下校時間の誰もいない廊下であるが、それでも少なからず生徒が談笑している姿は残っている。
気品を是とするトリニティの生徒とは思えない、苛立ちを込めた舌打ちを堂々とするレヴィを誰も彼もが目を背けて避けて行く。
「あの女……この私に対してなんて口の利き方を……! こんな辱めを受けたのは久方ぶりね! そう思わない二人共」
「落ちこぼれの浦和ハナコと劣等生の白洲アズサで遊ぼうと言い出したのはレヴィ様ではありませんか」
レヴィの後ろを付いて行く白髪の生徒は微笑みながら言い、黒髪の生徒は呆れたような目をして同意するように頷く。
「まんまと返り討ちにされた、無関係の奴に」
「されてないわ、というか味方しなさいよ!」
揶揄う二人にレヴィは憤慨するが。
しかしそれ以上に怒らずにはいられない対象が居た。
「ただじゃ置かないわ梔子ミライ、必ず後悔させてやる」
「具体的に? いつもみたい?」
「いいえ、落ちこぼれたとはいえ近くに浦和ハナコが居る。それに白洲アズサへの仕返しもまだよ! あの女と一緒に潰してやる! ふざけやがってあの劣等━━━」
「素が出ていますよレヴィ様」
白髪の生徒に指摘され、思わず出そうになった口汚い言葉を咄嗟に口に手を添えて抑えるレヴィ。
トリニティの生徒らしくない下品な言葉は出ないが、表情の悪態は消せていない。
「どうする?」
「━━さっきは断ったけど、やっぱり行きましょうか。せっかく誘ってくれたのに無下にするのは可哀想だから……食事とか言ってたわね、そこで格の違いを教えてあげましょう……ふふふ!」
目を細め、レヴィは獲物を狙う野獣のような笑みを浮かべる。
そんな彼女を白髪の生徒は微笑み、黒髪の生徒は無表情で肩をすくめる。
「……一回断ったのにやっぱり決ましたってなんか格好悪くない?」
「やかましい、さっさと行くわよ」
◆ ◇ ◆ ◇
手に取った巨大な鉄の筒。
ハナコはその先端を撫でるように持ち上げた。
「ふふっ、これはいかがでしょう~。すごく……大きいですよ」
「お、おっきい!? なんの話!?」
「銃の話ですよ?」
「ハナコちゃん楽しそうですね」
学校帰りのショッピングモールでのお買い物。
そんな学生らしい些細なイベントだが、買い物の内容は物騒なもの。それでもハナコは今までにないくらい楽しんでいた。
「流石にそれは大きすぎて扱いにくいと思う」
「じゃあアズサちゃんと同じので」
「私のは私専用に改造してるからミライに合うか分からない、とりあえず……!」
適当に銃器を見渡して目についた拳銃をアズサは手に取る。
「P226だ」
「わー強そうです、カッコイイ」
名前を言われてもミライは棒読みで返事をするだけ、恐らく全て同じに見えている。
渡された銃を持つミライは戸惑いながら重量を感じる。
「『耐久性に優れた初心者向け、銃初心者のあなたにもぴったり!』」
「なんと言うかざっくりとした内容ですね」
値札の横に書かれているキャッチコピーを鵜呑みにするならミライには確かにぴったりな代物だ。
「持ち慣れない……」
たどたどしい手つきでミライは銃を構える。
本当に碌に銃を握ったことがないのか構え方もかなり悪い。
「あんまり納得してなさそうですね……あ! これなんていかがですか?」
「ベレッタ92だな、こっちも性能が良い」
戸惑う表情のミライを不満があると解釈をしたのか、ヒフミが別の棚にあった銃を持ってくる。
シャッフルされたらもうどれがどれか分からなくなりそうだ。
「こちらも優秀な銃ですね」
「本当です! こっちは少し安い!」
「せめて性能とか見たら?」
おすすめされた二丁の拳銃をミライは比べてみる。
鏡の前で構えるポーズを取ったり、店員へ向けて怯えさせてみたり、ヒフミにかっこいいポーズの写真を撮ってもらったり、誰もいない場所へ向けて数発撃ってみたり、誰もいない場所にポーズを見せつけたりした。
「あなたはどっちが良いと思いますか?」
「そっちには誰もいませんよミライちゃん?」
「あ、あのお客様? もしかして強盗をされにきたのでしょうか?」
「ち、違う! きちんと買っていくから! やめなさいってミライ!」
バックヤードから武装した店員が今にも飛び出てきそうになりヒフミ達が慌てだす。
慌てるみんなを背後にミライは二つの拳銃を見比べ、少ししてカウンターへ向かった。
「両方買うんだ」
「安さに注目してた意味は?」
銃のことは見てもわからないので、勧められたものを両方買う。
店内で発砲したことへの罪悪感は特にないようである。
「というかお金持ってるの?」
「はい、ミカ様からカードを頂きましたけど……」
記憶喪失でお金も殆ど持っていないミライの為にミカが渡したクレジットカード。
ミカから好きに使って良いと言われたが、流石に本当に好きに使える筈もなくミライは必要性のあることにしか使っていない。
「ミカ様の口座から落とされているのでしょうか? ……でもこのカードなんだか少し見た目が?」
「そこまでの額じゃないから使ってもいいんじゃないの? 好きに使って良いって言われたんでしょ?」
「それに甘え切ったら私は立派なミカ様のヒモですよ」
トリニティの物価は高いというより、お嬢様学園であるトリニティ総合学園の自治区の性質上、多くの高級ブランドが並んでいる。それに釣られて他の物価も高くなっている事が多い。
なのでミライは買い物をする度に0の数に怯えている。
「このくらいなら多分ミカ様は気にしないと思いますよ、私がこの前買ったモモフレンズのTシャツの方が高かったですし」
「それはそれでヒフミはお金を使いすぎなのよ」
が、基本的にその相場で慣れているのかハナコ達が気にしている様子はない。
ヒフミはもっと気にした方がいい。
「お買い上げありがとうございます! それとこちらも」
「うん? なんです?」
店員から手に収まるサイズの黒い筒のようなものをミライは贈られた。
「只今キャンペーン中で対象商品をご購入のお客様限定で、こちらの商品をセットでプレゼントしているんです!」
「あら、運がいいですねミライちゃん」
「わーい! やったー! ありがとうございます!」
突然のプレゼントにミライは腕を広げて喜ぶ。
「こちらある学園が開発した新商品でございまして、警棒型スタンロッドでございます!」
「わーい……やったー……」
「あら……巡り合わせが」
武器屋なのだからそりゃあ特典も武器なのは当然だった。
露骨にやる気の下がったミライは商品を抱えて店を出る。
「食べ物の方がまだマシです」
「そんなに残念そうにしなくても」
店員は仕事をしただけで悪くはない。
悪くはないが品物の種類はミライには悪かった。
「だいたいスタンロッドってなんですか、全然棒でもない!」
貰ったスタンロッドだが、見た目はミライの手に収まるくらいの小さな黒い筒だ。
「少し待ってくださいね。本製品の使用方法、まず本製品にあるボタンを押してください」
取扱説明書を読むハナコの指示に従いミライはボタンを見つけ押してみる。
「このボタンですうぎゃああああああ!? ゴベっ!」
「ミライちゃん!?」
ボタンを押した途端に棒はミライのお腹に向かって凄まじい速度で伸び出し、ミライの身体は十数メートル先の壁にぶつかった。
「だ、大丈夫?」
「うげぇっ! ふ、ふざけんな……なんですかこのえげつない威力の棒は!?」
お腹を押さえて何とか立ち上がるミライはその強力過ぎる棒の威力を身をもって理解した。
「まあこれくらいの威力があれば戦術に組み込めるだろう、多分叩くんじゃなくそういう不意打ち用だ」
「冷静な解説どうもアズサちゃん、全く酷い目に……どうやって戻すうぎゃああああ!?」
「こ、今度はなに!?」
落ちた警棒を拾い上げたミライは更に電撃を浴びて倒れる。
伸びた警棒を基に戻そうともう一度ボタンを押した結果電流が流れた。
「スタンロッドを伸ばしてもう一度ボタンを押すと再び電流が流れます」
「さ、先に教えてください……」
「注意、本製品は持ち手の部分にまで電撃が流れるので絶縁防具必須、別途防具は購入……と書かれてますね」
「ただの不良品じゃないですか!?」
完全に不良品を押し付けられただけである。
電流を流すと自分にまでダメージを受けるスタンロッドをどう使えばいいのか。
「あれ、なんか他にも入ってあるわよ?」
「ん?」
買い物袋の中に入っているものをコハルが見つけ、袋の中をよく見てみる。
取り出したものはキャラクターの付いたストラップだ。
「……これは!」
「スカルマンさんです! ああなるほど! キャンペーンってモモフレのコラボキャンペーンのことだったんですね!」
看板にある広告を見てヒフミは納得した。
人を選びそうな造形のキャラクター達が銃を紹介しているチラシや案内がある。
このお店は雰囲気に合わせるとかは考えないのだろうか。
「は? ガンショップがゆるキャラとコラボ? 誰が企画案出したんですこれ? その辺のチェーン店とかコンビニでいいでしょう」
愚痴のような疑問を呈するミライだが、武器よりはマシなものが入っていたのもあって気落ちはしていない。
もっとも貰って嬉しいとも思ってはいない様子だが。
(可愛いけど趣味じゃないな……すっごい見てる)
食い入るようにアズサは目をキラキラさせてドクロのキャラクターを見ている。
「あげますよ」
「! ……いいの?」
「ええどうぞ」
羨ましそうなアズサの表情を見て微笑みながらミライは差し出す。
「わー!」
普段は冷徹な軍人のような真似をしているアズサだが、渡されたストラップを見て年頃の子供らしくはしゃいでいる。
小柄な体格もあって小動物を想像させた。
「ナデナデしてもいいかな?」
「そーっとですよ」
ミライはアズサの頭に手を伸ばそうとして、突如暗くなった視界に驚く。
店内のライトが突然、全て消えてしまった。
「暗い。な、なに?」
「停電かしら?」
自身の視力が突然無くなったわけではないのは、みんなの困惑する言葉や周囲から聞こえるざわめきから理解できた。
「ああ全く、ボケるといつも横槍が入る」
「大きなショッピングモールなので離れないでくださいね、こう暗いと誰がどこにいるのかわかりませんし迷子になってしまいます」
「敵の奇襲作戦かもしれない、みんな気をつけて」
「そんなわけないでしょ、すぐに復旧するから落ち着いて……」
警戒するアズサとは反対にコハルは携帯のライトを付けようとした。
しかし、突然目の前のガンショップのシャッターが大きな音を立てて勢いよく閉じてしまった。
「シャッターが閉まりました! ダイナミック閉店です!」
「ここだけじゃない、あっちもこっちも閉まってます! どうして!?」
ヒフミが指差す方向以外の廊下など、モール中のシャッターが閉まり出られなくなった。
周囲に居る他の客は混乱して更に騒ぎ出し、店員も慌てふためいている。
「い、一体なにが起こってるの? 説明しなさいよ!」
「わ、私共は何も知らされていません!? システムの故障かと、お、落ち着いて振り回さないでくださいお客様!?」
「……って言ってますけど、故障ですって」
「いえ違います、これは……まさか!」
表情を険しくさせるハナコが嫌な予感を訴えた直後、発砲音と共に銃弾がミライの頬を掠めた。
断続的な銃撃はミライ達の居るシャッターの向こう側から発生し、閉じられた壁には人が通るには十分な道が出来た。
「今の射撃音……どこかで……?」
「これから嫌になるほど聞くことになるわ」
現れたのはモール内に閉じ込められた者を助けに来た救出隊ではない。
声を聞いた瞬間、アズサはその人物が姿を見せる前から鋭い目付きで舌打ちをした。
「しつこい……」
「管理システムを掌握、逃げ道を防ぎました。周辺の情報規制も……しかしもって数十分でしょう、流石にショッピングモールを長時間貸し切りはできません」
「十分よ、よくやったわサクヤ」
狡猾な笑みを浮かべ、巨大な機関銃を片手に携えた血色の瞳を持つ少女。
「竜巻ラビィさん!」
「殺すわ」
【第十七話・天使の愛を受けて】のマコトの台詞を一部修正しました。