自宅にテラー化した生徒が住み着いた   作:ミステイク

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第五話・ミライを憎む者

 補習授業部が始まってから難航するかと思われた授業そのものは意外にも順調に進んだ。

 

「はぁいコハルちゃん、勉強頑張ってます? 教えて欲しいところがあったら遠慮なくどうぞ」

 

「いらない! 私は正義実現委員会のエリートなのよ! アンタたちなんかに教わる事なんてないんだから!」

 

「ですよねー! むしろ私が教えて欲しいくらいです、この詩集に書かれてるのってなんて読むんです?」

 

「はぁ? あなた文字も読めないの? 全くしょうがないわね……何々? その肢体を見た私は息を呑み、蠕動(ぜんどう)を……って何が詩集よ! 読んじゃ駄目! 没収! 死刑!」

 

「凄いですね蠕動なんて漢字読めるなんて、じゃあこっちは?」

 

「え、うーんっとこれは……うぅ……ろう……かい?」

 

「本当だ、老翁ですね……うっわ、その、かなりの年上趣味のようで。これ読んでた生徒ってどんな人だったんですか?」

 

 教科書(仮)を読みながらミライとコハルが語学の勉強を進める。

 その様子をアズサに勉強を教えていたヒフミが見て感心したような顔をしていた。

 

「結構意外でした、ミライちゃんって勉強教えるの得意なんですね」

 

「含みのある言い方ですねヒフミちゃん」

 

「え、そ、そういった意図は別に!」

 

 初対面の唐突なミライは、悪い言い方になってしまうが知的とはかけ離れた印象だったろう。

 コハルはミライが称したように内気で人見知り、そしてプライドが高い気質のせいか教えられること自体に拒絶感を覚えるタイプの人間。

 

 そのコハルに一切不満を言わせず気付かせず、言葉巧みに誘導して教えている。

 

「単に二人の相性が良いだけかもしれませんね、ほら」

 

 そう言って顔を動かすハナコにヒフミも向きを合わせる。

 

「え、おかしいですね? ああすみません! これコハルちゃんの鞄から取った本でした、読んで欲しいのはこっちの本です」

 

「私のじゃないッ! 没収したの!」

 

「分かってますよ、あんな劇物を持って来られたら誰だって凍り付きますよ。あの挿絵は特にやばかったですからね。あれっていつの時代の本なんです?」

 

「知らないわよ! ……なんか結構古いやつのリメイクとか言ってたけど……」

 

「リメイク? 挿絵付きの小説が大昔にもあったってことですか? えーっと、ありました! トリニティの聖女様が生まれた年と同じですよ! エロ本と同い年の人と憶えましょう」

 

「最低!」

 

「ほら」

 

「あはは……」

 

 苦笑いか愛想笑いか、それとも両方なのか。自身にも分からないその微妙な笑みを返すことしかヒフミには出来なかった。

 

 そうして時間が過ぎて行き、授業の終わりを告げる音が響いた。

 

「この辺りにしましょう、下校の時間です」

 

「まだ出来るけど」

 

 勉強に苦労していたコハルだったが意外にもまだ続けたがっていた。

 

「勉強が楽しくなっているところに水を差すのは申し訳ないんですけど私の方がもうお腹ペコペコなんですよ。上の口だけじゃなくお腹の虫まで騒いでもいいなら続けてください。ひっどい音ですよ、黒板引っ掻く音よりね、比べてみましょうか?」

 

「ああもうやめなさいよ! わかったから!」

 

 ミライが黒板に手を掛けたところでコハルがノートを閉じた。

 

「じゃあランチでも行きましょうか、私もお腹が空きましたし。皆さんもどうですか?」

 

「ランチ、ですか? 皆さんと?」

 

 ヒフミの提案にハナコは何やら少し意外そうな顔をして聞き返す。

 

「いいですよ、トリニティの周辺とか詳しくないので場所は任せます。話は変わりますがお城のホテルとかのご飯は美味しいらしいですよね」

 

「ほ、ホテル!? わ、私は行かないわよ!」

 

「ふ、普通のお店ですよ!?」

 

 普通のランチの話題から、どんな如何わしい妄想まで飛躍させたのかコハルが顔を赤くする。

 

「まあ! どういうホテルなんですか? 気になります、後学の為に是非とも教えてくださいませんか?」

 

「そりゃあ勿論ラ……アズサちゃん?」

 

 先程から話に入らずアズサがジッと扉へと視線と銃を向けていたのをミライは気付く。

 

 そして部室の扉が無造作に開けられた。

 

「あらあらあら? 落ちこぼれの補習授業部の皆さん、随分と楽しそうじゃないの」

 

 扉を叩き付けるかのような勢いで開けて入ってきたのは背後に取り巻きを連れた、どこかで見たような顔と声の青い髪色の生徒。

 

「……ボケが潰されました、もう二度と出来ません。どなたです?」

 

「報道部の皆さんです」

 

「報道部?」

 

 聞いたことのない部、と言ってもミライは転校してきたばかりで知っている部は殆どない。

 だが警戒するような顔付きをするハナコを見て、あまり歓迎してはいけないとはミライも気付いたはずだ。

 

「で、誰でしたっけ? 新しい部員ですか?」

 

「そんな訳が無いでしょう」

 

 そう、この場に居るヒフミ、アズサ、ハナコ、コハル、ミライ以外の生徒は補習授業部の生徒ではない。

 他の生徒、報道部やティーパーティーの生徒だろうとこの場に来る必要はないのだ。

 

「記憶力がないのね梔子ミライ部長、そんな調子で補習授業……だったかしら? 上手く行くのかしら?」

 

「いやマジで誰ですか、私の知り合いに青髪の人なんていませんよ、ね?」

 

「……レヴィと名乗っていた」

 

 ミライよりは記憶力が良いアズサが、その生徒の名前を答える。

 呼ばれたレヴィは隠すつもりのない露悪的な笑みを浮かべてアズサと視線で火花を散らせる。

 

「……ああ! あの時の鮫みたいな目の人!」

 

「━━━はい?」

 

「ミ、ミライちゃん……!」

 

 思い出したとミライが指を弾くと同時に滑らせた口から出た言葉にヒフミは怖気を感じた。

 正確には、ミライの発した言葉を聞いたレヴィの固まった笑みを見て。

 

「ごめんなさい私忘れっぽくて、昨日食べたご飯のことも曖昧なんですよ。まあ咄嗟に思い出せる人も珍しいですけど。あの時は事前に教えてくれてありがとうございます! なんで知ってたんですか?」

 

「ふ、ふふふ」

 

 震えながら笑いを零すレヴィは先程までアズサに向けていた感情と視線をミライへ向けていた。

 口元は弧を描き、ひくつかせながらも笑顔を保っているようだが目と額に浮かぶ青筋は隠せていない。

 

「そう……私もあなたのようなみすぼらしい人、眼中にもないし憶えてないの。ごめんなさいね」

 

 対抗するかのようにレヴィも似たような言葉を返すがミライから視線を外してはいない。

 

「……いや、レヴィ先に梔子ミライって言ったよ」

 

「ええ、言ってましたね」

 

 取り巻きらしき二人はレヴィの言葉に味方せず揚げ足を取った。

 それにレヴィは怒りか羞恥のせいか顔を赤くする。

 

「アンタ達は黙ってなさい!」

 

「でもさっきも、調子に乗った二人に思い知らせるって」

 

「いいからっ! 黙ってるのっ!」

 

「コントを見せに来てくれたんですか? 面白くないですよ」

 

 背後に居た取り巻き二人に揶揄われて怒るレヴィには威厳らしいものはない。

 文字通りコントのようなやり取りを目の前でされている補習授業部は困惑するばかりだ。

 

「ふん、精々無駄な努力をすることね。落ちこぼれさん達……特に、そこのあなた、名前と顔を憶えておくわ」

 

「どうも! 応援ありがとうございます! 良かったら一緒に食事でも」

 

「結構ッ!」

 

 レヴィは語気を荒げて、来た時と同じように壊してしまいかねない勢いで扉を閉めた。

 結局何をしに来たのかわからなかった三人にヒフミ達はただ困惑する。

 

「ミライ、帰る時は気を付けた方がいい」

 

 真剣な声色でアズサはミライに忠告する。

 警戒を緩めず緊張した面持ちをしているアズサに、何故とミライは首を傾けていた。

 

「あのレヴィとかいう奴、また何かしてくるかもしれない」

 

「お、襲ってくるとかですか?」

 

「うん、ずっと私……特にミライに敵意を向けていた」

 

「そんな能力持ってるんですか?」

 

 途中からアズサよりもミライに強い殺気染みた感情を向けていたレヴィ。

 しかし殺気や敵意を感じとるなどというバトル漫画のキャラクターのような能力をミライは持っていないのでいまいち理解できていない。あの顔をみれば怒っているのは分かりそうなものだが。

 

「私もアズサちゃんのような特技はありませんけど、怒らせるような事は言っちゃってましたよ」

 

「確かに鮫みたいは表現を間違えました、普通に切れ目の綺麗な人って言えば良かったですね」

 

「それだけではないと思いますけど……」

 

「とにかく武器、装備の手入れを忘れちゃダメだから。わかった?」

 

「武器? 装備? ああ……」

 

「……」

 

 一瞬、ミライは何のことかと戸惑う。

 そんなミライにアズサは不審そうな顔をして手を差し出した。

 

「ミライ、あなたの銃を見せて」

 

「ええ、借り物ですけど」

 

 取り出したのはトリニティの校章が描かれたコンパクトな拳銃。

 ただし、見る人が見れば……。

 

 いいや、専門家でなくても分かる。

 その銃はもう武器としては使えないと。

 

「これ全然整備してないでしょ!」

 

「整備? やっぱり必要なんですか」

 

「物によりますけど、きちんと整備しないと使えなくなっちゃいますよ?」

 

「……引き金が引けない、こんな状態で外を出歩いていたの!? まったく!」

 

「はぁ……どうも……すみません」

 

 憤慨するアズサにミライは平謝りする。

 しかしが何が悪いのか分かっていないのか曖昧な声色と表情だ。

 

「食事は後にしてミライの銃を調達しよう、このままじゃあ夜も眠れない」

 

「確かに銃無しで生活するのは少し非常識ですからね」

 

「そこまで言います?」

 

「裸で生活する生徒よりも、銃を持たない生徒の方が少ないんですよミライちゃん」

 

 キヴォトスの常識に疎いミライは銃を持つことの意味も重要性も把握していない。

 そもそもミライが腕っぷしに自信がある方ではないこともあり、より武器を携帯する考えが浮かばないのである。持っていても持っていなくても変わらないから。

 銃も借り物で手入れを怠っていたのはそれが理由だろう。

 

 とはいえ、裸で生活する云々の話をハナコがするのは少し違和感がある。

 

「じゃあハナコちゃんは裸で銃を持つ女ってことですね、シリーズ化されてそうです」

 

「あれ? ミライちゃんに見せたことありましたっけ? 私のハ・ダ・カ」

 

「知ってる人がそう言ってるので」

 

「はい?」

 

「アズサちゃん、銃よりご飯にしません? 腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃないですか」

 

 空腹を訴えるお腹の願いをミライは早く叶えてあげたいと自分の腹を摩る。

 

「何を言ってるんだミライ。腹が減っても戦えるけど、武器がないなら戦闘なんて出来るわけないだろう」

 

「聞いたことない論を吐かれました、ならアズサちゃんが私を守ってくださいよ。部屋の鍵はあげますから……そうだお泊り会しましょうよ! コハルちゃんもお勉強の続きしたいんですよね!」

 

「ミライって話よく逸れるわよね」

 

「……」

 

 コハルに正論を吐かれたミライは黙り込んだ。

 

 哀しきかな、正論は常に人を傷付ける。

 

「アズサちゃんってそんなに強いんですか?」

 

「ええ、勿論私が可愛い女の子に護衛されるタイプの話が好きっていう理由もありますけど」

 

「普段なら兎も角、毎日は守ってあげられない。自分の身は自分で守るべきだ、弱いままで居るのは怠惰だと思う」

 

「なんだかアズサちゃん、私にだけ厳しい」

 

「愛の鞭ですよ」

 

 剣呑な雰囲気が消え、部室内に穏やかな笑い声が響く。

 

「でも、本当に危ない時なら……私が守ろう、それくらいの借りは返す」

 

 静かにポツリと溢すアズサの言葉は、補習授業部の生徒達の誰の耳にも届かなかった。

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