らしい未来を想像して。