ぷつりと何かが切れる音が聞こえた。ような気がする。
「まだ憶えられていないようですね、レヴィ様」
「あ、レヴィさんでした! いや今のは嚙んだだけです!」
「でも、今でしたって……」
「黙っててくださいヒフミちゃん! 必死に誤魔化していたのに!」
「どこまで私を虚仮にすれば……! あなたは特に痛めつけると決めていたけど……それ以上に、どうしてあげようかしら!?」
激怒しているレヴィに話は通じそうにない。
説得を試みても逆にもっと怒らせてしまう。
もっともミライは会話の全てでレヴィを逆撫でしているが。
「ミライちゃんが怒らせたんですよ! どうするんですか⁉︎」
「え! 私のせい⁉︎ 確かに本物の鮫はつぶらな瞳をしていますからあなたとはちょっと合わないですね!」
「わざとなのアンタ⁉︎」
無自覚に人を怒らせるミライの口をコハルは手で覆ってとめる。
それほどまでに張り詰めた空気がその場の全員を襲った。
「ちょっと遊んであげる予定だったのだけど……もう我慢の限界ね」
「避けろ!」
「うぎゃあ!?」
レヴィの自制心の壊れる音を炸裂した銃弾が代理した。
咄嗟に飛び避けたミライは弾ける鉛の雨から逃れる。
アズサが何も言わなければ間に合わなかった。
ミライは背後にあった店に視線を向けて冷や汗をかく。
ズタボロ、なんてのは安い表現か。もう店としては使えないだろう。
「これ中の人は無事ですかね?」
「自分の心配より他人の心配をするのね? 今から自分もああなるのに」
「遠慮します!」
銃に詳しくないミライだが、直撃を受けるのは不味いことは流石に理解できた。
その理解が及ぶよりも早く、マガジンの装填を終えていたレヴィの銃口が向けられた。
「させるか!」
「邪魔よ小娘!」
ミライに向かって鉛の雨が放たれる前にアズサがレヴィに銃を蹴り、銃口の向きを変えた。
火を吹く銃はショッピングモールの天井を撃ち抜き破片を撒き散らす。
狙いを外したレヴィは仕返しとばかりにアズサの横腹目掛けて脚を伸ばした。
「っ!」
「この猿! うろちょろと!」
反撃を読んでいたアズサは蹴り飛ばされる前に後ろに跳躍。
レヴィはアズサを睨みつけて何度目かの舌打ちをする。
「すごいですアズサちゃん!」
「いや……少し面倒かも」
「え?」
レヴィを翻弄していると見ていたヒフミだがそれは間違いだ。
「不意を突いて銃を蹴り飛ばす勢いで蹴ったのに、向きを変えられた程度だ。しかもすぐに立て直された……強い!」
「……ミライちゃん逃げてください! 狙いはあなたです!」
「そうです! 私でーす!」
あれだけ怒られれば誰が標的かハナコに言われるまでもない。
全力疾走で逃げ出したミライの背中をレヴィは怒りを超えて殺気を込めて狙う。
「逃すと思っているのかしら? ぶっ殺すわよ‼︎」
前のめりのレヴィが踏み込むと同時にセラミックの床に罅が入った。
その脚力にアズサは目を見開くと同時に敵の姿を見失う。
「きゃッ!?」
「ッ! 速い!」
一瞬の内にヒフミとアズサ、二人の間を駆け抜けたレヴィ。
放たれた弾丸の如くレヴィは逃げたミライを追跡。
それをアズサは妨害しようとするも背中を撃たれ逆に妨害を止められる。
「あんた達はその小娘を! 私はアイツを甚振るわ!」
リーダーの指示に従う二人の取り巻き。
黒髪と白髪の生徒は武器を向け、アズサ達も応戦する。
「こんな大胆なことをするなんて。よほどトリニティの評判を下げるのが好きなんですねレヴィ部長は……首長とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「ええ、レヴィ様は評判を下げるのが好きなので。ただし他人の評判を落とすのがですが。今すぐに追いかけて彼女を止めないと酷い目に遭ってしまいますよ」
挑発するハナコに白髪の生徒は笑みを浮かべて返す。
「だ、だったら通してください! ミライちゃんに何するつもりですか!」
「言われた通りのことをされるでしょうね、若しくは死んだ方がマシなことをされるかも……自分の評判は気にする方なので目立つことは避けるかもしれませんが、無事では済まないと思います」
「通して!」
「通さない」
黒髪の生徒が発砲し、ヒフミ達は背後にあったボロボロの店へと逃げ込む。
壁を背にして遮蔽物に隠れる四人は動揺しながらも戦闘態勢に入る。
「うわわわわ!?」
「ど、どうするのよこれ!? ミライを助けに行かないといけないのに!」
「落ち着いてコハル、あの二人の相手は私がする。みんなは隙を見てミライを追いかけて」
「それは難しいと思います」
隠れながら隙を伺うアズサは反撃に出ようとする前にハナコに止められる。
直前にアズサは遮蔽物から半歩足を出そうとしたところで、その場所に狙ったかのように銃弾が落とされた。
「……なるほど、厄介だ」
あと一歩足を踏み出していたら。
あと少しハナコが声を掛けるのが遅れていたら確実に当たっていた。
(私が出て来るのを分かって撃った? どうやって?)
足を撃たれた程度で倒れるほど軟ではないが、その一発でアズサは相手の実力を理解させられる。
「ハナコ、奴らについての情報を持ってるなら教えてくれ」
簡単に突破できないと悟ったアズサ。
何やら事情を知っている様子のハナコは考える仕草を取る。
「……彼女達は報道部、そしてトリニティのティーパーティーの参加資格を持つヨブ分派の方々です」
「え、ヨブ分派って……あの報道部のヨブ分派⁉︎」
名前を聞いたコハルは怯えたような反応をした。
「コハルちゃん知ってるんですか?」
「意外だ」
「どういう意味! きゃっ!」
過激化していく銃撃の嵐に既に半壊しかけている店に立てこもり続けるのも時間の問題だった。
それを証明するようにコハルの顔の横を弾丸が掠め桃色の毛先を削いだ。
「裏口から逃げましょう、ここのショッピングモールはお店とお店で廊下が繋がっている構造ですから!」
「き、気を逸らします! ペロロ様!」
「ん?」
逃げる時間を稼ぐ為にヒフミは鞄から取り出した白い人形、ペロロ様を空へと投げつけた。
爆発物と想像した黒髪の生徒は咄嗟に後ろへ飛び退いた。
「……?」
しかし何も起きることはなく、ペロロ様は顔から地面に落下して倒れる。
ペロロ様はただの人形。内部に爆弾が仕込まれてはいないし、ペロロ様を愛するヒフミがそんな暴挙をここでする事はない。
だがそれが逆に黒髪の生徒の隙を突いた。
「……あ」
「あらあら」
失態を理解した黒髪の生徒が店の中に入るが、その場に居た四人は何処にもいない。
ただ奥にある扉が揺れているだけだった。
「してやられましたねシズク様、人形に注意を逸らされるなんてらしくない失敗です」
ばつの悪そうな顔をする黒髪の生徒シズクに、白髪の生徒は失敗なんて気にしていないように柔和に微笑む。
囮に注意を引かれシズク達はアズサ達が逃げられてしまった。
「爆弾かと思ったら本当にただの人形だった……気付いてたなら早く言ってサクヤ」
「ふふふ、申し訳ありません。私も普通の人形ではないと思ってしまったんですよ」
責められても柔和に笑うだけのサクヤをシズクは疑わしい目で見る。
「追いかける」
「いえアズサ様はとても手際が良い方です。一人で正義実現委員会の方々に長時間戦闘を続けたという報告を聞いた時は少しだけ驚きました。そのわざとらしく開きっぱなしになっている扉も何かしらのトラップを仕掛けているでしょう」
急いで逃げたのだから扉をわざわざ閉めて行く必要もない。
鍵をかけても銃なり蹴りで壊せる程度の耐久、それでもアズサの情報を把握していた白髪の生徒は扉に仕掛けられていると推測する。
「もちろんシズク様とレヴィ様なら気にも留めない程度のものでしょうが、敢えてあちらの罠に引っ掛かってあげる理由もありません……このショッピングモール内は一部を除いて店同士が廊下で繋がっており、そこから商品の搬入などを行っている仕組みです。廊下は全て地下裏手の倉庫に繋がっています、彼女達はそこですね」
「店同士が繋がってるなら他の店から出た可能性もある、そこから人混みに紛れて脱出されるかも……まあ別にそれでも構わないけど」
「あの方々が別の店から出て他のお客様に紛れ込むなら、その時はお客様ごと無差別に攻撃します。ハナコ様ならきっと私達の考えを読んでくれると思いますよ」
笑顔でサクヤは悪辣な方法を提示し、シズクを連れて地下倉庫へと向かう。
◆ ◇ ◆ ◇
梔子ミライ、トリニティ総合学園(仮入学)一年生十五歳。
貞淑であり品性を求められる学園において、ミライは恥も外聞もない走り方でショッピングモールを爆走していた。
「ウギャアアアアアア!? 私が一体なにをしたんですか!? 知らないって言った事謝りますから! あれです! さっき買った新しい武器プレゼントするんで! 許してください!」
「要らないわよ!」
だがこの場でもっともトリニティに相応しくない言動をしているのはミライではなく。
爆走するミライを止めようと背後から飛び蹴りを喰らわせようとして、ギリギリで躱したミライの傍にあった地面を陥没させた鮫のような瞳の少女の方。
竜巻レヴィは血の様に紅い目を文字通り血走らせ、怒りが物理的エネルギーを生み出したのか立ち上るオーラをミライは幻視した。
「今まで人を殺した事はなかったの、でも今日はやっちゃうかもしれないわね!」
レヴィは陥没させた足をそのまま蹴り上げ、細かく砕かれた瓦礫のつぶてが飛び散ってミライを襲った。
「あばばばばば! ぎゃッ!」
何とか躱そうとするもつぶての一つがミライの後頭部に当たる。
倒れたミライは頭を抱えて立ち上がろうとするも目と鼻の先に銃口が突き付けられ、傍にはレヴィが歯が見える程の笑みを浮かべていた。
「バトル漫画みたいな技を! ぐぇ!?」
蹴り倒されたミライのお腹を踏み付けるレヴィ。
追い込まれた獲物を前に舌なめずりをする捕食者のような獰猛な笑みを浮かべる。
「やっぱりストレス解消にはこれが一番。安心しなさい、出来るだけ苦しめてあげるわ」
「そりゃあどうも! 出来ればソフトなのでお願いします、痛いのは苦手なので電流とか……まあこの際です我慢しましょう!」
「リクエスト通り痛めつけてあげるわ」
「あー! 言わなきゃよかった! うぎゃあー!」
失言をして踏みにじられるミライ。
弱者を痛めつけることに何のためらいもない。
手慣れた、否、足慣れた拷問を行いミライの肋骨が悲鳴を上げている。
(やばい折られそう! 折れる!! でもその前に多分!)
自分の身体の頑丈さなんて調べたことのある人間はどれだけ居るか。
先程砕かれた床の素材が何で出来ていたのか、少なくともコンクリートやセメントくらいの強度はあったはず。
そんな頑強な物質を飛び蹴りで砕いたのだ、ミライの胴体を貫くなど造作もないだろう。
「舐め腐ってくれた礼はたっぷりとしてあげるわ、この私を虚仮にしたことを泣いて許しを請うまで後悔させてあげる! 許してあげはしないけど」
「そんなにレヴィさんって偉い人なんですか?」
「当然よ! 私は報道部の部長で偉大なるヨブ分派の首長! 永遠の淑女であり、ティーパーティーになる女よ!」
「まだ成ってないんですね! ぐぇええ! 痛い痛い!」
再びの失言。
反省のないミライはまたも力強く踏みにじられるが、どれだけ暴れてもレヴィの足はピクリとも動かない。
戦闘能力以前の基礎的な筋力からしてレヴィは生物としてミライを圧倒している。
「アンタみたいな女は、本当ならこうやってわざわざ手を下さなくても始末できるようになるの。アンタとは権力も実力も格が違うのよ」
「実力の点は身をもって理解しています」
「生意気な口が閉じないわね! いい!? 私は次期ティーパーティーなの! このトリニティで一番偉い生徒になるんだから!」
追い詰められているのにどこか余裕のあるミライに戸惑うレヴィは必死になって自分が如何に尊大なのかを説明し出した。
「ティーパーティーは三人一組の生徒会長じゃ?」
「他の分派の奴なんて知ったこっちゃない、この私がただ一人の生徒会長になるの 全てはこの私が、最後にトリニティを支配する為にね!! アハハハハハハ!」
「……え、それだけ?」
壮大な計画を話して高笑いするレヴィは自分への大きな信頼と自信が現れている。
その話を聞いた上でミライは呆然とした様子でもう一度返した。
「トリニティを支配する……だけなんですか?」
「……偶に居るわね。支配に価値を見出さないバカが……アンタも同じ類の人間……」
「いえそうじゃなく、トリニティしか支配しないんですか?」
「━━━━は?」
理解不能と、思考停止。
レヴィはミライの言葉の意味を受け止めきれず本心から困惑の声を漏らした。
「なにを……?」
言葉の意味を追求しようとして、突如近くのエレベーターが動き出した。
現在ショッピングモールは停電中で非常電源も含めてレヴィが制御下に置いている。
「どうして動いてるの?」
エレベーターが動作し上から下へと降りて来る。
そして二人のいる階に辿り着く。
□ ■ □ ■ □ ■
『お待たせしました。一階です。』
エレベーターの音声と同時に扉が開かれ、不快な虫の羽音に似た音が聞こえた気がした。
「は? なに? なんでここに」
ここはトリニティの領土であり、ゲヘナではない。
声を震わせるレヴィは思考停止した。
トリニティの怪物とまで呼ばれた少女の紅い瞳が見開かれ、居るはずのないその人物に絶句した。
「━━ミライ……ミライミライミライ……私の」
高潔な精神は汚染され歪み、その意識が他へ向けられることはなく。
ただ一人を守る、ただそれだけに支配された堕落した悪魔。
否、もはや悪魔という言葉さえ相応しくない。
「…………よくも……ミライを……! 私の……ミライを!」
理性を失った、妄執の魔物は泣き叫んだ。
洗脳されるのとテラー化するのってどっちがマシかな?